親戚設定
昼食を終えて教室に戻ってくると、康太はすぐに青山と島村に捕まえられて席に押さえつけられていた。
先程のことが気になるのだろう、周囲に声が聞こえないように顔を近づけて小声で話し始める
「で?どうだった?なんのようだった?まさか告白か!?」
「連絡先はゲットできた?できたなら教えて!」
「お前らな・・・そう言う話じゃなかったよ・・・っていうか俺もちょっとびっくりな内容だった」
びっくりな内容という風に言われ二人は興味津々のようだったが、二人が実は親戚同士という事を聞いてがっかりしたのか完全に脱力してしまっていた。
この設定は二人が考えたことではあるが、どうやら青山と島村は特に疑問に思うこともなく信じたようだった。
青山に至っては何だそう言う事かよつまんねえなと吐き捨てる始末である。こいつに本当のことを教えたら一体どういう反応をするのか気になるところだが、それを言ったら彼の記憶を消さなければならない事態になる。ここはため息をつくのが模範解答だろう。
「お前らにわかるか・・・ちょっと期待してたら実は親戚でしたなんてカミングアウトされた俺の気持ちが・・・!」
「・・・うん・・・まぁあれだ、ドンマイ、気にすんなって」
「大丈夫だって、従妹とかだったら結婚もできるしさ、まだセーフだよセーフ」
二人は自分を慰めようとしてくれているのだが、実際にはかなり不可思議な状態だと言えるだろう。
可愛いなと思っていた子は魔術師で、これから親戚という偽の関係を築いていかなければならないのだ。
もちろん魔術師同士になったらそれなりに協力したり敵対したりするかもしれないが、それはそれこれはこれである。
平和な日常を過ごすためにはこういった虚偽もある程度必要なのだ。
「ていうか俺からすれば親戚って時点でうらやましいぞ。連絡先ゲットしたんだろ?とっとと教えろや」
「俺からばれたってなると怒られるからヤダ。親戚づきあいとかめんどくさいんだから自分でアプローチかけてくれよ・・・」
「あー・・・でもさ、きっかけって大事だろ?そのあたりは何とかしてくれないかな?」
連絡先を勝手に教えるというのは失礼極まりないが、少なくとも話を作るきっかけくらいであれば文も許してくれるだろうとそのあたりは了承する。
なんというか男子高校生としての生活を謳歌しているようでうらやましい限りである。
こちらとしてはいつ関係がばれるのではないかと戦々恐々しているわけなのだが。
そんなことを話して一時間ほど授業を受けていると、康太の携帯にメールが入る。相手は小百合からだった。
内容は以下の通り
『真理から話は聞いた。今日そのライリーベルを連れてこい。その時に話をしてやる。追伸 店によるときについでにトイレットペーパーを買ってきてくれ、ダブルの奴だ』
弟子にお使いをさせるのであればもう少し魔術的なお使いが良かったなと康太はため息をついてしまう。
とりあえず交渉の席に着くつもりはあるようだ。そう言う意味では話が前に進んだと言えるだろう。
これがいいことなのかどうかは理解しかねるが、真理が何かしら口添えをしてくれた可能性がある。
後で感謝しておかなければと康太はとりあえずメールを返すことにした。
そして小百合が話を聞いてくれるという事を文にも伝えなければいけないだろう。先程交換した連絡先にメールを送る。
内容は以下の通りである
『師匠から連絡が来た。とりあえず今日の放課後に会って話をしてくれるそうだ。追伸 途中でトイレットペーパーを買わせてくれ』
小百合がすぐに交渉の席についてくれるとわかれば彼女も嫌な顔はしないだろう。問題は小百合がどんな反応をするか、そして自分がエアリス・ロゥの指導を目の当たりにすることができるかという点である。
仲が悪い二人の相手をとりなすというのはなかなか難しいだろうが、互いの弟子がそれを望んでいるとなれば悪い顔はしないと思いたい。
十中八九舌打ちはすると思うが。
数分間待っていると今度は文からメールが返ってくる。内容は以下の通りだ。
『今日?随分と話が早いわね。了解したわ、師匠にもそう言っておく。追伸 何でトイレットペーパーなのよ』
彼女としてもまさか話をしてその日に交渉の席に着けるとは思っていなかったのだろう。ありがたいことなのだが些か性急なような気がしてならない。
なにせ二人は昨夜に戦った後なのだ。いきなり仲が深まるとは思えない。そもそもあの二人、互いの師匠の仲はすこぶる悪い。
傍から見ていても今にも喧嘩が起こりそうなほどの仲の悪さだ。今回の交渉がどのような形になるのかははっきり言って未知数なのだ。
昨日は互いの弟子同士の戦いという事で両者ともに自重していたようだが、今回の場でどのような対応を取るか全く分からないのである。
恐らく交渉はあの店で行うことになるだろうが、あの場所が戦闘に巻き込まれないことを願うばかりである。
もし小百合が先に手を出しそうになったら羽交い締めにしてでも止めなければならないだろうと康太は意気込んでいた。
そして文への返信はこうである。『師匠にお使い頼まれたんだよ』