男女平等主義
「・・・あんたね、私が気づいたからいいもののあんな合図で伝わると思わないでよね?」
「気づいてくれたからいいじゃん、さすがベル、俺のことよくわかってる」
康太がDの慟哭でした合図の意味を文は正確に把握していた。
別に一般人にばれたというわけでもなければ相手のほうが強いというわけでも、相手のほうが優位だというわけでもない。ただ康太が攻め切れていないだけだった。
あの状態で康太がそれこそ本気で攻めようとしたら確実にその命が脅かされていたかもしれない。
康太の攻撃は威力が高いものが多いがその逆も多い。人を気絶させるのに適した威力というものが案外少ないのだ。
康太が攻撃はしていても戦闘を終わらせられないということを見たうえで康太がわざわざ自分に合図を送ったということは、おそらくだが相手を気絶させてほしいという意図をもって合図をしたのだろうと文は考えた。
そうしたら康太が以前共闘した時にそうしたように相手の体を殴打して宙に浮かせたので以前の再現、今回は電撃を放ち相手を気絶させたのである。
相手は康太しか自分たちと戦うつもりはないと思っていたからか全くこちらに警戒していなかった。
周囲に魔術師がいるのにもかかわらず戦闘に関わろうとはせず、まだ割と残っている一般人への対応に追われていたせいもあって戦いには基本不干渉を貫いていると考えていたのだろう。
実際その考えは正しかった。先輩魔術師たちに関しては本当に康太たちの戦いに干渉するつもりはなく、文も万が一の時のフォローくらいしか考えていなかった。
「ていうかよかったの?こいつ一対一のつもりで戦ってたんじゃないの?思い切り私攻撃しちゃったけど」
「何言ってんだ、最初四対一の戦いを持ち込んだのはこいつらだぞ?こっちも援軍を呼んで何が悪い。第一勝てば官軍だ、負けたこいつらが悪い」
三人を倒し、一対一になった時点で相手は康太との一対一であると錯覚しただろう。実際周りの魔術師たちが手を出さないのであれば康太にだけ意識を向け、攻撃と防御を集中できる。
今までの周りの魔術師の対応からそれは確実だった。そうそれは間違いではない。
ただ調べが甘かったのはこの三鳥高校の魔術師同盟には康太の直接の同盟相手であるライリーベルがいるのだ。どれほど周りが手を出さない状況でも彼女だけは康太が求めれば手を貸す。そのことをしっかりと理解しておくべきだっただろう。
それに康太の言うように相手は最初四対一の構図で来たのだ。戦いを仕掛けたのが康太だとしても、最初から一人に対して大人数での戦いを想定していた相手が急に援軍を呼ばれたから卑怯だなどと喚き散らすのは筋が通らない。
これで康太が一対一の勝負をしようとかそういう提案をしていたのであれば向こうが卑怯だと主張する理由にはなっただろう。だが生憎とそんな約束はしていないし、していたとしてもその約束をブラフとして不意打ちを仕掛けることだってある。
康太の言うように勝てば官軍なのだ。勝利こそすべて、自分がほしいもののためには卑怯なことだろうと何でもするのが師匠である小百合の教えである。
「にしても四人相手によくもまぁ・・・あんたの戦闘能力も上がってきてるわよね」
「今回は完璧に不意打ちが決まったからな。可視攻撃と不可視攻撃のコンボがうまく決まったっていうのもある」
康太が今回使ったDの慟哭による視界の制限と鉄球による攻撃、そして再現による攻撃、これらはかなり効果的に作用していた。
Dの慟哭で視界を制限されていた相手の魔術師は索敵の魔術で康太の動向を知ろうとしただろう。そしてそれは康太の位置を知るためもあってか物理的な索敵、つまり物体を認識するものでしかなかった。
最初の一撃、鉄球を放った敵と再現を放った敵で防御の対応の仕方が異なったことから鉄球の攻撃は認識できても再現の攻撃は認識できないのではないかと考えたのだ。
だが仮にも仲間がやられた攻撃、何かしら認識方法を変えてくるだろうと考え鉄球と再現の魔術を同時に使っての多方向からの十字射撃を実行したのだ。
思惑通り鉄球の攻撃に意識を向けてくれた相手を問題なく仕留めることができた。
と、そこまで考えて康太はあることを思い出す。
「そうだ、倒してきたやつら手当てしてやらないと、最悪死ぬぞあのままだと!」
「・・・あぁ、そういえば結構こっぴどく攻撃してたもんね。特に女のひと二人に対しては・・・あんたって本当にこういうときは男女平等主義者よね」
「当たり前だ。俺の周りには強い女の人しかいないんだぞ?女だからって油断してたらそれこそ首を落とされる」
康太が言うと妙に説得力があるのは康太の交友関係がそういう風になってしまっているからだろう。
師匠に兄弟子、同盟相手にその師匠。そして師匠の兄弟子や師匠とそれこそ康太の周りの女性はかなり魔術師として高い実力を持ったものばかりだ。
康太がそういう人たちに指導を受け、その実力の片鱗を見てきたからか相手が女性だから手を抜くとか油断をするという考えは最初からないようだった。
四人を相手に一人で立ち回った康太の戦闘能力はすでに魔術師の平均的なそれを大きく上回っているといえるだろう。もっとも相手に対して不意打ちが決まればという条件も加わるが。
それにしても康太が油断をしないで戦うということは多くの魔術師にとってはなかなか苦しい状況になってしまうだろう。
何せ自分がまだ圧倒的に弱いと考えているのだから。徹底した弱者の考え。相手が自分よりも常に格上だと考えるその思考はともすれば窮鼠猫を噛むと表現しながらも、本人がネズミではなく虎になりつつある事実に本人自身気づいていない可能性がある。
それが良いことなのか悪いことなのか、文には判断できなかった。
「・・・さて・・・じゃあこいつらどうするか」
倒してきた魔術師たちを一か所にまとめ、文化祭で使ったビニールひもを使って厳重に拘束してから最低限の治療を施した康太と文。
もっとも治癒といっても二人が使える肉体強化による治癒能力の増徴程度の簡単なものだ。保健室にあった包帯やガーゼといった止血道具などを使ってかなり強引に血を止めた感はあるがないよりはずっとましだろう。
「情報を聞き出すんでしょ?どいつから聞き出すの?」
「個人的な知り合いから教えてもらったって言ってたからこのブギー・ホッパーから聞こうと思ってる。ほかの連中はおまけみたいなもんだけど・・・一応な。んじゃとりあえず」
そういって康太は携帯を取り出して電話を掛ける。その相手は言わずもがな奏だった。
『私だ。進展でもあったか?』
「お疲れ様です。実は件の情報を持ってる魔術師を捕縛しまして」
『ほう、てっきり逃がしてしまうかと思ったが、存外お前は手加減というものがうまいらしいな』
どうやら小百合の弟子ということもあって加減というものが苦手なタイプだと思われていたのだろうか。だが実際文がこの場にいなければ気絶させるのもだいぶ苦労していたかもしれない。
奏の考えが当たっているだけに康太は複雑な気分だった。
『話の内容から察するに、相手はお前の知ってはいけない部分を知っていたということか。術師名はわかるか?』
「ブギー・ホッパーです。相手はそう名乗っていました」
『ブギー・ホッパー・・・確かどこかのチームの上役だったか・・・わかった、そいつを魔術協会に連れていけ。以前使った部屋を用意しておこう。すまんが仕事が立て込んでいるから同行はできん。やり方はもうわかっているな?』
やり方。話の聞き方ではなくそのような表現を使っている時点でもはや何をすることになるのかはお察しだ。
確かにあの状況でやることを康太はすでにできるだけの能力を有している。あとは康太自身が実際にそれをやるだけだ。
あの時はほぼ見ているだけだったが、今度は自分のために行うことなのだ。わざわざ忙しい奏に準備してもらうわけにもいかないだろう。
『私のほうでブギー・ホッパーの背後関係に関しては調べておこう。お前は直接そいつから話を聞くといい。ついでに聞くが相手も一人ではなかっただろう?何人を相手にした?』
「えっと・・・四人です。一人は戦い慣れてないやつで、二人がそれなり。ブギー・ホッパーだけちょっと手ごわかったです」
『ほう・・・雑魚相手とはいえ四人相手にして問題なしか・・・負傷は?』
「一応ありません。ほとんど奇襲の形で相手には何もさせなかったので」
『ふふふ・・・そうかそうか。小百合が聞いたら喜ぶだろう。お前もようやく『らしく』なってきたということだな』
「えっと・・・らしくってどういうことです?」
『私たちの血統らしくなってきたということだ。師匠も私も、幸彦も小百合も、そして私の弟子たちもお前の兄弟子の真理もそうだが、基本的に戦闘に特化している。戦いに勝つためなら手段は選ばん。お前もようやく我々の一族になってきたということだ』
「喜んでいいのか微妙ですねそれ・・・」
我々の一族。それは一族の今の長である智代を筆頭とした戦闘に特化した師弟の関係による脈々と継がれてきた、まさに血族といわれる類のそれだろう。
師が弟子に教え、その弟子がまた自分の弟子に教える。戦いにおいて重要な考えや教えをとにかく与え続け、弟子もまた師匠に似た考えや行動をとるようになっていく。
小百合と似たような考えをしているというのは非常に癪だが、確かに戦闘面に関しては彼女の教えはかなり役に立っている。というか徐々にその考えに染まりつつあるのを康太自身実感していた。
何せ戦いにおける彼女の考えは理に適っているのだ。
微妙に現実や戦いの本質を理解していない魔術師のそれと違って、小百合の教えるそれは戦いにおける根源的なものを理解している。
勝てばいい。負けたくないなら手段は択ばない。
それは見方を変えれば卑怯ともとられるかもしれないが、勝つために努力するといいかえれば美談にもなるだろう。
『何を言うか、喜ばしいことだ。幸彦は渋い顔をするかもしれんがな・・・まぁとにかくその連中からの情報の得方はお前に任せる。好きにするといい。だが注意しろ。聞いている最中にお前の素性がわかるようなことをするな?たとえ声であってもだ』
「わかってます。話を聞くときにはアリスにお願いしようと思ってます」
これから康太がやろうとすることを考えると、確かに誰がそれをやったのかを知られるのは良くない。
以前奏の管理するアイドルを襲撃した魔術師を倒し、話を聞いた時も直接倒した康太ではなく全く知らない奏がその尋問を行った。
誰が行ったかわからないようにする。誰がそれをやったかわからないようにする。それが尋問をするうえで重要なことだ。
相手に恐怖を与えるだけではなく恨みからくる復讐されるようなこともないようにするために必要なことなのだ。
『そうするといい。お前が少しずつ優秀になっていく・・・私は嬉しいぞ康太』
「ありがとうございます・・・これからも精進しますね」
この話は小百合にもするべきなのかもしれないなと思いながら康太は通話を切る。血族になりつつある。それは本当の身内として認められつつあるということだろう。嬉しい気持ちはあるのだが、複雑な心境だった。
「それで?この後どうするの?」
「とりあえずこいつらを協会に運ぶ。あとアリスに電話するわ」
「アリスに?なんで?」
「こいつらから情報を聞くときにちょっと手伝ってほしくてな」
「・・・もしかしなくてだけどさ・・・またあれやるの?」
あれというのが奏のやった拷問もどき、というか拷問そのものであることに文は何となくではあるが察しがついていた。
先ほどの康太の声音や奏との会話から何かやろうとしているというのは理解できた。何より康太がちらちらとブギー・ホッパーのほうに視線を向けていたのだ、彼に何かをするというのは容易に想像できる。
「おう、もしかしなくてもあれだ。んでもってその関係でアリスに力を借りる。そいつら起きないように見張っててくれ」
手当てなどをした関係でブギー・ホッパーをはじめとする四人の魔術師はひとまとめにしてある。一応捕縛してあるとはいえ、魔術師相手に物理的な拘束などほぼ無意味だ。
そこで文が見張っているというのが一番効率的であるというのはわかるのだがまたあの拷問をやるとなると文は頭が痛かった。
以前奏から来た依頼をこなした時にある魔術師を同じ目に合わせたが、あれをこの魔術師にやるとなるといろいろとまた精神衛生上よろしくないように思えたのだ。
まず間違いなく数日は肉が食べられなくなるだろう。
「もしもしアリスか?今平気か?」
『なんだコータか、何だ?こんな夜遅くに。何か進展でもあったか?』
今日の夜に何かしらがあるということは彼女も知っていたためにアリスは電話がかかってきてもそこまで驚いている様子はなさそうだった。
むしろようやくかかってきたかという節さえある。
「いやさ、例の情報知ってる魔術師を捕まえたんだけどな、ちょっといろいろお話ししたいから協会のほうでお話ししようと思ってるんだよ。そこでお前の力をちょっと借りたいんだ」
『ふむ・・・力とはどんな?』
「声とかそういうのをモザイク風にすることってできるか?変声機的な」
『できなくはないが・・・まさかそんなことのために電話したのか?乙女にとって睡眠を削るのは美容の大敵なのだぞ?』
誰が乙女だと突っ込みたくなったが康太はそれをのどもとで押さえつけ小さくため息をついてからそういわずに頼むよという言葉をひねり出した。
『それに声を変えるというとこはつまり尋問をするということだろう?それなら私の魔術で自白させたほうが早いと思うが?』
「そうしてくれたら楽かもだけどさ、俺がやるように指定受けちゃったからどうしようもないんだよ。それにいつまでもお前に頼ってられるとも限らないし俺らが自分でやる。だからアシストだけ頼むよ」
『・・・あぁ、カナデから指定されたのか。なるほど・・・相変わらず私にほとんど頼らないなお前たちは』
「そりゃあな。お前に頼るとなんかのび太君になった気分になるからダメな気がするんだよ」
実力がありすぎる人物が近くにいるとその人物に頼りきりになってしまう。何でもできるのだからその人に任せておけばいいなどということにすると、もしその人がいなくなった場合何もできなくなってしまうのだ。
奏は仕事で忙しいなどといったが、もしかしたら康太に尋問の手立てを覚えさせるためにあえてあのように言ったのかもしれない。
普通に仕事が忙しい可能性も否めないが。
自分の力と実力を知りながら簡単な道があるのにあえてそうしない康太に対してアリスは少しうれしそうにしながらも同時に少し不満そうでもある。
今回の夜の戦いだってアリスがいたらそれこそ一瞬だっただろう。戦いにすらならない一方的な虐殺になっていただろう。
だがそれでは意味がないのだ。魔術師として駆け出しである康太にとって、今ここで戦いの経験を得られることは何にも代えがたい貴重なものなのだ。
それがたとえ楽をして得た勝利と引き換えだったとしても損ではない。
『全くお前という奴は・・・頼られ甲斐のない奴だの・・・まぁいい、では協会に先に行っておるぞ、尋問をしたい奴を連れてくるがいい』
「わかった。ちゃんと仮面は付けていけよ?あと俺の予備の外套使っていいからな」
『わかっておる、サイズが合わんから引きずって汚しても怒るなよ?』
「あとなんか適当に拭くものと着替え持ってきてくれ。最悪汚れるかもしれないから」
『わかったわかった、必要そうなものは全部持っていくから安心しろ』
「ハンカチ持った?ちり紙持った?忘れ物ない?」
『お前はお母さんか。それではな』
そういってアリスは通話を切ってしまう。
今のやり取りができるあたりあいつも日本に染まってきたなぁとしみじみ思いながら携帯を自分のポケットにしまう。
「いったい何話してんのよ、アリス相手に通じるわけないじゃない今のやり取り」
「いやしっかり通じてたぞ。あいつもなかなか日本文化の吸収が早いぜ」
「その吸収絶対必要じゃないものだと思うんだけどね・・・それで?こいつらどうするわけ?全員連れてくの?」
「いやいや、全員はいらないな。ブギー・ホッパーだけいればいいんだけど・・・どうしようか、一人か二人くらい人質ってことで・・・いやこんなところに連れてくるくらいだからほぼ捨て駒同然か・・・?」
彼が味方を大切にするような人格者だったのならまだ身内を攻撃することで自白させるという手が使えたのだろうが、あの戦いにおいてブギー・ホッパーはむしろ味方を前に出させて攻撃していた。魔術師としての適性はさておき味方を慮るような人種には思えなかったのだ。
「とりあえずこいつだけ連れて行こう。他のは放置して先輩方に丸投げしよう。適当にそこら辺においておいてくれって頼んでくれるか?」
「ぞんざいな扱いね・・・逆恨みされなきゃいいけど」
「負けたこいつらが悪い。それで人数引っ提げてやってくるようならそこまでの連中だったってことだろ」
四対一という数的有利を武器にこちらに交渉を迫り、こちらが一方的に仕掛けたとはいえその四対一の状況にもかかわらず負けたのだ。はっきり言って情けないことこの上ない。
少なくとも魔術師としての面目は丸つぶれだろう。
そこで康太を逆恨みしてさらに多い人数で襲い掛かってきてもいいだろうが、もしそれで負けようものならそれこそそのグループの恥さらしだ。そんなことをするだけのメリットがあるかといわれると首をかしげてしまう。
すでに康太はこの魔術師たちの仲間になるつもりはない。先ほど戦いのときに示した自分より強い奴には従うという言葉も、四対一で勝てなかったような相手には通じない。もはやどのような数的有利を引っ提げて仮に康太に勝ったとしても康太はこのグループには入らないのは向こう側としてもわかりきっている。
ただの私怨で康太に挑むというのであれば止められないが、たかが一人二人の魔術師がやってきたところで負ける気はしなかった。少なくともこのレベルの魔術師が来るのであれば怖くはない。
京都で戦ったカツキチのような圧倒的な強者でない限り、たいていの相手は一人でこなすことができるだろう。
訓練だけではなく実戦経験も積んできた康太にとって並みの魔術師はもはや苦にはならない相手となっていた。
「とりあえず教会まで運ぼう。学校近くだと・・・ちょっと遠いかな・・・?」
「そうね、移動中の補佐は私に任せなさいな。あんたはそいつを移動させるのに集中して」
学校から最寄りの教会に向かうには少々距離がある。こうして完全に気絶した人を運んでいなければ電車などを使いたいところだがそういうわけにもいかない。
幸い肉体強化の魔術があるために運ぶのはそこまで苦ではないが、時間がかかってしまうのが難点だった。
タクシーを使うことも考えたが、生憎持ち合わせがないために結局苦労して最寄りの教会まで運ぶことにした。
あらかじめ金を下ろしておくべきだったなと後悔しながらも、康太はブギー・ホッパーを抱えて協会までやってくる。
「ごめーん待ったぁ?」
「ううん今来たとこ・・・って何をやらせるのだ」
「いやいや、お前がどれだけ日本に染まったかチェックしようと思ってな」
日本支部に到着したところで康太は門の前で待機していたアリスを見つけることができる。
康太の予備の外套を羽織り、幸彦からもらった空白の仮面をつけている。そしてその背中にはリュックを背負っておりいろいろと道具がそろっているのは見て取れた。
「あんたらって仲いいわよね。ていうかアリス、なんでそんなの知ってるのよ」
「ふふん、私の勉強熱心さをなめてはいかんぞ?漫画小説アニメドラマ映画ゲームネット、ありとあらゆる情報媒体が存在するのだ。時間がいくらあっても足りん・・・なぜもう少し早く日本に来なかったのかと後悔してるくらいだの」
「・・・あぁそう、楽しそうで何よりだわ」
日本ほどエンターテインメントなどの文化に特化した国もそうないだろう。ほかの国でも小説や漫画、映画などはあっても日本のそれに比べるとどうしても総数で負けてしまう。ありとあらゆるジャンルの漫画やアニメ、小説が存在する日本において、すべてを見ようとすれば文字通り時間がいくらあっても足りないだろう。
旧作新作スピンオフ、さらには漫画や小説原作の映画化などなど、挙げればきりがないほどの作品群。これらのものは次々と新しいものが生まれているためにアリスがこれからのすべての時間を費やしてもすべて見ることができるかも怪しいところである。
長く時を生きる彼女にとって趣味はまさに生命線のようなものだ。長きにわたり生きるにあたって、刺激のない惰性や怠惰な時間が人を殺す。肉体ではなく精神を蝕んでいってしまうのだ。
どうやら日本での生活は思ったより娯楽が多く、彼女にとってはなかなか好ましい環境であるらしい。
「で?そいつが例の魔術師かの?」
「あぁ、とりあえずこいつにいろいろ話を聞こうと思ってる。まぁ立ち話もなんだし部屋に行こう。もう準備はしてくれてるみたいだし」
そういって康太はブギー・ホッパーを抱えながら以前も使った部屋に移動し始める。
そこは以前使った時と同じ状況になっていた。部屋の中心にある拘束具付きの椅子、そして近くにある机と一般的な小道具。これらを使って何をするかは人によってはすぐにピンと来てしまうだろう。
「さっさと準備するか、いつこいつが起きるかわかんないし。アリスは俺らの声を常に変換しておいてほしいんだけど」
「それならお前の代わりに私が話したほうが安全だの。あらかじめやることと聞くことを教えておいてくれればその通りにやるぞ」
あくまで今回アリスはサポートだ。実際にやるのは康太であるためにどのような行動をとるのか察しはついていても詳細までは知らない。
とりあえず康太はこれからやろうとしていることを一つ一つアリスに教えていくことにした。
その度に仮面越しではあるが文の表情が曇っていくのが手に取るようにわかってしまったのは言うまでもない。
ブギー・ホッパーが目を覚ますと、視界はほとんど真っ暗な状態だった。
いつの間にか自分の顔に着けていた仮面は外されているらしく、その代わりに何か袋のようなものがかぶされているのがわかる。
そしてその袋を取ろうとして体を動かすと、自分の体が自由に動かないことに気付けた。
この時点で彼はかなり混乱していた。現在の自分の状況の把握と今まで自分が何をしていたのかを思い出そうとして、さらに何も見えない、体も動かせない状況に焦りと動揺が隠せなかった。
さらになんとかしてこの状況を変えようと魔術を使おうとしたが、自分の体の中に魔力がほとんどないことに気づける
普段なら必ず魔力を最大限にまでため込んでいるというのに今は肝心の魔力が存在しない。これでは如何に魔術師といえど魔術を発動することすらできない、ただの一般人と同じ状態だ。
「目が覚めたようだな」
現状を正しく理解するよりも早く聞こえてきたその声に、ブギー・ホッパーは息をのんだ。
聞いたことがない声だ。自分の仲間とも違う、最近あった人物とも、ブライトビーとも違う男の声。
そのことを考えたとき彼は思い出した。自分はブライトビーという魔術師と会い、仲間にしようと交渉していたところ彼と戦闘になった。記憶が途中で途切れているところを鑑みるとおそらくそこで敗北したのだということに気付ける。
「な・・・何だお前は・・・どこだここは・・・誰だ・・・?」
声を出した瞬間、自分の顔面に瞬間的にではあるが衝撃が走るのがわかる。それが殴られたと気づくのにすらだいぶ時間がかかった。袋をかぶらされているせいで何をされるのか全く分からない。殴られたということにすら時間がかかるほどだ。
「勝手な発言を許したつもりはない。お前が声を出すのを許されているのは私の質問に答えるときだけだ」
「・・・何を勝手な」
反論さえ許さずに再び衝撃が襲い掛かる。今度は腹部に対して強く痛みが走った。
どうするつもりなのかようやくわかった。この時点でおそらくだがこの目の前の人物は自分に聞きたいことがあるのだろう。
心当たりが多すぎた。自分に、自分のチームに敵対しているものが多いのは承知している。その中でいったい誰がこれを行っているのか、だれの指示でこれを行っているのか、さっぱりわからなかった。
今の状況は危険だ。なんとかして魔術を行使してここを逃げ出さなければ。
そんなことを考えた瞬間、何かが自分の手に触れた。
それが誰かの手であると理解するよりも早く、自身の体に変調が起きる。
強い眩暈、頭痛、吐き気、節々の痛みに加え筋肉の至る部分が攣りかけていた。全身に走る強烈な不快感と痛みに、ブギー・ホッパーは完全に集中を乱してしまっていた。
「逃げられると思うな。お前は私の質問に答えていればいい」
反論するような余裕もなく、うなだれ自分の体の状態を何とかまともにしようとするほかなかった。
だが相手もそのあたりを見抜いているのだろう、少しでも妙な動きをすれば即座に対応してくる。
魔力を回復させる隙さえない。いったい何者だと考えながら大きく息をついていた。
「ではまずお前の名前を聞いておこうか。名前は何という?」
自分の名前を知らない。それとも知らない風を装ってまずは適当な質問をしているだけか、どちらにせよこの時点ではこれが誰がやっているのかはわからなかった。
「ブギー・ホッパー・・・」
「そうか、これからよろしくブギー・ホッパー・・・それで、お前は私が質問しようとしていることが何であるか理解できるか?」
何を質問しようとしているか。そんなこと自分にわかるはずがない。何せ今自分がこうして拘束されているのがなぜなのかもわからないのだ。
あの時確かに自分はブライトビーと戦った。だがそれは彼が自分よりも弱い魔術師とは徒党を組みたくないという理由からだったはずだ。そして自分は敗北した。
その後に別のグループが来るなりした可能性が高い。その連中に自分はとらえられ情報を聞き出そうとされているのだろうとブギー・ホッパーは予測していた。
「・・・私の所属するチームの情報が聞きたいのか・・・?」
「あぁ、ぜひ教えてほしいものだ。お前の返答によってはほかの三人がどうなるかよく考えたうえで答えてくれ」
「・・・!三人は今どこに」
いるんだと聞きかけたところでその顔が強く殴られる。
「発言は私の質問に対する返答だけだ。さっさと答えろ」
自分に選択肢などない。もしここで自分が妙な受け答えをすれば仲間である三人の身も危険にさらしてしまう。
だが自分のチームの情報をばらしてしまえば同時にチーム全体を危険にさらす可能性がある。
当然ここでしっかりこたえなければ自分自身の命すら危険にさらすのだ。
この目の前にいる奴はおそらくこういったことに慣れている。相手を傷つけることを何とも思っていない。話し方や聞き出し方、自分の思惑や何を知りたいかということを明確に隠している。
おそらくこういったことに対して専門の知識を持った魔術師だ。ここでしっかり受け答えをしなければどんなことをされるか分かったものではない。
自分の未来を想像してブギー・ホッパーは全身から冷や汗を吹き出していた。心の中で謝罪しながら自分のチームのことに関してとにかくすべてを話した。
「・・・以上だ」
自分のチームのことに関して自分が知る限りのすべてを話したことで、強く残る罪悪感と同時にこれで自分は解放されるのではないかという淡い期待が残る。だが相変わらず魔力はゼロのままだ。誰かが魔力吸引の魔術を発動しているのは明らかだ。
体の中にある術式は見たことがないものだ。何とか介入できないかと話している間に努力しようとしたが、それをしようとすると、魔力を少しでも回復させようとすると相手はそれを察してか先ほどと同じ強い変調を及ぼす魔術を使ってくる。
「ありがとう。よくわかった。だが私が知りたいのはこれだけではないんだ。そこでもう一度質問しよう。お前は私が何を質問したいと思う?」
先ほどと似たような問いだ。いったいこの男は何が知りたいというのだろうか。全く理解できない。
ブライトビーと戦った時に同じ場所にいた、あるいは自分たちの行動を見て同じく行動したほかのチームの魔術師であるということは予想できている。
そこで思いついたのは、いや思い出したのは戦っている最中の、本当に最後の瞬間のことだった。
ブライトビーと戦っていたはずなのに、自分はどこからともなく飛んできたほかの何かの攻撃によってやられた。
あれがブライトビーの攻撃だったかどうかはわからないが、少なくとも自分はあの攻撃でやられたのは間違いない。
あれをやった人物、そしてわざわざブライトビーと戦っているときに現れたということはつまりはそういうことだろう。
「・・・ブライトビーに関することか・・・?」
「あぁ、ぜひ教えてほしいものだ。お前の知るすべてを」
質問をさせ、自分で回答させる。そのことがどのような意味を持っているのかブギー・ホッパーは気付けていなかった。
自分自身で自分を追い詰めているとは夢にも思わないだろう。
「・・・私がブライトビーに関して知っていることは少ない・・・ほとんどは協会内で知られていることばかりだ・・・」
「嘘だな。お前は知っている、ブライトビーに関しての情報を。その本質に迫る可能性のある情報を」
その言葉でブギー・ホッパーは確信を持っていた。おそらくこの目の前にいる魔術師は自分の敵対するチームの人間で、自分たちと同じようにブライトビーに対して何らかのアクションを起こそうとした者たちであると。
ブライトビーを倒そうとしたのであればあの時本人を狙っただろう。だが彼に恩を売り、なおかつあの場で自分を倒すことで多くの情報を抜き取ろうと考えたのだ。
あの状況下で起きたことをブギー・ホッパーが分析しそのように思考を展開したのは仕方のない話だろう。
何せ実際康太を仲間に引き入れようとしていたグループはいくつかある。その中にはブギー・ホッパーたちと敵対していたチームも含まれるのだ。
「・・・」
だがその情報をこたえるわけにはいかない。答えていいはずがない。もし答えればブライトビーにも迷惑をかける上にその情報を流したものにも迷惑がかかるのだ。
「さぁ質問だ。お前はブライトビーの何を知っている?」
「・・・」
沈黙を貫こうとし、数秒間口を開かなかったが、自分の掌に何か冷たい、とがったものが当てられていることに気付ける。
一体それが何なのか理解するよりも早く、少しずつ自分の手に何かが押し付けられていくのがわかる。
それは徐々に痛みに代わっていく。とがったものが自分の手に当たっている状態で力を加えられているのだ、当たり前だ。
徐々にそれが自分の手に刺さっていくのがわかる。一気に刺さるのではなく、少しずつ、皮膚を破り、肉を少しずつ裂きながら手の中に侵入していくのがわかる。
「さぁ質問だ。お前はブライトビーの何を知っている?」
先ほどとトーンも同じ、内容も全く同じの質問がまるで壊れたテープレコーダーのように繰り返される。おそらくは自分が答えるまでこれを続けるつもりなのだ。
痛みのせいで魔力の回復もおぼつかない。何よりそれを徹底的に妨害してきているのだ。
こちらの集中力をとにかくそぐような動きをし続けている。これではどうしようもない。
「・・・彼は・・・ブライトビーは封印指定百七十二号を、その身に収めている。その力の片鱗もわずかながら使えるようだ」
「・・・そんな話は聞いたことがないな。その情報はどこから出たものだ」
確定的だ。この質問は今得た情報の信憑性を確かめに来ている。裏を取ろうとしているということだ。
情報源を明かせば当然それを確かめに来るだろう。
この情報を明かせば、当然だがその情報の源を確かめるためにその人物に会いに行くことになるだろう。
だが自分と仲間の身には代えられない。情報を明かすことでその人物はだいぶ不利な状況になるかもしれないがそれも致し方なし。すべからく自分の身がかわいいのだ。
「情報源は・・・フェン・トゥーカ・・・協会本部に所属する魔術師だ」
嘘偽りなく答えたその名前に、相手は満足したのか、それともその名前に聞き覚えでもあったのか少し言葉を止め、そして再び声を響かせてきた。
「では次の質問をしよう。お前にはまだまだ聞きたいことが山ほどあるんだ」
まだ自分への尋問は終わらないのだなと、身を震わせながらブギー・ホッパーは歯を食いしばっていた。
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