得意とする戦い方
回避と牽制を行いながら康太は着実に近づいていた。小百合や真理、奏やアリスといった強烈な人材の攻撃さえもぎりぎりではあるが回避できる康太にとって、今更この程度の攻撃は何でもなく回避することができる。
時折物理的によけきれない攻撃もあるが、そのあたりは障壁の魔術や自分の盾などで攻撃を受けたり、自分とは別のところに収束の魔術を使って攻撃そのものの軌道を変えたりと持てるすべての技術と魔術を使って徹底的にブギー・ホッパーに接近を試みていた。
だが当然ではあるが向こうもそうやすやすとは近づけてくれない。
康太が使っている魔力吸引の効果範囲を知りたいからか、むしろ意図的に離れようとしている節さえある。
射撃魔術を使いながら退き気味に戦う。接近しようとする魔術師の典型的な行動だった。
そして典型的な行動だからこそ康太にはある程度先を読むことができていた。逃げようとする魔術師の行動原理や心理は普段の訓練でもいやというほど学ばされている。
こちらがどのように攻撃すれば相手はどのようによけるか。訓練では自分が逃げる側のことが多いが、それでも十分すぎるほどに師匠や兄弟子との訓練で学習済みなのだ。
そして康太はその知識と経験を使って相手を徹底的に追い詰めていく。逃げようと足を動かした瞬間に遠隔動作でつかみ、バランスを崩したところで衣服や首をつかんで強引に転倒させていく。その隙に一気に接近して再び距離を詰めていた。
相手にとってはいつ来るかわからない妨害目的の遠隔動作の魔術はかなりの脅威になっているだろう。それこそ空でも飛ばない限り、常に魔術によって体を動かすくらいの状況でない限りこの妨害行動は無効化できないのだから。
康太は攻撃と妨害、そして接近しようとするルートを使うことで相手をうまいこと中庭のほうに追い詰めていた。周りには校舎があり、建物の中に逃げ込むことはできるが慣れていない建物での室内戦をするよりもまだ視界の開けた場所での射撃戦をしたほうが優位であるとブギー・ホッパーは考えているようだった。
魔術師戦でいえばまだ状況は序盤に等しい。互いに本命の魔術を見せていないのだ。牽制の射撃を繰り返して相手の出方をうかがう。ブギー・ホッパーはこれからどのように康太が動くのかを観察しながら次の手を考えていた。
康太が接近を試みるということと、康太が槍を持っているということを鑑みると接近戦を好む魔術師であるというのは容易に想像できる。
だが先にやられた三人の内二人は遠距離攻撃によってやられている。一人は蹴りによって気絶したがあれは彼の中では戦力にそもそも入れていなかったために判断基準にはなりえない。
そこからブギー・ホッパーは康太のこの近づこうとする行動そのものがブラフであると考えていた。
近づこうとすれば逃げようとするのが魔術師の基本的な考えだ。自分の得意な射程距離で戦うのが常である魔術師の戦いにおいて、相手に近づくという行為はそれだけ自分の射程距離が短いことを露呈する行動である。
だがその行動を逆手に取っているとしたら。
そこまで考えて彼は意を決することにした。自身の肉体に身体能力強化を施し、接近戦を挑むことにしたのだ。
彼自身は肉弾戦はそこまで得意ではない。だが相手の行動の真意を確かめるのに加え、相手を混乱させるためには必要な行動であると考えていた。
そして康太はブギー・ホッパーのその考えには気づかなかったものの、彼の行動の変化には気づいていた。
射撃を行いながらもその機動力が上がっているのだ。肉体強化の魔術か、念動力の魔術を使って移動を容易にしていると考えた康太は相手が何かを仕掛けてくるということを予想していた。
相手が射撃魔術を放ち、再び康太がそれをよける。そして接近しようとした次の瞬間ブギー・ホッパーが康太めがけて一直線に突進してきた。
あえて自分から突っ込んでくる。その行動に康太は一瞬混乱するものの、その行動の不用意さと彼がその行動に至るまでの思考のプロセスを大まかではあるが理解していた。
なるほど。康太はそう思いながら槍を構えて真正面から受けて立つ。
相手は素手、肉体強化の部門に関しては相手に分があるかもしれないが近接戦闘においてはこちらのほうが圧倒的に上だ。
そしてそれは実際に接近戦を行って如実に結果として現れた。
相手が拳を一回振るうと康太はそれをすり抜けながら槍で脚部へ斬撃、そして体ごと回転させながら側頭部への殴打、さらに再現の魔術によってその体全身に槍での斬撃をお見舞いしていく。
だが肉体強化に加え、何らかの防御魔術でも使っていたのか、ほとんどの攻撃は防がれているように思えた。少なくとも全くと言っていいほどに血が出ていない。軽いかすり傷程度の傷は負わせられてもそれ以上のものは見受けられなかった。
そう来たかと、康太はすれ違いざまに足元にいくつかシートのようなものを置いていく。
そしてせっかく近づけたのだからこのまま接近戦に持ち込もうと康太は意気揚々と槍を操り攻撃を仕掛けていく。
この時点でブギー・ホッパーは自分の考えの誤りに気付いていた。
康太はデブリス・クラリスの弟子なのだ。彼女は近接戦闘も容易にこなすという。その弟子が近接戦闘が苦手なはずがなかったのだ。
手数でも技術でもあちらのほうが圧倒的に上。むしろ近接戦闘のほうが攻撃頻度もその精度も増しているように思える。
それも当然だ、康太にとって最も攻撃力が高くなるのは槍の射程距離である範囲数メートル以内の間なのだから。
自分の考えの甘さと誤りに気付いてとっさに距離を取ろうとしたが、この距離に入ってしまったらもう康太からは逃げられない。少なくとも康太はもう逃がすつもりはなかった。
一度接近し肉薄した相手は絶対に逃がさない。それは小百合から耳に胼胝ができるほど教えられたことでもある。
自身の接近戦の能力を知った相手はとにかくその場から逃げようとする。そして逃げだしたらもう二度と懐には入れないと思ったほうがいい。それだけ相手は警戒してしまうのだ。
今までは覚えていた魔術も少なく、技術も未熟だったためにその通りにはできなかったが徐々にではあるがそれを満たせるだけの条件を康太は身につけつつあるのだ。
近接戦という瞬間瞬間の判断が重要になる戦いにおいて、ほんの一瞬でも体のバランスを崩したり、動きが制限されるだけでも相当な邪魔になる。
そう、遠隔動作の魔術は相手の動きを阻害するのに適しているのだ。何をどうするのか、仮に康太の動作が見えていてもどうしようもない。どこが捕まれるのかわからないせいでどこを動かしていいのかもわからないうえに、反射的に体を動かすにしてもきちんと訓練をしていなければ体はそうやすやすとは動いてくれないものだ。
結果的に、康太は自身の肉弾戦の技術と再現の魔術、そして遠隔動作の魔術を駆使してブギー・ホッパーの動きを徹底的に封じていた。
離れようと動こうとしても康太はさらに肉薄してくる。魔術によって動きを制限され阻害されている状態では康太の機動力から逃れられない。
威力の高い射撃魔術を使おうともしたが、そんなことをしたら自身も危険にさらされかねない。高い威力の魔術は遠くに向けて放つことで安全に扱うことができるが、ここまで至近距離で攻撃したら自身も巻き込まれてしまう。
この考えこそが一般的な魔術師の限界なのだ。
接近されたのだからどうにかして離れようとする。だが自身の安全を第一に考えて行動するために相手の思惑を振り切ることができない。
ここは多少自分の安全を犠牲にしてでも、身を切ってでも康太に対して攻撃するべきだったのだ。そう、康太が最初に戦った魔術師、文がそうしたように自分自身にも攻撃が来てもいいから康太から離れるべきだったのだ。
だがその考えができない。常に安全な位置で射撃攻撃をし続けた人間にそんな考えはできない。状況をまだ正しく認識できていない証拠だ。このままでは自分が負けるというところまで考えが追い付いていないのだ。
何せ康太の攻撃は今のところかすり傷程度にしかなっていない。肉体強化に加え防御魔術も体にまとっている状態ならこの程度の肉弾戦なら対処しきれると考えているのだろう。実際現状ならその考えは間違ったものではない。
だが康太がこのままの状態を維持するはずがなかった。
肉弾戦で相手を追い詰めながら康太がある地点にブギー・ホッパーの体を誘導するとそれは発動した。
唐突に地面から鉄球が真上に向けて発射されたのである。
ちょうど直上にあったブギー・ホッパーの体に鉄球は直撃していく。主に脚部へのダメージとなって肉体強化も防御魔術も貫いて簡単に彼にダメージを与えていた。
先ほど康太が置いたシートは、以前康太が使った地雷型の炸裂鉄球と同種のものだった。
以前は車を止めるために使われた大型の対物鉄球だったが、今回は対人用の小さな鉄球だ。
いわば対人地雷鉄球というべきだろう。肉体強化のかけた槍でほんのわずかに傷が与えられる程度だとわかっていたために、それよりも圧倒的に威力の高い鉄球で相手の機動力を殺すことにしたのだ。
ブギー・ホッパーの右足の脹脛や太腿に直撃した鉄球は彼の脳に強烈な痛みを即座に伝達させた。
同時に彼はほとんど動くことができなくなってしまう。肉体強化がかけられているとはいえ康太の猛攻と妨害、それを防ぎながら痛みと格闘し距離をとるのはほぼ不可能に近い。
早い段階で康太から離れていればこうはならなかっただろう。
いったい何が起きたのか、どんな攻撃をされたのか。
ただでさえ接近戦を余儀なくされ混乱している頭に完全に死角から放たれた攻撃はさらに彼の思考をかき乱した。
こうなってしまえばあとは康太の思うがままだ、フェイントを織り交ぜながらの攻撃をブギー・ホッパーは防ぐすべがない。
肉体強化と防御魔術を使っているせいでただの肉弾戦では決定打は与えられないもののすでに十分すぎるほどのダメージは与えている。
あとは相手を気絶させたいところだが、徹底して顔と胴体を守っているせいで簡単には気絶させられなかった。
さてどうしたものかと考えているとき、康太はあることを思いつく。さりげなくDの慟哭を操るとブギー・ホッパーへの攻撃をさらに強めていく。
相手はもはや防御するほかなかった。相手の様子を見るのではなく早々に本気を出して康太との戦いを終わらせるべきだったのだ。
だがその想定はもう遅い。康太はすでに条件をクリアしたのだ。康太の猛攻が一体どれほど続いただろうか、不意に康太の攻撃が途切れたかと思えば、康太は自分の懐、ほぼゼロ距離のところまで接近していた。
康太が拳をふるうとその体めがけて何度も拳の連打が叩き込まれる。再現によって繰り出された大量の拳を一度に受けたその体は宙に浮き、康太との距離を作ってしまう。
これが好機だと、ほんの一瞬生まれた隙に康太めがけて攻撃しようとした瞬間、その体に光が走る。
空気が炸裂する音とともにその体に直撃したのは雷だった。
いったいどこから、その考えをまとめるよりも早くブギー・ホッパーはその意識を手放した。
雷を放ったのは言うまでもなく、校舎の一角で康太の戦いを見ていた文である。
日曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




