ブライトビーの戦い
Dの慟哭をいち早く発動した康太がとった行動は非常にシンプルだった。まず全員にDの慟哭の瘴気を埋め込み、いつでもだれからでも魔力を供給できるようにすると遠隔動作の魔術で昼間あった男の首筋をつかむと強引に自分のほうに引き寄せた。
わけのわからないまま強引に引き寄せられた男は、混乱したまま抵抗しようとしても足が思うように動かずにその場に転倒してしまった。
男が倒れたと同時に、男めがけて近づいていた康太の全力の蹴りがその頭部に直撃する。身体能力強化の魔術をかけて威力が上がっている蹴りを転倒している状態で受けたせいでまともに防御することもできずに男はそのまま脳震盪を起こしたのか意識を手放した。
まずは一人。康太は油断することなく周囲に索敵の魔術を発動する。
Dの慟哭によって周囲は黒い瘴気で満ちている。視界は最悪だ。相手の男を逃がさないように速攻で敵を倒さなければならないだろう。
三人の位置を把握すると康太は構築の魔術で槍を組み立てて完全な臨戦態勢に入る。
そして相手の位置を完全に把握すると再現の魔術と蓄積の魔術の開放を同時に発動する。
盾に込められた対人用の炸裂鉄球、そして槍とナイフの投擲をまだ射程距離内にいた女二人めがけて同時に発動する。
相手もこの視界の悪さが原因で索敵の魔術を発動していたのだろう。鉄球のほうにはぎりぎり反応して急所を守ることはできていたが頭と体を守ることはできても足や腕を守ることはできなかったようだ。そしてもう片方の魔術師は無数に発動した再現の魔術には反応しきれなかったのかその体に次々と裂傷を負っていく。
二人の魔術師に対して片方はダメージ大、片方はダメージは軽微だが脚部へのダメージ。初手にしては上々の結果だといえるだろう。
そんなことを一瞬考えると自分の今いる場所に巨大な炎が飛翔してくる。
さすがにやられっぱなしではないということだろう。康太は肉体強化をかけて即座にその炎を回避するとその炎が飛んできた方角に意識を向けていた。
放ったのはブギーだ。ほか三人の魔術師が反応しきれていない中ブギーだけは早々に防御態勢を整えて後方へと跳躍していた。
文の読み通りあの男だけは場慣れしている。そして一番下っ端だったあの男は何も反応することができず、今いる二人の女の魔術師に関しては反応はできていてもそれも遅い。魔術師としての実力はあるようだが戦闘に適しているとは言えない。だが片方の女のほうは的確に防御していた。ある程度注意が必要だろう。
「これは交渉決裂とみていいのかな?いきなりの挨拶としてはなかなか過激だ、さすがはデブリス・クラリスの弟子というべきか?」
ここでどうこたえるべきか、康太は少し迷っていた。
あの男、ブギー・ホッパーをこの場から逃がすわけにはいかない。ならばこの男をひきつけるだけの何かをつけたすべきではないかと思ったのだ。
ならば相手が戦いたくなるような言葉を投げかけたほうがいい。そうすれば倒すことができる可能性が増える。
「お生憎だが、俺は俺より弱い奴らとつるむつもりはないんだよ。仲間にしたきゃまずその条件を満たせ」
相手がこちらを仲間にしたいとまだ考えているようならこの発言に対して躍起になってこちらを攻撃してくるはずだ。
康太はまず倒しやすい人員から倒していくことにした。
一番負傷の多い女の魔術師に狙いを定めると索敵で細かな位置を把握すると同時に遠隔動作の魔術を発動しその顔面に槍での殴打や強化した蹴りを直撃させていく。
こういう時に無属性の魔術というのはありがたい。基本的に地味であるために、何よりこの遠隔動作に限っては特定の地点に突然攻撃が現れるために相手はほとんど反応できないのだ。
こちらの動きを見ることができていればある程度その攻撃を予想して防御や回避ができたのかもしれないが、周囲にはDの慟哭が張り巡らされているために魔術師はそれを視認することができない。
索敵で康太の動きを察知できてもいったい何をしているのかわからなかっただろう。しかも三人いて三人に狙いが分散している状態では康太が妙な動きをしているからといって自分が攻撃されるかもわからない。
状況をうまく利用して康太はダメージを負っていた女の魔術師も戦闘不能に追い込むことに成功した。
大きなダメージを与えたことで意識がもうろうとしているのか地面に伏せた状態で全く動かなくなる。
死んではいないようだが治療しないとまずい状況かもしれない。
まだ状況は二対一、しかもブギー・ホッパーは確実にこちらを狙って攻撃を仕掛けてきている。
遅れながらではあるがもう片方の軽傷の女の魔術師もその援護に回っているようだった。
ブギー・ホッパーが康太の右側、そして女の魔術師が康太の左側に位置することで康太を挟み撃ちにするつもりのようだった。
対応としては悪くない。実際挟み撃ちにされると両方に気を配らなければいけないために康太は動きもだいぶ制限されただろう。
索敵の魔術を覚える前だったら非常に苦戦していただろう。だがあいにく今は索敵の魔術を覚えているために相手の動きは手に取るようにわかる。
多少集中力が必要であるために常に発動するというわけにはいかないが、それでも十分に相手の位置情報を教えてくれる。
康太は適度に攻撃を回避しながら女の魔術師のほうを徹底的に攻撃していた。ブギー・ホッパーは最後だ。まずは余計なことをする周りの人間から排除する。
炸裂障壁などの魔術も駆使しながら拙い防御ではあるが相手の攻撃を防ぎながら康太は狙いを定めていた。
槍と盾、炸裂障壁の魔術を使いながら相手の攻撃を防ぐと同時に再現の魔術を発動して自分の懐にあった炸裂鉄球のお手玉を女の魔術師の上空へと投擲する。
何かが投擲されたということを感じ取ったのか、上からの攻撃を警戒しているが、その警戒だけでは康太の攻撃は防ぎきれない。
康太は再現の魔術を使い再び槍やナイフの投擲を女の魔術師めがけて発動。さらにお手玉の中に込められた鉄球すべてに込められていた蓄積の魔術を開放すると同時に女の魔術師を目標とした収束の魔術を発動する。
収束の魔術は指定した移動する物体の進行方向を一点に収束することができる。はるか上空に投擲されたお手玉は三百六十度すべてにまんべんなく鉄球を打ち出すが、収束の魔術によってその動きが変化しまるで意志をもって目的に突進していくかのように、ミサイルのように狙いを定めて襲い掛かる。
鉄球の動きを把握したのか、女の魔術師は自分の体を守るように真上に障壁の防御魔術を発動する。
猛烈な勢いで襲い掛かる鉄球を、展開した障壁の防御魔術が防いでいくがすべての鉄球がその障壁に襲い掛かっている状況ではさすがに防ぎきることができなかったのか、障壁に亀裂が入り何発か鉄球がその体に襲い掛かる。
そして障壁が破られるのと同時に康太が放っていた再現の魔術が襲い掛かっていた。
直上と真横からの十字射撃。防御することも反応することもできなかったのか、鉄球と再現による攻撃を受けてしまい全身に傷を負ってしまう。
痛みによってか、それとも出血が多すぎたのか、女の魔術師はそのまま意識を手放す。四人のうちの三人はこれで片付いた。康太はそれを理解して周囲に展開していた黒い瘴気を自分の体の中に収納していった。
その場には倒れた三人の魔術師が横たわっている。
たった数分にも満たない戦闘。四対一の状況をあっという間にひっくり返してしまった。
不意打ちと一方的な攻撃が功を奏したとはいえ、この状況を見てブギー・ホッパーは驚愕しているようだった。
「・・・本当に・・・さすがデブリス・クラリスの弟子というべきかな・・・なんという戦闘能力か」
「そうでもないよ・・・こっちの不意打ちがうまく決まっただけの話だ。油断してるほうが悪い」
「・・・魔術師としての矜持はないらしいな」
「矜持?そんなもん抱えて負けるくらいなら最初から持たないほうがましだ。まぁでもそれじゃお前らも納得しないだろうから」
そういって康太はブギー・ホッパーから魔力を吸引し始める。自分の魔力が吸われていると理解したのか、距離を取ろうと後ずさるブギーのその足を康太は遠隔動作の魔術でつかんで止める。
「ここからは魔術師らしく戦ってやろうか?それも結構らしくはないけどな!」
視界が開けているおかげで康太はまっすぐにブギー・ホッパーを見ることができていた。
先ほどまで黒い瘴気を展開し続けたのは相手の視界を通さないためと自分の動作を見られないようにするため、そして相手に索敵をメインにした対応をさせるためだ。
複数人を相手にする場合、一番危険なのは囲まれて一方的に攻撃されることだ。それを避けるために、そして不意打ちを何度も連続して行えるように康太は周囲にDの慟哭を散布し続けた。
その効果は明確に出ていた。情報取得の多くを視覚に頼る人間にとって、煙幕という古典的ではあるがわかりやすい視界制限は強く効果を表す。
しかもその煙は魔術師にしか見えない。有害というわけでも目を傷めるというわけでもないために何ら出し続けても自分にもデメリットがないのだ。
自分の攻撃は出しやすく、なおかつ相手は自分を把握しにくくなる。もちろんそれは相手にも自分にも当てはまる。長期戦になれば勝負がどう転ぶかはわからなかったために康太は速攻で三人を戦闘不能にした。
だがここからは本当に一対一だ。Dの慟哭を煙幕としてではなく魔力の吸引としての発動に切り替えたのはもう一つ理由がある。
それは目の前にいるブギー・ホッパーを逃がさないためだ。
煙幕は康太自身もその視界を遮ってしまう。自身の未熟な索敵に頼って万が一にも逃がしてしまうようなことがあれば面倒なことになるのは避けられない。
絶対に逃がさないように康太はあえて自分の姿をさらし、一対一の正々堂々とした戦いを演出しているのだ。
そしてブギー・ホッパーはその意図を察したようだ。康太が多対一ではなく一対一での戦いを望んでいると思ったのか、集中を高めて魔術を発動しようとしている。
ここまでは何とか予定通り。だが先ほどの三人を倒すのに装備を多少使ってしまった。
あとは康太の自力で何とかするしかない。
康太に向けて襲い掛かる射撃系魔術を回避しながら康太は接近しつつ再現の魔術でナイフや槍の投擲を再現して相手への牽制を行っていた。
先ほどから見えない攻撃で味方がやられていたことから、ブギー・ホッパーも康太からの不可視の攻撃をだいぶ警戒しているようだった。
先ほども動こうとしたら足が動かなかったりと何か特殊な魔術を覚えていると思ったのだろう。常に動き続け、さらには前面に障壁を張りながら守備に重点を置いた戦いを徹底している。
魔術師としては適切な動きだ。康太がもしあの立場でも同じようなことをしただろう。
だがそれは普通の魔術師に対しての対応だ。康太に対して適切とはいいがたい。何より攻撃の手を緩めてでも防御に徹するというのは康太に攻めてくれと言っているようなものなのである。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです
 




