過去視
「そうだアリス、お前に聞きたいことがあったんだ」
「む?なんだ?」
「さっき話してたんだけどさ、過去を見ることができる魔術って存在するのか?」
「過去を見る・・・過去の事象を視認することができる魔術か・・・」
「あぁ、未来視があるなら過去視もあるんじゃないかと思って」
情報収集において未来の情報を得られるというのははっきり言ってかなりの脅威だ。まだ起きていない、誰も知らない情報を知ることができるのだから。
だが過去視というのもそれはそれでかなりの重要性を持つ情報を得ることができる可能性が高い。
何せその場に自分がいなくてもある一定の条件さえそろえばこの世界で起きたあらゆる情報を得ることができる可能性を秘めているのだ。
もっともその魔術があればの話だが。
「なるほどの。考え方としては面白い。確かに未来視という魔術がある以上その逆があると考えるのは自然の流れか・・・結論から言えばあるぞ」
「まじか。ちなみにどんなの?」
「そこまで便利なものでもない。もしかしたらお前たちも知っているかもしれんが・・・世の中でいえばサイコメトリーと呼ばれるものの一種だの」
サイコメトリー。超能力の一種でこれだという定義は存在しないが大まかにいえば『物体に残された人の残留思念を読み取る』という能力である。
物体に触れたり見たりすることで、その物体の過去を知ることができるといえばわかりやすいだろうか、それは人の残す思念だけではなく、事象や現象だったりもする。よくミステリー系のフィクションなどで用いられる能力だ。康太も文もその程度の知識しかないが大まかの内容は理解できた。
「じゃあ対象に触れてその過去を見るみたいなそんな感じか」
「大まかな内容としてはそうだの。ただこの魔術にも欠点がある。近い過去であればあるほど見やすく、遠い過去であればあるほど見えにくい。物体に残された記憶というのも時間経過で劣化してしまうのだ」
物体だから記憶というより記録というべきかもしれんがなとアリスは言いながら康太の着ているワイシャツに触れてみる。
康太の着ているワイシャツは学校指定の制服の一部だ。高校に入学した時から頻繁に着ている服であるためそれなりに長く愛用しているといっていいだろう。
「そうだの・・・このワイシャツでいえば大体三週間前まではさかのぼれるといったところか」
「そんなに前まで読み取れるの?三週間って言ったら結構な時間よ?」
「そうは言うがの、実際毎日のように事件や普段とは違う何かが起こっていたらそうはいかん。特に何も変わらない日常を過ごしていたからこそそこまで戻れるのだ。これで大きな事件があってこのワイシャツがそれを記憶していたら、それより過去に戻るのは難しくなるだろう」
人間の記憶もそうだが、長い時間平凡な日常があるとその日常の前にあったちょっとした事件などははっきりと思い出すことができる。
だがその逆、最近ちょっとした事件などがあるとそれよりも前の記憶を思い出すのは少し難しくなる。同程度の事件であれば思い出すことは容易だろうが、その間に合った日常を思い出せと言われると途端に難しくなる。
記憶というのは基本的に抑揚があって初めて結びつきが強くなり思い出しやすくなるのだ。何かしらのとっかかりがなければ記憶の倉庫から取り出すことは難しくなる。
人間が思い出すのと同じように、魔術による過去視というものも日常とは違う何かしらの変化があれば読み取るのも容易になるのだろう。
逆に言えばその変化は読み取りやすくなる。そして変化が激しいものであればあるほど、日常とかけ離れていればいるほどに過去に存在した記憶の劣化は激しくなっていってしまうのだ。
康太のワイシャツは基本的に高校の日常生活でしか使用していない。そのためある程度遠い過去まで確認することができるだろう。
だが常に日常にいるワイシャツですら三週間が限界なのだ。康太が使う槍や魔術師の外套、仮面などは日常的に激しい動きをしている。
日常とかけ離れるほどその事象は読みやすくそれとは別の日常の事象は読みにくくなるとは言うが、普段からして激しい動きをしている康太の道具たちはいったいどうだろうか。
今度アリスに頼んでみるのもいいかもしれない。
「じゃあ現実的に、そいつを見ただけでそいつが経験してきた過去を見ることは難しいってことだな?」
「私の知っている方法ならというだけの話だ。未来視の魔術のように詳しく条件を設定してみることが可能な過去視も存在するだろう・・・まぁコータが危惧するものは理解しているつもりだ」
康太が危惧しているのは康太の経験してきた過去の事件などを康太を見ることによって、あるいは康太が身に着けていた道具を介することによって知られることだ。
すでに起こったことは誰かに聞くなりして調べる以外に知る方法はない。情報規制がされている中それを知ることができるものはほんの一握りに限られてしまう。
だが魔術によってそれを知ることができた場合、情報規制などは何の意味もなくなってしまう。
隠していようが何だろうが読み取ってしまえば済む話になるのだ。はっきり言ってこれほど脅威なことはない。
隠し事のない品行方正な人間であれば脅威など感じなかった過去視だが、康太のように隠し事が多い魔術師からすれば脅威となる魔術なのだ。




