ゲストか否か
「やばい康太、先輩たちにこのこと伝えなきゃ」
「え?なんの事?こいつら紹介するのか?」
「そうだけどそうじゃなくて!先輩たちはこの二人が今日私たちが待ってるゲストだと思ってるかもしれないってこと!」
「・・・・・・・・・あっ!」
十数秒間考えて康太も文に遅れてその可能性に気付く。
そう、康太と文は先輩魔術師に『二人自分たちの知り合いであるゲストがやってくるから手を出すな』とだけ伝えていたのだ。
当日奏やアリスがどのような姿でやってくるかわからなかったために姿形などは全く教えていなかったのだ。
康太たちが何も問題なく合流し、仲良さそうに話している光景を見て先輩魔術師たちは『あの二人が康太たちの客なのだ』と考えたかもしれない。
もしこのタイミングで奏たちが堂々とやってきたらどうなるか。その二人こそ康太に接触しようとやってくる外部の魔術師であると捉えかねない。
「やばいやばい!すぐに先輩にメール!知らせなきゃ!」
「わかってるわよそうせかさないで・・・って・・・何でこう忙しい時に・・・!」
携帯を取り出してすぐに先輩魔術師に連絡を取ろうとした文だったが、彼女の索敵魔術が二つの存在を確認したのだ。
魔力を有した二つの存在。文たちが予想した通り、その存在は正門からやってきた。
「康太、あんたは正門に走って!いつでも止められるように覚悟しなさい。ただばれないようにね!」
「了解、フォロー任せた!もし違ってたら合図するから」
文が正門の方を見ながら感知の魔術を発動し続けているとそこには想像していた外見とは全く違う二人の姿がある。
あれはアリスによる変装か、それとも奏とは別人なのか。文の索敵系の魔術では判断しようがなかった。
アリスの変装は文の索敵では見破れない。外見の特徴を把握する索敵も魔力を感知する索敵も通じない。魔力は感知できてもそれによって個人を特定することは難しいからだ。
外見的特徴を把握する物理的な索敵も、アリスのように体の形や服などを障壁の形を変えることで再現する変装法には無意味。その障壁を普通の服などと誤認してしまうためにそれらが偽物であるとわからないのだ。
この状況はまずいと即座に判断して行動力のある康太に先陣を切らせたが、どうやらその判断は間違っていなかったようだ。
文たちが動くよりもさらに早く魔力の存在を感知したのか先輩魔術師が数人動き始めている。
康太と先輩魔術師のどちらが先に二人の魔術師に遭遇することになるか、今の段階では判断しかねる。
頼むから早く接触してくれと文は祈りながら短く集中して魔術を発動した。
既に校舎外に出て対象に近づこうとしていた先輩魔術師の近くにほんのわずかな凩を発生させたのだ。
竜巻や突風までとは言えなくとも大きく周囲の布や砂を巻き上げ、一瞬ではあるが目をつぶらせ足を止めさせることで到達を遅くさせたのである。
だが文にできる事と言えばその程度だ。雷を落として麻痺させるわけにもいかないし大規模な光属性による隠匿だってできない。霧を発生させても明らかに強い違和感を周囲の人間に与えるだけだ。
突発的に起こった風を使って康太のフォローをするくらいしかできない自分が歯がゆかった。
どうすれば康太をより早く到着させられるか、その考えをしている間にも一人の先輩魔術師がすでに目標に接触しつつあった。
ここで風を起こしたら二人の魔術師がこれが攻撃なのではないかと疑うことになる。それはできない。
もしあの二人が奏とアリスだったのなら、攻撃ととられるような手段にはまず間違いなく反応する。
あの二人が件の二人ではないことを賭けて無理にでも突風を起こすか、そんな無謀な賭けはできない。
何よりあの二人は侵入すると言っていた。もし見つかればそこで終わり。最初にあったのが康太たちではなく先輩魔術師であったのならそれはそれで後々面倒なことになる。
必ず最初に会うのは康太か文でなければいけなかったのだ。だというのに出足で遅れてしまった。
双子という存在がいたという事、そして何より自分たちが気付いた可能性により動揺してしまったこと。何よりタイミングが最悪だった。
これから行動しようとしているところに新しく何かが来たせいで思考も行動もかき乱された。
内心舌打ちしているところに、とうとう先輩魔術師があと屋台を一角曲がれば目標に到達してしまうというところで文はどうしようもなくあきらめの境地に達していた。
そんな中、唐突に近づいていた先輩魔術師の歩みが止まる。
一体何が起こったのか、そのことをこの場で状況を確認している文は理解できていなかった。
そう、先輩魔術師を止めたのは康太だった。だがまだ康太は校舎を出たばかり、屋台の並ぶ地点には到達していない。
そう、索敵魔術を使って先輩魔術師の正確な位置を把握するとその場所に遠隔動作を使って動きを止めたのだ。
その手で肩を掴むだけで先輩魔術師は何者かに掴まれているという警戒心が働く。その為歩みを止めたのだ。
康太の思わぬ機転により事態は好転し始めるが、康太が二人の魔術師と接触するまでまだ距離がある。
文も可能な限りフォローしなければとこの状況をすぐにでも伝えようと先輩魔術師たちに一斉送信でメールを送る。
この状況で悠長にメールを見てくれるかどうかはわからないが、何もしないよりはずっとましだ。
何より康太が何をしたのかわかった以上、文にもできることが増えた。
文は周囲にいる先輩魔術師たちの位置を正確に把握すると、念動力の魔術を発動した。
文は無属性の魔術は別にさほど得意というわけではないが、無属性の基礎中の基礎である念動力の魔術くらいは問題なく扱える。
無論出力はそこまで高くないし精度もそこまではない。だが正確に位置を把握できているうえに十分に集中できる環境があるのだ。それだけの状況が出来上がっているのであれば彼女はミスなどしない。
先輩魔術師の進行方向とは逆方向に力をかけることで強制的に進みにくくする。傍から見ればただ歩く速度を遅くしただけだが、実際にはわずかではあるが力がかかり進みにくい状態になっているのだ。
普通に空間を歩くのに比べ半分近く速度が落ちた。今先輩魔術師たちは水の中を歩いているかのように動きにくくなっていることだろう。
基本的に見えにくく地味な無属性魔術の面目躍如といったところだろうか。こういう時には本当に役に立つ。
さっさと接触しなさいバカ康太と頭の中で反芻しながら索敵の魔術に加え距離の離れている複数の先輩魔術師に対して常に念動力を発動し続けている文は康太のいる位置を確認していた。
既に康太は校舎を出た。康太自身も索敵を発動して魔術師二人に接触しようと足早に移動していた。
これから会うのが奏とアリスならばよし。もし違うのであれば再び対応を考えなければならないだろう。
考えることが多すぎて頭が痛くなってくるなと文は眉間にしわを寄せながら窓からようやく康太の姿を視認していた。
既に康太も二人の魔術師を視認していた。互いに魔力を有した存在が近くにいるという事で意識し合っていたのだろう、二人の魔術師も並んで康太の方をまっすぐに見つめ返している。
あれは奏とアリスか。その答えは康太の中ですぐに出た。
あの二人は奏とアリスではない。
自分が対峙した時にあの二人だったらどうなるのか、康太は感覚的に知っていた。
奏と対峙した時は頼もしくも恐ろしい、そして立ち向かいたくないと心底思うかのような身の震えが襲い掛かる。
アリスと対峙した時は康太ではなく、その身の内に秘めたデビットの残滓がざわめく。この人物には逆らってはいけないと警鐘を鳴らす。
アリスの弟子であるデビットの残滓が本能的に察するのだろう。この人と対峙してはいけないと慌てるのだ。
あの二人は自分達が待っている二人ではない。それがわかった瞬間に康太は文に合図を送った。
その合図は康太の体から発せられたものではなかった。康太が出した合図は文の体の中から現れたのだ。
不意に文の体の中から噴き出した黒い瘴気。それが康太の出した合図であると気づくのに時間はかからなかった。
文は即座に先輩魔術師たちにかけていた念動力を解除すると康太たちの居る一角に意識を集中させる。
あの魔術師たちが何を目的にやってきたのかは知らない。だが三鳥高校に足を踏み入れたのだからそこに所属する魔術師としては対応しなければいけない。
外敵ならば排除する。ただ文化祭を楽しみに来たのであれば監視付きで楽しんでもらう。もし問題を起こすようであれば即刻出ていってもらう。
先程文が行った行動の意図がわからなかった先輩魔術師たちも、文が先程一斉送信したメールを遅れながら目にすることによってこの状況をほぼ正確に把握しつつあった。
康太たちに思わぬ来訪者がいたこと。そして今やってきた魔術師が自分たちのゲストであるかどうかを真っ先に確認する必要があったこと。そしてもしかしたらあの魔術師は自分たちのゲストではないかもしれないという事。
端的ではあるが最低限の情報は伝えられた。康太が僅かに敵意と殺意を向けているあの状況を見て、あれがゲストであると思うようなものはいないだろう。
他の一般人たちは気づけないだろう、康太が放つ刃物のような殺気と視線に。それが向けられているのは目の前にいる二人の魔術師。
決して戦闘態勢には入っていないが、いつでも動くことができるように康太はその身に身体能力強化を施していた。
自身の魔力供給に加え今は文の体から直接魔力を補充させてもらっている。万全とは言わないが十分に戦闘を行える状況にある。
唯一懸念するとすれば周囲に大量に一般人がいるという事だ。
もし巻き込んだら厄介なことになるだろう。これだけの人がいると記憶操作や消去による隠蔽も容易くはない。
まだこの時点では相手の出方を見るしかない。康太は二人の出方を窺うべく一定の距離から動かずに目の前の人物たちに視線をぶつけ続けていた。
目の前にいる二人の人物は片方が男性、片方が女性のように見える。アリスなどが使うような高度な変装でもない限りあの二人の姿はまず間違いなく本人そのままのものだろう。
片方は身長の高い男性だ。まだ暑い九月末という事でポロシャツにジーンズ、そしてサンダルというラフかつ涼しげな服装をしている。
対して女性の方は麦わら帽子に白のワンピース、そして隣にいる男性と同じようにサンダルを履いている。
両者ともに非常に涼しげな姿をしていることに加え両者の距離が近いこともあり客観的に見ればとてもお似合いの二人のように見える。
だが康太からすれば敵地に来ているにもかかわらずあまりにも接近しすぎているのはどうかと疑問さえ浮かべてしまっている。
だが今が夜ならまだしもまだ昼間、しかも周囲には多くの人間がいることも鑑みてそのように振る舞っているだけなのかもしれないと考えるが、二人の様子を見て康太は眉をひそめた。
二人とも笑っていたのだ。一体何を笑っているのかはわからない。何か面白いことでもあっただろうか、それとも目の前にいる康太の何かがおかしかったのか。
どちらにせよ康太の不快感を呼び起こしたのは間違いない。
周囲を確認すると康太の周囲、いつでも展開できるように三鳥高校の魔術師が集まってきている。
直接囲むようなことはせずに手を出せるギリギリの位置を維持しながら康太と二人の出方を窺っているようだった。
それは文も同じだった。既に康太たちの姿を捉えいつでも反応できるだけの準備を整えている。
この状況になっているのであれば多少無茶をしても文が何とかしてくれるだろうと康太はゆっくりと歩みを進めることにした。
そして二人の人物に対して手が届くほど近づくと、康太はまっすぐに男性の方に目を向ける。
康太の身長は百七十前半、対して男性は百八十はありそうな高身長だった。女性の方は康太より若干低いことを鑑みて百六十の後半と言ったところだろうか。
康太が近づいて真っ直ぐにこちらを見つめているところからさすがに露骨な笑みを浮かべることは止めたが、康太の目をまっすぐに見返している。
魔力の量的にはそこまで多くないだろうか。だいぶ消耗している康太と同等、いやもう少し相手の方が多いだろうか。
索敵の魔術で相手の魔力を測ろうにも、まだ索敵系の魔術が未熟な康太は上手く相手の魔力量を測ることができずにいた。
だがこの二人の体内に魔力があるという事だけはわかる。この二人が魔術師であるという事は確定なのだ。
そして二人も同じように康太の中にある魔力を察知して魔術師であると気づいているだろう。
互いに魔術師であると理解したうえでこうして対峙しているのだ。どちらかが第一声を放たない限りはただ二人が見つめ合っているだけになってしまう。男相手に見つめ合う趣味はないため、この場は康太の方から切り出すことにした。
「うちの高校の学園祭にようこそ。何か見に来たんですか?」
切り出し方としては上々だろう。相手が何かを求めていることはこちらも重々承知なのだ。それが自分の可能性が高いことを康太は理解している。だからこそ敵意を向けながらも笑みを作り、康太はしっかりと二人に向けて問いかけていた。
「いやまぁ、そうだな。いろいろ見に来たよ。会ってみたいやつがいんだけど紹介してくれないか?」
男の方がそう答えると、康太はやっぱりそう来たかと内心舌打ちする。この二人が会いに来た人物の可能性として一番に挙がるのが康太だ。正確には魔術師であるブライトビーに会いに来たといったところだろう。次点で文、あるいは三年生の魔術師と言ったところだろうか。
だが後者の二つに関しては可能性は低い。やはり一番可能性として高いのは康太に会いに来たというところだろうか。
「へぇ・・・いったいどんなご用件で?内容によっては取り次ぎますよ?もちろん本人が了承すればの話ですけど」
「へぇ、話が分かるじゃん。それじゃ連れて来てよ。そいつに直接話すから。名前は」
「今ここで用件を言ってください。その内容によって取り次ぐかどうか決めますから」
康太の冷静かつ丁寧、そして有無を言わさない対応に不快感を覚えたのか、目の前の男性は笑みをほんのわずかに引きつらせている。
こちらの用件を聞くように見せかけておいてこちらの用件だけ言わせる。そう言う腹積もりではないかと考えているのだ。
実際相手が何を理由に誰に会いに来たのか康太は知らない。ある程度察しがついているとはいえその察しの通り動いてやるつもりは毛頭ない。
なにせ向こうはやってきた客であるとはいえ招かれざる客なのだ。康太からすればいい迷惑極まりない。
「用件はそいつにしか伝えられないっての・・・いいから呼んで来い」
「本人にその気がなかったらどうするんですか?それに呼んでこいって言いましたけど一体誰を?それも分からずに誰を呼ぶっていうんですか」
「こんな学校なんかに来る理由なんて想像つくだろ?ちょっと考えればわかるだろうが。特にお前みたいな奴なら」
お前みたいなやつというのが康太が魔術師であるという理由から来ているのであれば確かに正しい推察だ。実際康太はある程度察しはついている。この二人は自分に会いに来たと。
だがだからと言って今この場でブライトビーとしてあってやるつもりはなかった。
「すいません。俺昔から察しが悪くてどうも・・・とりあえず用件と呼ぶ人の名前を教えてもらえますか?そしたら力になれるかもしれませんよ?」
先程と同じような問答を繰り返そうとし、薄っぺらい笑顔を張り付けたままの康太を前に目の前の二人、特に男の方は若干苛立ちを隠せなくなってきている。
まるで自分の師匠のように煽りに対する耐性の低いやつだと思いながら康太はこれからどうしようかと悩んでいた。
目の前にいる人物がブライトビーに会いに来たのであれば黒い瘴気を見せつけるのはあまり良くないだろう。相手の目的を把握することを最優先にするのであればさっさと自分が会いに来た張本人であると知らしめるのが一番手っ取り早いのだが、そうなったらなったで後々面倒なことになるのは目に見えている。素顔を知られるというのはそれだけ面倒なことなのだ。
もちろん相手がわざわざこうして足を運んでいる以上簡単に帰ってくれないことはわかりきっている。
だからどうにかして相手を苛立たせてこの場にいることができないようにするのがベストであると考えていた。
幸いにしてこの場には多くの人の目がある。もしこの場で相手が荒事をしようとしてきたならばそれはそれで相手をここから追い出す理由になるだろう。
普段は人の目を避けることを基本とする魔術師だが、こういう場合においてはむしろ人の目を引くような魔術が有効だ。
そう言う魔術を文ならば使えるのだろうが、さてこの状況に彼女が気付いてくれているだろうか。
そこまで考えている時、文は康太の思惑を大まかではあるが察していた。話をしている時に康太が妙に笑顔で話し、なおかつ相手の表情から察するに機嫌があまり良くないものになったのに気付いたのだ。
康太が挑発、あるいは何かしらの嫌がらせによって相手を不快にさせていると理解した文は康太が何をしようとしており、何がしたいのかをほぼ正確に把握しつつあった。
康太の思惑に気付いた文の行動は早かった。相手が何をしようとしているのかほとんどわかっているのだから相手の嫌なことをしてやればいいだけの話だ。
文はほんの少しだけ集中して康太たちの様子を窺いながら周囲の状況を変えるべく魔術を発動していた。
文がしっかりとフォローに入ってくれているということにまだ気付いていない康太はどうやってこのことを文に伝えるべきか悩んでいた。
当然考えたところで簡単に答えが出てくるはずもない。だからとりあえず文がすでに動いているという事を想定して動くべきだと考えた。
文なら自分の姿を見ているはずだ。自分が話しているだけで相手が不快になるのであればそれは自分の差し金であると理解してくれるだろう。
ここからは康太がどうするかにかかっている。さてどのようにこの人物を苛立たせてやろうかと康太は頭をひねっていた。
小百合のようにナチュラルに敵を作るようなことができれば一番楽だったのだろうが、良くも悪くも康太は平凡だ。話すだけで誰かを苛立たせるような真似は簡単にはできない。
とりあえず相手が何か考えをまとめているよりも早くこちらからいろいろと聞き出すついでに話を進めようと康太は小さく意気込んで二人に話しかける。
「どんな人にどういうわけで会いたいのかも言えないような人をうちの生徒に会わせるわけにはいかないですね。会って話をしたいというならきちんと筋を通してください」
「・・・こっちがそいつの知り合いだっていう可能性は最初から考えてないのか?」
「ないです。だってもし知り合いなら俺なんかに仲介を頼もうとせず携帯かなんかで呼び出すでしょう?それができない時点で知り合いの可能性はゼロ」
だからさっさと用件言うか帰ってくださいよと言いかけて康太はその言葉を飲みこむ。ここまで言ってしまうと康太が帰らせたいが為に苛立たせるような発言をしているように思われるだろう。
こちらの思惑を知られることは避けたい。ただ単に康太が嫌なやつとしてのレッテルを張られるなら安いものだ。しかも見ず知らずの魔術師に睨まれたところで康太からすれば痛くもかゆくもない。
「ならいいよ、別のやつに聞くから。幸い他にもそれっぽい候補がいるわけだし?お前にこだわる必要はないしな」
「へぇ・・・こだわる必要はないと・・・まぁいいんじゃない?好きにすれば・・・俺以外の相手が対応してくれればの話だけど」
康太がそう言うのに呼応してか、それとも偶然か、ある程度近くまでやってきていた先輩魔術師たちがこの辺りから離れていっているのに二人も気づけただろう。
康太からすれば文が何かしてくれたのだろうなと理解しつつも最高のタイミングだと文のフォロー能力の高さを高く評価していた。
やはり自分のフォローを任せたのは正解だったと康太が内心ほくそ笑む中、周囲の状況に気付いたのか魔術師二人は眉をひそめていた。
自分以外の魔術師を遠ざけ、自分以外に対応させないようにしているのだ。単純だが嫌らしいやり方である。
「それで?誰に何を聞くって?もちろんこの辺りを適当に徘徊してるうちの生徒に聞くのもいいかもね。教えてくれればの話だけど」
この二人が魔術師で、魔術師としての康太に会いたいと言っているのに一般人相手に話を聞いても仕方がない。
とはいえこの場で荒事を起こすのはこの二人としても本意ではないのか、不快そうな表情を康太に向けたまま苛立ちを抑えきれずにいるようだった。
あと少しだなと康太は考えながら一瞬目を細めて再び薄っぺらい笑みを浮かべる。こういうやり方は康太自身したくはないがこうなってしまっては仕方がない。相手には少々乱暴なやり方で帰ってもらうことになるだろう。
「・・・わかったよ・・・用件を話してやる。俺らはこの学校にいる奴に会いに来た。でそいつを俺らの仲間に引き入れようとしてんだよ」
やはりそう言う話だろうなと康太は半ば予想していただけに内心落胆していた。
もう少し別の理由だったのなら聞くだけの理由ができたのだろうが予想できていた内容をほぼ逸脱しなかったためにもうこれ以上話を聞く理由がなくなってしまったのだ。
これでちょっと様子を見て攻撃でもしようかとか、気になる奴がいてちょっと会って話をしてみたいとか、あるいは以前関わった事件の関係でちょっと話をしたいとかそう言う内容であるのならまだ興味も持てた。
だがこれだけわかりやすく予想の範囲内な回答をされると流石に康太としてもやる気が減退するというものだ。
「それは一体どなたにですか?うちの連中に気になる奴でも?」
「わかってんだろ。ていうかお前らの中でもトップなんじゃねえか?協会であれだけ騒がれてたんだ。気にならないはずないだろ」
この時点でほぼ確定だ。この三鳥高校の魔術師同盟の中で協会で騒がれるだけのことをやっている、というよりやらかしているのはこの中では康太だけだ。
この二人の人物は魔術師としての康太に、つまりブライトビーに会いに来たという事だろう。
予想通り過ぎてつまらない。もう少し予想から外れた行動でもしてくれればよかったのにと思いながら、自分の師匠ならこの状況をむしろありがたく思うだろうなと考え先程までの自分の考えを強く叱咤した。
現実の状況などで自分の思い通り、あるいは自分の予想通りに行くことなどめったにない。むしろこういう事があるのはありがたいと思うべきだ。
あきらかに状況からしてそうとしか考えられない場合でも、ありとあらゆる可能性を考えておいて損はない。だからこそ予想が的中したというのは康太がそれだけ考えを巡らせたという事でもある。
だが康太は少し気になることがあった。先程から男の方は康太への不快感をあらわにしているし慣れない割にはうまく挑発できているように見えるが、隣にいる女性に関しては全くと言っていいほどに動揺も変化も見られない。
直接男の方が応対する代わりにこの女性は恐らくこちらを逐一観察するのに努めているのだろう。
こういう風にこちらの様子を窺ってくる相手が一番厄介だ。
魔術師において、いや戦いにおいて最も重要視されるのは相手の情報だ。
相手が何をしようとし、何ができ、何を目的としているか。これを知るだけでも十分以上に状況を優位に進めることができる。
目の前にいるものに噛みつくだけでは正しい状況は把握できない。一歩引いて全体を見渡せるようにならなければ優位な状況は作り出せない。
康太が実戦にも似た訓練で何度も教わったことだ。それを目の前にいる女性はやっているのだ。
恐らく魔術師としての格自体は女性の方が上なのだろう。盤面をよく見ているとでも言えばいいか、周囲の状況を確認しながらも康太と男性との会話をよく聞いて物事を判断しようとしている。
麦わら帽子でわざと目元を隠して表情や目線を読まれないようにしているのも地味に厄介だった。
康太の覚えている索敵魔術がもっと練度が高ければ表情だけではなく目線まで知ることができたのだろうが、生憎覚えたての魔術ではそこまでの練度は望めない。
むしろ気を付けるべきは男性より女性だ。この状況で次の手を打つとすれば男性ではなく女性の方が可能性が高い。
さてどのように対応したものかと康太は考えていた。
なにせ相手は康太の申し出通り思惑を口にしたのだ。それが本当か嘘かはさておき向こうは筋を通したのだ。こちらも筋を通すべきなのはわかっている。
だがこの場でブライトビーに接触してもらっては困るのだ。というか康太はこの二人に魔術師としてまともに接触したくない。
ただでさえ周りには面倒が満ち満ちているのにこれ以上増えてたまるかと康太は絶対にブライトビーとしては接しないくらいのつもりでいた。
「んー・・・まぁ確かにその気持ちはわかりますけど・・・そいつ気難しいですからたぶん仲間にはならないと思いますよ?」
「そんなの本人に言わなきゃわかんないだろ?少なくともお前が決める事じゃない」
「まぁそうですけど・・・どんな人かもわからない、実力も不明、何を目的にしているかも何をしたいのかもどんな規模かもわからないような人の誘いに乗るとは思えませんよ。乗ったらただのバカです」
「だからそれを決めるのはお前じゃないって言ってんだろ。いいから呼んでこいっての。居場所知ってんだろ?」
「だから誰を呼んでこいっていうんですか?少なくともうちには有名なのは複数いるんですよ?せめてちゃんと名前を言ってください」
再三にわたる問答にさすがに男性も苛立ちが頂点に達しつつあるのか、顔を引きつらせながら康太の方を睨む。
康太だって察しはついている。だが相手を苛立たせておかないとこれからいろいろと面倒だ。なにせこのまま居座られては何時ぼろを出すかわかったものではないのだから。
最低でもブラックリストに載るくらいの状況は作っておきたいものである。
「だから、ここにいるブライトビーを呼んで来いっつってんだよ。ここのやつだってのは調べがついてんだ。いい加減にしねえと顔歪ませんぞ」
「顔歪めてるのはあんたの方じゃないですか。いい歳してみっともない」
康太の言葉に堪忍袋の緒が切れたのか、男性は康太の胸ぐらをつかんで殴りかかろうとする。
この場には大勢の人間がいる。その衆目に晒されながらこの行動をとるという事が分からないほどにこの男の頭には血が上っていた。
日曜日、誤字報告十件分、ブックマーク件数2600突破で五回分投稿
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