序列と提案
「それで?話って何だ?」
「あぁそうだった。私たちの学年の魔術師としての序列の話よ」
やっぱり魔術師系統の話かと康太は辟易する。なんとなくわかっていた、彼女に呼び出された時点でお礼参りか魔術師としての話し合いかの二択になっていたのだ。
こうして話をしているという事はつまりそう言う事だというのはすぐに理解できる。
小百合も序列がどうのこうのと言っていたが、魔術師としての序列なんて決めて一体どうするんだと言いたくなる。
みんな違ってみんないいという道徳的な考えではだめなのだろうかと思えてしまうのだ。
「序列ならお前が上でいいよ。何も話し合うまでもないだろ」
「は?でもあんたが勝ったのに・・・いいの?」
「いいも何も、昨日言ったとおり俺は魔術師として半人前以下だぞ。ポンコツが上になるよりお前みたいな経験も実力も上の奴の方がまとめたほうがいいだろ」
ぶっちゃけ面倒なのは嫌だと言いながら康太は弁当の具を口に放り込む。
実際序列が上になって一体何がどうなるというわけでもないのだ。自分の魔術師としての技術が急激に上昇するというわけでもなし、自分の魔術師としての評価がうなぎのぼりになったところで別に気にするような事でもない。むしろ評価は下がってほしいくらいだ。ただでさえ小百合の弟子という事で妙な視線で見られてしまうのだから。
「ちょっと意外だったわ・・・デブリス・クラリスの弟子って聞いてたから、もっと主張激しいのかと思ってたのに」
「あの人の弟子ってだけで傍若無人ってわけじゃないぞ。むしろ姉さん・・・俺の兄弟子とかは凄い常識人だ。無茶苦茶なのは師匠だけなの」
自分の師匠の評価とは思えないなと文は不思議そうにしていたが、そんなものなのだろうかと思いながら箸を進めていた。
実際小百合と真理、そして康太の中で傍若無人なのは小百合だけだ。むしろ真理と康太はそれに巻き込まれる被害者的なポジションである。
代わってほしいくらいだと内心思いながら康太はため息をついていた。
「ねぇ・・・一つ聞きたいんだけど、あんた魔術師になって日が浅いって・・・本当なの?」
「本当だよ・・・なんなら師匠にでも聞いてくれていいぞ。俺が魔術に関わったのは今年の二月、それから強制的に魔術師にされて・・・ようやく魔術二つ修得したところなんだから」
康太の言葉に文はものすごい形相を浮かべてしまっていた。
信じられないという表情と、こいつは一体何を言っているんだという疑問を含めた表情であるというのはすぐにわかった。
「え・・・?二つ・・・?たったの二つ!?」
「え・・・?あ・・・やべ・・・今のは聞かなかったことに・・・」
「なるわけないでしょ!はぁ!?二つ!?たった二つしか覚えてないわけ!?」
文の反応に康太はしまったと項垂れてしまっていた。師匠である小百合からも自分の所有している魔術に関しては秘密にしておくべきだという事はいわれていたのに、つい口が滑ってしまった。
意識していないとすぐこれだ。自分の魔術師としての意識の薄さがうかがえる瞬間でもある。
やはりもう少し意識的に魔術師であることを認識しないといけないだろうなと康太はため息をついていた。
「たった二つとか言うなよ、これでも頑張って覚えたんだから、むしろ二か月で二個魔術覚えられたんだから褒めてほしいくらいだわ」
「・・・あぁ・・・まぁ・・・そうか・・・そう考えるとそうね・・・悪かったわ」
文は一旦落ち着いたのか、深呼吸しながら自分の額に手を当てながら項垂れている。こんなのに自分は負けたのかと悔しそうにしていた。
なんというかかける言葉が見つからない。こんな自分ですいませんとさえ思えてしまうほどである。
「わかった・・・わかったわ・・・あんたは魔術師としてはまだまだ駆け出しってことね・・・わかった、それじゃ一応この学年では私が上ってことにしておくわ」
「あぁ頼む。でもこの学年で上とか言われても何するんだ?業務連絡でもあるのか?」
「ん・・・まぁそうね、似たようなものよ・・・っていうか師匠とかから何も聞いてないわけ?」
「あの人から言われたのはお前を叩き潰せってことだけだったぞ。あの人とお前の師匠・・・エアリス・ロゥ・・・だっけ?その人と仲が悪いからやっつけろ的な」
あぁそう・・・と文は再び項垂れてしまう。康太の師匠である小百合がどれだけ無茶苦茶な人物であるのか理解した様だった。
なんというか康太にほんのわずかにではあるが同情すらしてしまう。こんな無茶苦茶な師匠のもとで育ったらまともな魔術師になれないのではないかとさえ思えてしまうのだ。
もしかしたら魔術師として普通にやるべきことさえしていないのではないかとさえ思えてしまうほどである。
「とりあえず、私達の学年には私とあんた、二年生には三人、三年生には二人の魔術師がいるわ・・・序列が上の人間がやるのは・・・まぁそうね、業務連絡みたいなものかもしれないわ。互いに不干渉を貫くにしろ協力するにしろ表に立って交渉するのが仕事よ」
「なるほどな・・・うん、めんどいから頼むわ」
いい笑顔を浮かべながら親指を立てる康太に文は僅かに殺意さえ覚えていた。同時に何で自分はこいつに負けたのだろうかと自問自答してしまっていた。
一体自分は何で負けたのだろうか、そもそもなぜ負けたのだろうか。昨日の戦いを思い出しながら考えているのだが、魔術師として康太に負けているところなどないように思えるのだ。ならなぜ負けたのか。
その考えこそ、彼女の師匠であるエアリス・ロゥが彼女自身に出した課題でもあったことを文はまだ理解できていない。
「ちなみになんだけどさ・・・あんたって普段どんな修業してる?」
文の言葉に康太は眉をひそめてしまっていた。恐らく修業の仕方からして何が違うのかを探ろうとしているのだろう。
だが康太は小百合の施す魔術の修業以外を知らないために判断できなかった。
「どんなって・・・普通だけど・・・」
「あんたの師匠は普通じゃないんだから普通の修業なんてしてるわけないじゃない」
非常に失礼な言い回しだが、確かにその通りかもしれないと康太は反論することができなかった。
普通なら自分の師匠のことを悪く言うなとか言えるはずなのだが、どうしても康太はそれは違うということができなかったのである。
きっと自分の兄弟子である真理も同じ感想を抱くだろうなと考えながら今まで自分がやってきた修業を一から思い出すことにした。
「えっと・・・まずは魔力の放出や補給を当たり前にできるようにして、ゲームやりながらその訓練をした」
「ゲーム?何でゲームなんてやるのよ」
「そのゲームで師匠に勝ちながら魔力の供給と放出を延々とやらされるんだよ。意識を他に向けても魔力の循環ができるようにって」
あぁなるほどねと文は納得しているようだった。彼女自身も当たり前に魔力の放出と補給をすることができるが、他のものに意識を向けながらそれをやるという修業は行ってこなかった。
必要になったら魔力を補充する程度の事しか考えていなかったために放出と補充はほぼ同列の考えしか持たなかったのである。
普通の魔術師であれば使った分だけ補充するという考えで何の問題もないのだが、康太の場合補給するための供給口が弱すぎるために常に魔力を補給していないと実戦ではすぐにガス欠になってしまうのである。
もっとも補給し続けてもじわじわと魔力の総量は減っていくのだが、それを言ったところで理解されないだろう。
「あとは・・・魔術を当たり前に発動できるようにして、その後は師匠や姉さんたちに攻撃されながら魔術を発動できるようにしたかな」
「攻撃・・・?って・・・どういう事よ」
「とにかく魔術の攻撃を避けながらそれでも魔術を発動できるようにってことだな。平常心を養いながら何時でも魔術を発動できるようにってことだろ?」
康太が何を言おうとしているのかは十分理解できる。魔術師において訓練の魔術発動と実戦での魔術発動は根本からその意味が異なる。
危険に身を置いた状態でも問題なく魔術が発動できるように、常に平静を保っていられるようにする訓練というのは確かにある。
だが攻撃されながら魔術を発動するというのははっきり言って正気の沙汰ではなかった。
ただの魔術師であるなら攻撃されても避けたり対処することは容易だろうが、康太はほぼ素人。そんな相手に魔術の攻撃をし続けるとなると死んでもおかしくない。
しかもそれをやっているのは悪名高いデブリス・クラリスとその弟子なのだ。本気で殺しに来ていたとしても不思議はない。実際康太は訓練で何度か死にかけている。
だがそのことを聞いて文は納得していた。康太は魔術に対しての耐性というか、相手の魔術がどのようなものであるかを瞬時に理解し、それに対してどのような対応をすればいいかというのを考える能力に長けているのだ。
自分の魔術がことごとく攻略されていったのも、そしてどのような状況においても自分を追い詰めてきたあの行動力も、恐らくは日々の訓練から得たものだったのだろう。
「逆に聞くけどお前はどんな修業してきたんだよ。これが普通じゃないのはなんとなくわかるけどさ・・・」
「そりゃ・・・私のはあんたほどハードじゃないわよ」
言葉の通り文はそんなハードな魔術の修業はしてこなかった。魔術を学び、発動できるようにするという意味では康太と同じだ。
魔術の精度や威力をあげるために術式を改造したり、他の魔術と組み合わせたりすることで自分なりに研鑽を重ねてきた。
エアリスの下に弟子入りしてからもそれは変わらない。彼女から魔術の組み合わせのコツや、魔術のちょっとした応用法などを教わり力をつけたと思っていた。
実際に自分と同世代の魔術師の中では使える魔術の量も、その威力も精度も誰よりも高いと自負していた。それは自分の傲慢ではなく、自他ともに認めるものだった。
だが昨日の戦いでそれだけではだめだと実感させられた。
確かに自分の魔術の精度と威力は高い。集中できる状況であれば格上相手にだって通用すると思っていた。
だが昨日の康太との戦いで思い知らされた。
そもそも魔術師としての戦いができないような状況にさせられたら、自分は康太のような駆け出しにすら負けてしまうのだと。
自分がまるで温室育ちのような軟弱な部類であったという事を実感し、文は自分の修業を思い返しこれではだめだと強く思っていた。
だからこそ、一つ決めたことがある。
「ねぇ、あんたっていつ魔術の修業してる?」
「え?大体放課後だけど・・・なんで?」
「今度見学させてくれない?あんたが修業してるとこ」
文の言葉に康太ははぁ!?と間の抜けた声をあげてしまう。普通他の魔術師が修業しているところを見るなんてやらないのではないかと思えてしまうのだが、彼女の表情が真剣であることを確認し、康太はどうしたものかと迷ってしまっていた。
こればかりは自分の独断では決められない。小百合に、いやまずは相談しやすい真理に相談するべきだろうと康太は携帯を操っていた。
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