二人の変化
「いいんじゃないの?あんたと話してるのがあの子にとって楽しいと思えてるんだからそうやってきてるわけでしょ?」
「そうなのか?」
「そうじゃなきゃ積極的に話したりしないわよ、部活もクラスも違うやつに」
「・・・実はクラスとか部活で友達が少ないとかそう言う悲しい理由があったりしたりとかそう言う事は・・・」
「ないわよ。それこそ休み時間とかはよく話してるしよく話しかけられてるわよ。基本休みの日もどっか遊びに行ってるみたいだし」
「そうか・・・なのに何で俺なんかに話しかけるんだか」
「だから楽しいからでしょ?少しは」
あんたもあの子に興味を持って色々察しなさいよと言いかけて文はその言葉を飲みこんだ。
これはアドバイスでも誘導でも何でもない。それに今この言葉を言っても無意味だと思ったのだ。
何より康太が少しとはいえ彼女のことを気にかけ始めているのだから状況は好転しているはずだ。
少しずつではあるがただの『文の友達』という関係から『よく話しかけてくる女子』という風に認識が変わっているのだ。康太が森田茜を意識するのに時間はかからないだろうと考えていた。
だが何故だろうか、友人の恋を応援し、別に文自身それを拒んだわけでも嫌というわけでもないのになぜか彼女の中にはもやもやとした感情が渦巻いていた。
もし康太が森田茜と付き合うことになったらどうなるのだろうか。その未来を想像したのだ。
康太は魔術師だ。高校に入学してから常にというほどではないが高い頻度で行動を共にしてきた相棒というにふさわしい人物である。
そんな康太に彼女ができる。それは喜ばしいことなのだろう。康太が幸せを感じることができるのであればそれに越したことはないだろう。
だがそれが魔術師ではないただの一般人だった場合どうなのだろうか。康太はこれから隠し事をしなければいけなくなる。
暗示の魔術も覚え、ある程度の嘘や隠し事なら一般人相手であれば問題なく行えるだろうが、それを彼女相手にやるようなことが康太にできるだろうか。
康太は素直な人間だ。良くも悪くも愚直で、感じたことを素直に反応できるタイプの人種である。
それは時として人の信頼を勝ち取る。感情に素直だからこそ自分が嫌なことはしたくないし、いやだと感じたことは素直に態度と行動で示す。
口だけではなく自らが行動することでそれを示すからこそ文は康太を信頼していた。
だからそんな康太がさも当たり前のように嘘を吐くというのが想像できなかったのだ。
そしてそんな風になる康太は見たくないと思った。それは文の本心だった。
だが友人の頼みも無碍にするわけにはいかない。所謂板挟みになってしまい文はどうしたらいいのかわからなくなってしまっているのだ。
魔術師としての今後を考えるのであれば諦めさせるべきだ。だが単なる高校時代の交際関係程度であれば今後に響くことは少ないのではないかという考えもある。
「文?聞いてるか?」
「え?あぁごめん、何?」
「いやさっきの続き、少しは何だよ」
どうやらいつの間にか康太は文に先程の言葉の続きを話すように声をかけていたのだろう。考えを進めていたせいで気づかなかった。集中力が散漫になっているなと文は自分を戒めた。
ただでさえ集中しなければいけない時だというのにこの様とは、近くに奏たちがいたら笑われていただろうなと視線を鋭くしてから校門の方に目を向ける。
「少しはあんたも楽しんだらって言おうとしたのよ。女の子と話すことは男子としては楽しいでしょ・・・って前にもこんなこと言ったけどさ。そろそろ知らない奴でもなくなってるでしょ?」
「ん・・・まぁそうだな。話す頻度も最近多くなってきてる気がするし・・・」
どうやら随分積極的にアプローチをかけているようだ。これならば自分が何か手を出す必要はないのかもしれない。
だがそれはそれで問題がある。魔術師として未熟な康太は誰かが監督してなければいけないのだ。
師匠である小百合の目も、兄弟子である真理の目も届かない場所では自分がしっかりと監督していなければ。文はそんな風に考えているのだ。
面倒見が良すぎると言えなくもない。だが文の中に別の感情があるということに彼女自身まだ気づいていなかった。
康太という存在が近くなりすぎてその感情に気付けないというのもあるのかもしれない。
自分が今抱えている感情が、信頼なのか心配なのか、それとももっと他の何かなのか、彼女は理解できていないのだ。
「とにかく、索敵だけなら私だけでも大丈夫よ?あんたも自分の索敵範囲内で友達と回ってきてもいいんじゃないの?それこそ茜と一緒に行ってきてもいいし」
「無茶言うなよ、まだ頑張ってないと発動できないのに遊びながらなんて無理だって。それにいざってときはお前と一緒にいないと不安だ。これでも結構頼りにしてるんだからな」
「・・・ぃ・・・いつもの事でしょそんなの。わかってるから集中しなさい。私もあんたは頼りにしてるんだから」
康太から頼りにされるというのはいつもの事だ。面倒があった時に、少し困った時に、何でもない時に康太は何時も文を頼りにしているという。いつもの事なのに、いつもの事のはずなのに文はこの言葉を非常に嬉しく感じていた。
康太の言葉はどうしてこうも心に響くのだろうなと文は考えながら索敵を張り巡らせていた。




