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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十二話「アリスインジャパン」

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三鳥高校のイベント

「それならば私に似せるというのはどうだ?康太の学校に行くのは初めてだし比較的話題を作るのも容易なのでは?」


そう切り出したのは話を聞いていた奏だった。どうやらアリスが学園祭に顔を出すという事にそこまで反対していないのだろう。


彼女の手助けとなるような形での申し出にアリスは考えるような表情をしてから何やらうなり始めていた。


「奏さん・・・いいんですかそんなこと言って・・・こいつ一応封印指定なんですよ?」


「封印指定だろうと人は人だ。何よりそんなに昔から生きているのでは学園祭などは見たことがないだろう。いろいろと見ていて損はないと思うぞ?」


「いやまぁ・・・それはそうなんですけど・・・」


奏のいうように何百年も生きていれば最近の日本の学園祭などは見たことはないだろう。というか最近の日本の学校を見たことすらないかもしれない。


如何に長年生きてきた魔術師であろうと、最近のものを見たことがないのは当然のことだ。初めてのものを見たい、そして実感してみたいと思うのは何も不思議なことではない。


「コータよ、こんな感じでどうだろうか?なかなか良くできていると思うのだが」


「え・・・?うわ・・・こういう感じになるのか・・・」


「ほう・・・なかなか・・・昔の私に似ているかもしれんな」


アリスはいつの間にか変装していたのか、すでにその姿は先程までの金髪の少女のものではなくなっていた。


そこにいたのは康太たちと同年代くらいだろうか、やや幼い顔立ちの奏に似た少女が立っていた。


「昔の奏さんってこんな感じだったんですか?」


「昔の写真を見てみればわかるかもしれんな・・・まぁなかなかの出来だ。これなら私と並んでいれば家族と思われるだろう」


「ふふん・・・これで文化祭とやらに行く準備は万全だの。あとは金を持っていったほうがいいのか?」


「まぁ一応屋台とかも結構出てくるけど・・・大抵数百円だぞ?そこまで持ってくるなよ?」


「わかっておる。まずは普通に文化祭を楽しむことにしよう・・・ただちょっかいを出してくる輩がいたのならこちらとしても対応は考えさせてもらうぞ?」


「確かに、実力差も分からずに戦いを挑むような阿呆がいるのなら多少教育してやる必要があるかもしれんな」


奏はどうしてこうも攻撃的なのだろうかと頭痛がしてしまっていた。


アリスの方はまだ身を隠すすべに長けているからいいとして奏の方はとにかく攻撃的だ。しかも自分の姿や状況を隠すという事をしようとしない。


魔術師として露骨にやってくることがあれば三鳥高校内の同盟がいろいろと面倒なことになりかねない。


「二人が来たら確実にうちの人間は全滅ですよ・・・たぶんそこまで戦闘能力高くないんですから」


「分からんぞ?もしかしたらお前よりもずっと経験豊富かも知れんではないか。それに康太と文はその同盟にいるのだろう?ならその時は私ではなく同盟の者たちの味方をしてやるといい」


「いや、奏さん相手にして勝てる気はしないんですけど・・・そんなことになったら同盟破棄ですよ」


「それはいかんぞコータ。一度結んだからには同盟相手はしっかり守ってやれ。それが同盟を結んだものの責任というものだ」


「明らかに勝てないような奴に手を出すようなやつがいる同盟なら望んで脱退したいわ・・・って言っても無駄か・・・文、先輩たちにうちの知り合いの魔術師が来るからってこと伝えておいてくれるか?」


「わかったわよ・・・一応連絡しておく・・・でも二人だけね。それ以上は増えないって言っておくわ」


「そうだな。姉さんとか師匠とかにはご遠慮願おう。さすがにこれ以上負荷が増えるのはいただけない」


本来なら兄弟子である真理こそ文化祭に来て楽しんでほしいのだが、この二人がこうしてくる気になっている以上康太としてはそれを拒むのはほぼ無理そうだった。


立場面でも実力面でもこの二人が一緒に行動したら止めることができるものはまずいないだろう。


康太と文のような前衛と後衛がはっきりと分かれた編成に近い。奏が前衛でアリスが後衛、こう考えると康太と文の同盟をかなり強化したようなコンビである。


多少年季が違いすぎるような気がするがそのあたりはもはや今さらというものだろう。


「・・・そう言えば章晴さんはいいんですか?さっきからずっと起きてきませんけど・・・」


「あぁ、あいつは放っておいていい。さすがに怠け過ぎだったからお灸をすえただけの事だ。お前達が気にすることではない」


こうして話している間も既に奏が訓練してからだいぶ経過したのだが章晴は起きる気配がない。


もしかして死んでいるのではないかと思い時折彼がいる方向に意識を向けるが苦しそうに唸り声を上げているため恐らく死んではいないだろう。


奏がお灸をすえるというのはなかなかに恐ろしいが、実際彼は今まで訓練をしてきているのだ。奏の二番弟子としてあの対応はある意味適切なのかもわからない。


小百合の二番弟子である康太としては非常に複雑な気分だった。自分も将来あんなふうになるのだろうかと一抹の不安を覚えながら康太は彼の行く末を案じていた。


最も心配されるのは康太の方かもしれないが、そのあたりは気にしない方がいいだろう。というか気にしても仕方がない。なにせ康太は今の環境はむしろ恵まれていると思っているのだから。


「それじゃあ奏さん、今日はありがとうございました。このバイク有難くいただいていきます」


「あぁ、定期的にメンテナンスをするのを忘れるな?大切に使い潰してやってくれ」


大切に使い潰すというと非常に矛盾した言葉のように思えるが、奏としてはむしろ康太がこのバイクを使い潰すことを期待しているようだった。


自分はもうこのバイクに乗らないからこそこう思っているのかもしれない。使わないものが大事にするよりも使うものが壊してくれた方がすっきりすると。


康太と文、そしてアリスはそれぞれ帰る支度をして、康太はバイクにまたがり動作チェックを行っていた。フルフェイスのヘルメットを着けて視界のチェックとそれぞれの計器のチェックなどを行うと軽く試運転をしてみる。


燃料も満タン、そして動作に異常はない。タイヤの空気も問題なく入っている。問題なく動かせそうだった。


「おっし・・・行けそうだ・・・文とアリスは先に帰っててくれ。俺はこいつで帰るから」


「え?なんで?普通に私たちが後ろに乗っちゃだめなの?」


「私なら浮いていくから問題ないぞ?」


「いや・・・免許取って一年目は二人乗り禁止なんだけど・・・」


そう、一応日本のバイクの法律では免許を取得して一年目は二人乗りなどの危険な走行は原則禁止している。


その為康太のようなまだ免許取りたてのルーキーは安全運転を心掛けなければならないのだ。

とはいえ現在位置から地元まで戻るのにだいぶ距離があるのも事実である。


「ここからなら高速に乗って行ったほうが早いだろう。ある程度ルートは頭にいれておけ。あと帰りに浮かれて事故を起こすなよ?譲渡してすぐにスクラップではさすがに私も苦笑いだ」


「あはは・・・了解です。んじゃ文、アリスのこと頼んだぞ。ちゃんと店まで送り届けてくれ」


「店って小百合さんの?あそこで合流するわけね」


「おう、こいつも店に置いておくしな。それじゃあ奏さん、今日は本当にありがとうございました。こいつもしっかり使わせてもらいます」


「あぁ、大事にしろ。重ねて言うが事故には気を付けてな」


「了解です。それじゃ行ってきます!」


そう言って康太は颯爽とバイクを動かして公道を走っていった。あのような姿を見るとバイクの免許を取りたくなってくるから不思議である。


「そう言えば文はバイクの免許はとらないのか?」


「私まだ誕生日きてませんから・・・ただ取ろうとは思ってます。師匠も取っておいて損はないだろうって・・・一応先立つものもありますし」


「それはいい。もし免許をとったら康太と一緒に走りに行くといい。バイクで一緒に動くというのはなかなかに楽しいぞ」


「むぅ・・・フミよ、私も免許を取るような手段はないか?」


アリスの申し出に文は複雑な表情をする。なにせアリスの立場がいまいちよく分かっていないからである。


一応康太の家族の所には留学生という事で話を通してあるらしいのだが、免許というのは基本的に国が認めた資格の一つだ。それを手に入れるためにはこの日本という国に所属していなければいけない。


だがアリスは日本にいるが日本に所属しているわけではないのだ。つまりは不法入国や不法滞在の類であると思われる。


そんなアリスが日本の運転免許証をとれるとは思えない。何より生年月日などの項目をどう書くのか、文は少しだけ興味があった。


「あんたの場合誰か適当な免許があったらそれを借りるとかして変身すればいいんじゃないの?運転規則とか勉強すれば何とか運転はできるでしょうし」


「分かっておらんの。こういうのはしっかりと自分のものにして初めて意味があるのだ。ぶっちゃけ私がその気になれば普通に空を飛べるのだから地べたを走ることに魅力は感じない。だがバイクには乗ってみたいのだ。コータが免許をとったのがいつかは知らんが一年も待つのは億劫だ」


「・・・それなら真理さんに後ろに乗せてもらえばいいんじゃない?あの人も一応バイクの免許持ってるし」


文の提案にアリスはその手があったかと悩み始めてしまっていた。とりあえず彼女の中での問題は解決した様で何よりである。


文はとりあえず自分たちも帰るべきだなと思い奏の方に向き直る。


「奏さん、今日はありがとうございました。少しではありますが色々と学ぶことができたように思います。私のために時間を作ってくれて本当にありがとうございます」


「なに、君にはいつも康太の世話を任せているからな。この程度は安いものだ。何より君のような才能あふれた若者がくすぶっているのもいただけない」


「・・・そう言っていただけるとありがたいです・・・後ででいいんですが、起きたら章晴さんにもありがとうございましたとお伝えください」


未だに目を覚まさない章晴にも文は礼を言いたかった。なにせ彼が居なければ自分は今回の成果を得られなかったのだから。


この状況の立役者は奏かも知れないが、文が一番感謝しているのは章晴だった。


「わかった、伝えておこう。これからも日々精進するんだぞ?君ならきっといい魔術師になれる」


「はい。ありがとうございました。行くわよアリス」


文は頭を深く下げた後何やら考え事を続けているアリスを捕まえてその場を去った。


一つまた一つと成長する天才は、また一つ自分の殻を破り前へと進むことができただろう。

奏はそのことを実感しながら薄く微笑んでいた。










「・・・疲れた・・・!めっちゃ疲れた・・・!」


「おぉコータよ帰ったか。ずいぶん時間がかかったの」


康太は初めてバイクで公道を走り、初めてそれなり以上の距離を走り続けたのだ。バイクに乗るための正しい姿勢を理解できていなかったからか妙な筋肉を使っていたせいで非常に疲れていた。


なんとかバイクを押して店の中に入れるとそこには文といつも通りちゃぶ台でパソコンをいじっている小百合の姿があった。


「おかえり康太。初のバイクでの公道はどうだった?」


「いやもう怖いのなんのって。車はバンバン横を走るし自転車とか歩行者とかにも気を付けなきゃいけないしで・・・慣れるまで大変そうだわ」


「そう、でもよかったじゃない。よく似合ってるわよ」


「そうか?ふふふ、そう言われると悪い気はしないな」


文に褒められることは悪い気はしないのだろう。何よりバイクが似合う男というのはなかなかに憧れがあるのが男の子というものだ。


「戻ったか・・・ってそれか・・・なるほど、それを貰ったのか」


小百合が康太の存在に気付き、康太が押して店の中に入れてきたバイクを見て少しだけ目を見開いた。


恐らく小百合は見覚えがあったのだろう。もともと昔奏が乗っていたものなのだ。奏の弟弟子である小百合がバイクに乗っている姿を目撃していても何ら不思議はない。


それを貰ったのかという小百合の言葉から察するに恐らく奏はこれ以外にもバイクを持っていたのだろう。康太としてはなかなか趣味の合うバイクだったので本当にありがたい限りである。


「そう言えば師匠もバイクは持ってるんですよね?普段何処においてるんです?」


「私は基本自分の車庫を持っている。ここから少し離れた場所だ。車庫というよりは倉庫兼ガレージのようなものだがな」


「へぇ・・・俺もそこに」


「あそこは私の場所だ。お前のバイクはそこにでも置いておけ」


小百合は自分で買った車やバイクなどは自分名義で借りている倉庫や駐車場あるいは車庫に預けているのだろう。


奏曰く恐ろしい程に稼いでいるのだからそのくらいの余裕はあると考えていい。バイクの一つくらい置かせてくれてもよいではないかと思ってしまうが、康太のバイクであれば康太がいつでも入れるような場所に置いておいた方が便利なのも確かだ。


そう言う意味ではこの店で十分というべきだろう。地下においておくと取り出すのが不便になるために表にあるオカルトっぽい店に置いておくのが一番適切だろうか。


「ふむぅ・・・私の体では上手く動かせんの・・・」


アリスは康太が置いたバイクにまたがり何やら操作しようとしているが、手や足の長さが足りずにだいぶ無理な体勢になっている。


乗っているというよりは乗せられているという感じだ。この状態で動かせるのであれば苦労はないだろう。

康太の姿勢も大概だがこの姿勢では疲れることは間違いない。


「その体じゃなぁ・・・魔術で大きくなることってできないのか?」


「無論できるが・・・それだとなんだかちゃんと乗っている気がしないような・・・」


アリスは易々と魔術を使って自分の体を変身させ疑似的に身長を高くして見せる。


自分の体の周りに光属性の魔術を纏って見える姿を変え、その姿に沿うように念動力あるいは障壁に似た魔術を展開することで実際にそこに肉体があるようにしているのだ。


実際やっていることは体の外側に人形の体を作っているようなものだが、光属性の魔術による変身のレベルが非常に高いために普通の人間と相違ないように見える。


長くなった手足でバイクにまたがっている姿は非常に様になっている。見る人が見たら一目ぼれをしてもおかしくないほどだ。


「次私に乗らせて。バイクって一度でいいから乗ってみたかったのよ」


「文もバイクの免許はとるつもりなんだろ?どんなバイクがいいんだ?」


「んー・・・私はそこまでかっこよくなくていいかな。スクータータイプのでも十分じゃないかって思うんだけど・・・」


「実際戦うとなるとどうなんだろうな・・・どっちの方がいいんだか」


「なんで戦うことが前提なのか知らないけどまぁそのあたりは趣味の問題よね」


康太の場合魔術師戦において高い機動力を必要とする場面があるかもしれないからバイクの免許を取得した。もちろん文もそう言う面を考えて免許を取得しようとしている節があるが戦うことが前提となるのは少々首をかしげてしまう。


せっかくバイクの免許を取るのであればそれ以外の楽しみを見出した方がいいように思うのだ。

康太が日に日に戦闘を第一に考える頭になりつつあることに文はほんの少し不安を覚えていた。


「・・・へぇ・・・こんな感じなんだ・・・思ってたよりずっと大きいのね」


「そうだな、またがった感じパッと見たよりは大きく思えるかもしれないな。でも実際動かしてみるとそこまで大変じゃないぞ?」


「そればっかりはやってみないとわからないわね・・・本当なら実際に動かしてみたいけど・・・さすがに無免許運転はちょっとね」


誰もいない深夜の道であれば康太監修の下ある程度練習するのもいいのではないかと思ってしまうが、練習のためだけに深夜に練習をするのなら誕生日を待った方がずっと楽というものだ。


だが文も免許を取るのに意欲的であるためにそのうち事前の練習をしてもいいかもしれないなと二人は考えていた。












三鳥高校の学園祭は九月の末に行われる。


三年生はこの学園祭を機にほとんどのものが事実上役職上引退することになり大学受験に備えた学業の準備に入っていくことになる。


もっとも大抵の部活は大会が終わってしまえばほぼ引退状態であるためにどちらかというとありとあらゆる学生たちにとって楽しむことができる最後のイベントとして親しまれているという面の方が強いだろう。


当然学生たちも自分たちの学園祭という事もあっていろんな意味で活気づいている。それは康太たちも当然、と言いたかったが康太と文に関しては正直気乗りしないというのがあった。


「で・・・君たちの知り合いが来ると・・・」


「えぇ・・・しかも手を出すと結構厄介な人種なので絶対に手を出さないようにしてください。もし手を出したら命の保証はしかねます」


「相当危険な人なので、先輩にそのことを周知しておいてほしいんです」


そう、二人が気乗りしないのはいろいろと話題の中心にもなり、面倒事を巻き起こしかねないトラブルメーカーの二名がこの学校に同時にやってくるという事である。


康太もトラブルメーカーのきらいがあるが、どちらかというと康太の場合トラブルメーカーを引き寄せる体質に近い。運がいいのか悪いのかよくわからない体質だがどちらにしろ状況が好転するはずもなく、少しでも状況をよくするためにこの状況を作っていた。


文化祭前日、つまり生徒たちにとっては準備期間となるこの日に康太と文は空き教室の一角に三鳥高校の魔術師同盟のトップである先輩魔術師を呼び出したのだ。


まだ日は高く、活動している生徒も多いという事もあって仮面も何もつけていないが一応人払いの魔術はかけてある。


高校で生活する中で何度か遭遇したことのある三年生の先輩に康太たちはとりあえず今度奏とアリスが来ることを伝えておくことにしたのである。


「君たちが危険というと嫌な予感しかしないんだけども・・・ひょっとしてどちらかの・・・いや両方のお師匠様とかそんな感じなのかな?」


康太と文の師匠の事はこの三鳥高校の魔術師同盟の中でも割と知れ渡っている。というより日本の魔術師界隈の中では二人の名前は割と知られている。


特に小百合の、デブリス・クラリスの名前を知らないものはほとんどいないと言ってもいいかもしれない。

もちろん悪い意味で。


「師匠くらいだったらまだよかったんですけどね・・・正直師匠より厄介なのが来ますよ。それも二人」


「君のお師匠様より酷いとなると・・・ひょっとして戦いになるのかな?」


「いえ、こちらから手を出さない限りは戦うつもりはないと思います・・・たぶん・・・あの人たちは基本温厚のはずですから・・・?」


文は自分で言いながら自分の言葉に責任を持てなかった。


奏は普段自分たちを指導してくれる時はとても丁寧に攻撃的ではあるが、決してその性格が凶暴であるとは断言できない。


敵に対しては容赦がなく、多少、いやかなり扱いが雑になることがあるがそれでも彼女は身内には比較的優しく接しているはずだ。


対してアリスは自分からは決して手を出さないが一度手を出すと高い戦闘能力を持って一気に殲滅するというなかなかにアグレッシブなカウンター精神を持った人種だ。


なにせ今まで何百年という年月の間協会本部の攻撃を圧倒的後出しによる反撃でしのいできた人物なのだ。

いや、しのいできたというのは正確な表現ではないかもしれない。殲滅してきたという方が正しいだろう。


圧倒的戦力差を絵にかいたような二人がこの高校にやってくるという事で康太と文はかなり警戒レベルを上げていた。


なにせ何かの間違いでこの高校の魔術師が手を出してしまったらそれこそ本当に面倒なことになってしまうのだ。


いろんな意味で跡形も残らないかもしれない。そのいろんな意味の中に悪い意味しか込められていないのが悲しいところである。


「なんでとにかく魔術師が二人来るけどその二人には絶対に手を出さないように周知してください。フリとかじゃなく絶対にやめてください」


「わかったわかった、こっちから伝えておくよ・・・でもそんなにすごいのかい?」


「はい・・・うちの師匠がかわいく思える程ですよ・・・いや普段は結構お世話になってるんですけど・・・」


奏は普段とても世話になっているために悪く言うことはできない。実際事実を言っているだけなのだが小百合を引き合いに出すとどうしても悪口を言っているようにしか聞こえないのが不思議だ。


アリスに関しては別に世話になっているわけではなくむしろ康太が世話をしている節があるが、下手なことを言うと変にへそを曲げるために妙なことは言えない。


ただでさえ康太の家に居座られていて妙に家族を味方につけているためへそを曲げられるとその影響がダイレクトに康太の私生活に影響するのだ。


「その二人は是非見てみたいな。見るくらいならいいんだろう?」


「それは・・・まぁたぶん・・・目障りじゃなければ大丈夫だと思います」


明らかにちょろちょろと視界の隅に居続けるようだと奏は鬱陶しいという理由で攻撃しかねない。比較的身内に温厚とはいえそれ以外には本当に容赦がないのだ。


そのあたりは小百合にそっくりである。なんだかんだ言っても彼女は小百合の兄弟子なのだ。そのあたりを考えると小百合が奏に似ていると考えるべきなのだろうかと思ったのは内緒の話である。


康太たちが先輩魔術師にいろいろ情報を流してから数分後、それぞれのクラスに戻り文化祭の準備をすることになりあっという間にこの日は終わり文化祭の当日を迎えることになる。


康太も文もそれぞれの部活での出し物の手伝いに回ってはいるが予想していた通り雑用くらいしかやることはなかった。


それぞれ二年や三年が仕切っていろいろやっているために康太たち一年生は本当にできることが限られるのである。


その為康太は部活の出店を早々に抜け出して学校の一角に文と一緒にやってきていた。


文化祭当日という事もあり父兄や近隣の学生たちなどもこぞってやってきている。お祭りというものは実際にやっていたら少し見たくなってしまうものなのだ。


それが出店などが出ていればなおの事である。その気持ちがわかるだけにこの人混みも納得できるのだがさすがにこれだけの数の人がひしめいているのを見ると普段見慣れた自分たちの校舎だというのにまるで別世界のように思えてしまう。


「文さんや、ゲストはやってきたかね?」


「残念ながら反応はないわよ?そのあたりを隠しているのかもしれないけど」


「まったく、なんだってこんなことを・・・無駄に心臓に悪い・・・ただでさえちょっと先輩たちからの視線が痛いってのに」


康太たちは門の方を見ることができる場所を確保しながら出店で買った商品を口に放り込みながら常に索敵を張り巡らせていた。


康太は索敵の練習を兼ねて、文は本格的な索敵でアリスと奏を探し出そうとしていたのだ。

普通学校の学園祭にやってくるのであれば在校生がいろいろと案内するのが普通なのだろうが昨日の夜になって急に


『お前達の成長度合いを確かめてやる。本気で侵入するから私達を見つけてみろ』


などと高圧的に試験を奏から電話で伝えられ、否応なしに唐突に技能確認が行われることになってしまい康太たちは割と神経をすり減らしていた。


昨日今日でそのことを先輩たちに教えることができるはずもなく、先輩たちは康太と文の知り合いがやってくることは知っていても詳しいことは全く知らない。


だというのに索敵を張りながら警戒している康太と文に若干の不信感を抱いているのだ。


一応警戒してこちらに意識を向けているという事だろう。いつも通りと言えばいつも通りなのだがここまで警戒されるとせっかくの楽しい雰囲気が台無しである。


もっとも奏とアリスが来るという時点で楽しい雰囲気の八割近くが阻害されているわけだが、そのあたりはいまさら言っても仕方のない話だろう。


「それで?あんたの索敵はどう?範囲自体は狭いんでしょ?」


「あぁ・・・これだとギリギリ門のところまで届かないくらいだな・・・流れてくる情報が多すぎてちょっとくらくらする」


「今はちょっと情報量多めだからね・・・ただでさえ人が多いし・・・必要なら情報をカットしたりするんだけど・・・まだそう言うのは無理か」


「発動して確認するので精いっぱいだよ。そこまで操れるだけの余裕はない。でも割といい感じに発動はできるぞ」


以前アリスに言われたように、康太は確かに知覚に関する魔術が得意なようで比較的最近覚えた索敵の魔術も問題なく扱えているようだった。


まだ練度が高いとはいえず、実戦に使えるレベルには達していないとはいえその魔術がもつ本来の性能を引き出すことはできている。


康太が覚えているのは近距離における索敵だ。索敵対象は空間に存在するほとんどの物体や現象である。


索敵範囲が狭い代わりに多くの情報を得ることができるため戦闘時においては相手の動きや周囲の状況を察知するのに役立つことだろう。


この魔術が当たり前に発動することができれば康太の戦闘能力は飛躍的に上昇するだろう。

特に死角からの攻撃や不意打ちに対して対応しやすくなる。


見えない相手に対しても問題なく攻撃を当てられる。これはかなりの強みだった。


この『近接索敵』の魔術は効果範囲が十~三十メートル程で、索敵範囲が広ければ広い程に得られる情報量と消費魔力が増える。


文曰く上手く扱えるようになれば意図的に得られる情報を選別できるようになるらしい。

だが康太はまだそこまでの練度は持ち合わせていなかった。


他の魔術よりずっと修得速度は早いとはいえまだ入手してそこまで時間が経っていないのだ。無理もないだろう。


そしてこうした索敵の魔術をこれだけの人口密度の中で発動したのが初めてである康太は得られる情報量の多さに若干めまいを覚えていた。


今まで一度もこれほどの情報量を一度に処理したことがなかったからか、恐らく脳がまだその負荷になれていないのだろう。


何度か繰り返せばなれると文は言っていたが、それがいつになるのかは未だ分からなかった。


元より戦闘用の索敵であるために、こういった平時の索敵には不向きというのもあるが、これもいい修練になると割り切っていた。


「いつ来るかわからないゲストっていうのもなかなか見つけにくいもんだな・・・ていうかあの人たちが本気で侵入するって言ったらまず見つけられないんじゃないか?」


「まぁ、奏さんにアリスが本気になったらまず見つけられないでしょうね。でもあんただったらなんとなくわかるんじゃないの?」


「なんで?索敵能力じゃお前の方が上だろ?」


「いや索敵とかそう言うのじゃなくて勘とかそう言うの。あんたの方が優れてるイメージだわ」


「それ師匠譲りだと思ってる?言っとくけど俺はどっちかっていうとそういうの鈍い方だぞ?」


小百合の勘はよく当たるがあれはあれで彼女なりに考えや経験があって成り立っているのだ。康太のように未熟な人間では勘というものは正しく機能しないのである。


「そういやさ、俺はいろいろあるからこうして見張りしてるけどお前は普通に友達とかと遊んでてもよかったんだぞ?奏さんに直接かかわりあるの俺だけなんだし」


「何言ってんのよ。あの人にお世話になってるのは私も同じなんだから。それに本気で侵入するなんて言われたら張り合ってみたくなるでしょ?」


普段戦闘訓練では勝つことができない文でも、万全の状態で迎え撃てる状態であるのならまだ可能性はある。


なにせ彼女の魔術の技術はかなり高い。素質面でも才能面でも文はトップクラスの実力を有しているのだ。

余裕さえあればそれこそ奏にも勝るとも劣らないかもしれない。


総合的な戦闘能力では敵わなくとも、相手は隠密、こちらは索敵という完全に部門分けされたかくれんぼのようなものであれば文にだって勝ち目はあると思っているのだろう。


実際状況によっては十分勝ち目がある。こちらにそのことを知らされたのが前日の夜中だったという事もあり地形に設置するタイプの方陣術は用意することができなかったが、この場所は康太と文の通う学校、つまりはホームグラウンドだ。


どの場所から侵入するのかはある程度予測ができている分こちらの方が有利だと思うべきだろう。


何より相手が侵入すると言っているのだ。どのような手段を講じるかもある程度予想がついている。

だからこそ自分の実力を確かめる意味でも、奏に挑む意味でも文はやる気を出していた。


「せっかくの高校の文化祭一日目をこんなことに使って良いのか?友達と回るのもいいと思うんだけどな」


「・・・まぁ正直に言うと一緒に回ろうとかいろいろ言われてるのよ?男子からとかも女子たちからも・・・でもちょっと思うところがあってね」


文はそう言って窓の外を眺めた後で康太の方に一瞬だけ視線を向ける。


プールの時に一緒に行き、康太のことが気になると言っていた森田茜という同級生の事で文は少しだけ悩んでいたのだ。


なんでも彼女なりに康太にアプローチをかけているのが、普通に楽しそうに話をしたりはするのだが、どうも康太の本質部分に触れることができないのだという。


何度話しても何度接触してもただの高校生のような反応をする康太。時折見せる大人びた表情を見せることがないのだ。


康太と接することで何とかその本質に触れようと頑張っているようなのだが、どうにもうまくいっていないらしい。


単に康太が彼女のことに関して興味を持てないというか、本当にただ世間話をされているだけのような印象を持っているのが原因だろう。


なにせ康太にとって彼女は文の友人程度の認識しかないのだ。


康太自身が鈍いというのも頷ける話である。康太の言っていた鈍いというのはまた別の意味なのだろうが。

友人としては康太との恋愛を助けてやりたいと思っている。だがそれは康太が魔術師でなければの話だ。


どんなに突き詰めても、どんなに問い詰めても彼女が康太の本質に触れることはないだろう。もしそれがあるとすれば彼女もまた魔術師になった時だけである。


最初から実らぬ恋というのがわかっている以上、これ以上手助けをするのも気が引けたのだ。


とはいえ何も手伝いをしないというのもいろいろと気にかかるのも事実。実際文は康太と二人きりになれる時間を作ってくれるように頼まれているのだ。


「そう言うあんたはどうなの?誰かと回るとかしなくていいわけ?あの二人とかあとは女の子とか誘って歩いたりしないの?」


「あぁ、今回は部活で結構雑用押し付けられるからな。ある程度ローテーションしないと自由時間あんまりないんだよ・・・そっちだって似たようなもんだろ?」


「まぁそうだけど・・・そのくらい暗示で何とかしなさいよ」


「そう言う事ではあんまり使いたくないんだよな・・・それに女子誘うって言ったってお前以外にまともに女子の知り合いなんていないぞ」


「・・・茜は?最近よく話してるじゃない」


せっかくだから話題に出してみようと思ったのだが、康太は何故か妙に難しい顔をしている。なんというか今まで見たことのない顔だ。


何か考えているのはわかる。悩んでいるのも分かるのだが何を何故悩んでいるのかが全く分からなかった。


「あいつもなぁ・・・いやいいやつそうだっていうのはわかるんだ。実際結構面白いしさ、元気で明るいってのも分かるんだけど・・・何で最近俺に話しかけてくるのかが全く分からないんだよ」


俺なんかしたかなと少しだけ申し訳なさそうな、同時に少し困ったような表情をする康太を見て、今までの彼女のアプローチが全くの逆効果であるということに気付いた文は大きくため息をつく。


最初は知らない奴と話しても疲れるだけと言っていた康太が少しだけ森田茜という人物のことを理解しつつあることは喜ばしいことなのだろう。


だが康太からすると意味も分からずいきなり話しかけられる機会が増えたということに若干ではあるが不信感を覚えているのだ。


これが康太と同じクラスであるというのなら何も不思議なことはなかったのだろう。もし康太と同じ部活なのであればまた同じように不信感を抱くことはなかったのだろう。


クラスも違う、何より部活も違う茜が康太に唐突に話かけるようになったという事が康太にとっては不思議でならなかったのだ。しかもそれらが何気ない他愛ない会話であるからこそその思いは強くなっているのだろう。


評価者人数225人突破、誤字報告二十件受けたので六回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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