行きたいから
「にしてもあんたもよくやるわね、あんだけやられてもまだへこたれないんだ」
「いやぁ・・・まぁいろいろ痛い思いはするけどそれはもう慣れたっていうか・・・」
魔術師になってからすぐに接近戦の訓練を始めた康太にとって、接近戦によって生じる痛みはある程度日常と化しつつあった。
もっとも痛いものは痛い。もっと実戦的な訓練をする場合肉体強化をかけた状態で行うために耐久力はだいぶ上がる。あの攻撃を受けても問題なく戦闘行動を行えただろう。
奏程の相手を肉体強化一つで抑え込めるとは思っていない。反応速度もそうだが耐久力も何もかも足りな過ぎるのだ。
奏との間にある圧倒的な技術力の差を埋めるには肉体強化に加え装甲に近い耐久力を加えなければ難しい。
しかも本格的な戦闘を想定した場合当然奏も魔術を使ってくるのだ。互いに相手を殺すつもりの戦闘では康太は奏に絶対敵わない。
康太がDの慟哭を使ったとしても、あっという間に奏にやられてしまうだろう。
それだけ奏との実力差はあるのだ。圧倒的強者との訓練という意味ではこれ程の適任者も他にいない。
ただ一人を除いて。
「ふむ、接近戦に重きを置いた訓練だとやはり個人の向き不向きが大きく出てくるの。特に今やっているアキハルのそれを見るとよくわかる」
「確かにそうかもな。文のもそうだけどこういうのは向き不向きはあると思うぞ。特に今はまだ肉弾戦だけだからいいけどここから並行して魔術を使い始めるとそれがより顕著になるからな」
普通の肉弾戦だけなら意識を相手の体と自分の体に集中していればいいだけの話だ。はっきり言って反応速度と筋力、そして反応して対処できるだけの技術があれば何とか戦うことくらいはできるだろう。
だがその状態で魔術も併用するとなると話は別だ。近接戦闘における攻防は射撃戦のそれと違い本当に一瞬で変化していく。
瞬間瞬間に魔術を発動するという事は練度の高い魔術ならば可能だろう。実際康太もいくつかの魔術は近接戦闘でも使えるようになりつつある。
康太の場合それが肉弾戦に向いている再現や蓄積などの魔術だからまだいいが、普通の魔術師は、文は肉弾戦用の魔術をそこまでの練度にしていないのだ。
「アリスは肉弾戦ってどうなんだ?やっぱその体だと無理か?」
「ん・・・無理というわけではないが・・・単純な魔術を使わない肉弾戦というのは多分不得手だと思うぞ?なにせか弱い女の子だからな」
か弱いというところに康太と文は強い違和感を覚えたが、実際見た目だけならアリスは本当にか弱いただの女の子のように見える。
こんな見た目幼子相手に肉弾戦を挑んでいたらたぶん間違いなく近くの誰かから通報されることになるだろう。
だが問題なのは単純な肉弾戦ならと言った彼女の言葉だ。
「つまり魔術を使う接近戦なら何とかなるってことか?」
「当然だ。相手の攻撃に対して常に妨害、こちらの攻撃に対して常に強化や補助をかけていればそこまで難しい話でもない。相手の処理を上回る速度で攻撃を続けていればいいのだから超接近型の射撃戦ととらえられなくもないな」
アリスの魔術の練度はこの世界で誰も比肩することができないほどだ。接近戦において射撃戦を行う。なかなかに矛盾したような発言かも知れないが実際アリスはそれができてしまうのだ。
だが彼女を相手にしてまともに戦おうとするなら接近戦を挑む以外に勝ち目はないように思える。
なにせ彼女の射程、そして威力、精度共に現代の魔術師では勝ち目がないのだ。それならばまだ勝ち目のある身体能力を利用しての接近戦に望みを託すほかない。
可能なら魔力も吸い取って相手の魔術の使用可能量を減らしておきたいところだ。そう言う意味では本部の人間がアリスを倒すために康太を選んだのは間違いではなかったように思える。
「それだけポンポン別の魔術を使えるってのも羨ましいわね。何かコツとかあるの?一気に処理するとか?」
「いやそんなものはない。とにかく練習だ。個人差はあるだろうが魔術の練度というのは当たり前だが練習以外に上達する術はない。体のそれと違って魔術は感覚で操るものだ、基本個人差による限界はないから突き詰めれば誰でも到達できる」
肉体の限界というのは必ず個人によって存在する。魔術によってもそれは素質という形で現れる。
スポーツ選手でも本人の体の特徴、主に身体能力などによって優劣がはっきりと浮き出てくる。技術などで補えるようなものもあるだろうが単純なスポーツになればなるほどにその優劣ははっきりと出てきてしまう。
ただ魔術の練度という形であれば個人の優劣というのはほとんど存在しない。
そこにあるのは個人の練習量だ。もちろん要領のよさや物覚えの早さといった特性はあるだろうが、結局は本人がどれだけ練習したか、訓練したかによって魔術の練度は決定される。
練度が高まればそれだけ少ない処理で多くの応用をすることができるようになる。アリスの場合何百年も訓練を続けていたのだ。自分の手足を操るように、もしかしたらそれよりも容易に魔術を操ることができるようになるかもしれない。
「気の長い話ね・・・一体何年・・・何百年かかるやら」
「なんなら私と同じ魔術を使ってみるか?同じように長く生きられるかもしれんぞ?」
「遠慮しておくわ。長生きはしたいけど不死にはなりたくないもの」
アリスも決して不死というわけではないが、何百年も生き永らえるなど文には拷問のようにしか見えなかった。
何よりアリスが使っている術式を自分が扱えるとも思えなかったのだ。
「ふぅ・・・やはりこうして汗をかくというのはいいものだな。定期的にこうした運動ができればいいんだが・・・」
「最近忙しそうでしたからね、土日でよければいくらでも相手しますよ?」
「そうはいってくれるがな、こちらとしても康太にばかり負担を強いるのは心苦しい。最近はお前もだいぶ忙しくなっているだろうからな」
「それは・・・まぁ・・・」
康太は最近確かに忙しくなってきている。康太がやるべき修業もそうだが学業の方もだいぶ忙しくなっているのだ。
二学期に入って少しずつだが学校の勉強が難しくなってきている。今は時折文や真理に教わっているために比較的高い成績を収めているがこれからどうなるかわからないだけに油断はできないのだ。
「そう言えばそろそろお前達の学校は学園祭ではないのか?前にそんなことを話していた気がするが」
「あぁ・・・一応そうですね。九月の末なので・・・えっと、今度の金曜からだっけ?」
「そうよ・・・って言っても私たちはほとんど何もしないに等しいけどね・・・」
実際高校で何か出し物をするような生徒はほとんどが二年生や三年生だ。康太たちのような一年生はほとんど何もしないに等しい。
クラスの出し物などもあってないようなものだ。康太たちの高校は部活動での出し物が盛んにおこなわれている印象である。
例えば吹奏楽部や合唱部などは体育館でコンサートを精力的に行っている。文科系の部活は今回の文化祭こそが主に目立つ機会であるために積極的に参加するようだった。
対して運動部はほとんどと言っていいほど参加しないと言っていいだろう。すでに部活動の大会を終えた部活などは父兄の協力を得ながら屋台を出すものもいるのだとか。
康太の所属する陸上部、そして文の所属するテニス部もほぼ何もしないと言っていい。文のテニス部は父兄や子供などを相手にテニス教室や的あてのようなものを行うらしいが康太の陸上部はハンドボールや遠投用の円盤などを使って遠投記録や円盤をフリスビーに見立てた籠淹れを行う程度だ。
どれも二年生や三年生が主体になって行うために一年生の役割はほとんどないと言っていいだろう。
「ふむ・・・金曜から土曜か?」
「一応金土日と三日間ですね。金曜日は学校が終わってから準備で、本番は土曜と日曜です」
「ふむふむ・・・久しぶりに学校に足を運んでみるのもいいかもしれないな」
「え?来るんですか?うちの学校に?」
奏が自分たちの学校にやってくる。これだけであまり良い予感はしない。というか嫌な予感がするのだ。
別に彼女も暴れるつもりはないだろうし、これと言って康太たちに面倒をかけるつもりもないだろう。
ただ自分も久しぶりに学園祭というものを体感してみたいというだけなのかもしれないがどうしてもいやな予感が止まらなかった。
「なんだ、不服か?」
「いえ・・・不服というわけではないですけど・・・お仕事大丈夫なんですか?」
「問題ない、今は少し落ち着いているからな。今週の調子で来週も休めればいいだけだ。しかも土日のどちらかだけでも休めればいいんだ、平日にがんばればなんとかなるだろう」
奏ががんばるという言葉を言うとは珍しいなと思いながらも康太と文は互いに顔を見合わせながらどうしたものかと悩んでいた。
自分達としてはせっかくの文化祭なのだから楽しみたいと思っていたのだが、奏がやってくるとなると少々厄介なことになるかもしれない。
なにせ康太たちの通っている学校には一応魔術師としての同盟が存在している。
しかも予め釘を刺されていたのだ。康太を見に来るために他の魔術師が来るかもしれないと。
先輩魔術師たちの話を考えると恐らく、いやまず間違いなく索敵用の魔術を展開しているだろう。奏がそれに引っかかった場合面倒なことになりかねない。
先輩が何も知らずに奏に喧嘩を売るなんてことになる可能性だってあるのだ。あらかじめ事情を説明しておく必要が出て来たなと文は頭を抱えていた。
「そう言えばお前達はまだ高校一年生だったな・・・先輩とかから妙なことを頼まれたりしているのか?」
「いえ・・・俺の場合はほぼ自主練がメインみたいな部活ですから。せいぜい後片付けくらいですよ。それも大抵の人がほとんど自分でやっちゃいますし」
「私の場合は本格的なレギュラーメンバーってわけでもないので運動程度ですよ。本気でやってる人たちは結構真面目に部活動してますけど・・・」
康太も文も基本的に部活動は趣味のようなものなのだ。全力で部活動をやっている人間には申し訳ないが、自分たちが魔術師である以上全力を出すというのは彼らに失礼になってしまう。
なにせ反射的に魔術を使ってしまわないとも限らないのだ。その為彼らにとって部活動やスポーツは本気になるような事柄ではない。
「ふむ・・・まぁ魔術師だからというのもあるか・・・学生時代に部活動に本気で取り組めないというのはなかなかに後悔すると思うが・・・」
「仕方ないですよ。今さら文系の部活に入るっていうのも・・・」
「確かにもう手遅れって感じするわよね」
魔術などとは関係のない部活に入ることができればよかったのだが、文は運動面から、康太はただ好きだからという理由でそれぞれの部活に入った。
四月や五月ならまだしもすでに九月も終わろうとしているのに今さら部活動を変える気にはならなかった。
「のう康太よ、その学園祭とやら私も行っていいかの?」
「えー・・・?お前来んの?」
「なんだその反応は。カナデの時とは随分違うではないか」
奏に比べて自分が随分とぞんざいに扱われていることに腹を立てたのかアリスはむすっとしてしまっている。
だが奏でさえも可能ならば来るのは遠慮してほしいところなのに封印指定に名を連ねている魔術師がやってくるとあっては康太たちに面倒がかかるのは避けられない。
当然嫌そうな顔をするのも仕方のない話である。
「いやだってさ、お前見た目からして目立つじゃん。外人、幼女、金髪、しかも魔術師。こんだけ目立つ要素持ってるのお前くらいだぞ?学校に来たら絶対目立つ」
「む、なるほど。では見た目を変えてしまえばいいのだな?」
そう言うとアリスはどうしたものかと康太や奏、文の方に視線を向けてにやりと笑う。
すると彼女の体がわずかに光に包まれたかと思うと先程までの金髪の幼子の姿から黒髪黄色肌の日本人らしい姿に変化してみせた。
どことなく文に似ているその人物は得意げに笑って見せる。
「これでどうかの?イメージとしてはフミの姉と言ったところか」
「おぉ、そうかそう言えばお前変身できるんだったな」
「変身とはちと違うが・・・まぁいいだろう・・・とにかく最大の懸念は取り払われたという事だの」
「いや、参考にされた私の身にもなってよ・・・私姉弟いないって言っちゃってるから姉設定は使えないわよ?」
「なぬ!?そうか・・・では親戚ということにするか・・・?いやいっそのこと母親としてやってくるのも・・・」
「私の親を勝手に登場させないで。ていうか普通に全く別の第三者にすればいいじゃないの。あんただったら適当な人に化けるくらい簡単でしょ?」
文のいうようにわざわざ彼女の外見に似せなくても全く違う第三者に似せてしまえば何も問題ないように思える。
それこそ彼女は実力はかなりあるのだから適当にすれ違った人などに似せてしまえばそれで解決するのではないかと文と康太は考えていた。
だがアリス自身はその提案に難色を示しているようだった。
「そう簡単に言うがの、誰かに似せるというのはこれで結構大変なのだぞ?考えても見ろ、個人に似ているというのを作るのが一体どれだけ難しいか。全く同じならはっきり言って簡単にできる。細部まで完璧にコピーしてしまえばいいだけなのだからな。だが似せるとなると話は違う。微妙に顔をいじったり変化させたりしなければいけないのだ」
「・・・それって難しいのか?」
「・・・どう説明すれば分かりやすいかの・・・お前達の感覚で言えば・・・そうだの・・・カメラなどで写真を撮影するのと、風景を見ながらそれを似せながら実際に描くのどちらが難しいか考えてみろ」
「ん・・・まぁそりゃ実際に描く方が難しいか・・・でも実際魔術でそんなの関係あるのか?」
確かに写真を撮ったりする方が圧倒的に簡単だ。実際に描いてみるとなるとその本人の技術なども試されることになる。
だがそれが彼女の使っている魔術にも適応されるとは思えなかったのだ。
康太が疑問符を飛ばしながらそう反論したところ、それに対して返答を出したのはアリスではなく文だった。
「いや康太、そう言うわけでもないかもしれないわよ?実際完全にコピーするよりも変に見せ方を変える方が難しいもの」
「え?そうなのか?」
実際に光属性の魔術を扱える文としてはアリスの言葉に何かしら思いつくところがあったのだろう。光属性の魔術など使わない康太からすればはっきり言ってまったく理屈がわからない。
そんな中アリスがため息を吐きながら人差し指を立ててみる。
「よいかコータよ、お前が今こうして物を見えているのは光の反射をその目が捉えておるからだ。私は誰かに化けたりするとき、その光を操作して見え方や見せ方を変えている。誰かの姿を完全にコピーするというのはそのものが反射している光をそのまま再現するという事だ。はっきり言ってこれなら数秒から数十秒解析するだけで可能だ」
「・・・それって十分凄いよな?」
「当然だ・・・だがな、その見え方を少し変えるとなるといろいろと試行錯誤しなければならんのだ。例えば鼻の形を少し変えるだけでも微妙に光の発生度合いは変わる。少しずれれば当然見え方は変になってしまう。完全にコピーするよりも変にアレンジする方が面倒なのだ」
面倒とは言ったができないとは言っていないアリスに対していろいろと思うところはあったが、同じ光属性の魔術を扱う文としてはその発言に大いに納得しているようだった。
文などはよく見ているから比較的アレンジもしやすかったのだろうが、全く知らない第三者をすぐ見て真似るというのはなかなかに難易度が高いようだ。
それでもきっとアリスなら何とかしてしまう気がしないでもないが。
「それならいっそ康太のお姉さんとか妹役になれば?その方が比較的楽だと思うわよ?」
「・・・とは言うがの・・・コータの女版というのがどうもイメージしにくいのだ・・・コータの実姉の写真でも見ればイメージできるのだろうが・・・」
「悪いけどそう言ったものは持ってないな・・・家のアルバムの中には古いものならあるかもだけど・・・」
康太は実の姉とあまり仲が良くない。わざわざ写真を送ってくれなど言うつもりもなければ頼むつもりもなかった。可能なら会いたくない姉なだけに彼女に似せるというのも可能な限り辞めてほしいところである。
日曜日、そしてブックマーク件数2500突破したので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




