状況の変化
章晴は文に対して射撃戦を仕掛けるのは不利であることを認識していた。だがこの状況ではその手段をとるしかないのである。
元よりこの限られた空間において射撃戦を行うという事自体が選択肢として間違っているのだ。
射撃戦を行うべき地形は遮蔽物や身を隠すことの可能な起伏のある場所、あるいは相手との距離を常に自由自在にコントロールできる場所でなければならない。
さらに言えば状況的に相手が自分よりも射撃戦の実力が低いことが好まれる。
魔術師が射撃戦を行う上で重要なのは環境もそうだが相手との腕や相性が大きい。肉弾戦と違い射撃戦は実力差がはっきり出てしまうのだ。
肉弾戦のように瞬間的に決まるのではなく、射撃戦の実力差はじわじわと周回遅れするかのように開いていく。
地下であり、空間そのものが限られており、何より文の方が素質や才能として格が上、何より氷属性や炎属性を主に扱う章晴にとって、強力な風属性の魔術を扱える文は天敵というにふさわしい相手だった。
章晴は文にそのことを気づかせないためにわざと射撃戦を挑んだのだ。肉弾戦で不利な状況になったのなら射撃戦で対応する。
わざわざ既に攻略されている魔術で攻撃しているのには別の理由があるのではないか、文にわずかにでもそう思わせることで射撃戦に完全に移行させないようにしているのだ。
実際文は章晴が近づくのを嫌がるからこそ射撃戦を仕掛けてきていると思っていた。その為射撃戦には応じずにこのまま接近戦を行う素振りをしていた方が相手にとっては良いと考えている。
この辺りは経験の違いだろう。もしこのままの状態で射撃戦に応じ、その流れが続いていればまず間違いなく文が勝つことができていただろう。
エンチャントの魔術を使用し続けている処理を含めても、まだ文は射撃戦を行えるだけの状態にある。
あのエンチャントの魔術によって、文は近接戦闘において章晴よりもアドバンテージを握った。
そしてもともとの射撃戦能力において文は当人の実力と相性もあり章晴に勝っている。この状況が続き、射撃戦を延々と行うのなら軍配は文に上がっていただろう。
章晴としては可能性のある接近戦に状況を変更したいところだ。その為には文の使っているエンチャントの魔術を上手く解除するか無効化しなければならない。
先程文が行ったように、エンチャントが暴発する瞬間を狙って自身の体、あるいは武器にエンチャントをかける方法もある。
だが文はあれを簡単にやっていたが、実際にあれをやるのは半分自殺行為に等しいのである。
自分に襲い掛かってくる雷にエンチャントをかけるのとはわけが違う。文が使った雷雲の魔術は速度こそあれど自分のいる場所に向かってきているというのはわかっている。そして雷の性質を持っているという事で武器を避雷針代わりにしてエンチャントを発動すればよかった。
だが文の使っているエンチャントされていたものから放たれたものを利用したエンチャントというのは難易度もその危険度も跳ね上がる。
なにせ触れたものに直接襲い掛かったり、どのように発動するのかはその魔術の使用者によって変えられるのだ。
もし自分の想定しているものと違えば当然ダメージを受ける。文がどのような考えを持ってあれを行ったのかはわからないが、本当に自殺行為に等しい行動だったのだ。
だがあの行動によって状況は大きく変わった。
彼女の自身を犠牲に仕掛けた行動によって、状況は文有利に大きく傾いているのである。
このまま負けるわけにはいかない。なにせ今自分の師匠が自分の戦いを見ているのだ。いくら練習試合のようなものであるとはいえ、年下の魔術師に負けたとあっては奏もかなり怒るだろう。
いや文の才能と実力、そして先ほどの行動を鑑みれば怒ることはなくとも指導に力が入ることになってしまう。
奏は親戚だからと言って手を抜くような人間では決してない。むしろ身内だからという理由で厳しく指導してくるタイプである。
となれば章晴に残された選択肢は多くない。確実に勝てる手段をとるためにはなりふり構っていられないのだ。
文が地下の部屋のほぼ中心に位置どったことで、章晴は追いつめられる形になっていた。
彼女が近づこうとすれば章晴も移動しながら距離をとろうとし、射撃を繰り返しながら何とか文を切り崩そうとする。
だが当然文だってそんなに簡単にやられるはずがない。むしろ暴風の魔術を的確に使いながら相手の攻撃を吹き飛ばし続けていた。
文の対処は吹き飛ばすだけにとどまらず、吹き飛ばした氷の刃や炎を相手に襲い掛からせるなどカウンターメインの戦法になっていた。
自分自身は近づこうとし、射撃魔術はそのまま返す。可能な限り処理を少なくした最適な対応である。
このまま一気に襲い掛かるのも選択肢の一つなのだが、章晴の一見すると悪あがきのようにも見える単調なこの行動が、文にとっては自分を誘い出そうとしているように見えてならなかった。
この状況が続く限り自分の優位が変わらないとはいえ、この状況のままでいるというのは好ましくない。
だが明らかに怪しい動きをしている相手に対して無策に突進するというのも無謀過ぎて文にはできなかった。




