文の攻防
大量のつららを一度に発生させて一気に電撃の球体含め辺り一帯を攻撃してもいい。実際にそうすれば勝負がつく可能性もある。
だが迂闊にそう言った行動はとれなかった。先程から文は地面に対してある対策をとっていたのである。
相手が氷属性の魔術を使うという事でとった対策、それはこの地下の空間に水を散布することである。
土属性のそれと違って、氷属性で雷属性の対処をするのには限界があるのだ。壁に沿った状態で電撃を地面に流すのはいいのだが、土そのものにそれをさせるのに比べると氷は水の状態変化であるために状況によってはそれを使えないこともあり得る。
特に文は常に一定量の霧を発生させ、地面には水たまり程度に水をまき散らして電撃を地面に流し込むのを阻害しているのだ。
周囲にある水たまりはすでに章晴の足場にも届いている。この状態で電撃を地面に流そうとすれば章晴に感電する可能性も高い。
章晴は目の前に広がるこの光る球体が攻撃魔術であるという事を察知して、自分から一番遠いところにある球体に対して小さな氷の礫を数発ぶつけると周囲の球体と連結するような形で電撃が発生するのを確認して嫌そうな顔をする。
もし近くでこの球体に触れようものなら球体と球体のライン上に電撃が流れることになる。
周囲にある電撃の威力も相まって高い威力の電撃が流れる事だろう。
自分の周囲でつららを発生させていれば足元にある水も作用して確実にダメージを受けていたかもしれない。
故に章晴は次の手段に出ることにした。
周囲に展開するのは氷とは対極の位置にある炎。その火力は決して大きいとは言い難いが、周囲にある霧や足元にある水たまりを勢いよく蒸発させていく。
そして自分の周りの水が無くなったのを確認すると炎を消してつららを発生させ周囲に展開する電撃の球体を一気に貫き、地面に吸い込ませる形で消していった。
氷に炎。一見相性としては最悪のように思えるこの二つの属性は同時に修得しているとかなり高い汎用性と効果を発揮する。
炎は主に現象系の攻撃、相手への威嚇にもなるし広範囲にまき散らすことができる上に避けにくいために確実にダメージを与えられる。
対して氷は主に物質系の攻撃。相手に防がれることも多々あるがその分自分の周囲の状況を変えることに優れ、攻撃だけではなく防御にも使うことができる。
そして何より氷と炎を合わせれば水を発生させることもできる。相反するからこそ一緒に覚える価値のある魔術なのである。
一度電撃を消した章晴は周囲にある文の蜃気楼を確認すると自身の手のひらから炎を作り出すと周囲に火の粉をまき散らし始めた。
ダメージを与えることなど最初からまともに考えていないような広範囲への索敵代わりの火炎攻撃。
威力こそ低いが、身を隠している相手からすれば十分以上に脅威となるだろう。
だがそれは相手が文の場合は通用しない。
文は章晴に向かうように風を吹かせると、彼自身が作り出した炎の勢いを増幅しながら火の粉の牽制攻撃を逆にカウンターでぶつけようとしていた。
氷と炎の相性が最悪であるのに対して火と風の相性は最高と言ってもいいほどだ。風は火を強くし、火は風を強くする。
文は強い風を起こすことで火の粉を炎に変えて章晴めがけて襲い掛からせていた。
だが当然、自分の起こした炎でやられるほど章晴も未熟ではない。軽く氷の防壁を作り出すと襲い掛かる炎を完全にシャットアウトしその身を守っていた。
氷が一気に蒸発して周囲に蒸気が満ちる中、防壁を解除する章晴の目の前には暗雲が立ち込めていた。
比喩表現などではなく、実際に雲が出来上がっていたのである。
氷を蒸発させてできた水蒸気に文が魔術によって発生させた霧、さらにいくらか手を加えて作り出した雷雲。
文がもつ魔術の中でも高い威力を誇る攻撃魔術である。
準備に時間がかかることと、その効果範囲を容易に設定できないことが弱点ではあるが、相手がこもってくれているのに加え、作る手伝いをしてくれるのであれば話は早い。
文は章晴の下に降り注ぐように電撃を発生させる。
空気の破裂する音と共に辺り一帯を光が包むが、文は自分の肌で感じていた。
まだ倒せていないと。
相手から自分へと送られる敵意と殺意が止まっていないのだ。まだ自分の命を脅かそうとしている。
油断はできない。できるはずがない。
相手の魔術はまだ把握しきれていないのだ。自分もまだ隠している魔術がいくつもあるとはいえ相手は格上。どのような手段に出るかわからない以上油断はできない。
最初ににらみ合っていた時のような妙な焦りは感じていない。徐々にではあるが平静を取り戻しつつある。
文が光の中にいる章晴が何をしてきてもいいように索敵を張り巡らせていると、周囲にいきなり氷の刃が大量に飛散してくることに気付く。
とっさに文は暴風の魔術を使って氷の刃を吹き飛ばすが、同時に自分の行動の迂闊さに気付いてしまう。
自分の居場所を隠すのであれば、あらゆる角度から風を発生させるべきだった。とっさに身を守ることを優先して自分の周りしか風を発生させていないのだ。
文は自分の行動の迂闊さを実感しながら肉体強化をかけて集中すると雷雨の中心にいる章晴が巨大な武器を持ってこちらに突進してくるのに気付く。
どうやって雷を防いでいたのか、その答えを文はその目をもって確認することになる。




