優秀であるがゆえに
例えば手のひらに火を起こすというのであれば、周囲の空気に含まれる塵やごみなどを可燃物として燃やせばいい。必要な酸素を送り込みながら魔術によって熱量と燃料となるものさえ維持できれば火はともり続ける。
あるいは魔術によって火という現象そのものを作り出す。火をともすという魔術は大体その二つが発動原理になっている。どちらかによって術式を作り出し操るのが火の魔術における絶対事項だ。
さてここで問題なのがこの二つの火属性魔術の作り方という点にある。二つの種類において消費魔力と必要な処理の量が異なるのがネックなのだ。
火に必要なものを供給し続ける方は、魔力消費は少なく必要な処理は多い。火そのものを作り出す魔術は消費魔力は多いものの必要な処理は少ないといった特徴がある。
康太の場合消費魔力も必要な処理も少ない方がいいのだが、そう簡単に新しい術式など作れるはずもない。
ちなみに康太の使っている射撃系の火属性魔術は前者、消費魔力を抑え必要処理を多くしたものだ。
康太が難なく発動できるも、距離や速度の関係で苦戦しているのはそう言う背後関係があるのである。
自分の手の届く範囲でそれを行うのであれば、それこそ普段使っている魔術と同じように康太は扱うことができる。だがその距離が遠くなればなるほど、速度を高めれば高める程に処理を正確に行わなければいけないのだ。
当然魔術における細かな処理をするのがあまり得意ではない康太がそんなものを理知的に行えているはずがない。ほぼ感覚で処理しているのだ。
「ふむ・・・康太君には別の魔術の方がまだいいかもわかりませんね・・・いっそのこと術式を変えて射程や速度に制限をかける代わりに消費魔力を抑えて処理を減らすようなものの方が・・・」
「そうできるならいいんですけど・・・俺術式の改良なんてやったことないですよ?そもそも普通に発動するのすらようやくできるようになってきたってのに」
「そこなんですよね・・・どうしたらいいものか・・・」
康太と真理が属性魔術の事で悩んでいると、そこに割って入るように携帯ゲーム機が差し出される。
「コータよ、何やら悩んでいるところ申し訳ないが、少しいいか?」
「あ?どした?」
「こやつがなかなか捕まらなくてな・・・どうしても欲しいんだが」
そう言って画面を移すとそこには一ターンで逃げてしまう特殊なモンスターがいた。捕まえるためには一ターンで捕まえるか、あるいは眠らせる、麻痺させるといった状態異常を付与するほかない。
割と序盤に出てくるため何もしなくても捕まえられる可能性はあるが、確実に捕まえるなら眠らせるべきだろう。
「そいつなら眠らせて捕まえるといいぞ。眠らせると行動できなくなるから。確かそのあたりに催眠術を使えるモンスターが出るはずだ」
「そうか、ではそうしよう」
「あのアリスさん、今康太君火属性の射撃魔術でちょっと悩んでるところがあるんですが、何かアドバイスなど頂けませんか?」
真理の言葉にアリスは一瞬悩むような表情を見せた後でまぁいいかと小さくつぶやいてから康太の手に触れる。
「術式をくみ上げて見せろ。とりあえずそれを見てからだ」
「わかった・・・どうだ?」
康太が自分の中で術式をくみ上げるとアリスはそれを読み取ったのかふむと呟いてから悩みはじめ康太の方を見る。
「この魔術、誰に教わった?」
「え?文の所にあった魔導書からだけど・・・」
「・・・なるほど・・・納得だ。処理が多い代わりに消費魔力が少ない。処理能力が高い優秀な魔術師ならいともたやすく修得できる魔術だの。恐らくこれを勧めたのもフミだろう?」
「あぁ・・・大抵の火属性を扱える魔術師は大体覚えてるくらいのことを言ってたけど」
その言葉を聞いてアリスは小さくため息を吐く。康太に呆れているのかそれとも文に呆れているのか、どちらかはわからないが康太は怪訝な表情をしてしまう。
「なんか問題あるのか?俺じゃあ使い切れない魔術か?」
「扱えないことはない。だがお前向きの魔術ではないのは確かだ。あの子は優秀な魔術師であっても優秀な指導者にはなれないかもしれんの・・・」
そう言いながらアリスは適当なメモ用紙を一枚取り出すとそこに方陣術で何か術式をくみ上げていく。
「術者には圧倒的に向き不向きというものがある。あれは優秀だからこの魔術を簡単と称したが、駆け出しの魔術師からすればなぜうまく発動できないのか理解できないようなレベルのものだ。計算式と答えだけ見せられてなぜそうなっているのか分からない状況と言えばわかりやすいかの」
アリスのたとえに確かにそれに近いかもしれないなと思いながら、康太はアリスがくみ上げた術式を渡されそれを眺めてみる。
「どちらかというとお前はこちらの方が上手く扱えるだろう。基本的な効果はほぼ同じ。射程と速度などによっては消費魔力や処理は変わらんが、威力に応じて必要な魔力が乗数的に上がっていくことになる。そこだけは注意しろ」
アリスがくみ上げたのは康太用に作られた火属性の射撃魔術だった。火そのものを作り出す魔術で処理も少なく、可能な限り必要な魔力を減らしたものだ。牽制程度の威力なら先程まで使っていた魔術と消費魔力はほんの少し増えた程度でさほど変わらない。ただし高い威力を使おうとすると一気に消費魔力が増えるというピーキーな仕様になっているようだ。




