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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十二話「アリスインジャパン」

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エアリスとのあいさつ

そんなこんなの週末東京旅行土曜日の部を終え、次の日の日曜日。康太たちはまず文の師匠であるエアリスのいる修業場にやってきていた。


「というわけでお宅のフミと同盟を結ぶことになった封印指定二十八号ことアリシア・メリノスだ。よろしく頼むぞ」


いきなりやってきたと思ったら唐突に意表を突くような自己紹介をしたアリスに対してエアリスは一瞬呆けてしまっていた。


文からあらかたの事情は聞いていたとはいえ、実際に目の前に現れるといろいろと思うところがあるのだろう、数十秒沈黙を保ち、何か悩むようなそぶりをしてからとりあえず小さくため息を吐いた。


「初めましてアリシア・メリノス・・・知っていると思うが私はライリーベル・・・文の師匠のエアリス・ロゥだ。不肖の弟子だがよろしく頼む」


「うむ、なかなかに優秀な魔術師のようだからこちらとしても頼りにしている。良い指導をしているな」


「・・・いや、私の指導などまだまだだ。非常に不本意だがデブリス・クラリスの方が師としては優秀なように思える」


弟子を二人有し、さらにはその弟子二人をすでにある程度のレベルまで育て上げている小百合の手腕にエアリスとしては認めたくないという気持ちがありながらも実際に認めなければならないという事を認識しているようだった。


特に康太に関してはその実力の上がり方が普通の魔術師のそれではない。本来魔術師として得なければいけないものをいろいろとすっ飛ばしているだけなのだが、そのあたりはエアリスもなんとなくは理解している。


だがそれでも短期間でこれだけの実力に仕上げたのだからそれは小百合の指導のたまものだと言えるだろう。その分師匠としての尊厳にも似た何かを失っているような気がするがそれは多分気のせいではない。


「いやあれは指導方法がだいぶ荒っぽい。確かに厳しくすればその分いろいろと学べる点もあるだろうが、時には落ち着けて学ぶというのも必要だ。そう言う意味ではお前の指導は間違ってはいない。自分から学ばせようという考えを持っているのならなおさらだの」


「そう言ってくれるとこちらとしても嬉しい反面少し複雑でもある。もうほとんど見抜かれているようだしね」


「なに、コータやフミの話を聞いてなんとなくそう思っただけの事。実際どのような指導をしているのかはわからないがエアリス・ロゥという魔術師の人物像はなんとなく思い浮かんでいた。そしてお前はその通りの人間の様だ」


文に対する指導法というのは客観的に見れば非常に正しいものばかりだ。正しいものばかり過ぎて非の打ちどころはほとんどない。強いて言えば正しすぎるということくらいだろうか。


正しすぎるという事は当然それ以外の考えができなくなる可能性も秘めている。


正論に対して異論を出すというのはある意味屁理屈や間違った考えのものばかり。エアリスの指導は正しいものであったが故に文の見える範囲を狭めてしまう可能性もあった。事実そうなりかけていた。


だが康太の存在がそれを大きく変えた。エアリスにとっても康太の存在は僥倖だっただろう。


文とは真逆と言っていいほどの境遇、そして素質や戦い方。正しい戦い方や魔術の使い方を学んだ文に対して、康太は全く別の指導を受けて来た。


自分の学んだものだけが正解ではなく、もっと別の何かも存在する。それが文の視野を大きく広げる結果となった。


敗北を経験することで文のプライドは多少傷ついたかもしれないが、それによって彼女は大きく成長したと言えるだろう。


そして小百合や康太に巻き込まれる形でいくつかの事件を経験したことで彼女は大きく成長している。


「ほう・・・私はどんな人物だと思われていたのか」


「私は聡明かつ思慮深い人間であると考えていた。そして弟子想いであり優しさと厳しさが同居している。師とするのであればこれほど適任もおるまいて」


「・・・妙に私のことを評価するのだね。何かよからぬことを企んでいるのではないかと愚考してしまうよ」


「ハッハッハ。そう思われても仕方ないかもしれんの。まぁお前の前に見た人物が強烈過ぎたというのもあるかもしれんの」


前に見た人物というのが小百合の事であるというのは容易に理解できた。小百合と比べられるというのはエアリスとしてもあまり良い気はしなかったが、それでも比較されていたとしても人格的に高く評価してくれているというのは嬉しく思うと同時に気恥ずかしくもあった。


「だが客観的に見てもお前がすぐれた師であるというのは事実だ。サユリと比較していることは否定しないが、それでも十分に胸を張れるレベルであると判断する」


「すぐれた師・・・か・・・君にそう評価してもらえるのは喜ぶべきなのかな?」


「もちろんだとも。飛び跳ねて喜んでもよいぞ?私がここまで評価した魔術師はそうそういない。ここ百年の間では特にな」


昨今の魔術師の成長度合いなども鑑みて、アリスの評価はそれなりに辛口だ。康太は成長途中という事もありだいぶ曖昧かつ希望的なものも含まれている。対して小百合の評価はだいぶ曖昧だ。なにせその実力を測り切れていないのだ。文に関しても康太と同様、だがエアリスに関しては文を通じて、そして小百合程測りにくいような魔術師ではないと考えていた。


彼女は正統派の魔術師だ。良くも悪くも大きく道を外れることもなく、安定した実力を誇る魔術師であると判断していた。そしてその判断はほぼ的を射ている。


「だが、お前が師であるという事がフミにとっては最大の幸運であると同時に最大の不幸でもあるのかもしれんの」


「・・・それはどういう意味だ?」


「・・・お前が一番よく分かっているのではないかの?」


アリスの言葉にエアリスは思うところはあった。自分は普通の魔術師だ。小百合と良く争い競っているために実力だけはしっかりと付いた。


彼女の面倒に巻き込まれることで多くの実戦を積み、魔術師として一般的でなおかつ正しい成長を遂げながら人脈も広めていくことによって順風満帆な魔術師としての生活を送っていると言っていいだろう。


だがそれは逆に言えば波風の立たない状態だ。起伏の少ない状態と言ってもいい。


エアリスは小百合に巻き込まれる形でいろいろな面倒に巻き込まれ、それによって実力をつけて来た。


時には小百合と協力し、ときには小百合と敵対し、時には互いに競争することもあり、それによって得た経験値はかなり多かった。


だがその中で彼女は常に『魔術師として普通』の選択肢を選び続けた。小百合のように独善的かつ自己中心的な選択肢を選んだことはかなり少ない。というか一度もないのではないかと思えるほどだ。


そしてそれは良くも悪くも彼女の弟子である文にも受け継がれてしまっている。


康太に巻き込まれる形で面倒事に首を突っ込む文、そして彼女が自分のようになるのではないかと思えてならなかった。


何より不安なのは、文のこれからの力の付け方と、これからの彼女の魔術師としての在り方についてだ。


文は良くも悪くも優秀だ。自分の実力に溺れることなく、自分の欠点を見つめたうえでそれを改善しようとすることができる。


そして他人の行動をよく見ている。他人のふり見て我がふり直せという諺の通り、誰かの失敗や成功を見て自分がどのようにすればいいのかをしっかりと分析して訓練に反映していく。


そう言う意味では康太と一緒に訓練させるというのは非常に良い効果を持っているのだ。


一般的な魔術師としての訓練だけではなく、小百合や康太と言った一般的ではない魔術師の戦い方や訓練の仕方を目の当たりにすることで、彼女自身がこれからどのような魔術師になればいいのかを思案させることができる。


そこまではエアリスの思惑通りだった。彼女に足りないものを気づかせ、学ばせ、考えさせる。ここまでは想定通りだった。


だが想定通りにならないこともあった。それは文の行動そのものだ。


先にもいったが文は良くも悪くも優秀だ。優秀すぎると言ってもいい。


それに対して康太は本当にポンコツだ。魔術師として常識がないというのもそうだが技術面、そして素質面でも文とは比べるべくもない。


自分の近くにそう言ったポンコツな康太がいるせいなのか、文はとにかく康太のフォローや世話を焼いてしまう。


そう、文は誰かのフォローをするということに慣れ過ぎてしまっているのだ。


これはアリスも先日康太と真理、そして小百合と文の二対二の訓練を見ていて気付いたことだ。文は誰かと一緒になって行動している時に高い能力を発揮する。


誰かと力を合わせることで本領を発揮するというのは確かに良い点ではある。多対多の状況なんていくらでもある。同盟を常に維持できるのであればこれほどまでに良い特徴はないだろう。


だが魔術師というのは常に徒党を組んで行動できるわけではない。時には一人で行動しなければならないこともあるだろう。


そう言ったときに文は一人で本領を発揮できるようにならなければいけないのだ。


文にとっての一番の課題は『単独戦闘においても本領を発揮できるようにすること』なのである。


本来ならば師匠としてそのことを教えてやるべきだ。いやもしかしたら文も自分自身ですでに気づいているのかもわからない。


だが気付いたとしてもどうしようもないのだ。今のように小百合の所に向かわせて実戦に限りなく近い訓練をさせるくらいしか対処法がない。あるいは単独で何か依頼を何度もこなす程度しか思い浮かばなかった。


エアリスはふと自分の弟子の方に視線を向ける。文は康太と共に修業場にある魔導書を探し回ったり整理整頓したりしている。


アリスに害はないと確信しているからか、それとも自分たちの話の邪魔をしないようにしているのだろうか。どちらにせよ聞こえていないのは僥倖だった。


「・・・あの子は優秀だ。だからこそ扱いが難しい。育て方を間違えればそれこそ一生を台無しにしてしまいかねない・・・」


優秀であるが故に指導法に悩む。高い素質を持った教え子がいれば、当然正しく指導し能力を伸ばしてやりたいと思うだろう。


だがそこで正しい指導とは何だという壁に行き当たる。どのように指導すれば一番能力を高めてやれるだろうかという考えに至る。


そこで常に正解を選び続けられるほど指導者は万能ではないのだ。指導者とて人間、間違いをすることもある。だからこそ悩むのだ。


素質面でも才能面でも、そして何よりそれに驕ることのない性格面でも文は一級品の魔術師になれるだけのポテンシャルを持っている。


彼女の両親もそう信じて疑わないだろう。もちろん師であるエアリスも同様だ。彼女ならば一流の魔術師になれると心から思う。期待が大きいからこそ同時に指導者としての重荷が付きまとう。期待と重圧、その両方がエアリスの頭を悩ませる原因だった。


「優秀すぎる弟子を持つ師の苦悩というやつだの・・・だがあやつはあのままではあまりにももったいない。コータ達について回るのが当たり前のようになってしまっておる・・・あれでは・・・」


「・・・文に比べて彼の方が協会の評価を上げるのは早かったからね・・・彼の場合はあまり良い上げ方ではないが・・・それでも協会内では文よりも彼の方が有名になっている。仕方のないことと言えばそこまでだが・・・」


そう、最近の文は康太と共に行動するのが当たり前になり、康太の陰にいることに甘んじているような節がある。


康太が難解な事件に巻き込まれ、それを解決する間文は康太の近くにいた。だから必然的に康太と同じように評価を上げてきたが、封印指定百七十二号の一件で二人の評価は大きく差がついてしまった。


いつしか同じ同盟で、文の方が上の立場であったはずの力関係は客観的な評価によって覆りかけている。


もちろん康太も文も、力関係によってどうこうするという事はないしそんなことは考えてすらいない。


だが他人の意識によって文のこれからが多少なりとも影響されているのも事実である。


フォローするということに慣れてしまったせいで、自分から強く行動しようという気概が薄れてきているのだ。


元より学生の魔術師は自主的に行動するものではないが、それにしたって文の状態は一人の魔術師としてはあまり褒められたものではない。


魔術師というものは同盟を組み協力することはあっても、それはあくまで自分の目的のために行うものだ。


仲がいいからなどという学生感覚で組むものではないのだ。信頼できるというのは重要なファクターではあるが、最近の文を見ているとエアリスは魔術師としての成長が滞っているように思える。


それは実力面とは違う、自立した魔術師としての自意識の問題だ。


「本来なら私の方からいろいろと彼女に課題を出すべきなのだろうが・・・どうにも適切なものがなくて・・・どうしたものかと悩んでいる」


「ふむ・・・私がいろいろと連れまわしてもいいが・・・それだとまた似たようなことになりかねない・・・いや、本来なら私のような部外者が口を出すような事ではないかもしれんの」


アリスは文と同盟を組んでいるとはいえ、師弟関係に関しては完全なる部外者だ。


ただ単に人格的に信頼できるから同盟を結んでいるのであって彼女の実力面は正直二の次。だが当然同盟を組んでいるのであればよい魔術師になってほしいと思うのは自然な流れである。


良い成長というのは本人の努力だけでどうこうなるというものではない。必要なのは本人の努力と才能、そして周りの環境なのだ。


正しい指導を行う指導者、そしてその指導によってよい経験のできる現場、あるいは状況が必要になってくる。


そう言う意味では康太は周りの環境には非常に恵まれている。本人の才能自体は正直あまり恵まれたとは言えないレベルだが、周囲の環境が高水準でまとまっているために康太は比較的高い成長を遂げている。


文は高い才能を有している。本人の努力への意識も高く常に自分を高めることに余念がない。


だが、康太と似た環境を作りながらその差は大きい。訓練の密度だけなら康太に負けることはない。むしろ彼女の方が濃密な魔術師としての訓練を日常的に行っていると言っていいだろう。


だが圧倒的に実戦が足りない。特に自分が中心となって行動するという事が少ないため『魔術師としての実戦』が足りなかった。


小百合のところで行えるのはあくまで戦闘の実戦だ。それも限りなく本当の戦闘に近い訓練でしかない。


戦闘の訓練を積むことで彼女は確かに戦闘能力は上がっているだろう。だが彼女自身が考えて物事の解決などに臨むと言ったことが少ないために、魔術師としての経験値が足りないのだ。


魔術師というのは戦闘能力が高ければいいというものではない。小百合だって一見戦闘狂のように思われるかもしれないがきちんとあの店を切り盛りするために日々仕事をしている。


その弟子の真理も高い実力を有しながら協会の日本支部内で安定した立ち位置を維持できている。


要するに自分の能力に会った立ち回りができることが必要なのだ。


今の彼女の立ち回りが不十分であるとは言わない。高いレベルで周囲のフォローが行えるというのはそれだけでも有用だし彼女にとって大きなプラスになるだろう。


だがそれだけではないのだ、エアリスとしては、そして少し文のことを観察したアリスから見ても彼女はそんなところで終わるような人材ではない。


正しい成長をして正しい経験さえ積めば、恐らく小百合やエアリスたちとだって問題なく渡り合えるだろう実力を秘めているのだ。


本人が無意識のうちに自分の限界はここであると決めつけている感があるために伸び悩んでいる。


もちろんそれでも着実に実力を伸ばしているのは確かだ。


だが意識を変えるほどの何か強烈な物事でもない限り、人間の考え方を変えることはできない。何か新しい物事や視点から見えるものがあれば変わるのだがとエアリスは悩んでしまっていた。












「エアリスさんたち何話してるんだろうな?」


「さぁ?私達の同盟の話じゃないの?」


年長者組がそんな話をしているとはつゆ知らず、康太と文はそれぞれ魔術の鍛錬に勤しんでいた。


康太は索敵の魔術の訓練と併用して風属性の魔術の発動訓練。文はそれを眺めながら自らも新しい魔術を覚えようとしていた。


「だいぶ風属性の魔術は安定して扱えるようになってきたわね。魔力の変換も慣れてきた感じだし」


「さすがに結構長くやってるからな。まだ別属性の魔術の併用は難しいけど」


康太は最近になってようやく複数種類の魔術を同時に発動することに慣れ始めていた。


意識しないレベルで二つから三つ、少し集中すれば四つから五つくらいは同時に発動できるようになっていた。


だがそれはすべて無属性の話だ。別の属性となると話は変わってきて高い集中を維持しなければ別属性の魔術を同時に発動するというのはできない段階である。


まだまだ未熟な点はあるが、それでも大きな進歩だと文は感心していた。


風属性の魔術一つ扱うのに苦労していた時に比べれば大きな進歩である。ここまで来るのは長かったなと実感しながらふとあることを思い出す。


「そう言えばあんた火属性の魔術の方はどうなの?ライターもどきの魔術は見たけど射撃魔術はどこまで進んだ?」


「ふっふっふ・・・それを聞いてしまうか・・・よろしい!ならば括目してみよ!」


康太は一度索敵と風の魔術を解除すると人差し指を伸ばし親指を立てる所謂ピストルの形を作り真っ直ぐに腕を伸ばす。その先には十数メートルは何もなく、行き辺りに壁があるくらいだ。


もしかしてあの壁に届くまで射程距離を伸ばしたのかと文は少しだけ期待しながら康太の指先を眺めていると、指先に炎がともり、何の合図もなく勢いよく小さな炎の球が一つ飛び出した。


速度は大体時速六十キロくらいだろうか、人がボールを投げる速度よりだいぶ遅いが、それでも牽制にしては十分な速度と言えるだろう。


そしてその炎の弾丸は三メートル程直進して消えてしまう。


それを見て文は眉をひそめていた。そしてそんな文とは対照的に康太は渾身のドヤ顔をしている。


「え?それだけ?」


「それだけとはなんだ!速度と距離を調整してようやくまともになったんだぞ!遠くに飛ばすのがどれだけ苦労することか!」


「はぁ!?あんなのあんたの槍の射程よりちょっと長いくらいじゃないの!いつもナイフとか槍の投擲を再現してるじゃない!」


「あれは再現だから発動ははっきり言ってほぼ自動なんだよ!こっちはいちいち自分で調整しなきゃいけないんだ!難易度が違うんだよ!」


以前アリスの念動力の動作を解説した時にも記したと思うが、再現の魔術というのは得られる効果に比べて必要な処理が極端に少ないのが特徴の初心者用の魔術である。


小百合が魔術ほぼ素人の康太に二番目に教えた魔術であるという時点で察しが付くと思うが、応用も利くし得られる効果も多種多様、それにしては必要な処理が少ないという利点があるために初心者の康太でも練度をあげればほぼ手足のように扱えるとても便利な魔術なのだ。


もちろんその分制限も多いが。


「あー・・・そうか・・・あんた今まで自分で魔術の調整ってまともにやったことなかったんだっけ・・・?」


「あぁ、微風とか突風の魔術とかだって基本的に自分を中心に風を起こすってことしかまだ考えてないしな。でもこれ魔術を遠距離まで速度と形を維持しなきゃって思うから難しいんだよ・・・」


康太が今使っている魔術で、三つ以上の処理を必要とするものは案外少ない。


最初に覚えた分解は分解する物を決めるだけ、最も使用頻度の高い再現は再現する動作の選定とその方向を決めるだけ、蓄積は蓄積対象を設定して任意のタイミングで解放といった具合で今までは処理が極端に少ないものばかりを覚え、使用してきているのだ。


最近覚えた難易度の高い魔術で言えば遠隔動作だが、これも位置さえ決定できてしまえば今自分が行っている動作を複製すると考えているためにそこまで処理は必要ではない。


そう、何も考えていないようで小百合はしっかりと康太の処理能力に合わせた初心者用の魔術を教えていたのである。


「じゃあ、速度と射程距離とかから鑑みて今のが一番ベターな状態ってこと?」


「そうなるな。遠くに飛ばしていくってのがどうも難しい」


遠隔動作の時も修得にかなり手間取っていたが、どうやら康太は遠くに魔術を発動するというのがあまり得意ではないようだった。


もちろん努力と回数をこなすことである程度それを伸ばすことはできるかもしれないが、まだまだ実戦に耐えられるほどではないだろう。


「じゃあさ、速度は考えなくていいからとにかく遠くに飛ばすこと考えてくれない?あるいはその逆、距離考えなくていいから速度だけ高めるとか」


「ん・・・わかった、やってみる」


ここは自分が遠距離用の魔術を覚えた時の手法を行うべきだなと文は自分の魔術取得を一度切り上げて康太の指導に集中することにした。


こういう面倒見の良いところが文の良いところでもあり悪いところでもある。自分をないがしろにするところがあるから師匠であるエアリスに心配されるとは本人は気づいていないだろう。


「発動自体は問題なく行えるだけの練度はあるのね・・・問題は射程と速度と速射力か…課題は多いわね」


何度か速度と射程の調整を行ったところ、実戦に耐えるだけの速度、最低でも時速五十キロから六十キロ程度の速度で打ち出される射程距離は先程康太がやった射撃とほぼ同じ、三メートルから四メートル程度となってしまっていた。


速度を極端に落とせばその分操作、維持できるだけの余裕が生まれるのか飛距離は十メートルから二十メートル程。随分ムラがあるがそのあたりは康太の調子という面もあるのだろう。


逆に速度を極限まで高めると一メートルどころか三十センチも飛んでいない。本当に一瞬炎が出たかと思うと消えてしまうようなものだった。


「そうなってくると・・・あとは反復練習と呪文である程度処理を軽減するしかないわね・・・威力の方はどうなの?」


「消費魔力的にあんまり大きいのは使いたくないんだけど・・・まぁこんな感じ」


康太はもとよりこの炎の弾丸の魔術は牽制程度の目的で使用するつもりで高い威力など期待していない。


視覚的に相手に攻撃が迫っているという事を認識させるために修得しているためにそこまで高い威力での練習はしていなかったが、一応この魔術を身に着ける段階で何度か試したことくらいはある。


手を開いて集中するとその手のひらの上にソフトボール程の炎の球体が出来上がっていく。


先程まで指先にあった炎に比べるとかなり大きい。


どうやら威力、速度、射程はある程度はコントロールできるまでにはなっているようだった。もちろん実戦で使えるレベルの練度ではないが、短期間でこれだけ身に着けることができるあたり康太の努力がうかがえる。


後は射程と速度の両立、さらに速射性を上げれば十分に実戦でも使える魔術になるだろう。


「ん・・・その威力で連発できればかなり脅威になるんだけどね・・・それは無理なの?」


「無理だな。この威力だと消費が供給を上回る。ずっと連射できないから牽制射撃としては使えないな・・・たまに一発撃つくらいならいけそうだけど」


魔術師の使う射撃系の魔術は大抵が自身の魔力供給量を下回るものが多い。常に使用していられるという意味で牽制及び攻撃を継続できるというのはかなりの利点だ。


銃で言えば威力の小さなものを連射し続けられるか、威力の高いものを一定間隔でしか使えないという感じだろう。


康太の場合魔力の供給口が弱いために非常に低い威力で打ち続けることは可能だが少し威力を挙げるとすぐに消費量が供給量を上回ってしまいガス欠を起こす。


ただの牽制射撃で魔力を消費しつくしてしまっては全く意味がない。


「じゃあやっぱりこれは無理か・・・ちなみにちょっと撃ってみてよ。壁は出すから」


そう言って文は近くに水の壁を作り出す。康太は少し、いやかなり近づいて手のひらをその水の壁に向ける。


ゆっくりとゆっくりと飛んでいく火の弾丸は水の壁に直撃すると同時にその壁の一部を蒸発させた。


どうやらそれなりの威力はあったようで水の壁は大きく音を立てながら蒸気へと変化していってしまう。それと同時に康太の放った火の弾丸は消えてしまった。


「・・・うん、やっぱりこれが連射できればよかったんだけどね・・・そうすれば水属性相手にはだいぶ脅威になったのに」


「え?水に対しての脅威なのか?ポケモンとかだと火タイプって水タイプの攻撃に弱いじゃんか」


「それはゲームの話でしょ・・・火は水をかければ消える。でも水だって火をぶつければ蒸発する。互いに互いを消す相互弱点になってるのよ。まぁ魔術によって違う場合ももちろんあるけど」


今まで康太の中では水属性は火属性に強く電気属性に弱いという印象が強くあった。もちろんそれがゲームの中の話であることは重々承知している。


だが今まで培った先入観というのはなかなか拭いきれないものがあるのだ。それもまた仕方のない話だろう。


「じゃあさ、水と電気はどうなんだ?相性的にはどっちが上?」


「どっち・・・って言われると困るけどね・・・私としては水の方が上じゃないかと思ってるわ」


「その心は?」


「基本的に純粋な水は電気を通さないし、不純物の混じった水は電気を通しやすいけどそれは逆に言えば電気の通る方向をこっちでコントロールできるってことだもの。私も前にやってたでしょ?」


そう言えばと言って康太は昔文と戦った時のことを思い出す。


確かに文は霧のようなものを出して電気の移動をコントロールしていた。雷の魔術などは非常に強力だが、その通り道を作らないと命中率に難がある。そのあたりを制御するために水が必要になるのだろう。


「でもさ、水って電気で分解できるよな?そのあたりはどうなんだ?」


「あぁ、理科的な話?確かに分解はできるけどね、水を分解するのにどれだけの電気が必要になると思ってるのよ。それなら水を大量に出す魔術の方が簡単よ」


康太のいうように水というのは電気を加えることで水素と酸素に分離する。理科の化学的な話になってくるがそれは魔術でも共通のようだった。


だが当然水を分解するには相当量の電気が必要となる。同じ魔力消費で水と雷の魔術を発動した場合、水の方が効率が良く分解しきれないのだとか。


だからこそ文は電気と水であれば水の方が上位にあると考えているようだった。今までの考えがことごとく覆る事実に康太は少しショックを覚えていた。


日曜日、誤字報告十件分、累計pv4,000,000突破で5回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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