その原点
「康太、あんた自分の体の隅々まで同調とか解析とかかけられる?」
「あー・・・そう言う魔術覚えてないからわかんないけど・・・たぶん・・・無理?」
「そう、無理なのよ。大まかな状態を知ることはできてもそれこそ細胞レベルまで詳細にすべてを把握するってことはだいたい三十から四十兆の細胞を全部同時に把握するってことよ?」
「・・・ごめん桁が多すぎてどれくらいすごいのかわからん」
今の状態では数個程度の魔術を同時に使うのでさえてこずる康太にとって数百どころかそれを大きく飛び越して数十兆もの細胞を同時に解析するなどという状態は天上のはるか上、銀河の向こう側にも届きそうな高みなのである。
レベルが高すぎてそのレベルの高さを理解しきれない。相手の強さを知るには自分にもそれなりの強さがいるというが、それと同じようなものだ。
「アリスが言ってることを私は絶対にできない。というか今いる魔術師でまともに発動できる奴がいるかどうか・・・」
「人間ではなく植物などで最初は練習すれば慣れてくれば生体関係に詳しい魔術師なら使えるかもしれんぞ?最初から人体でやるのはリスクも難易度も高い」
恐らくはアリスもそのように訓練したのだろう。だがそんな練習をしたとしても自分の肉体の老化を限りなく抑えているというけた外れの魔術を扱っているというのは恐るべきことだ。
しかも彼女はそれに加えて普通の魔術も扱えている。つまり彼女の処理の何割かをその魔術に回し、それ以外で普通の魔術を扱っているという事だ。
それだけの容量が彼女にはあるのだ。
「ちなみにその魔術、アリスは処理の何割くらいを使ってやってる?」
「そうだの・・・大体五割か六割くらいか。魔力的にも燃費がいいとは言えんが」
「それでも五割程度・・・とんでもないわねあんたの処理能力」
「そうでもないぞ?最初の頃はそれこそ処理のほとんどを使っている時期もあった。少しずつ慣らしていって処理を減らしているのだ。二人だって最初は集中しなければできない魔術も今は息を吐くようにできるだろう?」
そう言われると康太も文も思うところがあった。
康太は最初魔力を練ることでさえかなり集中しなければ行うことはできなかった。だが今は寝ていてもある程度適切な魔力を体の中に入れ続けることができている。最初はおぼつかなかった魔術の発動も今は比較的容易に行えている。
そしてそれは文も同様だ。最初はできなくとも、二人は自らの鍛錬によって技術力を高めることで必要な処理を減らし、容易に発動できるようにしてきた。
それはアリスも同様らしい。最初はなかなかうまくできない時もあったようだが、今はそれこそ当たり前のように行使し、他の魔術に回せるだけの余裕も生まれている。
特別なことなどない、単に鍛錬し、自己研鑽した結果が今のアリスなのだろう。
「その魔術、一体どれくらいの時に扱えるようになったの?老化を抑えてその姿ってことは結構若い段階で修得したんでしょ?」
「お、良いところに気が付くの。そこがこの魔術のみそなのだ。老化を抑える方法としていくつかの方法を考えたのだ。例えば同じ状態にループさせるようなものだったり、細胞の劣化をとにかく抑えるものだったり、いくつかの機能を停止させる代わりに老化を抑えたりするものを考えた」
「・・・なるほど、ちょっとわかったわ。つまりあんたかなり早い段階で『成長』を犠牲にしたのね?」
文の言葉にその通りとアリスは微笑んで見せた。二人が一体どういう話をしているのか康太は理解しきれていない。だからひとまずすごいことを言っているのだなと考えて話を聞き続けることにした。
「私がこの魔術、というかその原型を作るに至ったのは十歳の頃だった。当時は魔導書などもないから魔術は誰かに教わるものではなく自分で作るものだったからの、いろんな魔術を作っては遊んでいたんだが、ある日枯れない花を作ってみたくなっての」
アリスが十歳の頃、まだ魔術協会なども存在せず魔術を覚えるには自分で作るか誰かに教わるしかなかった。
新しい魔術を使おうとするなら作るのが当たり前の時代に生まれたアリスがそれを作ろうとしたのは自然な流れだったと言えるだろう。
枯れない花。それはつまり花の状態で成長がストップしている状態だ。別の言い方をすれば花の老化が止まっている状態と言えなくもない。
中々少女らしい理由だなと思ったのだが、実際やっていることは魔術師からすれば恐ろしい内容だ。それだけの処理をさも当然の様にやってのける十歳児。長く魔術師を続けている文はそのすごさを理解できる。
自分が十歳の頃何をしていただろうかと文は思い出しながらそのすごさを再認識しつつあった。
恐らくアリスは本当の意味での天才だったのだろう。文は自他共に認める程に才能に恵まれているがアリスはそれ以上、いや比べる事すらできないほどの天才。
術の開発だけではなくそれを扱うセンス、そして理論的に、そして性格的にそれを突き詰められるだけの環境があったのだ。
現代のように幼いころからやるべきことを与えられるということはなく、生きるための明確な指標というのもなかっただろう。勉強などに意欲を出さなければ異端扱いされるという事もないために生まれる家にさえ恵まれれば比較的自由な時間は多かったと思われる。
そう言う意味ではアリスは恵まれていたのだ。もっともそれをうらやむかどうかは微妙なところではあるが。
その才能に嫉妬する反面、同時に強い敬意を抱いていた。目の前にいるのが封印指定に名を連ねる程の魔術師であるという事を強く実感したからこそ、文は目の前にいるアリスに対して強くそれを出すことができなかった。




