それぞれの狙い
「やっぱり小百合さんがいると頼りになるわね、ほとんどこっちに攻撃が来なかったわ」
「それだけお前の立ち回りが上手くなっているという事だ。あの二人が妙に私ばかり狙っていたのも原因の一つだろうがな」
小百合がじろりとその場に倒れている康太と真理の方に視線を向けると二人は気づいていたかと内心舌打ちをして見せた。
小百合への恨みは山ほどある。いくら小百合と文の立ち位置がそれぞれ前衛と後衛だったからという理由があったとしても本当に効率よく戦うのであれば本来ならば後衛を先に叩くべきだったのだ。
前衛の人間というのは大抵がある程度近接戦闘の実力を有し攻撃を受けても対処できるようなものになる。小百合はその典型だ。
そして先ほどのように文が後衛に位置するのは近接戦闘に自信がなく、何より距離をとって戦闘をコントロールしやすくするという目的がある。状況判断に長けたタイプで援護も支援も攻撃も防御もこなせるある意味かなり高い性能でまとまったオールラウンダーでなければ正しく後衛をこなすことはできない。そう言う意味では文は模範的な後衛と言えるだろう。
典型的な前衛と模範的な後衛がそろった場合、同時に攻略するのは至難を極める。なにせ互いに連携をとって行動をしてくるのだ。前衛を後衛がカバーし、後衛を前衛がフォローする。この両者がかみ合っている限り同時攻略ははっきり言って効率が悪い。
ではどうするのが最も適切か。戦いにおける効率性を求める康太と真理にとってその答えは簡単に出せる。
まず後衛を狙って先に倒してしまう事だ。後衛を先に倒し援護がない状況にさせてから前衛に対してしっかりと対処する。可能ならば前衛を多対一の状況にさせてから一方的にたたくのが理想だろう。
本来ならば訓練でもそうするのが適切だ。だが康太と真理は意図的に小百合に攻撃を集中させた。格上の前衛に対してそんなことをすればただでさえ優秀な後衛がさらにのびのびと戦うのは目に見えている。ただでさえ厄介な敵がさらに活発的に行動するのが目に見えている。本来なら後衛である文に攻撃を集中させるべきなのだ。
「そう言えばそうよね・・・私への攻撃って結構少なかったし・・・何でそんな事したの?」
「・・・いや・・・まぁ文を先に狙ったほうが勝率は高かったかもしれないけどさ・・・師匠の場合それを狙ってる節があったんだよ」
「・・・ほう?気づいていたか」
「気づかない方がおかしいですよ・・・露骨に文さんへの視線を誘導させたりしてましたし」
「え・・・?どういうこと?」
気付いていないのはこの場で文だけの様だ。近くで見ていたアリスも小百合が狙っていたことをある程度理解しているようだった。
少なくとも文の視線からすれば小百合の行動は康太たちからの攻撃への対処と二人への攻撃、そして二人への牽制と文への攻撃を通らせないようにするためにあえて前に出たりと比較的前衛としてまともな対応をしていたように思う。これだけ見れば普通の前衛の役回りをしていたのだ。
そう、小百合程の異端な魔術師が一般的な前衛としての役回りをこなしたということそのものが問題なのだ。
「大体訓練をやってるとよくあることなんだけどさ、別の目的を見つけて行動しようとすると行動の選択肢が増えてほんの少し反応が遅れるんだよ・・・お前を狙おうとするとそれを師匠に狙い撃たれるわけだ」
「基本的に師匠は私達に肉薄してきますからね・・・下手に文さんに手を出そうとするとその隙を突かれるという事です・・・前衛としてはこれまた正しい方法なんですが・・・」
魔術師の時点で前衛というのがまずだいぶ少ない事例なのだが、基本的に前衛の人間が前に出るのはいくつか理由がある。
まず第一に敵の攻撃を引き付ける事。敵に肉薄することでその攻撃を自分に引き付けて後衛に攻撃が通りにくくするのだ。言ってみれば一種の防衛行動と言えるだろう。
次に相手の陣形などを崩すこと。相手の陣形内に入り込み攻撃や妨害をすることで相手が上手く行動できないようにすることなどが挙げられる。これは一種の妨害行動と言える。
そして他にもあるが今回の小百合の行動はむしろこの意味合いが強かった。それは後衛を囮にしての敵戦力の打倒だ。
前衛と後衛を倒す順番というのは相手によって変わってくる。前衛の方が優秀であれば後衛を先に倒すし、後衛の方が優秀であれば前衛を先に倒す。とりあえず倒せる方を先に倒すというのが比較的楽な方法なのだ。
数を減らすというのはそれだけ重要なのである。
だがここで一つ問題がある。優秀な前衛が比較的脅威になる後衛を囮に使うという方法をとった場合、後衛に手を出すことは相当な危険性を孕んでいるのだ。
前衛の人間というのは基本的に瞬間的な判断力に優れているタイプが多い。もし相手がほんのわずかにでも隙を見せればその隙を突いてくる。瞬間瞬間で最適解を選択しつづけなければならないようなものなのに、目の前にいる人間を放っておいて後衛の人間に手を出そうとすればどうなるか、それはもはや語るまでもないだろう。
「なによ、小百合さんに恨みがあるとか私に攻撃するのが気が引けるとかそう言う理由じゃなかったんだ」
「いやまぁ師匠に恨みがあるのはそうなんだけどお前に攻撃するのが気が引けるってのはないな。そんな理由で手を抜ける相手じゃないし」
「全くです。師匠への恨みはありますが文さんは優秀な魔術師なのですから手加減なんてしたらむしろ我々がやられてしまいます。そのくらいの実力の把握はできますよ」
「とりあえずお前達は私を敬うところから教えたほうがよさそうだな・・・今さらかもしれんが・・・」
小百合が吐き捨てるように告げた言葉に文は苦笑し康太と真理は失笑していたが、アリスは四人を見ながら真剣に何やら考えているようだった。
「なぁコータよ、一つ提案があるのだが」
「ん?どうした?」
「おぬしたちの訓練の相手を私が務めようと思うのだが、どうかの?」
その言葉に康太は目を丸くし、文は驚き真理はほんの一瞬だがその表情が強張った。そして小百合はアリスに対して目を細めながら視線を向け続けている。
「訓練って・・・見ての通り俺らの訓練ってほぼ実戦形式だぞ?お前相手じゃ俺らはまともに訓練できないよ」
「無論加減はしよう。殺さない程度でコータ達に圧力をかけていけばよいのだろう?想定としては圧倒的強者との戦闘を視野に入れておるようだし」
アリスのいうように康太たちが行う小百合の訓練は高い戦闘能力を有した格上との戦闘を想定したものだ。
明らかに格下相手との訓練をする必要などない。むしろ訓練しておかなければいけないのは格上相手との戦闘だ。
予め自分より格上の相手との戦闘に慣れておけば実際にその場面に当たっても焦る必要はない。特に康太の場合格上がほとんどであるためにこの訓練は必須だ。そう言う意味では戦闘相手としてアリス程の魔術師はそういないだろう。
「んー・・・師匠としてはどうですか?アリスとの訓練って」
「・・・断るだけの理由はないな。どちらにせよお前ほどのものがその気になれば我々全員皆殺しにできるんだ。その提案をした理由が少々気になるところではあるが」
「理由・・・と言われても・・・同盟を組んだものが情けないままでは私としても沽券に係わるのだ。多少手心を加えても文句はあるまい?」
同盟を組んでいる相手が未熟だと自分まで未熟に思われるかもしれない。だから手を貸して訓練して強くする。理由としては多少無茶苦茶ではあるが筋は通っているように聞こえる。
師匠である小百合としてはあまりいい顔はできない内容ではあるが、現時点でも康太は多くの人間にいろんなことを教えられているのだ。それが今さら増えたところで師匠の面子も何もない。
そう言う意味では断る理由はない。これが本部の魔術師でも支部の魔術師でも康太のプラスになるのであれば断るだけの理由は確かになかった。
だが問題なのはそれを言い出したのがアリスだという事だ。何を考えているのかわからない危険な存在。康太に対して信頼感を抱いているようだがそれでも封印指定に名を連ねていた魔術師だ。
小百合はほんの一瞬目を細めて真理の方に視線を向けると彼女もその視線の意味を理解したのだろう、小さくうなずいてみせた。
「わかった。こちらからもお願いしよう。だが康太が同盟を組んでいるとはいえ一応お前は部外者だ、訓練するのは私か真理がいる時に限ってもらう」
「ふむ、当然の処置だの。わかった約束しよう」
小百合としてもアリスをあまり自由にさせるのは避けたい。そしてアリスも小百合のそんな心情を理解したのだろう。無理に小百合に対して意見をするということはなかった。
この提案を通したことでアリスの意図をさらに測りかねている小百合だったが、アリスがこのような申し出をしたことは小百合にとって、いや康太にとってかなりのプラスになっているのだ。
康太の実戦訓練は格上の魔術師との戦闘を想定して行われている。接近戦が得意な魔術師の想定は小百合や奏、幸彦が担当し射撃戦が得意な魔術師は真理や文が担当している。
これだけ見てわかる通り近接戦闘部門と比べて射撃戦闘部門の実力が劣っており均衡がとれていないのである。
さらに言えばこの訓練においての肝は実際の戦闘に限りなく近づけることで実戦に近い経験値を康太に蓄積させるという目的もある。この時に必要なのは戦闘した数、そして戦闘した種類だ。
例えば近接戦闘を例に挙げても、ただ拳で殴ってくるだけの相手と訓練と称して百回戦った後で実戦として刀を持った相手に対して立ち回れるかと聞かれると、正直それは訓練の意味をなしていないようにも思える。
ある程度の立ち回りはできるだろうが実際それをやれといきなり言われてもしり込みするだろう。
重要なのは実戦慣れすることと、より多くの種類と戦い経験を積むことで実際の戦闘でもすぐに対応できるようにすることである。
その為には少しでも多く格上の魔術師との戦闘が必要で、訓練が必要だ。
例え小百合や奏、幸彦や真理など優れた魔術師が工夫を凝らして戦い方を変えたところで個人によって独特の考え方や戦い方というものは出てきてしまう。所謂個人特有の癖のようなものだ。
数多く訓練をこなせば当然そう言った癖も読み取れるようになってしまう。それは実戦的な訓練とは言い難い。
だからこそこの場でのアリスの申し出は非常に価値のあるものだった。康太が次のステージに進もうとしている中で、訓練としても一つ上の段階を目指すことができるだろう。
「うぇ・・・大変ね康太、さらにやること増えたじゃない」
「何を他人事のように・・・フミよお前も一緒にやるのだぞ?」
「え!?私も?!なんで!」
「当然だろう?先程の戦闘上手く立ち回っていたがまだまだ粗いところが目立つ。師匠の意向もあるだろうがとりあえずコータと一緒に訓練をつけてやる。しっかりと励むのだぞ」
アリスの言葉に康太はにやりと笑みを浮かべながら文の肩を叩く。お前だけ逃がしはしないぜとその顔が言っている。非情に腹が立つ顔だったがこれはこれで役得だ。格上の魔術師に指導してもらえるというのは実際有難い。もっともそれが実戦形式でなければもっと素直に喜べたのだが。
そんなこんなで平日を乗り越えて週末、康太たちはとりあえず協会の日本支部へとやってきていた。
協会を経由して東京にいる奏にまずは会いに行くのだ。事前に奏には話を通してある。すでに東京までの協会の門の使用許可は得ているのだ。
「ていうかアリス協会に来るなら仮面つけたほうがいいだろ。いつまでも素顔のままじゃ・・・」
「私は仮面が嫌いなんだ。それに私に仮面の意味がないことくらいわかるだろう?」
「でもアリス、協会支部に所属してる以上顔位隠しておいた方がいいと思うわよ?そう言うルールなわけだし」
そもそもアリスは協会に足を運ぶこと自体が稀有だ。その為仮面をつけるという魔術師の文化にはなじめないものがあるのだろう。
だがだからと言ってこのままでは明らかに協会支部の中でも浮いた存在になってしまう。全員が仮面をつけている中一人だけ素顔というのはいろんな意味で注目の的だ。ただでさえ外国人は日本では珍しいためにさらに目立ってしまうだろう。
「お、いたいた。ビー、ベル」
康太たちが門の開通を待っていると協会の奥の方から仮面をつけた大柄な男性がこちらにやってくる。それは小百合の兄弟子の幸彦だった。
「バズさんお疲れ様です。どうしたんですか?」
「ん・・・いやちょっと君らのことを小耳にはさんでね。僕も一応あっておこうと思ってさ。仕事の合間を見て抜けて来たんだ」
恐らく小百合か奏辺りから康太と文、そしてアリスの事を聞いたのだろう。協会から来ている仕事の合間を見てこうしてやってきたのだ。それにしてはタイミングが恐ろしくよすぎるが、恐らく協会の門辺りに索敵でも張っていたのだろう。
「君がアリシア・メリノスだね?二人がお世話になっているようだね」
「・・・そう言うお前は?」
「失礼、挨拶が遅れた。僕はビーの師匠のデブリス・クラリスの兄弟子『クレイド・R・ルィバズ』みんなからはバズって呼ばれてるよ」
「ふむ・・・アリシア・メリノスだ。ブライトビー、ライリーベル共々よろしく頼む」
比較的幸彦が友好的な接し方をしたからか、それとも康太の反応や幸彦の声音とその仕草から彼が温厚な性格であることを見抜いたのかアリスは少し表情を和らげながら幸彦に右手を差し出す。
幸彦も何の抵抗もなく彼女の右手を握りしっかりと握手をして見せる。傍から見れば仮面をつけた大男と幼い少女が握手をするという若干警察沙汰になりそうな光景だがこの場では仕方のないことだろう。
「それで、バズさんは俺らに・・・ていうかアリスに会いに来ただけですか?」
「おっとそうだ、別の用事もあったんだよ。本当は別のタイミングが良かったんだけどまぁ仕方ない・・・これを渡そうと思ってね」
そう言って幸彦はアリスの方に一つの仮面を渡してきた。その仮面は真っ白な仮面だ。何の装飾も施されておらず、何の彩色もされていないまさに『空白の仮面』というべきだろうか。
「・・・これを私に?」
「あぁ、君の事情はあらかた聞いている。仮面をつけたがらないという理由もなんとなく理解しているつもりだ。でも君が仮面をつけることで、君は『アリシア・メリノス』から『日本支部の魔術師』という風に変わることができる。それは君にとっても利点のはずだ」
その仮面を受け取ったアリスはしばらく視線を仮面の方に向けたまま何やら考えているようだった。
そう、この日本支部において仮面をつけていない魔術師というのはアリスだけなのだ。本部から転属してきた魔術師、しかも仮面をつけていないとなればそれが訳アリだというのは誰の目にも明らかだ。
彼女が封印指定であるという事実を知るものは少ない、というか日本支部にはほとんどいないだろう。
だが彼女の存在はその日本支部の中でもかなり異質だ。本部の事情に詳しい人間がやってくれば一目でアリスが封印指定二十八号であると気づいてしまうかもしれない。
だが仮面をつけることで少なくともそれは回避できる。数は少ないが日本支部の中にも外国人は確かにいる。仮面をつけることで今まで仮面をつけなかった魔術師アリシア・メリノスから日本支部にいる外国人の魔術師というくくりに紛れることができるのだ。
幸彦のいうようにその利点は大きい。いちいち変装をする手間も省けるし、何より日本支部に馴染むことができるだろう。
今までその立場から協会に馴染むということができなかったアリスにとってこれは大きな利点だった。
そして幸彦としても康太たちの近くにいるアリスが危険な存在であると認知され過ぎるのは避けたかったのだ。そう言う意味でもアリスには仮面をつけてほしかった。
ひょっとしておせっかいだったかなと幸彦は気まずそうにしていたが、しばらくしてアリスは一瞬目を伏せてからその仮面を自分の顔に装着する。
「いや、お前の気遣いは確かに受け取った。私の考えが足りなかったのを気づかせてくれて感謝する」
今まで康太や文が言ってきた『ルールだから』というだけの説得ではなく明確なメリットを提示することでの説得。何よりそれを押し付けない幸彦の言葉遣い、それらがアリスを動かした。
なるほど康太が全く警戒していないのも頷ける。恐らく小百合とは全く違う、康太と似た意味で信頼できるタイプの人間だ。よく言えば人がいい、悪く言えば苦労人気質と言ったところだろうか。そんな人物の気遣いを無碍にするほどアリスは頑なではなかった。
「今日の君たちの予定は?門が開通したらすぐに移動かい?」
「えぇ、とりあえずサリーさんの所に向かってから東京を案内しようと思ってます。いろいろ見て回りたいところとかあるんで」
「そうか。車には気を付けてね。あと観光だからってはしゃぎ過ぎないように。特に彼女はいろんな意味で目立つだろうからね、しっかりエスコートするんだよ?」
「わかってます。とりあえず目を離さないようにはするつもりです」
それが一般人の中だろうとアリスの外見はかなり目立つ。服装は文によるコーディネートで日本の女の子のそれに見えるが、顔立ちとその髪の色から日本という国の中ではだいぶ目立ってしまうだろう。
ひとたび目を離せばどのような面倒に巻き込まれるかわかったものではない。そんなことを考えていると幸彦はそう言えばと言ってアリスの方を見る。
「彼女は携帯を持っているのかい?連絡手段とかあったほうが楽だと思うけど」
「あー・・・そう言えば・・・アリス、お前携帯とか持ってるか?」
「持っていないな。名前は聞いたことがある。パソコンなどもやったことはあるが携帯はないな」
そうかと呟いてから幸彦は小さくうなずく。
「それなら今度買いに行くといい。なんなら今日にでも作っておいた方がいいだろう。未成年だけだと保護者がいないとダメだろうから・・・そのあたりはサリーかクラリスに頼むといいよ」
確かに日本を活動拠点にする以上携帯電話は必須と言っていいだろう。普段アリスは康太の家に居候しているとはいえ魔術師として活動することが多くなった場合連絡手段はあったほうがいい。
こういう気づかいができるあたり幸彦らしいというべきだろうか。
そうこうしている間に門が東京の教会と繋がったらしい。康太たちは幸彦に別れを告げて協会の門をくぐっていく。
東京の街並みを見てアリスは小さく驚いているのを見て康太たちは苦笑しながらとりあえず移動することにした。
「にしても意外だったよ、アリスの事だからてっきり仮面は受け取らないと思ってたからさ」
「む、私だって誰かの善意や気づかいを無碍にすることはしない。あの魔術師の言葉には悪意はなかった。私、そしてお前達に対する善意と気づかいがあった。だからそれを尊重しただけの事」
「ふぅん・・・そう言う理由があれば仮面をつけるのも我慢するのね」
「まぁ・・・もちろん仮面をつけるのがいやであることに変わりはない。だから後でいろいろと調整する。この仮面に何の特徴もないのはそう言う事だろう」
そう言って先程貰った仮面を懐から取り出してじっと観察している。自分でどのようにも改変することができる仮面。どのような形にもどのような色にも変えられるようにされている本当に白紙に近い状態なのだ。
後は自分が気に入るように好きなようにしてくれという幸彦のもう一つの気づかいだ。細部に至るまでに届き渡る彼の気遣いに康太は改めて幸彦の評価を高くしていた。
「それで、これから会いに行くのは・・・デブリス・クラリス・・・サユリのもう一人の兄弟子か」
「そう言う事。さっき会った人に比べるとだいぶとげとげしいけど悪い人じゃないから。俺らもだいぶ世話になってるし」
「そうね・・・あの人には少なくとも頭は上がらないわ・・・というか上げられないわ」
今まで訓練や依頼、そして食事などで何度も何度も世話になってしまっているために康太と文は奏に対してはほぼ平伏状態になってしまっている。
小百合とは別の意味で逆らえない人物だ。なんというかうまい具合に懐柔されて行っているのが自分でもわかるほどに。
だがその露骨な懐柔策も見事に的中している。彼女は身内には厳しくも甘く、敵には徹底的に辛辣という極端な人間なのだろう。身内には好かれるが敵には嫌われるというタイプの人間だ。
まず彼女の対応と、彼女に対するアリスの対応が今後を決めると言ってもいいだろう。
一応康太や文の同盟相手という事で邪険にすることはないだろうが、はっきり言って奏に会う時がこの東京観光の山場になると言ってもいい。
「一応聞いておくが、その魔術師は優秀か?」
「優秀も優秀。うちの師匠が敵わないって公言する相手だからな。俺も数える程度しか一矢報いてない」
「私に至っては一度もないわね・・・実力はあるわよ。私は実戦でのあの人は見たことはないけど・・・」
基本的に奏は社長職の方が忙しいために魔術師として行動するのは非常に稀だ。たまに活動圏内にやってきた魔術師を撃退するくらいだろうか、よく奏に会いに来ている康太でさえ奏がまともに魔術師として活動しているのを見たのは一度きりだ。
それほどに彼女が魔術師として動くのは珍しいことなのである。
「基本的に魔術師としての活動はしないタイプなのかの?」
「あぁ、現実・・・っていうか本職の方が忙しいみたいだな。いつも俺らが行くと大抵仕事してるし・・・たまに書類仕事手伝わされるし」
「まぁ職業訓練みたいなものだからそれはそれで有難いんだけどね。あの人は本当に忙しそうよ?」
「ふむ・・・ならばあまり長居しても迷惑になるな。挨拶だけして早めに切り上げたほうがいいかの?」
それはどうだろうなと康太と文は苦笑する。それを決めるのはこちらではなく奏なのだ。すべての決定権は彼女にある。自分たちが気を利かせても結局それは奏が決める事なのだ。
土曜日、誤字報告十件分受けたので四回分投稿
お祝いのほうは例によって例のごとく明日にします
これからもお楽しみいただければ幸いです




