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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十二話「アリスインジャパン」

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アリスの日本での生活

康太たちがイギリスから戻ってきたことでその生活は一変していた。


その原因は康太が先日の一件の依頼の対象であるアリシア・メリノスと同盟を組んでしまったことに起因する。


良くも悪くも、というか最近は悪い意味でしか目立っていなかった康太と、元より悪い意味で本部に名の通っていたアリスが手を組んだことではっきり言ってだいぶよろしくない状況が出来上がってしまったのだ。


魔術師連中からは目をつけられる。だが同時に手を出せない状況になる。康太の協会内での立ち位置はまたしても不安定なものになってしまったと言っても過言ではない。実際康太の立場はだいぶ不安定なものになってしまっている。


支部長がいろいろと手を回して康太の立場が悪くならないように尽力してくれているのだが、もとより影響力としてはアリスの方が上なのだ。支部長クラスの権限で立ち回ることができるのにも限界がある。


ただでさえ康太は封印指定百七十二号の一件で名が知れてしまっていたのにまた新たな面倒を引き込んだことで本部に対しての心象はほぼ最悪と言ってもいいだろう。


唯一の救いなのが封印指定二十八号アリシア・メリノスという存在が本部の人間以外にはあまり知られていないという点だろうか。


今回敵視されることになったのは本部だけ。そう言う意味ではまだ救われていると言ったほうがいいだろう。本部に目を付けられてしまった時点でもうかなりお手上げ状態に近いのは言うまでもないが。


さて、そんな面倒事の中心であるアリシア・メリノスことアリスが日本を拠点に移して数日が経過していた。


元より何百年も生きている魔術師、現代の戸籍などもあるはずのないそんなアリスが今どうしているのかというと。


「おいコータ、そろそろ起きねば遅刻するぞ」


「・・・ん・・・あー・・・もうそんな時間か・・・」


そう、アリスは康太の家に転がり込んでいた。見た目は子供頭脳は大人な某名探偵よろしく居候することになったのである。


最初アリスが自分の家にいたのを見た時は康太は心底驚いた。何をどうしてこうなったのか説明を求めたところ、こうするのが一番楽だったのだという。


戸籍などを入手するのはそこまで難しくなかったが、この辺りでこの見た目でまともに住むことができる場所などそうそう見つからず、康太と一緒に住むのが一番楽だという話になったのだ。


康太の両親は幸か不幸かただの一般人だ。暗示の魔術も効きやすいことこの上ない。なにせ康太の使うお粗末な暗示の魔術でも容易にかかってくれるのだ。ありがたい反面同時に不安になってくる。


「あらおはよう康太。アリスちゃんが起こしてくれるから助かるわ」


「なにこの程度の事、お世話になっているのだから当然」


「ふふ、アリスちゃんがホームステイに来てくれて助かってるわ」


「こちらも助かっている。母君には感謝してもし足りん」


アリスがどのように八篠家に溶け込んだのかというと、簡単な設定を作ったのだ。


アリスはイギリスからやってきた留学生で八篠家にホームステイしにやってきている。


こういう設定を作ることでアリスは何の違和感もなく八篠家に侵入した。本来ホームステイなどを受け入れるにはいろいろと手続きなどが必要なのだが、そのあたりは手広くいろいろやっているアリスだ、書類上既に提出してあるということに改竄して、康太の両親の記憶を若干改竄し暗示を重ね掛けすることで何の問題もなく平凡に暮らすことに成功している。


これは一種の悪質な洗脳だと思ってしまうのだが、アリスはその迷惑料含めてかなりの額の金銭を八篠家に入れている。


生活費を含めてもあまりにも多い金額だ。高校生の康太でもわかるほどのそれらを出されては康太としても別にこれ以上とやかく言うつもりもない。


そして何よりアリスのいったある言葉が、この状況を続けるに足るものであることを印象付けていた。


『私と同盟を組んでいる以上、コータが狙われないとも限らん。だが私がすぐ近くにいれば少なくとも手を出しにくい状況になるだろう。私のせいで迷惑をかけたのだ、最低限この程度はさせてくれ』


そう、アリスと同盟を組み日本支部に転属させたことでアリスは正式に日本支部の所属になった。


それと同時に本部の人間からすればアリスと康太の存在はかなり危険な存在として認識されたことになる。

手を出しにくいが同時に早めに二人を同時に始末しておきたいという状況になっているのだ。


はっきり言ってその実力差を考えると手を出せる環境ではない。まともに手を出せばまず間違いなく痛手を受けるのは向こうだろう。


だがそれはまともにやればの話だ。康太の家族を人質に取るなどすればやりようはいくらでもある。


だがそれをアリスはこの家に住むことでできなくしたのだ。常にアリスが家で見張りをしているとなればそう易々と手を出せない。仮にアリスの目の届かない場所に行ったとしても彼女はすでにいくつもの手を打ってある。


八篠家はすでにアリスによって魔術師の住まう鉄壁の要塞に近い状態になっているのだ。普通の魔術師では攻撃はおろか近づくことさえ困難ではないかと思えるほどの鉄壁っぷり。こんな我が家は嫌だなぁと思いながらも必要なことであると理解しているが故に康太はこれ以上何も言えなかった。

無力な自分が恨めしく思ったのは言うまでもない。
















「それで?アリスとの同棲生活はどう?」


「同棲生活とかやめてくれよ・・・あいつが勝手に居候はじめただけなんだからさ」


康太と文はいつも通り購買部から少し離れたベンチに座って飲み物を飲みながら互いの近況を話し合っていた。


特に康太の環境が大きく変わったために文としてもいろいろと気になることはあるのだろう。アリスの事や協会本部のことなど含めいろいろと気がかりだったのだ。


「本部からの圧力とかは?」


「今のところは皆無。支部長の所に一度顔出しに行ったけどこれと言って俺たちに関わろうとする勢力もないみたいだな・・・もっとも現段階はってだけだけど」


本部の魔術師たち、特に上層部が康太たちのことを強く意識している以上このまま何もしないというのはまずあり得ないだろう。


今はまだその準備が整っていないというだけの話だ。まだ油断できるような状況にはなっていない。


アリスを味方に引き入れることができたのは非常に大きなアドバンテージとなったが、同時に康太も一緒に狙われる可能性も増えた。


もちろん他支部という事もあり本部から直接狙うことは難しくなったし、何よりアリスを敵に回すことの危険性を本部もよく理解している。だからこそ手を出しにくくなる。康太の狙いはそうだった。


アリスの気遣いのおかげで家族が狙われる可能性も少なくなった。そう考えるとアリス様様なのだが康太としては正直微妙なところでもあるのだ。


「今のところは小康状態ってところか・・・いや拮抗状態って言ったほうがいいのかしら?どっちにしろ何であんたはそんな渋い顔してるのよ」


「いや・・・まぁそのなんだ・・・居候が増えたってことでさ、いろいろとあるんだよ。一人の時間が少なくなったと申しますか」


「・・・まぁそりゃそうね。特にアリスの場合ほぼ何でもできるに近い実力もってるわけだし・・・」


魔術というのは本来何でもできるというほど万能性の高いものではない。魔術一つ一つを見てみれば必ず限界や制限というものがある不完全なものだ。


人間が扱う以上その扱える魔術にもその練度にも限界がある。だからこそ魔術師は高い異常性を持ちながらも越えられない限界点のようなものがあった。


いくら魔術を多く収めようと必ず寿命というものは存在している。その寿命までの間に修められる魔術には絶対的に限界が生じている。だからこそ魔術というのはある意味器用貧乏の域を出ないものだったのだ。


だがアリスは、アリシア・メリノスは寿命というものがないと思えるほどに長い時間を生きている。


それこそ人間が生きていられる年月などとうに越している。その為人間が本来迎えるべき魔術師としての限界を突破してしまっているのだ。


故に他の魔術師たちが陥る器用貧乏の域から抜け出し、魔術師を超え、もはや魔法使いの域に達していると言っても過言ではないだろう。


「いままではさ、魔術師として家で修業とかもしてたんだよ。自分の部屋はあるから集中はできるし落ち着けるしさ・・・でもアリスがちょいちょいやってくるようになってからいろいろとはかどらない・・・」


「あぁ・・・そっか、あんたの家って基本一般家庭だったわね・・・暗示の魔術が使えればやりたい放題だったのか・・・」


「やりたい放題って言っても別に悪いことはしてないけどな・・・せいぜい家にずっといるとか部屋に入らないでくれみたいな感じだよ・・・アリスにはそれが通じないからな」


魔術師の使う暗示は魔術師には効きにくい。もし魔術師相手に暗示を効かせようと思ったらかなりの練度が必要になる。


特にアリスのような格上も格上の魔術師となれば彼女に暗示をかけられる魔術師というのはもはや存在しないのではないかと思えるほどだ。


「でもさ、アリスっていわばすごい魔術師なわけじゃない?いろいろ教えてくれたりしないわけ?」


「ん・・・ちょいちょい口出しにきたりはするけど基本的にじっとこっちを観察してる感じなんだよな・・・その度にこいつがちょっとざわめくから集中が乱される」


「あー・・・確かにそれはやりにくいかも・・・」


まだ的確なアドバイスをくれるのであれば修業もはかどるというものなのだがただじっと見ているとなると少しだが気が乱れる。


特に自分が安心して過ごせるような場所、自室のようなリラックスできる空間に一つ異物が増えるとなるとその違和感は計り知れないだろう。


「そう言えばさ、あんた小百合さんの所にはちょいちょい行ってるわけでしょ?その時アリスはどうしてるの?」


「もちろん一緒に行動してるぞ。学校に行く時以外は基本的に一緒だ。なんていうか保護者になった気分・・・いや保護者がついてきてる気分・・・」


外見的な見え方としたら康太が保護者に見えるのは仕方がないが、実際は康太の方が圧倒的に年下なのだ。

いや現在存在している人類の全てが彼女にとっては圧倒的年下になってしまう。


そう言う意味では康太は確かに保護されている側になるのかもしれない。


そもそも康太はアリスがなぜ自分と同盟を組んでくれる気になったのかその本質を理解していないのだ。

いや康太どころか、アリス以外は誰も理解していないことなのだが。


そのあたりの話を全くしない以上誰も知らなくても無理はない。特に康太の場合知る意味もないのだ。それよりももっと重要なことがあるのだから。


「それで?私を呼び出したんだからなんか理由があるんでしょ?」


ここで康太と文が話しているのは定期報告というだけではない。今回は康太が文を呼び出したのだ。

ちょっとした予定があったから、というか予定ができたからこそ彼女もいっしょにそれをやってくれないかというつもりだったのである。


「いや実はさ、アリスの奴が今週末に日本の観光地を見て回りたいって言い出してさ・・・一緒に来てくれないかと」


「・・・あー・・・なるほどね。お守りが欲しいと」


「言い方ちょっと悪いけどそう言う事だ。一応協会の門使っていろんなところに行こうと画策してるんだけど・・・」


「・・・あれって個人で勝手に使って良いものじゃないんだけど・・・ちゃんと理由がないと使用はできないと思うわよ?」


「マジで?んー・・・じゃあ・・・そのあたりは依頼ってことで何とか・・・ならんかな?」


「ならんでしょ。そんな便利に使えたら門のあたりは大渋滞よ」


康太たちが気軽に使っている協会の門は言ってしまえば限定的などこでもドアのようなものだ。若干矛盾しているかもしれないがその利用価値は計り知れない。今は協会がそれを管理しているからこそあまり大きくその価値を利用することはできないがそれを個人レベルでいかようにも使用できるとなると魔術師たちがこぞって勝手に使用するということになりかねない。


あまり大手を振って利用することはできないだろうが、それでもかなりの数の利用者が現れるのは目に見えている。


今回のように『ちょっと観光したい』などという理由で使用が許可されるとは思えないのである。


「もう近場の観光地で我慢したら?ここからなら東京とか普通に行けるところいろいろあるでしょうに」


「んー・・・そりゃそうなんだけどさ・・・どうせだったら京都とか行きたいじゃん?東京だったら別にそこまで苦労もしないし・・・観光したいのに遊園地っていうのもなんか違う気がするし」


「気持ちはわかるけど一日二日で行けるところなんて限界があるわよ・・・第一アリスって昔日本に住んでたんじゃないの?」


「百年単位で昔の話らしいけど参考になると思うか?」


「・・・ごめん、そうだった。忘れてたわ」


アリスという存在が自分達の常識の尺度で測ることができないという事はすでに分かりきっていることだ。

ちょっと昔に住んでいたという一言をとっても、自分たちが言うのとアリスが言うのでは全く意味が変わってくるのである。


康太たちの場合であればちょっと前というのは大きく見積もっても数年前、あるいは十年前くらいに捉えることができる。


だがアリスの場合ちょっと前というと数十年前から、最悪数百年前というところまで行きついてしまうのだ。


数百年前というと康太たちなど生まれてすらいない。それどころかいろいろ時代が違う。言語的に同じであるとすらいえないような時代だ。標準語が生まれる前だった可能性が高い。そんな前の時代のことを思い出すように言われても康太たちからすれば一体どこの国の話をしているのかと思えるほどである。


「逆にそこまで昔だったんなら今の東京とかは凄く見どころあると思うわよ?ここ数十年で発達した都市なんだから。あんた奏さんの所に行くための門の使用許可は貰ってるわけだし、その方向なら割と気軽にいけるんじゃない?」


「おぉなるほど・・・確かに奏さんのところまで行ければ東京の案内はひとしきりできそうだな・・・浅草に神田、あと秋葉原・・・あと何がある・・・?」


「東京だったらスカイツリーとか行けばいいんじゃないの?まぁあんな高いところ登ってどうするのって感じだけどさ・・・」


スカイツリーというと一応日本で一番高い建物なのだから見どころはあるかもしれない。だがアリスが一体どのようなものを見たいのかと聞かれると、それを見せて楽しんでもらえるか微妙なところなのだ。


「秋葉原とかは結構見どころあると思うんだよ。割とゲテモノかもしれないけどあれも日本文化の一つだしさ」


「・・・アリスが変な方向に染まらなきゃいいけど・・・あとは東京で観光地って言ったら・・・どこかしら?皇居とか?」


「あそこって時々しか公開してないから無理だろ・・・アリスの場合何代か前の天皇とかと知り合いでも不思議はないけどな」


「あぁそれあり得るかもね。ていうか教科書に載ってる将軍とかと知り合ってそうだわ」


そんな話に花を咲かせている中、康太はふと思いつく。


今の時間は丁度放課後、恐らくアリスはすでに八篠家にいるだろう。どうせどこかに行くのであればどこに行きたいのかを聞けばいいのだ。


「ちょっと電話で聞いてみるわ、とりあえずどこに行きたいのかとか」


「え?アリス今家にいるの?」


「一応小学生の留学生ってことにしてるらしいからな。小学校だったらこのくらいで終わるだろ」


実際には小学校になど行っていないだがそのあたりはどうとでも改竄できるのだろう。


彼女レベルになるとほぼ何でもできるから羨ましい限りだ。


そんなことはさておいて康太は家に電話をかける。すると聞きなれた母親の声が聞こえたのでアリスに代わってもらうことにする。


『もしもし?コータかの?』


「アリスか、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」


『少しまて・・・よしいいぞ』


恐らく今の一瞬で康太の母に対して何かしたのだろう。あるいは話を聞かれないようにしたのだろうが別に魔術師として話すわけではないために警戒するような事ではないのだがそのあたりは気づかいとして受け取っておくことにする。


「今度の土日に観光に行きたいって言ってたろ?お前具体的にどこを見たいとかあるか?」


『・・・なんだそんなことか・・・そんな話は帰ってからでよかったのではないのかの?』


「いや今文と一緒にいてさ、どうせなら協会の門とか使って移動できないかなと画策してたんだよ」


『またお前さんは突拍子もないことを・・・今の日本は鉄道などが発展しているから割と一日二日でいろんなところを回れるのではないのか?』


わざわざ協会の門を使う事もあるまいとアリスは言うが、実際いろんなところに行くには鉄道だけではだいぶ不便な点が多い。


もちろん東京を中心に回るのであればそれで何の問題もないだろうが、日本の観光地というのは東京だけではない。北は北海道から南は沖縄まで見ることができるところは山ほどあるのだ。鉄道だけで、しかも一日二日で回れるようなものではない。


「それだと移動だけで終わるかもしれないぞ?もしかしたら足りないかもな。だからどこに行きたいかとか予め知っておけば早く移動できるかもしれないだろ?」


『んー・・・と言われてもな、私が日本にいたのはまだ馬車が現役だった頃の話なのだぞ?日本では割と数は少なかったがの・・・だから何ができたのかなどわかるわけもない・・・知っていると言えば京都・・・あと・・・ちょうど私が住み始めたあたりから名を東京と変えていたくらいだ』


「・・・文、東京が江戸から東京に変わったのっていつだっけ?」


「・・・明治時代ね・・・千八百・・・六十・・・何年だったかな・・・?」


文もそのあたりは詳しく覚えていないのだろうが、少なくとも百年以上前の話になるというわけだ。


まだ鉄道も何もない時代。車があったかさえ定かではない時代の話だ。それこそ歴史の教科書に載っているような時代の話である。


まさかそんな時代の日本を知るものがいるとは思っていなかっただけに康太と文は若干戦慄していた。


「東京方面であれば俺のつてで協会の門を使える。そしたら移動時間がだいぶ短縮されると思うけど・・・」


『ふむ・・・ではまずは東京をメインに紹介してくれるか。私としても時代の変化というものを見ておきたい』


日本に住んでいたというのが明治時代の話だというのは驚いたが、それならばある程度言語が通じても不思議はない。


特に住んでいたのが東京ならば比較的方言なども少ない。それに当時の情勢がどのようなものだったかは不明だが、明治時代ともなれば海外から多く技術などを取り入れるために比較的外国人は多かっただろう。


鎖国していた時代と違って外国人を排斥するという流れも少なかったはずだ。そう考えるとアリスは割と運がいい方だったのかもわからない。


「それで東京のどこが見たい?雷門とか有名だけど」


『ん・・・そのあたりのエスコートは任せよう。コータのセンスで連れまわしてくれて構わんぞ。存分に私を楽しませてくれ』


「また随分とハードルを上げてくれたな・・・んじゃまぁ連れまわすけど文句言うなよ?俺だって東京の全部を見て回ったことがあるわけじゃないんだから」


『自分の国の事なのに随分とお粗末だの・・・まぁ仕方のない話か。まだコータは十六・・・だったかの?』


十六歳で自分の国のことをすべて知れと言われても無理の一言だ。学校などもあるせいで自由に行動できる時間は極端に限られる。何より自分自身で自由に使える金銭に限りがあるのだ。


移動費だけでもそれなり以上の出費が出てしまうような旅行はなかなか学生にはつらいところなのである。

自転車などで一人旅というのも悪くはないのかもしれないが、そんなことをする度胸は康太にはなかった。

良くも悪くも日本の学生にとって旅行というのはハードルが高いのである。


「そういうこと、旅行とかそう言うのは大人になってから楽しむよ。とりあえずは東京旅行だ。文もつれてくけどいいよな?」


『構わんぞ。同盟内での親交を深めておくのも悪くない。何よりコータだけに任せておくといろいろ不安だからの』


「んぐ・・・ひょっとして信頼されてない?」


『道案内やらに関しては信頼しておらんぞ。なにせ初対面で迷子中だったからの』


康太個人は信頼していてもその能力まで信頼しているかどうかは別問題だ。特に康太は事情があったにせよイギリスで迷子になったのは事実。携帯を使えず道も分からず右往左往していた康太の姿を見ているアリスからすれば旅行全てを康太に任せるというのは些か不安があるのだ。


同盟内での親交を深めるという理由もあるが、文と一緒に行動していた方がいろいろ安心だというのがアリスの考えなのだろう。


実際文がいるとその安心感は五割増しだ。アリスの考えを真っ向から否定できない康太としては全く反論することができずに悔しそうな顔をしてしまっている。

そんな康太を見てきっとアリスに何か言われているんだろうなと思いながら文は少々呆れてしまっていた。

















「というわけで今度の土日にちょっと東京行ってきます」


康太は放課後部活が終わってからとりあえず今週末の予定を伝えるために小百合の店にやってきていた。

その場にはまだアリスはいない。どうやら今日はこちらに来る予定はないようだった。


「・・・どういうわけだ・・・東京に行って何をする?」


「観光行ってきます」


まったくもって説明になっていない言葉に小百合は辟易してしまうが、とりあえず康太が何も考えずにそんなことを言い出すような人間ではないことは知っている。


何かしら理由があるだろうなと考えた時に一つ思い当たる節がある。


「なるほど、アリシア・メリノスか」


「はい、日本を観光したいとか言って来たんでまずは日本の首都でも適当に案内しようかと」


「観光と言っても東京になにを観に行くんだ?スカイツリーでも登るのか?」


「それも一つの手ですけど・・・まぁとりあえずは有名な観光名所でも回ろうかと。雷門とか秋葉原とか・・・あとはまぁいろいろと」


東京と一言で言っても観光で見ることができる場所は数多く存在する。外国人で明治時代に日本に住んでいたアリスが見て面白いと思えるようなものは正直康太は心当たりはなかった。


外国人が見て面白いと思えるようなものと言えば定番の寺や日本独自の文化が見られるようなところが良いだろう。


だが日本独自の文化、特に和と洋が交じり合う実際の時代をアリスはその目で見ているのだ。


今の日本が彼女にとってどのように映るかは正直わからない。昔の方が趣深かったと言われればその通りかもしれないし、今の方がより混沌としていて面白いと思われるかもしれない。


個人の感性であるが故にそのあたりは計り知れないが、アリスを普通の外国人とするのは少し抵抗がある。

彼女が知りたいのが日本の文化なのか、それとも日本という国の変遷なのか。康太のようなただの高校生からは想像もつかないようなことを考えているのかもしれない。


「別に何でも構わんが・・・同盟を組んだのはまぁいい。だがその旨を各所に伝えておくのを忘れるな?」


「それって・・・奏さんとか幸彦さんにってことですか?」


「そうだ。あのバカの方には文の方から伝えてあるだろうからいいとして、特に幸彦兄さんには伝えておけ。あの人は支部の仕事も多く請け負っている。何かとそう言う事情には詳しいだろうからあらかじめ知らせておいて損はない」


もう伝わっているかもしれんがなと言いながら小百合は茶の入った湯呑を傾けながら一息つく。


あのバカというのが文の師匠であるエアリスのことを示しているというのはすぐに理解できた。相変わらずあの人を目の敵にしているんだなと思いながら康太は奏と幸彦の二人を頭の中に思い浮かべる。


確かに幸彦は日本支部の仕事をいくつか請け負っている。面倒事の解決という形もあれば雑用という形での仕事もいくつかしているために支部内での情報には事欠かないだろう。


真理と同じように支部においての立場をある程度形成している稀有な例と言っていい。もっとも本来なら魔術師としてそれが普通なのだがそれができないのが小百合や康太たちなのだ。


小百合は自ら敵を作り、康太は巻き込まれる形で自然と敵ができてしまう。似通っているようでこの二人の間には大きな違いがあるのだ。その違いはほとんどのものが気付いていないだろうが。


もっとも更に例外もある。奏のようにそもそも日本支部にあまり関わろうとしない者もいる。彼女の場合社長職が忙しいというのもあるだろう。そもそも康太が毎週のように訓練しに行っているが彼女が魔術師として満足に活動していたのを見たのは初めて会いに行ったときくらいのものだ。


それ以外はほとんど社長職でパソコンの前につきっきりだったり会議に出席していたりと社会人として忙しい姿を見せている。


目の前で欠伸をしながら煎餅をかじっている小百合とは対極に位置する存在だ。これで小百合の方が貯金額が多いというのだから驚きである。


「二人は封印指定二十八号の事は知ってますかね?」


「いや知らんだろうな。本部が隠匿しようとしている情報は私達のような一介の魔術師では知る術はない。支部長クラスでも閲覧できるか微妙なところだ。扱いとしては禁術と同じ・・・見ることそのものが禁止されている」


「それこそ本部の上層部じゃないとダメってことですか」


「本来ならば本部の上層部も閲覧を禁止されている事項もある。だがそれを管理している奴らも結局は人間だ。上からの圧力に屈するということも多くある・・・だから本部の上層部ほどの人間になれば閲覧ができるという事だ」


そこまで言って小百合は口元を押さえて何やら考え出す。そして少し考えてから康太の方に視線を向けて眉間にしわを寄せる。


「どうかしましたか?」


「・・・いや、気にするな。とにかく連絡はしておけ。アリシア・メリノスの素性に関しても知らせておいた方がいいだろう。必要なら今週末に奏姉さんと引き合わせるのもいいだろう」


「・・・喧嘩にならなきゃいいですけど・・・」


「あの人は無駄な争いはしない。いくつか牽制はするかもしれんがそのあたりはお前が上手く導け。その後は知らん」


康太の頭の中では社長室で奏とアリスが争っている状況が思い浮かんだが、確かに奏もアリスも好戦的な性格ではない。たぶん大丈夫だろうと康太は考えながら携帯を取り出して奏の所にメールを打っていた。


日曜日、誤字報告十五件分なので合計五回分投稿


週末の大量投稿がもはや様式のようになってしまっている始末。


これからもお楽しみいただければ幸いです

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