日本支部へ
依頼を無事完遂した康太はベックと共に一度ホテルまで戻ることにした。あとは遊んで帰るだけという状況になったためだいぶ精神的に余裕が出てきた。
とはいえ移動すればそれだけ周辺に魔術師たちが配置され、こちらの動向を逐一観察しているという正直喜ばしくはない状況になったが、それでもイギリスの空気を感じることができたのは僥倖だった。
そして日曜日、康太たちは協会の門を使って日本に戻ることになる。来た時に比べ一人多いが、日本支部に到着すると同時に康太たちはとりあえず支部長の下に報告に行くことにした。
日本時間で言うともうすでに夕方だ。日曜日の午前中に帰ったというのにこれだけ時間が経過したとなると、三連休最後の月曜日は時差を治すために寝て過ごすことになりそうである。
支部長の下に向かうとそこには机に積まれた書類、そしてその向こう側で頭を抱えている支部長と来客用のソファでふんぞり返っている小百合の姿があった。
「お・・・戻ったか・・・そいつが例の?」
「あ師匠、ただいまです・・・っていうか師匠依頼は?本部からなんか頼まれてたじゃないですか」
「あんなものすぐ片付けた・・・その報告ついでにここにやってきたわけだ・・・タイミング的には最高だったな」
小百合の言葉に何故支部長が頭を抱えているのかを理解してしまった康太と真理。要するにまたやらかしてしまったのだ。
しかも康太から引き剥がすためとはいえ本部から直接回ってきた依頼で。何をやらかしたのかは知らないがまず間違いなく面倒な方向に話を進めたのは間違いないだろう。
気の毒そうな視線と申し訳ないという感情を込めて康太と真理はとりあえず支部長の下に歩を進めた。
「あの・・・支部長・・・とりあえず依頼は完遂してきました」
「その節ではご協力ありがとうございます。それで・・・うちの師匠は一体何をやらかしたんですか?」
「あぁ・・・力になれたのなら何よりだ・・・いやなに、クラリスに来た依頼で頑張りすぎてね・・・その・・・内容は控えるけど・・・ちょっとやりすぎただけさ」
ちょっとやりすぎた。たぶんだが、いや康太と真理は確信をもって言える。間違いなくちょっとではなく多大にやりすぎたのだろう。
具体的な内容は康太も真理も分からないが、まず間違いなく問題になるほど、最低でも支部の長である支部長にクレームが入るレベルでやりすぎたのだ。
それは目の前に山積みになった書類と、支部長の絞り出すような声を聞いていれば分かる。
「・・・師匠・・・一体何やらかしたんですか?」
「依頼をこなしただけだ・・・本部の連中が魔術協会に敵対している組織の拠点を一つ潰しただけだ・・・少々手間取ったがな」
「拠点を潰すのに建物ごと潰すことはないだろう?後始末が面倒になっただけだよこれ・・・」
どうやら小百合は魔術協会に対して敵対行動をとっている組織の攻略作戦に参加していたようだ。
恐らく康太たちの行っていたアリシア・メリノス攻略作戦に邪魔が入らないように打撃を与えるのが主目的だったのだろうが、その場で彼女は文字通りやりすぎたのだろう。
建物ごと破壊する。豪快なやり方だが拠点攻撃としては有効に思えてくるから不思議である。
「建物ってどの規模ですか?結構大きい邸宅とかですか?」
「・・・えっと・・・詳細は言えないんだけど・・・そうだね・・・とりあえず十階建てくらいのビルが一つほど・・・」
ビルが一つ。康太たちが考えていたよりもずっと大きな規模での破壊活動だ。
というかそれだけの規模だと周囲への影響も無視できない。一体何をどうしてそんなことをしたのか、しでかしたのか疑問に思うが、相手が小百合なのだ。そう考えると何も不思議なことはない。
「もしかして一般人に危害が加わったり・・・?」
「いや・・・攻略戦を行っている時の惨事だったからとりあえず一般人への被害はなかったようだね・・・ただそれに巻き込まれて本部の魔術師が何人か負傷してる・・・相手側はもっと甚大な被害を受けたそうだよ・・・死者がいなかったのが幸いだね」
ビルが崩れた程度では魔術師は死なないという事だろうか、本部を相手に戦おうとしているような連中なら瞬間的な対処はできるのだろう。だがそれでもほとんどが負傷、恐らくは重傷を負ったことだろう。
当然それは相手だけではなく場所を同じくして戦っていた本部の魔術師も同様だ。
「拠点攻撃で何でそんなことに・・・もうちょっと手段考えてくださいよ」
「バカを言うな、最も効率的な方法をとったまでだ。馬鹿正直に建物の中に突っ込んで待ち構えている連中と戦うなんて非効率極まる。建物ごと潰した方がずっと早い」
小百合のいうことは確かにもっともだ。建物に誰かが立てこもっていて、それを攻撃しようとするなら建物そのものを崩壊させてしまえば相手は拠点にこもる意味も優位性もすべてなくす。
確かに手っ取り早く打撃を与えるにはこれほど有効な作戦はないだろう。小百合が出撃したという事は相手は守備に回っていた可能性が高い。戦力の大半を防御に回しての攻城戦に近い戦いだっただろう。
建物を盾代わりにした拠点攻略戦、それを最も確実にそして簡単に終わらせるには拠点そのものを破壊すればいい。
簡単に言うがそれはかなり大胆で被害も大きくなる諸刃の剣だ。こうしてまた小百合を敵視する魔術師が増えるだろうというのは簡単に想像がつく。
「・・・それで、そいつが件の封印指定二十八号か?」
「あぁ・・・紹介が遅れました・・・封印指定二十八号のアリシア・メリノスです」
康太に促されて前に出てくるアリスは小百合の方を見て口元に手を当て僅かに目を細める。
そして同様に小百合もアリスの方を見て眉を顰めじっくりとその姿を観察していた。
アリスはまだその姿を協会に見せる用の偽装したものから変えていない。本来の姿である幼い少女の姿ではないために小百合は余計に警戒しているように感じられる。
だが数十秒間アリスの方を見て小さくため息を吐く。
「・・・まぁどんな姿をしていてもいいか。随分と上手な化粧だな」
「そう褒められたのは初めてだの。お前がブライトビーの師匠か・・・なるほど、話に聞いていた通り曲者のようだ。なかなかいい目を持っているの」
「・・・ビー、それでなんでこいつを連れて来た?確か今回の依頼対象だったはずだが?」
「あー・・・どう説明したらいいものか・・・」
どうやら小百合はアリスのことに関してはほとんど何も聞いていなかったのだろう。仮面越しでもわかるほどにアリスの方を睨みつけている。
さすがに今回の依頼の中核にいる人物が目の前にいるのだ、この反応も致し方ないというものだろう。
むしろ康太の対応が異常だったのだ。とりあえず真理と共に今回の依頼での話を簡潔にわかりやすく伝える
と、小百合は大きくため息をついて自分の顔に手を当てる。
恐らく仮面の下は本当に呆れた表情をしているだろう。我が弟子ながらなんとアホくさいと辟易していても不思議はない。
「それで本部の邪魔にならないように引き取ってきたというわけか・・・まぁ依頼を完遂するという意味では間違っていないだろうし・・・お前の手段はある意味的確ではあるが・・・なんというか・・・良くも悪くも破天荒なやつだ」
「そこは師匠譲りですよ。どんな手を使ってもいいからって教えてくれたのは師匠でしょ?」
「それが合理的な手段なら私としても問題はないがな・・・むしろお前は今後の活動に大きな問題を抱えたんだぞ?そのあたりは理解しているのか?」
「・・・まぁ・・・たぶん大丈夫でしょ」
「・・・まったく・・・向こう見ずにもほどがあるな・・・」
「師匠に言われても説得力ありませんよ」
小百合のいう問題というのはアリスを身近においておくことで生じる自分自身に降りかかる危険の事だ。
アリスは良くも悪くも協会本部に目の敵にされている。その存在そのものを知っている人物が本部のごく一部だったために仕方のない話だが、本部が総出になって打倒しようとするほどの人材なのだ。
康太のような駆けだしの魔術師が同盟を組むなんて十年どころか百年は早いかもしれないのに康太はそれを選択した。
もともと康太は最近急激に協会内での知名度が上がってしまっている。その上アリスを身近に置くというのは康太にとってメリットにもなるが同時にデメリットにもなるのだ。
半ば強制的に同じような立場に巻き込まれた文に関してはもはや不憫としか言いようがない。真に巻き込まれているのは康太ではなく文かも知れないと康太は思いながらもアリスの方を見る。
「そう言えばアリス、お前日本を拠点にするのはいいけどどこに住むつもりだ?そもそも国籍もってないだろ?」
「ん・・・いや一応頑張ればなんとかなるぞ。少し時間はかかるかもしれんがそのあたりの手は打っておこう。住む場所に関しても問題はない。私に考えがある」
「へぇ・・・どっかの橋の下とか言わないよな?」
「阿呆。そんなホームレスの真似ごとをするつもりはない。ちゃんと衣食住すべて満たすような環境で過ごすつもりだ。心配はいらん」
自分よりもずっと優秀で経験豊富な魔術師であるが故に心配はあまりしていなかったが、康太としてはアリスのような見た目は可愛い少女が日本で自由気ままに歩き回るというのは危険なような気がしたのだ。
なんというか危ない目に遭いそうな気がする。主にアリスではなくそれを狙ってしまう犯罪者的な意味で。
「それでアリシア・メリノス・・・ビーやベルと同盟を組んでどうするつもりだ?こいつらは未熟者だから得られるものなどないぞ?」
「ふむ・・・二人から何を得られるかどうかではなく、二人が得難いものを持っているからこそ同盟を結んだのだ。それはお前も十分理解しているのではないかの?」
アリスの言葉に小百合は目を細めて小さくため息を吐く。なぜアリスが康太と文を同盟相手に選んだのかを理解したのだろう。その言葉に思うところがあったのかもしれない。
師匠という立場からすればどんな理由であれ優秀な魔術師が同盟相手に選ぶというのは嬉しくもある。もちろん同時に恐ろしくもある。自分の弟子を何かに利用するつもりなのではないかとそう言う考えが浮かぶのだ。
もっとも小百合はしっかりと指導はするが同盟関係に口を出すほどおせっかいでも甘くもない。これ以上は自分が言っても無駄だと理解したのか話を切り上げようと視線をアリスから支部長の方へと戻す。
「私はこの後まだ後始末が残っている。ビー、ベル、お前達は先に帰れ」
「・・・あれ?あの師匠・・・私は?」
自分だけ名前を呼ばれなかった真理は嫌な予感に顔を引きつらせるが、その表情は仮面に隠れて読み取れない。だがその困惑を康太はしっかりと感じ取っていた。
「お前は残れ。書類の後始末を手伝ってもらう」
「そんな・・・私だって疲れてるんですよ?」
「お前まだ夏休みだろうが、少しは手伝え」
小百合の横暴な態度に真理は大きく項垂れてしまう。無理もない、イギリスから帰ってきてすぐに師匠である小百合の後始末の手伝いをすることになるなんてついていないの一言に尽きる。
「姉さんだけに押し付けられませんよ、俺も手伝います」
「お前は帰れ、命令だ。なんなら力づくでも帰らせるぞ」
小百合なりの気の使い方なのだろうが、少しでも真理の負担を減らしてやりたいと思うのだ。ここで引き下がるわけにはいかない。
だが小百合がアリスの方に一瞬だけ視線を向けると文はそれを理解したのかため息をついて康太の首根っこを掴む。
「ほら、仕事の邪魔しちゃまずいわ。それじゃあ支部長、クラリスさん、ジョアさん、私達はこれで失礼します」
「お、おいベル!ちょっと待てって!」
「とっとと歩く!私はさっさと帰りたいのよ!」
自分の理由を付けながら康太を支部長室から押し出すと、文は一瞬だけ小百合の方に視線を向けると自分もその後に続く。そしてアリスも二人の後を追うように部屋から出ていった。
騒がしかった部屋の中が一瞬静寂に包まれると、小百合は小さく息をついてから真理の方に視線を向ける。話をできる環境になった途端に小百合は先程までとは空気を換えて見せた。
「で?お前からしてあいつはどうだ?」
「・・・アリスさんの事ですか?」
「そうだ・・・封印指定二十八号・・・本部に隠され続けた・・・何百年も生きる最古の魔術師・・・あれは何者だ?」
小百合のいいたいことは、聞きたいことはわかっている。協会の創設にもかかわったと言われる所謂初期メンバーであるアリシア・メリノス。それが事実であるかどうかを知りたがっているのだ。
もし真実であるというのなら、彼女は、アリスは人間ではない可能性も出てくる。なぜアリスが康太と文を同盟相手に選んだのか、それは小百合もなんとなく察していた。
あの二人は信用できる。それに尽きる。
良くも悪くもあの二人は素直すぎる。康太の方は魔術師としての経験が浅いからか少し抜けているところがあり、魔術師として狡猾になり切れないところがある。実力はまだまだだが光るものはある。今後に期待できる魔術師だ。
文は魔術師としての経験は十分だが実戦経験に欠ける。最近はその欠点も改善されつつあり徐々に本来の素質に勝るとも劣らない実力を有することができつつある。だが康太と同じように魔術師として狡猾になり切れない。これは彼女本来がもつ面倒見の良さが原因である。
非情になり切れないと言い換えてもいいだろう。彼女自身の優しさと甘さが原因であると言える。
どちらも同盟とするには良い点であり悪い点でもある。信用できるし利用しやすい。だが逆に言い争いの元にもなりそうなコンビだ。それを二人とも同盟にしたというところに小百合は違和感を覚えていたのだ。
「核心に触れることは何も教えてくれませんでした。ですがビーは彼女を信頼しているようです」
「・・・そこまで長い付き合いというわけでもないだろうに、あいつはどこをそこまで信頼したんだ?」
「さぁ・・・そこまでは私も・・・なんとなくとしか言っていませんでしたが・・・」
真理も何故康太がアリスのことをあそこまで信頼したのかは知らない。迷っていた時に助けてくれたというがそれだけではないのは確かだ。
そしてその理由を康太自身理解できていない。というか理解できるはずがないのだ。アリスを信頼しているのが本当は康太ではないという事をこの場で気付けるものは誰もいない。
「クラリス・・・君としてはどうするつもりなんだい?彼の力になれるならと思って許可はしたけど・・・僕じゃ彼女を止められないよ?」
「わかっている・・・ジョア、お前が近くにいる間は可能な限りアリシア・メリノスの警戒に当たれ。もちろん私もあいつの動向には注意する」
「それは構いませんけれど・・・師匠どうしてそこまで警戒するんです?」
「人に会いに来る時に変装している奴なんて信頼できるわけがないだろうが」
小百合の言葉に支部長はへ?と間の抜けた声を出し、真理は目を丸くしていた。まさか小百合が気付いているとは思わなかったのである。
真理がたまに索敵用の魔術でアリスのことを調べたが、ほぼ完璧に彼女は変装できていた。
物質的な探知でもばれないように特殊な障壁のようなものを張り、光属性の魔術で完璧に変装もできていた。
音を使って声を出す位置も、衣擦れの音でさえ再現していたというのに何故気付いたのか不思議でならなかった。
「師匠気付いてたんですか?」
「ほとんど勘のようなものだがな・・・先程のあいつの応対、まず間違いないと思っていいだろう・・・全く厄介なやつを引き入れたものだ」
先程小百合が化粧が上手と言っていたがあれはこの事だったのかと真理は驚いていた。
本部の魔術師たちでさえ見抜けない変装を小百合はどうやって見抜いたのか不思議でならない。
本人は勘だなんて言っていたが何かあるのではないかと勘ぐってしまう。
だが小百合本人はそんなこと一切気にせずに支部長の方に視線を向けていた。
「これからあいつはお前の部下にもなるんだ。身の振り方は考えておけ。必要ならビーにいろいろやらせる」
「あぁ・・・本部からいろいろ口出しされることもあるかもしれないからね、その場合は頼むよ・・・」
この中で一番苦労しているのは間違いなく支部長だろう。今度からはもう少し負担を少なくしてあげたほうがいいなと真理は申し訳なく思っていた。
小百合たちがそんな話をしている中、康太たちは協会の門を使って家に最も近い教会へと移動していた。
疲れをいやすという意味でも、一度荷物を整理するという意味でもそれぞれ自分の家に戻ったほうがいいと判断したのだ。
そしてその判断は間違っていない。兄弟子をおいてきてしまった康太としては若干の自責の念があるが、あの場ではどうすることもできなかったのは明白だ。延々と小百合の愚痴を聞かされるのが落ちである。
教会を出て康太たちは家に戻るべく歩き始める。アリスは二人には本来の少女の姿になるように変装を切り替えていた。まだ誰かに見られている可能性を考慮しているのか若干ではあるが変化をつけている。こういうあたりはさすがというべきか。
「それにしてもコータよ、お前はなかなかいい師に恵まれたの」
「え?あれが?どこが?少なくとも全くいい師匠とは思えないんだけど・・・」
「ん・・・?いや割と魔術師としては優秀な方だと思ったのだが・・・間違ったかの・・・?」
アリスの言葉にすでに仮面を外している康太と文は互いに顔を見合わせてため息を吐く。
「アリス、いい選手がいい監督になるとは限らないのよ?同じ理屈でいい魔術師であろうともいい師匠であるとは限らないの」
「む、バカにしておるのか?そのくらいはわかる。だがそれを差し引いてもあの魔術師はなかなか良い師であるように感じたぞ?」
「えー・・・?それに関しては心底同意しかねるんだけど・・・文さんや、どう思う?」
「んんんん・・・あんたたちの師匠に関しては正直言ってコメントしにくいのよね・・・一応私お世話になってる立場だし・・・」
確かに文からしたら小百合はいろんなことを実戦形式で教えてくれる良い魔術師だ。自分の師匠であるエアリスと天敵関係であるとはいえ互いのことは認めているようだしレベルの高い魔術師であるのは間違いない。
小百合が良い師匠であるかという問いに関しては文としては何とも言い難い。魔術師としての枠から外れているというのは同意できるのだが、師匠として優秀かと聞かれると首をかしげてしまうのだ。
実際客観的に考えても見れば小百合は師匠としてはそれなりに実力はあるように思える。魔術師になってまだ日の浅い康太をここまで育て上げているのだ。育て方に関しては普通の魔術師とはだいぶ異なっているかもしれないが第一線に出て最低限生き残ることができる程度には実力を有している。
そう言う意味では教えることが上手いのかもわからない。もちろん康太が素直に小百合のことを認めたくないというのも分かる。
自分の後始末を弟子である二人に押し付けるあたり人格的に優れているとは言い難い。そう言う意味では小百合はあまり良くできた師匠とは言えないだろう。
「でもまぁあんたをしっかり育ててるんだからいい師匠なんじゃないの?多少乱暴だし無茶苦茶だけど」
「その多少が全然多少じゃないんだよ。むしろ多大だ、こっちからすればいい迷惑だ」
「だが中々いい師匠だと思うぞ?私の変装にも気づいているようだったしの」
その言葉に康太と文は目を丸くする。先程のやり取りでいつそののような事に気が付いたのか、いやそれよりも本部の人間でさえ気づけなかったことに何故小百合が気付いたのかその所が不思議でならなかった。
「え?何でそんな事?師匠なんか言ってたか?」
「いや別に・・・変装がどうとは・・・」
「化粧が上手いと言っておっただろう?恐らくあれは私の変装のことを示しておるのだ。私の変装を見抜いたのはこれで十五人目・・・いやはや、長生きはするもんだの」
自分の変装を見破られていたというのにアリスは上機嫌だ。見破られたことに関して不機嫌になるどころかむしろ見破られてうれしいと言った感じである。
「でもあの人どうやって気付いたんだろ・・・物質的な探知じゃないだろうし・・・魔力探知でもないだろうし・・・五感・・・でもないか・・・」
「うむ、そう言ったものに対する対策はすべて打った。今あげたものから私の変装を変装であると見抜くのはほぼ不可能だの」
「・・・案外師匠の事だから勘かも知れないな」
「あー・・・ありえそう・・・でもなんか納得いかないわねそれ・・・勘なんかで技術を見抜かれちゃなんかすごく不公平じゃない?」
技術というのは高めれば高める程にその効果をより高度なそれへと昇華させてくれる。
当然その効果が高まればそれを見抜くのも詳細を把握するのも難しくなってくる。アリス程の実力者ならばそれを普通の魔術師が見抜くのはほぼ不可能と思っていいだろう。
それを勘の一言で片づけられては立つ瀬がない。何より文のいう通り不公平なような気がしてしまう。
「いやいやそうとも言えんぞ?あやつの言葉には確信めいたものと同じくらいに疑いの感情も感じられた。確証は持てんがそう思った。そして自分の感性に実に忠実・・・あぁいうタイプには苦戦させられた記憶がある」
「へぇ・・・随分と師匠に対する評価が高いな・・・ちなみに今知ってる魔術師で一番戦いたくない相手は?」
「難しいことを聞く・・・そうだの・・・個人的なことを言えばコータとは戦いたくない。魔術師としてならばコータの師匠、そしてフミとは戦いたくないの」
「え?何で私?」
「何度かお前の魔術を見たが、なかなかにレベルの高い魔術を使う。何よりまだ随分と伸びしろがあるように感じた。将来性を加味して今戦いたくないのはフミだの」
真正面からお前にはまだ才能が眠っていると言われ、何よりその実力を高く評価されたことで文は驚いてしまい、同時に照れてしまう。
ここまで文のことを高く評価しているとは思わなかっただけに康太は少し予想外だった。
そして同時に康太は疑問を抱く。
「俺と個人的に戦いたくないってのはどういうことだ?俺がいい男だからか?」
「ふむ・・・お前がいい男というのは否定せんがもう少し言動に気を付ける必要があるの。あと十年以内に直すことだ・・・それに少し思うところがあるのだよ」
思うところ、それは康太の身に宿すDの慟哭の核であるデビットの残滓の事だ。
康太は知らないだろう。いや康太どころかこの世界でそのことを知っているのはアリスだけだ。
かつてデビットに魔術を教え、Dの慟哭の始まりともいうべき『魔力を生命力に変える魔術』を共に考え作り出したのが他でもないアリスなのだ。
そう、アリスはデビットの師匠であり、Dの慟哭の根本ともいうべき魔術の生みの親なのである。
だからこそ、不肖の弟子がしでかしたことを収めてくれた、そしてその残滓を抱えてくれている康太とは戦いたくなかった。
アリスは長い時間を生きて来た。その中でここまで個人と強い縁を感じたことはない。
「コータ、これからもよろしく頼むぞ」
康太からすれば何気ない言葉だったのだろう。その言葉以上の意味として受け取ることはなかったが、アリスからすればいくつもの思いを込めた言葉だったのだ。
その言葉の真の意味を知ることになるのは、恐らく当分先の話だ。
土曜日、そして評価者人数200人越え、ブックマーク件数2100件越えで合計四回分投稿
要望を受けたので活動報告のほうに簡単なキャラクター紹介を載せておきました。
これからもお楽しみいただければ幸いです




