文の疑問
康太たちが本部でそんな話をしている頃、文たちはホテルで待機しながらそれぞれ思い思いに過ごしていた。
倉敷は道具を片付けながら適当な茶菓子をつまみ、アリスは周囲に気を配りながら見つからないようにし、文はというとそんなアリスをじっと観察していた。
「何か用かの?ライリーベル。そんな熱い視線を向けられると恥じらってしまうぞ?」
「ここでは文でいいわよ・・・いや、ただの人間にしか見えないなと思って」
「それはそうだとも。私は人間、ただの魔術師、その二つの目は節穴ではないぞ?」
文がアリスの頭の先からつま先まで観察しても、彼女はただの人間の少女にしか見えない。
魔術による感知を行ってみても目の前にいるのはただの女の子だ。もちろん外観上の話で魔術で何かしら感知魔術に対しての対策をしているのかもしれないが。
「じゃあ一つ聞かせて、あんたは本当に何百年も生きてるの?」
「その質問に意味があるかの?仮に私がイエスと言ってもノーと言っても、フミには確認する術はないだろうに」
「まぁそうなんだけどさ・・・実際どうなの?」
確認する術がなくとも、仮に彼女が何百年も生きていなくとも、文はその口からその言葉を聞きたかった。
その言葉の抑揚、そして表情などからそれが嘘か本当か見抜こうとしているのである。
「・・・あぁ本当だとも。魔術協会設立の頃からずっと生きておるよ」
「・・・微妙に嘘っぽいわね・・・設立の頃からじゃなくてもっと前からって感じかしら?」
「ほうほう・・・なるほど、何故そう思うのかの?」
「設立の時にはもうあんたは協会設立に当たってかなり貢献できるだけの地位とコネがあったみたいだし、その百年くらい前から生きてても不思議はないかと思ったのよ」
「・・・ふむ、理にはかなっている。やはりお前さんはなかなかに優秀・・・コータが一目置くのもよくわかる」
あいつに褒められてもねと文は苦笑してしまう。口では嬉しくなんてないような風に言ってはいるが、その顔は緩んでしまっている。
自分が対等と思っている魔術師に褒められているのだ、嬉しくないはずがない。
康太は良くも悪くも素直な人間だ。そんな康太が褒めたのだからきっと事実なのだろうと文はつい口元が緩むのを抑えられなかった。
「でもよ、どうやってそんな何百年も生きてるんだ?神龍に不老不死にでもしてもらったのか?」
「漫画の話しないでよ・・・でも実際それは気になってたわ。どうやって延命してるわけ?まさか人間辞めたわけでもないでしょう?吸血鬼になってるってわけでもないみたいだし」
吸血鬼が一体どのようなものであるかを大まかではあるが知っている文たちにとって吸血鬼になるというのが本当にただの妄言だという事はよくわかっている。
だが世間一般が知っている吸血鬼と『本当にいるかもしれない吸血鬼』は全く別物である可能性があるのだ。
もし不老不死になってその対価に他者の血液を求めるものがいるとしたら、それはまさに吸血鬼と言えるのではないだろうか。
太陽が苦手でなくても、流水を渡れても、ニンニクが好きでキリスト教徒でも全く矛盾しない。それこそ物語などではない妄想でもない本当の吸血鬼かもしれないのだ。
「吸血鬼などという想像物になれるのであればなってみるのもよいかもしれんの。まぁ先も言ったが私はただの人間。ちょっとした工夫によって生き抜いているだけだ」
「工夫って、やっぱり魔術?」
「それを易々と教えると思うのかの?自らの手の内は明かさない。それは大昔から魔術師の鉄則・・・まぁ約一名それを守らない奴もいるがの・・・」
そう言ってアリスは康太のことを思い出す。自分のことをさも当然のように話す康太は魔術師の中でも例外中の例外だ。
少なくともアリスはあんな魔術師は初めて見た。今まで多くの魔術師を見てきたが自分の手の内や経験をあんなに簡単に口に出すようなものはいなかった。
魔術によって自白させられるのではなく自分から話してくるような輩は非常に珍しい。少なくともアリスは見たことがない。
「あぁ・・・あいつはちょっと特殊よ。まだ魔術師としての経験が浅くてね・・・そのあたりもたぶん聞いたでしょ?」
「・・・ふむ・・・魔術師になってまだ一年と経っていないと言っておったの・・・それであの攻撃を避けられるのだから大したもの・・・将来大物かもしれんな」
「それはあいつの師匠の訓練が特殊だからよ・・・あいつの兄弟子も普通に避けてたでしょ?」
「あぁ・・・ジョア・・・だったか・・・確かにあやつも軽々と避けていた・・・なるほど、二人の師の訓練の方法が特殊なのか・・・一度二人の師匠に会ってみたいものだ」
一体どんな訓練を施したのか、普通の魔術師がするような訓練ではないだろうなと思いながらアリスは笑っていた。
魔術というのは面白い。何年たっても飽きる気がしない。次々と新しい魔術は生まれ、次々と新しい考えが生まれていく。
人の進歩と言い換えてもいいかもしれないその変化はアリスにとってはとても面白いものだった。
見ていて飽きない。そして何より実際に使ってみてなお面白い。
アリスが長い間生きてきて退屈や倦怠に飲まれなかったのも、偏に魔術のおかげであると言って良いだろう。
この場の誰もアリスがなぜ笑っているのかその真意を理解できないだろう。
何百年も生きてきたその少女が何を思って笑っているのか、何故楽しそうにしているのか、その理由は誰も理解できない。




