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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
三話「新たな生活環境と出会い」
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ただの男子にあらず

逃げなければ。


どうやって康太がこの場所にやってきたのかを考えるよりも早くこの場から脱出しなければならない。


仮面越しとはいえ顔面を強打されたことで若干三半規管がマヒし始めている。それでも逃げなければとライリーベルは残った魔力を注ぎ込み強力な風を巻き起こし自分の体を強引に持ち上げてフェンスを飛び越えた。


一度距離を取る。落下を始めてしまえば少し間が空く。風の魔術で衝撃を吸収すれば問題なく対処できる。


彼女は冷静だった。康太が階段を使わずに屋上にたどり着いたのは驚いた。もしかしたらまだ隠していた魔術があったのかもしれないと思いながら意識を少しでも集中させようと呼吸を整えていた。


このまま落下すれば問題なく対処できる。また距離を明けることができる。

だが康太もそれを許さなかった。


どうやって返しと有刺鉄線のついたフェンスを乗り越えたのかはわからないが、自分が落下を始めて一呼吸もしない間に、康太もまた自分を追って落下してきたのである。


しかも危険も顧みず頭から落ちてきたのだ。


一見すれば後追い自殺のように見えたかもしれない。無謀な行動にしか見えない行動だ。


だが先に落下したものに、後から落下したものが追い付くことは絶対にできない。


まだ自分の有利は覆らない。


ライリーベルは風の魔術を発動して僅かに横に移動し、康太との距離を少しでも取ろうと試みた。空中での移動法がなければまず間違いなく対応できない。


わざわざ自分を追って落下してきたという事はそれだけ彼も追い詰められているという事でもある。それ以外にとれる手段がなくなるほどに。


ここさえ凌げれば勝てる。そう彼女は考えていた。


だが康太が次にとった行動で、彼女の顔色は一気に変わる。


康太は足を曲げたかと思うと、まるでそこに足場があるかのように思い切り蹴って見せた。


本来ならば空中であがいたところでほとんど軌道も速度も変わらない。先に落ちたものに追いつけるはずもなかった。


そう、康太が普通の人間だったのなら。


康太が足を動かす動作をすると、康太の落下速度が著しく上昇し、ほぼ一瞬でライリーベルに追いついて見せたのである。


いや、追いつくどころか自分の体をしっかりとつかんで見せた。


空中で唐突に二つの物体が接触したことで回転しながらも康太は笑っていた。


「ようやく捕まえた!もう離さねえぞ!」


その言葉に一体どんな意味があるのか、もしかしたら意味などなかったのかもしれない。だがライリーベルは激しく動揺してしまっていた。


落下速度を上昇させる魔術はいくつか存在する。重力を操作したり風を起こしたりとその種類は様々だが、ならばなぜそれを今まで使わなかったのかという疑問が彼女の中にあった。


自分が空中を移動して向こう側の校舎に渡った時もそれを使えば叩き落とせたのではないかという疑問、そしてこのタイミングまでそれを温存していたのだという驚愕が彼女の正常な思考をわずかに奪っていた。


この場で再び同士討ちに近い形で電撃を放てば、自分の体も硬直してしまう。先程風の魔術を全力で放ったせいで魔力の余裕はない。ここで魔力を余分に使えば自分の体を落下から守れない。


何より電撃で体を硬直させてしまえば自分も反応が遅れる可能性がある。万が一に魔術の発動に失敗でもしたら二人ともあの世行き、よくても体のどこかしらの骨が折れるだろう。


だがだからと言って風の魔術で落下から身を守れば康太の全力の攻撃が待っているのは間違いない。その場で決着をつけられるに等しい。


だが迷っていられるだけの時間は無い。もう落下してどれくらい経つだろうか。もう後がない、時間がない。


どちらを選択するか。電撃を使えば自分の身も危うくなる。風を使えば自分の身の安全は確保できるだろうがその後の康太の攻撃に対処できない。


そもそも二人分の重量を自分の風の魔術で対処できるかどうかさえ怪しかった。


平時の自分の身の安全が確保されている状態ならば問題なく行える行為。実際先程康太と相打ちになった際は問題なく行えていた。


だが失敗が命に関わるような状況で同じことができるかと聞かれると、どうしても一抹の不安が拭えない。


もしかしたら失敗してしまうかもしれない。万が一ミスをするかもしれない。


リスクを承知で自分ごと攻撃するか、身の安全を守るために保身に走るか。


康太の行動は、彼女の有り余る選択肢の中からたった二つしか選べないような極限の選択へと引きずり下ろした。


落下の中、自分の命を優先するか、それとも康太への攻撃を優先するか。


まともな思考では答えなんて出せない。攻撃なんてできない。一瞬の隙で、ほんの小さなミスで死んでしまうかもしれないという状況の中でまともな思考などできるはずがない。


康太は魔術師ではなく、普通の人間としてそう考えていた。


だからこそ確信していた、ライリーベルが風の魔術を使い保身に走ると。


そしてその予想は正しかった。


落下まで後数メートルというところで彼女は風の魔術を発動しその速度を緩め落下の衝撃を緩和していた。


もちろん完全に速度をゼロにすることはできず、康太に地面に叩き付けられる形で落下していた。


背中を強打したことで肺の中の空気が一気に押し出され呼吸困難にも似た症状を起こす中、康太は彼女の腹部に自らの拳を押し当てていた。


「降参しろ。お前が次に妙な動きをしたら俺の魔力全部使ってお前を攻撃する」


ライリーベルを押し倒すような形で、康太はそう言っていた。


脅しではない。康太は何時でも魔術を発動できるだけの準備があった。それに対してライリーベルの魔力は先程の風の魔術でほとんど使い果たしてしまった。


数秒で回復するとはいえ、すでに魔術発動の準備を終えている康太の発動に間に合うとは思えなかった。


この状況から逆転するには、また相打ちの電撃を当てるのが最善だろう。だが自分は今完全に組み伏せられている。


体重をかけられ、起きることができない。仮にここで体を硬直させて風の魔術を使っても康太の体を吹き飛ばせるかどうか。


仮に吹き飛ばせたとしても、どうやってすぐに体勢を整えるのか。どうやって康太から距離を取るのか。


倒れている状況でできることなどたかが知れている。特に自らの体ごと攻撃すれば自分で動くということはまず無理だろう。


それに、今こうしている状況で電撃を放った瞬間に康太が全力で攻撃をされたら。


そこまで考えてから、もう取れる手段はなさそうだと、彼女は小さく息をついた後で両手をあげる。


「わかったわ・・・降参よ・・・」


ライリーベルの言葉を受けて康太は全身の体の力を抜き、彼女の上からゆっくりどいて見せた。


勝てた。何とか勝てた。康太は息を荒くしながらその場に座り込んでしまった。


「あー!おわったぁぁぁぁ・・・!」


座り込むだけではなくその場に横になると、康太は荒く息をつきながらもうやだもうやだと連呼していた。


自分がどれだけ無茶なことをしたのかは十分理解している。自分でも驚いている。というより途中から考えることを放棄していたのだ。


正確に言えば『ライリーベルを捕まえる』という事しか考えていなかったと言ったほうが正しい。


どうすれば捕まえられるか、どうすれば追い詰められるか。その為だけに頭を使っていたために自分の行動がどれだけ危険かどうかを考えられるだけの余裕がなかったのである。


飛び降り自殺まがいのことをしたという実感がわいてきたのか、全身鳥肌が立ち始めていた。


我ながらなんて無茶をしたのだろうと康太は僅かに身震いさえしていた。周りが見えなくなるほどに集中していたと言えば聞こえはいいが、もしあの場でライリーベルを掴むことができなければ自分はあのまま地面に落下していたかもしれないのだ。


あの速度で地面に頭から叩きつけられたらそれこそ運が良くても頭がい骨や首の骨が折れていただろう。例え魔術を使ったとしても治らないレベルの重傷を負っていたかもしれない。


二度とあんなことはしたくないなと康太は戦慄してしまっていた。


「ブライトビー・・・あんた一体何をしたの?」


「は?なにって?」


「・・・屋上に階段使わずに登ってきたり・・・落下中に加速したり・・・一体どんな魔術を・・・」


彼女の言葉は探りを入れているという類のものではなく、ただ単純に知りたいという気持ちが込められていた。


敗者として勝者のことが知りたくなるという気持ちなのだろう。その気持ちがわからなくもないために、康太は教えようとしていた。


「あぁ、それは俺のむぐ」


「ビー、そこまでにしておいた方がいいですよ」


答えようとした康太の口をふさいだのは兄弟子である真理だった。どうやら二人の戦闘が終わったという事を確認して戻ってきたのだろう。その近くには小百合と、最初にライリーベルと一緒にいた魔術師エアリス・ロゥの姿もあった。


「ふふふ・・・私の弟子の方が一枚上手だったという事だな・・・お前の指導法のずさんさがうかがえる結果だ」


「黙れ、今回はお前の弟子の勝利だが次はこうはいかん。何より勝利したのはお前の弟子だ、お前ではないということを忘れるな」


聞こえてくる女性の声に康太は眉をひそめてしまう。あの人がライリーベルの師匠だろうという事は理解できるのだが、随分と殺気だっているなと呆れてしまっていた。


なんというか小百合と相性が非常に悪そうな感じである。


「姉さん、あの人は・・・?」


「彼女はエアリス・ロゥ、師匠と同期の魔術師でそこにいるライリーベルの師匠でもある方ですね。昔から師匠とは相性が悪くて・・・」


喧嘩ばっかりしてるんですよと真理も呆れながらため息をついていた。恐らくあんなやり取りを何回も何回も繰り返しているのだろう。


傍から見ていれば仲がよさそうに見えなくもないが、それに巻き込まれる側としては堪ったものではない。


そしてそれは真理や康太だけではなくライリーベルにも言える事だった。


「・・・師匠・・・ごめんなさい・・・勝てませんでした・・・」


「いや、仕方がないだろう。今回は相手の方が一枚上手だったというだけの事だ。次はこうならないように精進しなさい」


「・・・はい・・・!」


なんという師匠らしい言葉だろうかと康太は感動してしまっていた。自分は師匠である小百合にあんな言葉をかけてもらったことはない。そしてそれは康太の兄弟子である真理も思っていることだった。


「いいですかビー、あれこそ普通の師弟関係というものです。よく見ておくのですよ」


「はい、姉さん」


もし自分たちが誰かの師になるようなことがあれば、あのように対応しようと康太と真理は心に誓っていた。


小百合のような師匠には絶対にならないと、なってはならないと感じていたのである。


「とりあえず師匠、勝ちました。途中かなり危なかったですけど・・・」


「まぁ及第点といったところか。相手が完成度の高い魔術師であればこうはいかなかっただろうな」


相変わらず厳しいお言葉でと康太は項垂れてしまう。格上に勝利できただけでも十分奇跡に近いのではないかと思えるだけに今回の勝利は康太にとってかなり大きな衝撃だった。


なにせ負けて当然くらいに考えていたのだから。


だが小百合の言葉に康太は若干ながら驚いていた。あれだけの魔術を使っておいてあれでも完成度が低いのかと。


「師匠から見て、ライリーベルはどう思いました?実力的に」


「素質や才能だけを見れば間違いなく一流だが経験不足だな。魔術を使うことに固執し過ぎてそれ以外が疎かになっている節がある」


魔術を使うこと以外、魔術師にとって魔術を使うこと以外に必要なことがあるのだろうかと康太は不思議に思えてくるが小百合がそのように評価するという事は恐らくそう言う事なのだろう。



誤字報告を五件分受けたので二回分投稿


最近誤字が少なくてほくほくしています、少しは進歩したのかな?


これからもお楽しみいただければ幸いです

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