本部の対応
康太と真理は文と倉敷がアリスと一緒にホテルに戻ったのを確認してベックに話をして一度本部に向かうことにした。
今回依頼をしてきたあの五人に対していろいろと話すことができたからである。
ベックと通訳を伴って最寄りの教会を経由して協会本部に戻ってくると何人かの魔術師が慌ただしく駆け抜けていくのが見える。
どうやらアリスを見失ったことでだいぶ本部もあわてているようだった。
康太たちが本部の上役への接触を申し出るとその申し出はあっさりと了承されていた。恐らく上層部も現場の情報を少しでも欲しいのだろう。康太は第一線で活動していた。実際にその目で確認したことを報告しに来たと思っているのだ。
実際は全く違うのだがそのあたりは良しとしよう。
「来たか・・・とりあえず報告をしてくれるだろうか?件の魔術は目標にかけることができたのか?」
「いいや、こちらが近づいたら見失った。こちらの行動を読んでいたのかそれとも単に別の用事があったのか・・・なんにせよ目視することもできなかったな」
康太の報告を聞いて本部の上層部は目に見えて落胆している様子だった。実際に索敵をしていた人間も見失うほどだ、無理もないのかもしれないがそれでも失望感は否めないのだろう。
「今目標を索敵中だ。見つけ次第君にも伝えよう。下がっていいぞ」
「待て、こっちの用件はまだ終わってない。報告に来ただけじゃないんだ」
康太にはまだ用件があるという言葉にその場の上層部たちは何事だろうかと康太の方に視線と意識を向ける。
「今回目標を見失ったのはいいけど、俺らの滞在時間が限定されてることは知ってるだろ?こっちとしてはなるべく早期に解決したいんだよ」
「それは理解している。だから動ける魔術師全員を動員して捜索を」
「そっちは任せるよ。俺が聞きたいのはもっと根本的な話だ。今回の依頼の達成条件を確認しておきたくてな」
依頼の達成条件。目標である封印指定二十八号『アリシア・メリノス』の無力化というのは条件にあったとおりだが、どうすれば無力化したことになるのかということについて詳細は聞いていないのだ。
詳しい条件などをつめなければ依頼達成とは言えない。今のように性急に依頼を達成しなければいけないという状態だからこそこの話を出すのは自然な流れだ。
「・・・なるほど、依頼内容を再度確認したいとそう言う事か」
「そう言う事だ無力化しろとは言われたけどその詳細を聞いておきたいのと、建前じゃない本音の依頼の動機を知りたい。そうすればあんたたちが思いつかないような無力化の方法も思いつくかもしれないしな」
康太の提案に本部の上層部たちは皆一様に眉をひそめた。こちらへの警戒心を高めると同時に周囲への魔術師の動向にも気を配っているようだ。
万が一聞かれでもしたらまずいと思っているのだろう。話すつもりがあるかどうかはさておき、この場で私情を混ぜたようなことを言えば立場が危うい。何より魔術協会の沽券にもかかわる。
「我々が伝えた内容以上のことがあると、そう思っているのか?」
「もちろんだ。封印指定二十八号が危険だっていうのは俺でもわかる。実際その攻撃を受けたしな・・・でもそれなら俺はどうだ?封印指定百七十二号を制御下においている俺は?今すぐに始末するべき対象じゃないのか?」
「・・・君はその魔術を制御下においている。完全ではないがそれは私達も見た。だからこそまだ静観するだけの猶予はある」
「実害を出し続けてきた百七十二号は放置、実害どころか協会設立に貢献までしてきた二十八号は無力化・・・それじゃ筋が通らないだろ。何かしら裏に考えがありますよって言ってるようなもんだ」
康太の言葉は正論だ。資料の上では康太の所有するDの慟哭は一般人一万人以上の被害を出している。一応は制御下においたとはいえまた暴走しないとも限らない。
対してアリスは魔術協会の設立にも貢献し、協会にとって大きな利を与えた人間だ。この二つを比べると明らかに康太の持つDの慟哭の方が早めに始末しておいた方がいいように思える。
なのにそうしないという事は、上層部の人間の私情が絡まっているからだ。康太が知りたいのはその私情の部分である。
これを聞かなければ話は先に進まない。断固としてこれだけは聞きださなければならないだろう。
「話してくれ。あんたたちが話してくれれば別の形での解決もできるかもしれない・・・無論聞かなきゃ話は進まない。時間は限られてるんだ、可能性は少しでも大きい方がいいだろう?」
今なお見つからない目標、もしかしたらタイムリミットまで見つからないかもしれないのだ。これだけの魔術師を動員しておいて何の成果も得られなかったでは話はすまない。
今回の作戦を立案した人間に責任を取らせる事態にもなるだろう。きちんとした成果を上げる可能性を増やすために私情を話す必要があるのであれば、話した方がまだましだ。上層部の人間はそう判断したのだろう。近くにいた魔術師たちにこの場からの退室を命じるとこの場には康太と上層部の人間、そして通訳だけが残された。
通訳にはこの場で見たこと聞いたことは他言しないという契約をさせたうえで、康太にこの状況がどのようにして生まれたのかを説明させるためこの場に残ることを許された。
なんとも厳重なことだと思いながら康太はとりあえず近くにあった椅子に腰かけることにした。さりげなく携帯の録音機能を起動しながら話を聞くことにする。




