兄弟弟子の前進
「ベル、ここから目標の位置わかるか?」
「大体百五十・・・いえ百六十ってところかしら・・・何で?」
「・・・全速力で走って大体二十秒・・・いやもう少しかかるか・・・さっきの攻撃の間隔からして・・・十発近く・・・行けるか・・・?」
「・・・ちょっとあんた、何考えてるわけ?」
康太が目の前に広がる森を見つめながらぶつぶつと呟いているのを見て文は不安になる。こういう時に康太はふつう考えないようなことを考え付く。だからこそ怖いのだ。何をやらかすかわかったものではない。
「姉さん、この狙撃系の攻撃、回避できると思えますか?」
「・・・不可能ではありませんね。単調な射撃系の攻撃です。そして木々を避けるために軌道もある程度予測できます。直上からの攻撃はそれこそ自由落下しているようなものですから移動していれば避けられます・・・ビーもそう思っているのでしょう?」
真理のいう事は正しい。先程から向かってくる攻撃は単純な射撃系の攻撃ばかりだ。ゴーレムや人を操って遠隔攻撃などの面倒なものがあるわけではない。その為やろうと思えば回避は不可能ではない。
「ちょっと二人とも何考えてるわけ?まさかとは思うけど二人で突っ込むとかいうわけじゃないでしょうね?」
「そのまさかだよ。ここにほとんどの戦力をおいて俺と姉さんが二手に分かれて同時に突っ込む。多少的が増えるから相手も一つ一つの対処がおざなりになる・・・といいな」
「願望はいってるじゃないの・・・それで、近づいて目標に仕掛けるの?」
「あぁ、かなり強引にだけと近づいてそのまま反対側に駆け抜ける。他の部隊と合流できればそうしたいな。他の部隊の配置はわかるか?」
「えっと・・・今いる場所からちょうど目標挟んで反対側・・・の予定だね」
「向こうの連中がやらかしてなければオッケーってことか・・・向こうの部隊との距離も気になるところだけど・・・」
どんどん話を進めていく康太に文は呆れて物も言えなかった。相手が格上だというのは十分に理解できているだろう。だというのに康太は怯むどころか自分から向かっていこうとしているのだ。
ここまでくると正気を疑う所業である。だが思い返してみれば康太は今まで格上と思われる魔術師に対していつも立ち向かっていた。
相手の魔術を避けて距離を詰めるような戦いを常にしてきた。むしろ遠距離でちまちまと射撃戦をしているところなど見たことがない。
「・・・ジョアさんはどうするつもりです?まさかビーについていくつもりですか?」
「ビーがその気ならば。それに近くにいればフォローくらいできます。様子を見るという意味でも一度アタックをかけてみてもいいかもしれませんね」
元よりビーが目標に接近すればいいだけの話でしたからと付け足しながら真理は康太の背中を軽く叩いている。
この状況下でこの二人は妙に落ち着いている。すでに射程内に収められているというのに全く動じることがない。
それもそのはずだ。この二人は常日頃から魔術を避けて接近するという訓練をこなしているのだ。
特に射撃系の攻撃なら避けられないことはないのである。今までそうしてきたように今回もそうするだけの事。
「待ってくれ。君がもしやられたら今回の作戦の成功率がかなり下がる。それは承認できない」
「なら代案をよこせ。俺が目標に仕掛けをできればこんな所にいる理由も無くなってお前達は下がれる。俺はこの近辺にいる部隊を転々としながら戦線を維持すればいいだけだ。負傷者も下がらせて目的を達成するにはこれが一番手っ取り早いだろ」
確かに康太が目標に近づくのが目的であって部隊そのものが近づかなければいけないというわけではない。
固まっていれば守りは固くなるがその分狙いやすく的になりやすい。
だが単独行動をとっていれば動きは軽快になり、なおかつ回避も容易になる。それに残り百六十ほど残っている距離をすべてなくさなければいけないというわけではないのだ。
康太の持つDの慟哭の射程距離はおよそ百メートル。五十メートル程度走ってしまえばその時点で射程距離に収まるのだ。
後はどうにかして目標を視認してしまえばそのままDの慟哭を相手にかけて踵を返すことだってできる。
欲を言えばもう少し近づいておきたいところだったが、ここまで来れば康太のいう作戦も決して不可能ではない。
ここに小百合がいればこの作戦の成功率もさらに上がったのかもしれないが、ないものねだりをしていても仕方がない。康太は康太にできることをするしかないのだ。
「一発貰ったらもうアウト。そのことわかってるんでしょうね?」
「もちろんだ。いざとなったら何もかも投げ出して撤退してやるから安心しろ」
「・・・はぁ・・・こうなったらあんた聞かないもんね・・・わかったわよ勝手にしなさい。とりあえず相手の正確な位置だけは出しておくわよ」
「おう、頼むぞベル」
もう康太には何を言っても言う事を聞かないというのはすでに理解しているのだろう。伊達に一緒に行動しているわけではないのだ。
「なかなかに肝が据わってきましたね。それでこそ私の弟弟子です」
「すいません姉さん、付合わせてしまって」
「なにこの程度、師匠の訓練に比べればなんてことはありませんよ」
そう言って笑う兄弟子の声を聴きながら康太は準備運動を進めていた。いつでも突撃できるように、そしていつでも回避ができるように。




