幼子との別れ
「そういやアリス、俺お前のことこうして連れまわしちゃってるけど・・・門限とか大丈夫なのか?家の人とか心配してるんじゃ・・・」
「自分で連れまわすきっかけを作っておいて良く言う・・・まぁ安心しろ。そのあたりは気にせんでもいい。それよりコータの方が問題ではないのか?話を聞く限りすでにホテルを出てからずいぶん時間が経っているようだが」
康太の方がアリスのことを心配するのが当然なのだが、逆にアリスに心配されてしまうあたり情けなくなってしまう。
だが実際彼女のいう通りだ。既に康太が散歩という書置きを残して数時間が経過している。
ホテルを出た時にはまだ明るかった外も徐々に暗くなっていき街灯がつき始めている。
このままいつまでもダラダラしているというのはよくないだろう。余計な心配をかける前に帰った方が得策かもしれない。
「それもそうだな・・・よし、アリスもう一つだけ頼み事していいか?」
康太の言葉にアリスはほんの少し目を細めた。一体康太が何を頼んでくるのか訝しんでいるのだろう。
もし変なことを頼むようならば、そう考えているのかもしれない。
「・・・恥の上塗りという事か?まぁいい・・・それで?どんな要求だ?」
「ここのケーキを土産物としてお持ち帰りしたいからまた店の人との対応を頼みたい」
康太の申し出に一瞬目を丸くしたアリスは大きくため息をついてあきれた表情と共に康太の方を睨んでくる。
「・・・コータよ・・・この際だからはっきりさせたいのだが・・・お前から私に何か言うことはないのか?」
「・・・?言う事って・・・ありがとうとか?」
「・・・じゃあ別の質問だ。私に何かすることはないのか?」
「・・・なに?頭でも撫でてほしいのか?」
康太の言葉に一瞬アリスは苛立ちを覚えたが、康太がとぼけているわけではなく本気で言っているという事を察したのか、先程よりも大きなため息とともに額に手を当ててしまう。
その様子を見て康太は首をかしげて疑問符を飛ばしてしまう。
アリスが何を言いたいのか本気でわからなかったのだ。一体何を康太に求めているのかわからない。だが康太はここで思いつく。
日本とイギリスでの違い。そしてアリスが康太に求めているもの。
「そうかそうかそう言う事か。なんだよ言ってくれればよかったのに・・・まぁこういうのは言わぬが花か・・・はい」
「・・・ん・・・?なんだこれは?」
康太はアリスの手を掴むとその手にポンド紙幣を数枚握らせる。アリスはその行動の意味を理解できなかったのか康太と自分の手の中にあるポンド紙幣を交互に見比べていた。
「イギリスとかにはホテルとかでも接客してもらったらチップをあげるのが習わしだもんな。こうやってありがとうとかお礼で奢るよりもやっぱこうしたほうが感謝になるってことだろ?そのあたりは日本とは違うよな」
確かに康太のいう通り、海外の、とくにイギリスなどではホテルでも接客をしてもらったらその時の感謝をチップという個人的に提供する金銭で表すというものがある。
だがそれはあくまで接客の時の場合だ。人助けなどにはそれは適用されないのだが、イギリスの文化に疎い康太がそんなことを知っているはずがない。
「いや・・・コータ・・・」
「いいっていいって。助かったのは本当なんだし何よりそれでも少ないくらいだと思ってるんだから。それでなんかほしいものでも買っとけ。もちろん親には内緒でな」
康太は快活な笑顔を浮かべながら口元に人差し指を一つ立てて見せる。
これ以上言ってもしょうがないと思ったのか、アリスは小さくため息を吐いた後で笑みを浮かべてしまう。
そして康太の方を見てから先程までとは違う、楽しそうな表情で手の中にあるポンド紙幣を眺めていた。
「そう・・・だな。好きなものでも買わせてもらおう・・・だがコータ、一つ忠告しておくぞ。もう身勝手かつ危ない行動はとらないことだ。運が良かったからいいものの、下手すれば大変なことになっていたぞ?」
「あー・・・それはもう身に染みたよ・・・もう勝手に出歩いたりしません・・・少なくとも旅行中はみんなと行動するようにするよ」
「・・・あぁ、それがいい・・・じゃあその土産のケーキを買うとするか」
「あぁ、頼むよ」
アリスを引き連れて会計と共に土産のケーキを入手した康太はその後アリスの案内により自分が宿泊していたホテルに戻ることができていた。
ようやく帰ってきたとホテルの前で感激している康太をよそにアリスは目を細めてそのホテルを眺めていた。
「ありがとなアリス。お前が居なかったら帰ってこられなかったよ」
「・・・それは何より・・・気まぐれに人助けをしてみるものだな・・・私も久々に楽しかったぞ」
アリスは康太と距離をとりこのまま帰るという事を言葉ではなく態度で示していた。康太はありがとなと声をかけるとアリスは歩を止めてほんの少しだけ康太の方を振り返る。
「コータ、もう一つだけ忠告しておく」
「ん?なんだ?」
「もし大変なことがあって、逃げたくなったら逃げても構わん。その時お前はきっと助かる。だから命を大切にしろ」
アリスの言葉の意味を康太は半分も理解できなかった。だがとりあえず子供がなんかそれっぽいことを言いたいのだなと思って聞き流すことにした。わかったよとありがとうという言葉をアリスに向け、少女の姿が見えなくなるまで康太は手を振っていた。




