イギリスという国で
イギリス時間で丁度昼になろうという頃、康太たちは奇妙な倦怠感を覚えていた。
日本時間で言えばまだ二十時くらいだというのに妙なだるさが体の中にあるのだ。
昼食を適当な店で食べながらその倦怠感を振り払おうとしているのだが、どうにもうまくいかない。
大抵の疲労感などは肉体強化の魔術を使った状態で大人しくしていれば取れるのだが、今回のそれはどうやら肉体的な疲労とは少し別種のようだった。
「これが時差ボケってやつなんですかね・・・?まだ全く寝てないのに」
「肉体感覚的にはすでに夜なのにまだ昼間・・・感覚と現実の違いのせいでちょっと体が影響を受けているのかもしれませんね」
人間の体というのは丈夫に見えて繊細だ。ほんの少しの変化によって影響を及ぼす。肉体強化を不完全な状態で発動したことのある康太とそれを意図的に作り出すことを得意としている真理はそのあたりを理解している。
だからこそこの体の変化が急激な環境の変化からくるものであるということに薄々勘付いていた。
「やはり急に移動したり行動すると多少辛いのかもね。今日はもう戻って休んだ方がいい。可能なら明日の六時頃には起きれるようにしておいてくれると助かる」
明日の六時という事は少なくとも十八時間の猶予があるという事だ。この間に体調を万全に整えておけという事だろう。
もっとも睡眠時間を六時間程度と考えてもあと十二時間は活動しておいた方がいいのかもしれない。変な時間に寝ると中途半端に体調がそのままになってしまう可能性がある。
寝る時間に合わせた行動と体調の調整。一言で言えばそこまで難しいことではないように思えるだろうがなかなか難しいことだ。
仮に寝る時間を考慮してイギリス時間で二十時になるまで活動した場合、日本時間で朝の六時まで活動するようなものだ。
ほぼ徹夜に近い生活を送った後で眠るというのは体調に大きな影響を及ぼす。
寝れば大抵なんとかなるというかもしれないが、体調を気遣うとなるとただ寝ればいいというわけでもないのである。
「とりあえず仮眠を含めて調整していきましょう。必要なら私がいろいろお手伝いしますから」
「そうですね・・・お願いします・・・こればっかりは初めてだもんで・・・」
康太たちは時差というものになれていない。もしかしたら真理もそうかもしれないが彼女は生態関係の魔術に精通している。体調を整えることができるような魔術もいくつか修得しているためこういう時には重宝する。
「じゃあ一度ホテルに戻ろうか。いろいろ渡すものもあるしね」
案内を終え、ベックに引き連れられて康太たちは再びホテルに戻ってくると彼から現地の通貨であるポンドを渡された。
大体今のポンドの価値は百九十円ほどが一ポンドだ。ある程度上下するために大体二百円が一ポンド程度だと考えておけば間違いではないだろう。
頭の中で価値換算をする必要があるが、ある程度まとまった金を得られたとなれば余裕も出てくるというものだ。
今回康太たちに渡された軍資金は全員分まとめて五百ポンド。日本円に換算して大体十万円だ。
数日過ごすだけの軍資金としては十分すぎる金額である。もちろん戦闘行動を行うことも考えてみるとそれほどたいした金額ではない。
本心から言えば銃なども仕入れることができればよかったのだが、日本の観光客が銃を買ったなんて法執行機関に知られれば必ず介入が入るだろう。それは可能な限り避けなければいけないために戦力となる武器の追加購入はできそうになかった。
そうなってくるとこの軍資金の使い道をどうするかという話になってくる。
移動費やちょっとした買い物程度であれば問題なくこなせるだけの金銭だ。この三日間を過ごすうえでは十分すぎる。
恐らく多めに渡しているのだろうなという事は康太たちもすぐに理解できた。
「さて、あとこっちから渡しておくのはこれだ。通訳の人にでも持たせておいてくれ」
そう言って渡してきたのは携帯電話だった。しかもかなりごつい。少なくとも康太たちがもっているような一般的な携帯電話ではない。
「ずいぶん大きいな・・・なんだよこれ」
「耐衝撃耐水、ついでにどんな場所でも電話がかけられる優れものだそうだ。いつもそばにいるってわけにもいかないから持たせておいてくれ。番号はもう入力してあるから」
つまり連絡要員として最低限の仕事をこなすために用意したのがこの携帯電話だという事だろう。
確かにベックだって他にやることがあるだろうから常に一緒というわけにはいかない。だが必要な時にいなくては連絡要員兼案内係として役に立たない。
だからこそ康太たちが必要な時はこれで呼び出してくれという事なのだろう。こちらの都合で呼び出すというのは申し訳ないように思うが、実際彼がいないとこのホテルの周り以外何処にも行けないのだ。仕方がないと割り切るほかない。
「とりあえずこっちから支給されてるものはこれで全部だ。明日までに体調を整えてくれればこっちとしては文句はないよ。あとは好きに過ごしてくれ」
「ありがとう。頑張って万全の状態になるように心がけるよ」
「そうしてくれ。明日の六時過ぎにまた来るから。用事があったら呼び出してくれ」
すでにやることはやったと言わんばかりに康太たちの部屋を後にするベックを見送ったあと、康太たちは小さくため息を吐く。
イギリスに来たという事実が大きく全員の肩にのしかかる。だが同時にそれは心躍るものでもあった。体に残る倦怠感と不法入国という事実さえなければ今すぐにでも街に出かけたいほどである。
「それじゃ早速体調を調整していきましょうか。それじゃみなさんとりあえず横になって目を閉じていただけますか?」
体調調整というと簡単だが実際には人間の感覚に作用する部分と疲労感などを抜くために魔術を使うためにできる限り外的要因がないことが好まれる。
まだ昼間という事もあって周囲は明るいが体の感覚を現地時間に合わせなければいけないのだ。
事前にそのあたりを調整しておくべきだったかなと思いながらも康太たちはとりあえずそれぞれのベッドに横になることにした。
「姉さん、今回はどんな魔術を使うんですか?」
「そうたいしたものではありませんよ。感覚を一時的に変化させたり体内時間の感覚を変化させたりする魔術です。一応は肉体強化に属している魔術ですけど、そう難しいものではありません」
そう言いながら真理は部屋のカーテンを閉め、可能な限り部屋を暗くするとそれぞれの体に触れた後で魔術を発動していた。
康太は言葉で説明されてもそれらがいかなる魔術かを知ることはできなかったが、徐々にではあるが体の感覚が変化していくのがわかる。
時々不快感を覚えることもあったが、体の中にあった疲労感や倦怠感、そして違和感などは少しずつ解消していっているような感覚がある。
簡単に説明していたがそれをやるのは恐らく至難の業だろう。真理はこういった生物に対する知識と対応は飛び抜けている。
師匠である小百合に生体破壊の技能を教わっただけはある。
破壊に精通する者は治療にも精通するという事だろう。伊達に長くあの傍若無人な師匠の下で技術を磨いてきたわけではないのだ。
「それではゆっくり深呼吸をしてください。そのまま寝てしまっても構いませんのでリラックスした状態でいてくださいね」
落ち着いた声一つをとっても誰かを安心させるための声であることがわかる。事実康太はゆっくりとリラックスできる状態にしていた。
さすがは我が兄弟子と康太は目を閉じながらゆっくりと深呼吸をする。どうせだからと康太は体の中の感覚を意識することにした。
疲労感や倦怠感は徐々に抜けてきている。感覚自体はまだ完全に戻っているとは言い難いがまだまだ時間はあるのだ。そう焦ることもないだろう。
「何か気になったことがあったら言ってくださいね、すぐに調整しますので」
「ありがとうございます・・・」
体の調子を整えるため他者と同調する類の魔術も使っているのだろうが、人間の感覚というのは人それぞれ微妙に違うものだ。
その為同調の魔術を使っていてもどうしても感じ取れないものというのは出てきてしまうのだ。
そう言う場合自己申告でどのような感覚があるかというのを報告するしかない。現に文などは自分の中にある感覚を一つ一つ把握したうえで真理に報告していた。その都度真理は魔術の調整をして文の体調を変化させていく。
熟練の魔術師とはあのような姿なのだろうなと、目をつぶった状態で淡々と報告をする文とそれを聞き届け調節する真理の姿を想像しながら康太も自分の中の体の調子を確認していく。
そんな中一つ気付いたことがある。康太の中にいるデビットの残滓が僅かにではあるがざわついているのだ。
一体何があったのか康太にはわからない。だが何かがあるのだろう。もしかしたらイギリスの地に再びやってきて少しテンションが上がっているのかもしれない。
今の状態のデビットにテンションが上がるという概念があるのかはさておき、少なくともマイナスの状態ではないことは間違いないだろう。
暴走の気配もなくただざわついているだけだ。そう言うものなのだろうなと思いながら康太がゆっくりと息を吐いていると、徐々に眠気が襲い掛かってくる。
このまま寝るのはまずいなと思いながらも、先程までの疲労感と倦怠感、そして目を閉じているというこの状況もあって康太はゆっくりと眠りの中にいざなわれてしまう。
昼寝というにはあまりにも遅い時間だ。イギリスの時間だとまだ十三時だが日本時間ならすでに二十一時。このまま朝まで寝てしまってもおかしくない。
というかこんな時間に眠くなるというのも珍しい話だった。普段なら深夜近くまで起きているのが当たり前だというのに。
やはり慣れない場所での活動は疲労感を倍増させるのだなと実感してしまっていた。
そんな寝ているのか寝ていないのか分からないまどろみの中で康太は夢を見ていた。
平和な光景だ。昔の夢だ。そしてそれは康太の夢ではなくデビットの夢だというのがすぐにわかった。
なにせそこにいたのは康太が忘れることのできない、デビットが忘れることのできるはずのない人々がいたのだから。
小さな村の穏やかな暮らし。そこにいる人たちの笑顔や他愛のない会話。一つ一つのことが暖かく、同時に自分の心を癒していくのがわかる。
これは真理の魔術によるものなのだろうか、それとも自分の体調が良くなり、なおかつリラックスしているのが原因だろうか。
もしくは康太の中でざわめいているデビットが見せているものなのだろうか。
どちらにせよ今の康太にはありがたいことだった。今まで考える事ばかりだったためにマイナスなイメージばかりを持っていたのだが、少し負担が軽減されていくようだった。
可能ならこの夢から覚めてほしくない。そう思えるほどに心地よく、康太は村人たちとの交流を夢の中で体感していた。
康太が目を覚ましたのは丁度日が傾き始めたころだった。イギリスの時間で十五時。日本時間でちょうど深夜の時間帯だ。
よくこんな時間に起きられたものだと感心しながら康太はゆっくりと体を起こす。するとどうだろう、先程まであったはずの疲労感や倦怠感と言ったものがかなり無くなっているのだ。
無論すべてなくなるというわけではないようだったが、そのあたりはこれから夜まで行動すれば丁度良い疲労感になってくれるだろう。これで体調の調整はほぼ万全になったという事だ。
さすが姉さんだと思いながら康太が部屋の中を見渡すと、全員がベッドで寝息を立てていた。
真理、文、倉敷、そして康太たちと一緒にやってきていた通訳の人も一様に眠っている。部屋の中で聞こえているのはそれぞれの息遣いだけだ。
恐らく康太と同じように昼寝、というか仮眠をとっている最中なのだろう。先程自分たちに魔術をかけていた真理も、自分自身に同じように魔術をかけたのかゆっくりと寝息を立てている。
さすがにこの状況で起こすのは忍びない。道具の整理でもしようと思ったのだが康太の所有している武器や道具は金属類も多くある。音などで起こしてしまう可能性がある。その為道具の整備もしない方がいいだろう。
かといってせっかくイギリスに来てなおかつ作戦開始まで時間があるというのに何もしないというのももったいない。
部屋に備え付けられているテレビを見ることもできない、部屋にある雑誌に目を通してもすべて英語で書かれているためにまともに読めない。これではただ時間を無駄にするだけだなと思った康太はとりあえず散歩に行くことにした。
先程ベックが案内してくれた道をもう一度あるくだけでも現地の調査にはなるだろう。無為に時間を過ごすよりはずっと有意義だと思い、康太は先程受け取った金の中からいくらか懐に入れ、適当なメモ帳に散歩に行くことと抜き取った金額を記入して静かに部屋から出ていった。
ホテルの鍵と金を持っていることを確認して康太はとりあえずイギリスの町を一人楽しむことにした。
無論最低限の装備は体に装着している。万が一強盗などにあっても問題なく対処することができるだろう。
十五時を過ぎた街並みは丁度日が傾きかけていることもあり昼に歩いたときに比べると全く別物に見えた。
色合いもそうだがそこにいる人々が大きく変化しているのだ。昼間は私服姿の女性が多かったのに対して今は男性の姿の方が多くみられる。
さらに言えば通りを走る車の量もだいぶ増えている。そう言えばイギリスはまだ金曜日だったのだなと思い出して康太は自分が今ここにいることに強い違和感を覚える。
普通の手段でイギリスに来ようとした場合、飛行機で十何時間もかかるのだ。その飛行機にかかる時間よって時差はほとんど打ち消されるのだが今回康太が移動したこの手段では時間をほとんど消費していない。
その為時差をそのまま体感することになる。普通金曜日の夕方に学校が終わってその場ですぐにイギリスに到着できるなんてことはあり得ない。
某猫型ロボットのどこでも行けるドアのようなとんでもない道具でもない限りは不可能だ。実際協会の門はあのドアの劣化版のようなものだろう。行ける場所が限定されているというだけでほぼ瞬時に移動が可能なのだから。
ただ散歩をするだけではもったいないと思い、康太は近くに出ている店を覗いてみることにした。
どうせここまで来たのだから何か土産が欲しいと思ったのだ。ベックの厚意のおかげで日本に送ることはできるのだから何かしら買っておいて損はないだろう。
小百合、エアリス、奏、幸彦、そして智代にも何か買っていってやりたい。あと今回世話になってしまった支部長にも何かしら土産を買っておいた方がいいなと考えながら康太は近くの店の中を物色していた。
とはいえそこは高校英語程度の知識しかない康太だ。店の人と会話などできるはずもなく、そこに書かれている説明などまともに読めるはずもなく、置かれている商品とそこに書かれた値札程度でしか判断できない。
実際に土産物として喜ばれるのは何だろうと思ってイギリスの名産についていろいろと考え始める。
有名なのは紅茶だろう。となると茶葉かティーカップセット当たりが無難だろうかと思い康太は店を移動していた。
茶の専門店というのがあるかはさておき、アンティークショップは先程案内されたときに見つけた記憶がある。その記憶を頼りに康太は移動し狙い通り店を発見した。
当たり前というべきかこういうティーカップのセンスというものは康太は皆無だ。
なにせ普段小百合の店で飲んでいるのは大抵緑茶や麦茶、しかも使っているのはティーカップなどではなく湯のみなのだ。
心の底から日本人であり、紅茶というものをあまり飲まない康太にとってこういったものの良し悪しというものは判別できないのだ。
どれも同じように見えてしまうのである。
セットで売られているというものもあればカップだけ売っているものもある。そしてそれに付け加えるようなのか追加して別の道具まである始末だ。
こういう時に文がいると説明とかしてくれるのだろうなと、連れてこなかったことを若干悔やみながら店の中を物色し続ける。
そしていくつかの店を経由して康太はここでようやく気付く。自分が今どこにいるのかわからなくなってしまったと。
そのことに気付いた康太の行動は早かった。まずは自分の今いる位置を確認しようとし、自分がこれからどこに向かえばいいのかを確認することにした。
現状もっとも確認しなければいけないのは現在位置だ。そして現在位置がわかるような地図、あるいは標識を見つけようと康太は周囲の建物を見渡した。
街であるならどこかしらに地図があるはず。そして道路があるからには何かしらの標識があるはず。そう考えた康太はまず第一に標識を見ようとした。
一応康太はバイクの免許を持っている。ある程度の標識だったら読み取ることができるだろうと高をくくっていたのだがその予想は大きく裏切られる。
当然、ここはイギリスだ。そこにある標識もそこに記されている文字も全て日本のものとは違う。
日本の免許を持っていてもイギリスの道路交通法に則って提示されている標識や文字を読めるようになるわけではない。
そこまで理解したところで康太は標識による現在位置の確認をあきらめた。次に康太はこの辺りの地図を見ようとした。大抵大きな街の一角には現在位置を示す地図が配置してあるはずだ。
適当に動くというのはさらに迷子になるリスクを伴うが、現在位置を知るためには仕方のない行動だ。
とりあえず大きな通りに出て一定方向に歩き続けていれば問題ないだろう。必ず日本にもあるような地図があるはずだと康太は意気込んで歩き始めた。
この時康太は気づくべきだったのだ。ここは自分のいた国ではなくて、自分の常識が通用するような場所ではないと。
確かにイギリスの大きな街には所々に地図が置かれている。見やすいように配置されているのだがそれは日本のそれとは形が大きく異なる。
康太は二本の柱に支えられた大きな地図をイメージしてそれを探していた。だがイギリスにある地図はそう言ったものではない。一種のオブジェのように形作られた柱のようなものに地図が貼り付けられているのだ。
遠目で見ればただのオブジェのようなそれは、あちこちに視線を動かして地図を探している康太の目には止まらなかった。
自分が迷子になっているという焦りもあったのだろう。本来だったら見逃さないであろう物を簡単に見逃してしまっていた。
数十分あるいてなお、康太は地図を見つけることができなかった。すでに町の中心部を大きく通り過ぎている。ここは引き返すべきだろうと思い康太は来た道を戻ろうとする中でもう一つとれる手段を思いつく。
そう、現代における文明の利器とも呼べる携帯電話だ。康太の使う携帯電話には当然マップ機能などが備わっている。それを使えばこんな苦難など何でもないということに気付いたのだ。
自分が迷子になって焦ってしまっていた。少し冷静に考えればすぐに思い出せたことだろうにと康太は自らの間抜けさ加減に苦笑しながら自分の携帯を起動する。
そこに表示されたのは圏外の表示だった。
何度か電源を入れなおしてみてもそこに表示されるのは圏外の表示のみ。インターネットにつながっていないあるいは電波が繋がっていないという状況になってしまっているのだ。
康太はこの時知らないのだが、携帯によっては海外に持っていくと圏外になってしまうものがある。最近の携帯であれば事前に幾つかの設定アプリなどをあらかじめダウンロードし、なおかつ設定などをすれば海外でも問題なく使用可能な機種も多いのだが、生憎海外に行ったことがない康太はそんなこと知りもしなかった。
どうやっても圏外以外の表示が出ない状況に、先程まで収まっていた冷や汗がどっと噴き出ていた。
これはまずい。本気で康太は焦っていた。
文明の利器である携帯電話が使えないという状況によって危機的状況に陥ってしまったのだ。
頭の中でどうするという単語を呪文のように唱える康太。もはや処理能力は平時の半分以下に落ち込んでしまっている。こんな状況でまともな対応策が思いつくはずもない。
異国で言葉も通じない。携帯も使えないし地図も見当たらない。自分が今どこにいるのかすら全く分からない。
地図に関しては康太が見逃してしまっているだけなのだがそのあたりはもはや仕方のないことだろう。
あまりにも追い詰められた状況に涙さえ浮かべてしまいそうになる。だがここで泣いたところで何が変わるわけでもない。康太は男の子なのだ、簡単に涙を見せるようなことがあってはならないのだとなけなしのプライドを奮い立たせて何とかこの現状を覆さなければと一歩踏み出す。
とりあえず来た道を戻り、自分が迷子になったと思わしき場所に戻ることにした。
あの場所で迷子になったと認識したのだからあのあたりならまだ自分の宿泊するホテルの場所に近いはずだ。
最悪その場所で魔力を放出して文や真理に気付いてもらうしかないだろう。
そんな中康太の中にいるデビットの残滓がほんのわずかにざわめく。
そう言えばこいつはイギリス出身のくせにこういう時に何か役に立ってくれないのかと康太は内心ため息を吐きながら周囲の状況を見渡す。
そして康太は戻ってきたつもりだった。自分が迷子になったであろう場所に。
だがそこは康太が迷子になったであろう場所とは大きく異なっていた。見慣れない風景に土地勘のなさ、そして視点が変わったことによる建築物の構造の変化。そして迷子になったことによる焦り。これらがすべて合わさって康太はものの見事にさらに迷子になっていくことになった。
日曜日、そして誤字報告を十件分受けたので合計四回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです
 




