情報共有
「・・・目の下がクマだらけなのは一応頑張ってたってことなのかしら?」
「おうよ・・・ほぼ寝ずに資料読みふけってたからな・・・」
次の日、康太は文と倉敷を小百合の店に呼び出していた。
学校の中でも康太の様子は見てとれたのだがこうしてゆっくりと観察してみると目の下のクマが酷いことがわかる。
時間がないとはいえ徹夜で資料を読み漁るあたりかなり徹底して情報収集しているということがうかがえる。
既に段ボール一個の資料全てに目を通しており、戦闘時におけるアリシア・メリノスの行動に関しては多少にではあるが知識として頭の中に入れることができていた。
「それで、この女がターゲットなわけだ・・・アリシア・メリノス・・・年齢不詳・・・人間かどうかも不明。けど体はあるんだな?」
「一応な・・・全部魔術で細工とかしてたらどうしようもないけど普通に肉体そのものはあるっぽい」
「体があるなら殺すこともできそうね。それで?この資料を読むのを手伝わせるために呼んだの?」
「いや、これを渡すためだ。ダンボール一つ目の資料の大まかな概要を箇条書きにしてまとめておいた。確定情報だけだから抜けてるところもあるけどそのあたりは許してくれ」
そう言って康太は二人に紙の束を渡す。それは康太が読み続けた資料の中からアリシア・メリノスの特徴をとにかく箇条書きで記したものだった。
読み込むだけではなくそこに記されている情報をまとめていたからこそ徹夜状態での作業となったのだ。読むだけだと眠りそうになってしまったからというのも理由の一つだがそのあたりはおいておくことにする。
「とりあえずその情報を頭に入れた状態で一つ目の段ボールの中身を読んでみてくれ。俺は二つ目の段ボールから読んどくから」
「それはいいけど・・・あんた少し寝たほうがいいんじゃないの?さすがにその様子だと今にも倒れそうよ?」
「いや時間ないし・・・早いところ情報共有して対策とか話し合いとかしたいからさ・・・できる事なら早めに読んだ方が」
そういいかけていた時後ろから笑顔の真理が現れ康太の頭を小さく叩く。康太自身叩かれたことを認識できていたかも危うい。それほど瞬間的に康太は眠りについてしまった。
「効率よく作業を行うためには適度に休憩をとらなければいけません。休むように言っておいたはずですが・・・どうも今回は少し気負いすぎているかもしれませんね」
「こいつ自身に来た依頼っていうのもあって、ちょっと神経質になってるのかもですね・・・相手が相手だからっているのもあるかもしれませんけど・・・どちらにせよグッジョブです。放置してたら倒れるまで働いてそうでしたから」
康太を座布団と自分の着ていた上着で作った簡素な寝床に横たわらせると真理は二つ目の段ボールに手を伸ばした。
「ここからは私が代わりましょう。昨日のうちにある程度読んでいますから簡略資料を作るのもそこまで時間がかからないでしょうし」
「お願いします。一つ目が読み終わったら私たちは三つ目に取り掛かりますよ」
「そうですね。康太君の負担は限りなく減らした方がいいでしょうから」
そう言ってちらりと康太の方を見ると、康太は眉間にしわを寄せながら何やらうなっている。あまり良い夢は見られていないようだった。
夢見を良くするような魔術があればよいのだが、生憎とそう言った魔術には心当たりがなかった。
休むときくらいは心身ともに休んだ方がいいというのにそれができないあたり不憫な性格をしている。
いや性格だけではない何か別の要因があるのかもわからないが。
「でもこの資料だけでも相当面倒そうな相手だな・・・っていうか本当に勝てるのかも怪しいレベルですよ?」
「確かにそれは否定しません・・・ですが今回の依頼は討伐ではなく無力化です。やりようによってはそれは不可能ではありません。無論難易度が果てしなく高いのも否定しませんが」
「討伐ではなく無力化・・・なんかこの言い回しだと失敗した後の言い訳みたいに聞こえるわね・・・目標って一応は魔術協会の所属になってるみたいだし・・・失敗した場合の事も考えて言葉を選んでるってところかしら」
今回の相手であるアリシア・メリノスは封印指定としてその名を刻まれてはいるが、協会立ち上げの頃からメンバーに加わっている所謂最古参の魔術協会の一員なのだ。
本来ならば幹部になってもおかしくない功績も収めているのだが、そのあたりは本人の意志なのか封印指定になってしまったが故なのか、ただの一魔術師という立場を一貫して維持している。
だからこそ本部の上層部は彼女の存在を煙たく感じているのだろう。本気を出せば魔術協会内の誰よりも強いにもかかわらず一魔術師として安穏と暮らしている。
下手な行動をとれば妙なことをする可能性があるために目の上のたん瘤となってしまっているのは間違いない。
だからこそ失敗した時のための保険として討伐や殺害ではなく無力化という、一見平和主義に近い方法をとろうとしているのだ。
もちろん彼らからすれば今のうちに、というかできる限り早く始末しておきたいというのが本音なのだろう。
堂々とそう言うことができないのだからなかなかに大人の世界というものの難しさを実感してしまう。
文はすでに箇条書きにされた目標の特徴を読みながらどのようにして無力化するかを考え始めていた。
ちょっと私用で五月十四日まで予約投稿します
反応が遅れるかもしれませんがご了承ください
これからもお楽しみいただければ幸いです




