吸血鬼の伝承
吸血鬼と言われて一番に思い出すものと言えば先程倉敷も挙げた『吸血鬼ドラキュラ』が有名だろう。ブラム・ストーカーの書いた吸血鬼を主人公とした小説だ。
この作品が有名になったからこそ、今日本にも定着している吸血鬼のイメージが所謂伯爵っぽいものになったと言っても過言ではないだろう。
そしてこの吸血鬼の物語に出てくる特徴、所謂ニンニクに弱い、太陽光を浴びると死ぬ、流水を渡ることができない等々、いくつも存在する特徴は元をたどれば作者であるブラム・ストーカーが読んだとある作品に酷似している。
それが先程康太のいった『カーミラ』という作品だ。要するにブラム・ストーカーの書いた吸血鬼は『カーミラ』をもとに作られた、いや模倣されたものだと言ってもいいだろう。
創作をもとに創作する。良くも悪くも吸血鬼ドラキュラの方が有名かつ人気の作品になったために吸血鬼ドラキュラが吸血鬼の原典のように思われるかもしれないがそんなことはないのである。
そのことを話し終えると文と倉敷はなるほどなと感心しながらも疑問を一つ増やす。
「じゃあそのカーミラだっけ?その小説の中にある吸血鬼の特徴は一体どこから出てきたの?それも完全オリジナルってこと?」
「いやそうでもない。カーミラを書いた人・・・シェリダンっていう人なんだけど、その人は所謂民間伝承をもとに吸血鬼の特徴を作ったらしい。正確に言えばありとあらゆる民間伝承を寄せ集めたって感じかな」
「なんだそりゃ・・・じゃあそのシェリダンってのも結局は創作物を使って創作してたってことか?」
そう言うことになるなと康太は眉を顰める。仮面をつけているためにその表情は二人には見えないが、今まで自分たちが頭の中に思い浮かべていた吸血鬼という存在が完全な人の創作物だったということに対して少しがっかりしているようだった。
だがこの事実があったとしても吸血鬼が空想の存在であり実際にこの世界には存在しないという理由にはならないだろう。
「じゃあその民間伝承ってのはどこから来たの?その中に一つは本物の吸血鬼の話とかがあっても不思議はないんじゃない?」
「まぁそうなんだけど・・・少なくとも俺の中ではほぼないと思ってるんだよな・・・ていうかもしいた場合調べても全く意味がないってことになる。なんせ今吸血鬼として知られてる特徴のほとんどが人の創作と妄想なんだぞ?」
「・・・それってニンニクだったり太陽光だったり杭を心臓に打ち込むと死ぬとかそういうの?」
「そうそう。血を吸うっていうのもほぼほぼ妄想っぽかったしな」
吸血鬼という言葉があるにもかかわらず血を吸うという特徴が人の妄想という話になってくるとそれはもはや吸血鬼ではないのではないかと思えてならない。
だが康太もしっかりと調べて来ただけにこの考えを間違いであると訂正するつもりはないようだった。
「なんか納得いかないけど・・・一つずつ説明してくれる?まず血を吸う特徴について。これは何で妄想だって言えるの?」
「そもそも民間伝承でも実際に誰かが血を吸われている現場を見たって証言はないんだ。あるのは埋葬された死体を掘り返してみたら死体が丸々太っていて口から血を流していて、杭でついてみたら大量に血が噴き出してきたってくらいか」
「ん?何で死体が口から血を流してるんだ?ていうか死体が丸々太るってどういうことだよ・・・ていうかそれ結構えぐい話だな」
死体が血を流すのは当然かもしれないが、それがすでに埋葬された遺体となると話は別になる。
そして倉敷が疑問を抱いたのも当然だ。これは順を追って話していかなければ話がこんがらがるなと気づき、康太は一つ一つ話を繋げていくことにした。
「まず、吸血鬼っていう民間伝承が本格的に出てきたのはかなり前だ。丁度大量の死人が出てきた辺りだから・・・伝染病とかが流行った時期だな。十四世紀ごろか・・・その時代は土葬と棺桶葬の割合が大体半分半分だったらしい」
「あぁ、そう言えばキリスト教って基本的に土葬だったわね・・・なるほど、さっきの意味がようやく分かったわ」
「え?なにどういうこと?」
倉敷は話についていけずに視線を康太と文の両方を行き来させる。これしか話していないというのに話の内容を察してしまう文はさすがというべきだろう。
「生き物の死体ってさ、当たり前だけど腐るよな?棺桶に入れた状態と土にそのまま入れた状態、どっちの方が腐りやすいと思う?」
「そりゃ土の中にそのままの方が腐るだろ」
「そして生き物、腐るとね体の中からガスが発生するのよ。正確には体の中にいる菌が原因なんだけどそのあたりは割愛するわ・・・腐りやすい土の中で体内にガスがたまり、まるで太ってるように見えるわけよ」
「しかも体の内側から膨れていくわけだから肉が裂けたり骨が砕けたりするわけだ。どっかしらの内臓を傷つけて出てきた血が圧力によって口から出てくる・・・当時の人間から見ればびっくりしただろうな」
「・・・それはわかったけど・・・何でそれが吸血鬼がどうのこうのって話に繋がるんだよ」
確かにこれだけ聞けばいつの間にか死体が太っていてなおかつ大きく損傷していた程度の話になるだろう。
だが話はそう簡単にはいかないのだ。簡単にいかないというよりは更に面倒な事情が加わると言ったほうがいい。
今では考えられないような常識と感性、そして世情によって幾重にも重なった結果が吸血鬼なのである。




