接触
電撃が放たれると同時に康太は持っていた椅子を投擲していた。
椅子は光球のいくつかに触れ電撃を誘発させる。そしてライリーベルから放たれた電撃を受けながら落下してきた蛍光灯や倒れて来た扉などにぶつかって激しく音を鳴らしながら床に落ちていく。
そんな中康太は走った。倒れた扉などを足場にし光球を避けながら最短の道を駆け抜ける。
先程よりも圧倒的に速いその速度にライリーベルは動揺しながらも再び電撃を放とうとその体に電撃を纏い始めるがすでに遅い。康太は自分の射程距離に入っている。
着ていた外套を目くらまし代わりに投げつけると、康太は木刀を振りかぶった。
その動作をライリーベルはしっかりと見ていた。まるで野球のスイングのように横薙で振るわれる一撃、魔術を発動しながらも斜め後方に向けて回避行動をとる。ギリギリだが十分に間に合う。
そう、間に合うはずだった。
だが衝撃は唐突に真上から降り注いだ。
蛍光灯が落ちてきたような衝撃ではない。まるで、いや木刀で殴られたのではないかという強烈な痛みだった。
動作を見誤ったのか。そんなことを考える暇もなく、殴られたと意識した瞬間に先程見た通り康太の木刀が横薙に彼女に襲い掛かった。
被弾したのは肩と脇腹。どちらも鈍い打撃による痛みを訴えている。だが疑問があった。
肩を殴られたときと、脇腹を殴られたときの時間の間隔が短すぎたのだ。一呼吸もない間に二撃、まさかもう一本木刀を隠し持っていたのではと思えるほどの速度と痛みだった。
だがその考えをまとめるよりも早く何かが自分の服を掴んでいるのに気付いた。
「ようやく捕まえた・・・!」
その声は康太の声だった。目隠しになっている外套の向こう側でライリーベルの服を掴んでいるのがわかる。
「悪く思うなよ!」
康太の拳が腹部にめり込むと同時にそれは起こった。
殴られた箇所は一発では無い。二発三発、具体的には腹部に加え顔、肩、腕などが『ほぼ同時』に殴られていた。
自分の服を掴んでいるのだ、相手の腕は一本、この短い時間に殴れる所など一カ所が限界のはずなのに、複数個所同時に殴られたことで彼女はようやく理解した。
これこそ康太の所有する魔術であると。
どういう理屈かは未だ理解できないが、明らかにこちらへの攻撃の際、タイミング的にも『本来できないはずの攻撃』が含まれている。
そしてその動作と康太の攻撃がほぼシンクロしていることから、その動作を複製するような魔術であると認識していた。
康太が執拗なまでに接近しようとしてきたのは、これを当てるため。つまりは射程距離はほぼ肉弾戦のそれと変わらないということがわかる。
近づかせてはいけなかった。だが近づかれたうえに衣服まで掴まれている。すでに完全に自分は捕まえられてしまっているのだ。
康太としてはようやくこの状況に追い込めたことでもう逃がすつもりはなかった。片手で完全に掴み、もはやその手を離すつもりはない。
女性を殴るのは気が引けるが、戦闘不能になるまで思い切り殴り続けるつもりだった。そうでもしない限り自分が消し炭にされるのは目に見えている。
ここで逃がしたら負けてしまう。ここで逃げなければ負ける。
互いの感情が交錯する中、両者は同時に動いていた。
康太は再び拳を振り上げその体を打ち据えようとする。対してライリーベルは痛みを覚えながらも意識を集中し、魔術を発動した。
自分の体の周りに電撃を発現させると、康太はその体をほんの一瞬痺れさせてしまう。そしてほぼゼロ距離にいたライリーベルにも同じことが起こっていた。
両者の体を電撃が走り、強烈な痛みと痺れを全身に引き起こしていた。
相打ち
二人同時に同じ魔術を身に受けたことで両者にダメージが入る。このままどちらの耐久力が優れているかを競ってもよかったが、そんな博打を撃つつもりは毛頭なかった。
ほんの一瞬硬直する中、康太は服を掴んでいた手をほんのわずかに緩めてしまう。電気というのは人間の筋肉に直接作用する。相打ちに近い状況であるために加減はしただろうが、康太の体の自由を一瞬奪うには十分すぎる攻撃だった。
そしてその隙を見過ごすほどライリーベルはバカではなかった。
体は動かないが意識は動かせる。彼女は意識を加速させ魔術を発動する。
彼女の体を中心に吹き荒れる風は康太の体をやや後方へと押し運ぶ。ほんのわずかに硬直してしまっていたために反応することも堪えることもできず康太はバランスを崩しながらライリーベルとの距離を開いてしまっていた。
ようやく距離ができた
それを見計らっていたかのように、ライリーベルは康太が外した窓から跳躍し、風を纏いながら高度を維持して再び渡り廊下の向こう側の校舎へと逃げていく。
緊急回避に一時避難。
およそ華麗とは言えない退避行動だったが、彼女の思う通りに逃げられてしまった。康太からすれば絶好のチャンスだったにもかかわらずだ。
だが相手のあの行動は康太としても予想外だった。まさか自分の体に電撃を流してでも康太から離れようとするとは。
だがあの行動は間違っていない、あのまま康太に掴まれていたら確実にタコ殴りにされていたのだから。肉を切らせて骨を断つとはこういうことを言うのだろうか。いや今回の場合は少し状況が違う。
そんなことを考えながら康太は痺れた体が元に戻ったのを確認して再び校舎の向こう側へと向かうことにした。また振り出しになったと舌打ちしながら。