相手の警戒度合い
「とりあえず今お前がするべきなのは戦闘の準備とこれから行う本部との交渉だ。まず間違いなく依頼を受けることになったら本部に召集される。依頼主と直接会うことになるだろうな」
「依頼主って・・・今回の場合協会本部そのものですか?」
「そうなるだろうが・・・たぶん本部の上層部連中と会うことになると思うぞ。お前の待遇をどうしようか考えている連中だな」
今回の依頼主というのが正確かどうかはわからないが、実際に会って話して状況を正確に把握、なおかつ依頼の内容を話すためには協会本部の上層部と会わなければいけないだろう。
特に康太のことを敵視している者たち、そして康太のことを敵視していない者たち、どれだけの人間がどちらの勢力に傾いているのかは康太も正確に把握していない。
もし上層部の人間が一堂に会するというのならこれはある意味チャンスでもある。
小百合が利があると言ったのは依頼を受ける結果だけではなく、依頼を受けたことによる過程にも存在しているのだという事を康太は勘付いていた。
言葉は通じないかもしれないがそれでもあっておいて損はない。特に康太のことを正確に把握していないのであれば把握させるだけの事だ。
「向こうに利用価値があると思わせるだけでも収穫ですね」
「そうだな。同時に脅威ではないと思わせることも必要だ・・・いや脅威であると思わせることも必要だろうが・・・」
「軽視されると当然それだけ扱いも軽くなりますからね。一番いいのは腫れもの扱いされることです。敵視もしない代わりに可能な限り関わりたくない。そう言う風に思われると敵はできにくく、実情を知らせれば味方を作りやすいですよ」
今まで小百合というマイナスポイントを抱えていながらも協会内での立場を確立した真理が言うと説得力が違う。
脅威ではないと判断され、取るに足らない存在だと判断されれば当然康太の内包しているDの慟哭の関係ですぐに始末されかねない。
脅威であると判断され、かなり危険な相手である存在だと判断されれば当然その分敵も多くなってしまう。徒党を組んで康太を討伐するなんて話にもなりかねない。
要はさじ加減の問題なのだが、ある程度の脅威を意識させ、同時に望んで関わろうとする人間がいなくなるようなマイナスイメージを持たせると良いという事である。
それなり以上に難易度は高そうだが、康太の持つ交渉術に加えDの慟哭というカードがこちらにはある。それを上手く使えば不可能ではないだろう。
無論可能にするにはだいぶ苦労するかもしれないが。
幸いにして日本支部の中では康太の評価はそれなりに高い。先日の奏の依頼の一件のおかげで康太の持つDの慟哭が康太の制御下にあるという事はすでに判明している。
もっともそれも今のうちの話であってこれからどうなるかがわからない以上警戒はしている。
封印指定を解決し、なおかつその力を一部ではあるが操る魔術師。二月から魔術師として活動を始めたとはいえいくつかの事件を解決してきた実績から見て、客観的に康太のことを良く知らない魔術師からすればその実力は一定以上あると判断されるだろう。
さらに言えば最近四法都連盟との関係も臭わせ始めている。どの程度の関係性なのかを知るものは少ないだろうが、協力関係にあるようなニュアンスの発言を土御門の家の連絡員から伝えられている。
そしてその周りにいるのは師匠である小百合を始め、お世辞にも関わりたいとは思えない魔術師ばかり。
敵にするには少々面倒で、味方にしようとするには少し度胸がいる。まさに触らぬ神に祟りなし状態の腫れもの扱いという事だ。
そう言った印象を本部の中にも、特に上層部の人間に植えつければ今回の依頼は康太にとって成功だと言えるだろう。
「向こうに条件を出すうえでそのあたりを考えなければいけませんね・・・特に今回の依頼を安全にこなせるような条件も考えないと」
「そうだな。相手の思惑自体はすでに判明しているんだ。それをあえて向こうに全て教えてやるというのもいいかもしれないぞ」
「教えるって・・・こいつの性能ってことですか?いろいろ危うくないですか?」
体からデビットの残滓を湧き出させると同時に康太は怪訝な表情をする。相手が知りたがっていることをすべて教えたらそれこそ軽視されてしまうのではないかと思うのだ。
現状康太がわかることなどデビットの思惑と自分が使えるDの慟哭の性能くらいのものだ。それ以上の事は教えようとしても教えられない。
「お前は知らんだろうがな、本部の人間はその魔術にだいぶ畏怖の念を感じているんだ。実際に多くの人間が死んでいるというのもあるし、何より何百年も解決できなかった謎の魔術。お前が思っている以上に、その魔術は重要で今回の件の鍵にもなっているんだよ」
デビットの出身がイギリスだという事もあってか、イギリスにある本部の魔術師はこのDの慟哭という魔術を必要以上に恐れている傾向があるらしい。
恐れるとまで行かなくとも強く意識しているものがほとんどだ。そんな中それを解決しなおかつ操ることができる魔術師が現れた。
必要以上に警戒し、危険視し、同時に何とか利用できないかと考えるのも無理からぬことだろう。
「相手の意図をくみ取ったうえで、なおかつ相手に脅威を感じさせ、同時にすぐに討伐しなくてもよいと思わせる程度の認識を与えればいい。その為にお前が取れる手段は限られている。そのあたりをよく考えることだ」
「わかりました・・・ちょっと考えておきます」
今回の依頼は康太に直接来た依頼だ。小百合や真理もアドバイスはするが答えを簡単に教えるようなことはしない。まずは康太が考え、その上で答えを聞きその訂正などをする。
指導というのは何でもかんでも答えを教えればいいというものではないのだ。小百合はそのあたりを正しく理解している。
「へぇ・・・そんな面倒なことになってたんだ」
「あぁそうなんだよ・・・受けることは決まってるんだけど条件をどう出したもんか悩んでてな・・・」
翌日、康太はエアリスの修業場に向かい属性魔術の練習をしながら悩んでいた。
同盟相手である文には今回の件を正直に話しておいた。可能なら意見を求めたかったのだ。
文は客観的な意見を出すことができるだろうと踏んでの判断である。
もちろん他にもいろいろ考えはある。
「それを話すってことは、もちろん巻き込む気満々なのよね?」
「おうともよ。今回も一緒に来てもらうぞ」
文に同行してもらう。それが文に全てを話した理由の一つだ。同盟相手として、魔術師として、なおかつ信頼できる相手として文の存在は大きい。
いるといないとでは天と地ほどの差があるだろう。条件に自分一人ではなく同行者に関しての事柄も付け足しておくべきだなと康太は考えを進めていた。
「・・・わかってたけどあんたって私なら巻き込んでいいみたいに思ってるわよね?」
「何言ってるんだ。同盟相手として信頼してるからこそ巻き込んでるんだよ。今回行くのって敵地みたいなもんだぞ?信頼できる人間がいるかいないかで状況は全然違う。ていうかお前だって俺を巻き込んでいいんだぞ?」
どんどん俺に面倒事もってこいよと康太は渾身のドヤ顔をしているが、文はそれを見て大きくため息を吐く。
「あんたみたいにそう簡単に面倒に巻き込まれるなんてないわよ。でも確かに私ばっか巻き込まれるのはちょっと癪ね・・・なんかあったら頼むわ」
「おうよ、頼りにしてくれ」
康太は自分の胸を叩いて頼りになることをアピールしているが、康太が魔術師としてできる事と言えば破壊行為くらいのものだ。
護衛程度の事しかできないために康太が役に立つ状況というと荒事しか思い浮かばない。そう言った危険な面倒事に巻き込まれる予定はないために康太を頼りにできる状況というのはかなり限られているように思えた。
もっともそう言った予定がないだけでこれからそう言うことになる可能性もある。今後の康太の成長と自分の不運に期待するほかない。不運に期待するというのもおかしな話だが。
「それで?あんたとしてはどういう条件を向こうに出すつもりなの?」
「ん・・・一応こいつの性能を見せようと思う。いろいろとそれっぽいこと言ってその上層部の人間の前でこいつを使ってみようと思ってるんだ」
「それっぽいことって・・・例えば?」
「えと・・・こいつはもともとイギリス出身の魔術師が作った魔術、日本では今のところ問題なく使えているけどイギリスという国で同じように使えるか試したい・・・とかそんな感じ」
康太の考えている中ではこれが一番まともな嘘だった。いや正確にはこれは嘘ではない。康太自身イギリスという国でDの慟哭を操れるか確証はなかったのだ。
もしかしたら自分の生まれ故郷に戻ってきたことでデビットのテンションが上がってしまい上手く操れない可能性だってある。
相手がDの慟哭の性能を見たく、同時にそれが件の生物に効くかどうかを試したいと考えている以上、操作性の問題は早めに解決しておく必要があるだろう。
もしうまく操作できずに依頼そのものがキャンセルされたのならそれはそれで好都合だ。相手に対して脅威を抱かせ、同時にイギリス本土にいれなければ問題がないという情報を与えることで腫れもの扱いされることができる。
康太がこれからの人生でイギリスに行くことが難しくなるが、正直イギリスに旅行に行きたいという考えは持ったことがないし将来的に住みたいとも思っていないためにそこまで問題ではない。
「へぇ・・・あんたにしてはそれらしくまともね。確かに国によってマナとかの性質は微妙に違ってくるから、同じ魔術でも同じように発動できないことはあることよ。それなら確かに試すことくらいはできるかもね・・・上層部の人間の目の前でできるかはわからないけど」
「そこなんだよな・・・可能なら上層部の人間の目の前でちょっとオーバーアクション含めて見せてやりたいんだけど・・・前提からして警戒されてそうなんだよなぁ・・・」
小百合の言葉を借りると、本部の魔術師はこのDの慟哭という魔術、封印指定百七十二号に対してかなり強い警戒心と畏怖の感情を抱いている。
例え魔術師の制御下に入ったとしても、まだ確証がない以上目の前で見せるという条件に乗ってくるとは思えない。
恐らくだが代理人、あるいは離れた場所での発動や間接的な情報のやり取りを望む可能性が高い。
そうなってくると康太の思惑であるDの慟哭の脅威レベルの変更が行えない可能性が十分にある。
「でも目の前で危険ではあるにしろそう言った魔術を見ることができるっていうのは魔術師としては魅力的ね。私だったら危険を承知で見に行くかも・・・特に本部の人間はその魔術を警戒してるんでしょ?なら直接見ようとする魔術師も少なくないはずよ」
「まぁこっちの手の内晒すわけだしな・・・向こうとしちゃ見たいだろうけど・・・そんなにうまくいくか?」
「上層部の中にもいくつか意見があるのよね?あんたを利用するか排除するかで割れている。その状況から察するにどちらかの勢力の魔術師があんたの魔術の実演を直接見るようなそぶりを見せれば、もう片方の勢力も同じように見に来るわ。組織間での分裂ってそう言うものよ」
全員が見に来るとは思えないけどねと文は付け足すが、康太はその言葉に妙な説得力を感じていた。
やはりこういう時に文の意見は貴重だ。自分では思いつかなかった内容の意見が出てくる。こういう時の相談相手として最適な人間だと再認識していた。
評価者人数が175人突破したのでお祝い二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




