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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十一話「血の契約と口約束」

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彼らの目的

「私は魔術協会本部の魔術師『ヘンプ・ドート』だ。今日は来てくれてありがとう」


通訳を介しての会話というのは初めてであるために康太としてもどういう反応をしたらいいものか悩んでいた。


通訳は基本的にリップサービスというものを行うものだと聞いたことがある。ある程度相手に不快感を与えないように言葉を選ぶという技法だ。


相手が高圧的な態度や物言いをしていたとしても通訳が丁寧な翻訳をすればそんなものは無いに等しい。


相手の本音がわかりにくいという意味では非常にやりにくい。


だからこそ康太はそうですかと一言告げて相手が本題を切り出すのを待っていた。こちらから余計な言葉を出して無為に状況を悪くする必要はないと感じたのだ。


そして相手も同じようなことを考えているのだろうか、言葉を止めたことでこの部屋の中に十数秒程度の静寂が訪れる。


誰かが口を開くのを待っているのか、状況の変化を待っているのか、どちらにしろ相手が切り出してくれない限り康太と真理は口を開くつもりはなかった。


「そちらから呼び出したんだ、早く本題に入ってくれないか?お望みの私の弟子が来たんだ。さっさと終わらせてくれ」


これでも私含め多忙なんだと告げて小百合は大きくため息を吐く。さすがは小百合だ。相手が本部の人間でもそのふてぶてしさを隠そうともしない。


さすがに攻撃的になることはないが相手に対しての配慮というものがほとんどない。


だが今の発言は康太たちからすればかなりいい布石になった。これでもし仮に依頼を断る文言を言う時でも忙しいという言葉から繋げて支部長からの依頼の件を切り出すことができる。


通訳がどの程度翻訳しているかは不明だが状況は一つ前に進んだとみていいだろう。


「私達はそちらのブライトビーに協会本部から依頼を持ってきた。君にはこちらの依頼を受けてほしいのだ」


「・・・本部から?俺に?何で?」


まるで初めて聞いたかのような声音と反応で首をかしげる。こちらが情報を全く持っていないという風に相手に知らしめることでさらに情報を得ることができるかもしれない。


「君はとても優秀な魔術師であると認識している。二月に魔術師として登録されてから一年も経過していないにもかかわらず関わった事件は皆解決。その中に封印指定百七十二号も含まれている。だからこそ、本部は君に白羽の矢を立てた」


今の言葉で康太は眉をひそめた。康太が二月に魔術師として登録したことを知っているという事はある程度康太のことを調べているのだろう。


登録した日などは調べればすぐにわかることだ。そして康太が関わってきた魔術は大抵協会の掲示板に張り出されてきた。


恐らく康太が魔術師として登録されてから今日までの活動内容をすべて調べ上げたうえでここにきているのだろう。


これは余計なことは言えなくなったなと思いながら康太はどうしたものかと悩んでいた。


「こいつが優秀だろうとなかろうと、選ぶ権利はこいつにある。そうだな?」


「もちろんだ、依頼はあくまで自由に選択することが可能だ。本人の意思で選んでもらうことになるだろう」


小百合の言葉に対する返答に康太は嫌な予感がした。


自由に選択できると言いながら、すでにその選択肢が無くなっているような気がしたのだ。


用意されている選択肢はイエスかハイしかない。そんな感じだ。本人の意思でなんていう風にいかにもそれらしい言葉を並べているものの、こちらには選択の余地がないように聞こえてならない。


通訳がわざとそのような翻訳をしたのか、それとももっとひどい文章をリップサービスで柔らかい表現に変えたのかは不明だ。やはり通訳を挟んでの交渉というのは相手の考えがわかりにくい。


「受けることができるかはともかく、その概要だけ教えていただけませんか?こちらにもスケジュールがあるのである程度の依頼の期間、場所、内容を教えていただけるとありがたいです」


康太としては一番知りたいのは内容だが、実際その詳細を教えてもらうことはできないだろう。


正式な依頼というのは魔術師としての活動の中でも心理戦の要素が強くなってくる。相手に内容をある程度しか教えないのはそれを邪魔させないというのも理由に入ってくるのだ。


本部が一体どのような内容を持ってきたのかは知らないし、仮に知ったとしても康太がそれを邪魔できるはずがないが、向こうからすればいいように康太を使いたいだろう。


最低限聞こえの良い言い方をするのは目に見えていた。


「確かにそちらとしても都合があるだろう。それはそちらに合わせよう。こちらはなにせ頼む立場だからな」


頼む立場と言いながらその声は少し笑っているように聞こえた。明らかに自分たちが格上だとわかっていながら自らを下の方に位置付けている。


嫌らしいやり方だ。だが非常に的確でもある。康太のような一介の魔術師にとって本部の魔術師というのは本当にやりにくい相手である。


「それで?さっきの質問に答えていただけますか?期間、場所、内容を教えてください。それを聞かないと受けるか受けないかも決められない」


まだ受けるつもりはないという言葉を強調するつもりではあったが、さすがに最初から受けないという前提で話すには条件が足りていない。


せめて期間と場所を聞いてそれで都合が悪いという印象を与えなければ断ることは難しいだろう。


小百合のように最初から気分が乗らないという一言で片づけることができればどれ程楽だろうかと康太は小さくため息をついていた。


「では質問に答えよう。期間に関しては数日を予定している。開始日時は先も言った通り君に合わせよう。場所はイギリスを予定している。詳細な場所はまだ決まっていない。内容は、とある生き物の無力化だ」


全ての内容を聞き終えて康太は思案する。出てきた情報は三つ。数日間行われる事。そして場所がイギリスのどこかであること。そして今回の相手が生き物であること。


相手がきちんと体のある生き物であるとわかったのは喜ばしいことなのだが、わざわざ国を超えて康太に頼みに来ているという時点でまともな生き物ではないことは容易に想像できた。


もし普通の生き物であるなら本部にいる魔術師たちだけで十分攻略可能だからだ。それを康太にやらせようとしているという事はその対象がただの生き物ではないからということになる。


普通の魔術師と比べて康太が勝っている点があるとすれば、それはDの慟哭くらいのものだ。距離があってもある程度の魔力が吸い取れるという一点に限られる。


それ以外で康太が他の魔術師と違う点が挙げられない。本部の中で片付けず、支部にまで話を持ってくるという事はつまり『康太にしかできないことをさせようとしている』か『危険ではあるが康太でもできることをさせて本部の魔術師の被害を抑えようとしている』というこの二つしか考えられない。


この二つのどちらかであるのかは重要だ。もし康太にしかできないというのであれば交渉の段階で優位に立てる。相手は康太に頼むしか方法がないのだ。ある程度強気に出ても相手は条件を変えて頼むしかない。


だがもし後者だった場合、康太はあくまで捨て駒扱い。最悪の場合斥候ですらなくなってしまう。康太の持つ力でどの程度その生物を攻略できるかの指標でしかなくなってしまう。そうなってくると別に康太でなくてもいいわけだし、何より康太は捨て駒なのだから相手としてもそこまで重要視するようなものではなくなる。


康太が相手にとって必要不可欠な駒なのか、それともあったらいいな程度の存在なのか、見極める必要があった。


「一つ聞かせろ、その依頼ビーでなければできないのか?本部の魔術師はこちらよりずっと優秀だ。わざわざうちの不出来な弟子を連れていかなくても解決できるような気がするが?」


恐らく小百合も康太と同じことを考えたのか、それとも康太にこの質問の回答を聞かせるためにわざと聞いたのか、どちらにしろ康太は内心サムズアップしていた。


今回の話の中心にいるのは康太だ。康太が直接質問するよりも第三者の質問の方が怪しまれることは少ない。


特に康太がここまでの考えを浮かべているのではなく、その師匠がこういった考えをするレベルの魔術師であるという風に相手に印象付けることができる。


いや、康太がそう言う考えに至るような魔術師ではないという風に印象付けることができればなお良いのだが、あまり多くを一度にやろうとするといろいろと失敗しそうであるためにやめておいた方がいいだろう。


「もちろん本部の魔術師は皆優秀だ。支部とは比べ物にならない。だがその事象に特化した魔術師というのは限られてしまう。今回の件に関してはうちの魔術師よりもそこにいるブライトビーが適任であると判断しただけの話だ」


「・・・ビーがやることが一番可能性が高いと?」


「可能性が高いという事ではない、彼ではないと不可能だと言っているのだ」


康太ではないとできない。この言葉が本当なのかそれとも建前なのか、あるいは通訳のリップサービスか。


もしこの言葉が事実ならば交渉の上で多少は有利に立てるだけの材料になる。だが相手の真意がわからないためにそれを前提に話をすると足元を見られかねない。


やはりこういう交渉において相手の言葉を確実に聞くことができないというのは不便極まりない。


康太は今のところいくつか発言のカードを手元に残していた。これからいうべきセリフ、そしてこれから何を切り出すべきか頭の中でいくつか組み立て始めている。


どの順番で言うのが一番怪しまれず、なおかつうまいこと断ることができるかという事だ。


順序を間違えばむしろ相手に都合よく話を持っていかれかねない。とりあえずまずは聞くべきことを聞くべきだろうと康太は口を開く。


「さっき期間は数日と言いましたが、具体的にはどれくらいですか?俺一応まだ高校生なので学校休んでまで依頼は受けたくないんですけど」


一番学生らしい理由で断るとなれば当然学業が挙げられる。学生の本分は学業だ。仮に魔術師であったとしてもそこをおろそかにすることはできない。


というか康太自身魔術師だからという理由で学校をさぼりたいとは思わなかった。ただでさえ最近勉強が疎かになり始めているのにこれ以上置いてけぼりになるのはごめんなのである。


「・・・すまないが、それに関しては明言できない。数日と言ったがそれも想定でしかないんだ。もしかしたら一日で終わるかもしれないし、一週間かかるかもしれない。それは君次第だという事だ」


要するに数日とは言ったが実際何もわかっていないし決めていないという事だろう。期間はどうとでもなると言いたかったのだろうが康太にとってはマイナスイメージが強くなった。


つまり康太を拘束する時間は相手に都合よく変化するという事だ。康太次第などと言ったが依頼の詳細な内容によってはいくらでも変化がつけられてしまう。

これは早いところ断れるだけの理由をつけたほうがよさそうだなと康太は悩み始める。


ただの学生として次に断りやすい内容を上げたほうがいい。もっと言えば康太に不利にならない形でのものが好ましいだろう。


土曜日なので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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