違和感
康太と真理が魔術装束を身に着けて協会にたどり着くと、その場にいた魔術師たちの視線が二人に注がれる。
ただでさえ協会に厄介者のデブリス・クラリスも来ているのに、その弟子二人も現れたとなれば一体何が起ころうとしているのかわからないといった不安に駆られているのかもしれない。
動揺に加えその場から離れようとしているものも多くいた。
だが中には二人が現れたことでむしろ興味を増したのか、何か見たいものでもあるのか遠巻きにではあるがこちらを観察している者もいる。
一体どういう状況なのかわからないために康太も真理も些か不安に駆られていた。
「失礼、うちの師匠・・・デブリス・クラリスがこちらにいるはずですが、今どちらにいますか?」
真理がカウンターの魔術師に問いかけると、受付をしていた魔術師はこちらにどうぞと言って紙を一枚渡してくる。
そこには小百合の文字でこう書かれていた。
『支部長室に行け』
なんとも端的かつ他に意訳しようのない内容に康太と真理は辟易するが同時に違和感も覚えた。
なぜわざわざこんな回りくどい真似をするのか、そして『来い』ではなく『行け』というのが気にかかる。
「どういうことですかね?何で『行け』だなんて・・・そこに師匠がいない可能性大ですよこれ」
「・・・何か私達では知りようのないことが起きていたのかもしれませんね。とりあえずここは師匠の指示に従っておきましょう」
先程の電話といい、そしてこの回りくどい指示と言い、普段の小百合がしそうにない対応が多すぎる。
もし彼女が支部長室にいたのだとして、電話をして呼び出すなら『今支部長室にいるからお前達も早く来い』くらいは言って然るべきだ。だというのにそれをせずわざわざ文章で書いて渡すなんてことをするなんて『らしくない』行動だ。
「ビー、これは本当にひょっとしてひょっとするかもしれません。警戒は怠らないでくださいね」
「了解です。いざってときは盾くらいにはなりますよ」
康太と真理は支部長室に歩みを進めながら互いに警戒心を最大限にまで高めていた。
わざわざ小百合がこのような呼び出し方をし、なおかつ回りくどい情報伝達をし、さらに内容をこのようなものにした理由が必ずある。
その理由を二人はある程度想定しつつあった。
可能性の一つは小百合が何者かにつかまっている、あるいは詰問されているというものだ。
その場に誰かがいて直接口で伝えることが難しい状態であれば最低限の情報だけを伝えたのも理解できる。とっさに書いた文章だからこそ端的かつ他に意訳しようのない文章になったのも頷ける。
だが小百合の行動や発言をある程度拘束できる人物などかなり限られている。そもそもそんな人物がいるのかも怪しいところだ。
この可能性は限りなく低いだろう。
可能性の二つ目は小百合が何らかの理由で二人を支部長室に行くように誘導しているというものだ。
わざわざこれだけ回りくどい真似をしているとなると、小百合は支部長に何かしらの面倒(書類など)を与えられている可能性が高い。
自分の弟子たちを呼んで手伝わせようとしたなどと知られれば支部長になにを言われるかわかったものではないために回りくどい呼び方をしたのかもしれないが、それなら携帯ではなく店の方に連絡を取った意味が分からない。
可能性の三つめはあの電話そのものが偽物であるという事だ。魔術で声を似せるなんてことはある程度魔術を嗜んだ魔術師ならできないことはないだろう。最低限の語句で物事を伝えたのは偽物であると察知されないため、文字で伝えたのは余計な情報を知られないためと誘導しやすくするため。
筆跡を真似るなんてことは容易いし、それならば康太たちの携帯ではなく店の電話にかけてきたというのも頷ける。
店の電話は魔術師の中では割と知っている者もいる。調べようと思えばいくらでも調べられる内容なのだ。
そう言う意味では三つめの可能性が一番有力だ。誰が何のためにこんなことをしているのかという意味では疑問は尽きないが、少なくとも警戒するべき状況であるというのは間違いないだろう。
なにせ康太と真理を呼び出しているのだ。何らかの目的で二人を攻撃、あるいは拘束しようとしていると考えても不思議はない。
もっとも支部長室に向かわせているという時点でかなり無茶苦茶な考えではある。日本支部の支部長もいるような場所で荒事を起こすとも考えにくい。
もし康太たちを攻撃するのであれば適当な倉庫や部屋でもよかったはずだ。そうしないだけの理由があるのか、あるいは支部長もグルである可能性も高い。
二人は支部長室の前にやってくると同時に大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせた
「ビー、準備はいいですか?」
「いつでもどうぞ。心の準備はできてます」
いつでも戦闘はできますよという意味だったのだろう。真理も同様に集中しながら支部長室の扉をゆっくりとノックする。




