康太が覚えるべきもの
「それなら今の二年生の先輩方が一つの派閥を作ればいいんじゃないですか?別に俺らは俺らだけの方が気楽ですし」
「そう言うと思ったよ・・・でもできる限りそれぞれの派閥にそれぞれの学年を入れておいて欲しいんだよ。その方が次の世代の派閥も作りやすいし」
まぁ現状一年の君らだけで一つの派閥になってるからそれでもいいと言えばいいんだけどと三年の魔術師は言葉を濁している。
普通に考えれば実力というのは年齢とともに上がっていく。もちろん個人差もあるし魔術師になった年代によっても変わるだろうが大抵の魔術師は幼いころから魔術師になるための訓練を受けているために大体実力的には年代によって均一化される。
だからこそそれぞれの派閥にそれぞれの年代を置くことで戦力の均等化を図ろうとしているのだ。月日がたち世代交代をすることを考えてもそれぞれの派閥にそれぞれの年代がいたほうが話が早く済む。
だが幸か不幸か康太たちは一つの年代、しかも一番下の学年の時点でこの同盟内では一大勢力となってしまっている。
高校生でありながらそれぞれの師匠の方針のせいで多く実戦を経験しその実力は普通の高校生のそれとは一線を画す。
だからこそこの状況においては厄介なのだ。戦力を均等に分けておかないと相互監視と相互牽制ができない。
「いっそのことこの学校に入る魔術師は全員同じ派閥でいいんじゃないですか?上の人間が下の人間の面倒見るみたいな感じで」
「部活みたいにするってことかい?でもそれだと絶対不和を呼ぶよ。意見の対立とかがあった時は特にね」
「組織において意見が一致することの方が珍しいですよ。一枚岩の組織なんてありえないんだから。同盟内でわざわざ派閥とか作って敵対関係表すからかえって面倒になるんじゃないんですか?」
明らかにこの同盟の目的を無視しているようではあるが康太のいう事ももっともだ。事組織内において一枚岩であり常に意見が合致するということはまずあり得ない。
それぞれの個人にそれぞれの思惑があって特定の状況下にのみ手を取り合うような組織は多々存在する。
三鳥高校の魔術師同盟の目的はあくまで高校内で魔術的な事件を起こさないことだ。そう言う意味では派閥を作るのではなく個人が常に自粛すればいいだけの話である。
無論それが難しいという事も康太は理解しているが。
「ある程度仮想敵を作ることで研鑽できるかとも思ってるんだけど、それは無駄だと思うかい?」
「無駄とは思いませんけど的外れだとは思います。自己研鑽したいなら訓練すればいいし実力を確認したいなら実戦を経験するべきです。こんな高校の中で互いににらみ合ってても何が変わるとは思えません」
「・・・あんたもうちょっと歯に衣着せなさいよ」
「そうか?結構遠慮してるつもりなんだけど」
すでに何度も実戦を経験している二人からすればこの高校という閉鎖的な環境の中で同年代の魔術師とにらみ合うというのは正直ただのおままごとのようにしか見えなくなっている。
本当に魔術師としての実力や能力、そして対応力をつけたいのであればどのような形でもいいから実戦を経験するべきだ。
例えば高校内、特にこの同盟内での本気の戦いなどをするのならそれもいい。そう言う事をしないでただ互いを牽制しているだけでは結局何も変わらないように思うのだ。
見ることで得られるものもあるだろう。仮想敵を作ることでどう対処するかを考えることはできるだろう。だが結局実際に戦ってみないとわからないことだってあるのだ。
「もし本当に互いの研鑽も目的に入れるなら、練習試合でも本気の試合でもいいから実際に戦ってみるといいと思いますよ。親善試合というか・・・まぁ歓迎会みたいな感じで。どんな魔術師でも実際に戦ってみないと自分の欠点ってわからないですから」
「・・・まぁその意見には同意するけど・・・じゃあなに?今さら他の先輩たちと戦えってこと?」
「そう言う選択肢もありだって話だよ。実際俺とベルだって最初はやりあったしな。いろいろと足りない部分も分かっただろ?」
俺だっていろいろとわかったしなと言いながら康太は堂々としている。文も康太の意見にはおおむね同意だった。
確かに実際に戦うまではある程度の魔術師には負ける気がしなかった。ある程度の魔術も使え応用もでき、自分の魔術に自信も持っていた。
だが負けたことで文は自分の中に足りないものを明確ではないにしろ見つけることができた。
敗北から学ぶというのはありきたりかもしれないが実際にあるのだ。それはあの時の勝者である康太も同様である。
「まぁこの高校の同盟の目的が『事件を起こさないこと』というならある程度派閥を作ってもいいと思いますけど、それなら派閥なしでも問題ないと思いますよ?結局自分以外の魔術師の動向に注意しておくことに関しては変わりないんですし。個人同士で意見が違えば他の魔術師がフォロー入れれば個人戦に持っていけるし」
実際に校舎内でそれぞれ拠点と縄張り作っていろいろにらみ合ってたほうがまだ実戦形式に近いんじゃないですかねと康太が言うと三年の魔術師は仮面をつけていても分かるほどに目を丸くしていた。
康太がここまで自分の意見を出すとは思っていなかったのだろうか、康太の考え一つ一つを頭の中に刻み込んでいるかのようだった。
「いやなんというか・・・やはり実戦で実績を残しているとそう言う考えもできるようになるのかな。そうまではっきり言われるとなんだかそれが正しいように思えてくるよ」
「俺みたいな未熟者の意見なんて基本的に流しておいた方がいいと思いますよ?この同盟のあり方っていうものもあるだろうし、一人の意見に流されるっていうのはあんまりよくないと思います。先輩は一応この同盟のトップみたいなものなんですからもっとどっしり構えてもらわないと」
どのような形であれ、今のところこの同盟の中でのトップは目の前にいる三年生の魔術師だ。
たとえ彼が魔術師として未熟であったとしても、経験がなかったとしても組織のトップである以上毅然とした態度で臨んでもらわなければその組織に所属しているものとしては困るのだ。
堂々とした態度で臨むというのもある意味組織のトップとして必要な才覚でもある。そう言う意味では度胸が必要なのだ。
康太と文は実戦経験の豊富さからそう言った度胸が身についているが、あまり実戦を経験していないものからするとなかなかそう言ったものはつきにくいのかもわからない。
「肝に銘じておこう。だけどこれから・・・特に三年生が引退した後は君たちが主力になる可能性もある。そのあたりもしっかりと考えたうえで同盟の今後を考えてほしい。君らにとってこの同盟が大したことなくても、一応長く続いている組織だからね」
康太たちの活躍を考えるとただの高校の自治会レベルの魔術師チームに愛着がわいているとは到底思えないことは自明の理だ。
だからこそこのような言い回しをするしかなかったのだろうが、それでも康太たちは一応この組織に属している。
自分達の事だけではなく今後この組織に入る後輩たちのためにもある程度制度を考えておく必要がある。
「話は以上だ。時間をとらせて悪かったね」
「構いませんよ。んじゃ帰るか」
「そうね。それじゃ失礼します」
二人は三年生の魔術師に一礼してから屋上から飛び降りる。階段から降りてもよかったのだがそうすると時間がかかる上に面倒だ。いちいち校内を巡回している職員におびえるよりはこの方がよほど手っ取り早い。
康太は再現の魔術で疑似的な足場を作り、文は風の魔術を使って着地の衝撃を緩和させていた。
この程度の高さからの落下くらいではもはや康太も文もものともしない。それだけの訓練を積んできたし、それなりの実戦も潜り抜けているのだ。半ば当然と言えるだろう。
「ベルとしてはどう思った?さっきの提案」
「答えるまでもないわね。たかだか高校内での同盟のためにあんたとの同盟関係を解消するのはつり合いが取れてないわ。それなら一時的に派閥をすべて解消したほうがましよ」
「まぁそうだけどさ。実際三年生が引退したら俺らと二年生だけになるわけだろ?俺らが同盟のトップになるのも難しくなくなるわけだ」
「二年生の実力がどれくらいのものか把握できてないけどね・・・今の三年生に関してもそうだけど」
文も文で協会内の評価などを通して学校にいる魔術師の実力を測ろうといろいろと調べていたことがあるが、まったくと言って良い程に情報がないのだ。
恐らく彼らは魔術師としての活動をほとんどしていない。正確には魔術師として登録し訓練しているが表立った成果を上げられていないというべきだろう。
面倒事に巻き込まれていないという意味では運がいいというべきなのだろうが、実戦らしい実戦を経験できていないという意味では運が悪いというべきだろう。
だが協会に評価されていないからと言って実力が決してないというわけでもない。ただの個人間での戦闘を経験していても不思議はないし、自分よりも年上で魔術師としての年齢も上かも知れないのだ。
相手を軽んじることができないのは間違いない。
「もし仮に、あの人たち全員が敵になったとして勝てると思うか?」
「やり方によっては。上手いこと連携できて、なおかつ相手が思惑通りに動いてくれれば可能性はあるわ」
「さすがに五人全員相手にするのはきついかな」
「当たり前じゃない。一人相手を五回やるのと五人同時で戦うのとじゃ難易度が違いすぎるわよ」
「・・・そう言えばそうだな。ゲームとかでも連続狩猟よりも同時狩猟の方が面倒だもんな」
ゲームを例えに出されると遊びのように思えるかもしれないが実際はかなりの死活問題だ。
目の前の相手に集中できる状態ならまだしも、複数の人間に注意を向けなければいけないというのはかなり疲れる上に難しい。
何より康太は今まで同時攻略というものをしたことがほとんどないのだ。
大抵炸裂鉄球による範囲攻撃で攻略してしまうためにまともな戦い方をしたことがない。その為複数相手に対しての対応というのはまだ未熟だった。一度経験してみるのもいいかもしれないなと思っていると文は康太の方を見て目を細めた。
「康太としてはどう見る?あの先輩たちの実力。勘でいいから」
「思った感じでいいなら・・・そうだな・・・今の文よりは間違いなく弱い」
「へぇ・・・昔の私と比べると?」
「初めて戦った時の文と大体同じか、それより少しだけ強いくらいかな。たぶんだけど」
康太の感じ取った相手の強弱というのは文が調べたような経歴的なものではなく康太自身が肌で感じ取ってきた相手の強さと実際の強さの比較によって導き出されたものだ。
所謂実戦経験を積んだことによる相手の強さの把握である。本当にある程度でしかないが相手と対峙すれば実力はなんとなくわかるのだ。相手がわざと自分の気配などを隠そうとしていない限りは。
「というわけで、多対一の戦い方を学びたいんです。今までこっちが複数だったことはあっても逆のパターンって少なかったんで・・・何かいい手はありませんかね?」
康太は翌日、学校が終わった後で奏に電話をかけていた。本当なら師匠である小百合に話をしたかったのだがこの日に限って小百合も真理も店におらず、仕方なく奏に電話をかけることにしたのだ。
『多対一・・・か・・・確かに魔術師として活動していればそう言う状況に出くわすことも多くなるだろうが・・・一対一と違って学ぶことは多いぞ?』
「はい、そう思ったので誰かに相談しようと思って・・・一番そう言うことやってそうなのは師匠か奏さんだと思ったので」
『お前の私に対する評価が少し気になるところだが、まぁそこは置いておくことにしよう』
康太の中での小百合のイメージはとにかく敵が多く、多くの敵を一人で相手にしているような感じだ。その為多対一に強い印象がある。
奏の場合自分より弱かったり未熟な相手を複数人相手取っていたぶるイメージだ。徹底的に叩きのめすという意味では小百合と大体同じである。
『では、まずはお前がもっている多対一における考えを上げてみろ。確認したうえでポイントだけを教えてやる』
相変わらず何もかもを教えるのではなく、聞いたうえでそれを訂正するという指導法をとっている奏に康太は自分の中にある多対一に関することを頭の中で浮かべ始める。
「えっと、まず視界の外からの攻撃があることです。同時に複数箇所から攻撃があったり・・・あとは逆に攻撃のタイミングをわざとずらして連続攻撃したり協力して強い一撃を当てたり・・・」
『ふむ・・・大体の特徴把握能力は持っているようだな。それはどういう想定の下に出した考えだ?』
「・・・俺らが複数側だったときに相手にやろうとすることです」
康太の想定は自分たちが複数側、つまり康太、文、小百合、真理、奏、幸彦などが味方で相手が一人だった場合に行おうと思ったことだ。
相手の視界外からの攻撃は当然だが相手の防御範囲が限定的なら複数方向からの同時攻撃、相手が予知などの術を所有していて攻撃が回避されるのであればその処理を超えられるレベルの連続攻撃、相手が強固な防御魔術を持っているのであれば全員でそれを破れるだけの一点突破攻撃。
相手を倒すために最も効率よく連携する。それが複数の魔術師がいる場合における鉄則であり基本だ。
『考えとしては間違っていない。だが先のお前の言葉から察するにお前が学びたいのはお前自身が一人で相手が複数人だった場合の対策だな?』
「はい・・・どうしたものかと」
複数人の魔術師がいる場合の連携などは日々文や真理などと訓練している。圧倒的強者に対する対策は複数人での連携と不意打ちだ。そのあたりは問題ないのだが今重要視しているのは逆のパターンである。
自分が強者などということは考えたこともないが、複数の魔術師が自分を相手にすることだって十分にあり得るのだ。考えておいて、そして訓練しておいて損はないだろう。
『先程お前が言った行動に対して対策はそれぞれある。だがそれら全てに共通する必須技能をお前はまだ有していない。まずはそこから始めるべきだろうな』
「必須技能・・・というと?」
『感知魔術、索敵魔術と言い換えてもいいな。それを覚えなければ複数人との魔術戦はかなり難しくなるだろう』
「どうして・・・ってそうか、目だけじゃ見えないようなものも把握できるようにするってことですね?」
『察しが良くて何よりだ。目で見える範囲はせいぜい前方百七十度程度。しかも遮蔽物があれば遮られる。効果半径・・・そうだな・・・十メートルから三十メートル程度の索敵範囲を持つ魔術を覚えておけば最低限複数人を相手にした戦闘は可能だ』
効果範囲が十~三十メートルというとそこまで広くはない。一般的な魔術師の射撃攻撃の範囲が大体十メートル以上離れた場所から行われる。場合によってはもっと遠くから行われることもあるが、十メートルなど走って一秒弱程度しかかからない距離だ。回避しながらの接近なら二秒から三秒と言ったところだろうか。どちらにせよそこまでかかる距離ではない。
「そんな短い距離でいいんですか?もっと広い範囲を見るんだと思ってましたけど」
『あまり広い場所を把握しようとしても疲れるだけだ。大体の戦闘範囲は五十メートルから百メートル以内に収まることが多い。それだけの範囲をすべて索敵するとなると疲れるし魔力消費も大きくなるからおすすめできん』
魔術師の戦闘は大抵が局地戦だからなと言いながら奏はコーヒーを飲んでいるのか少し言葉を止めて何かを飲みこむ音をさせたかと思うと小さく息を吐いた。
魔術による索敵というのは人間の本来持っている知覚とは別の種類のものが多い。ものによっては人間の持つ五感の延長線上で行うものもあるだろうがそれもごく一部だ。
特に自分の周囲全体を索敵するタイプの魔術は情報が直接頭の中に叩き込まれるタイプが多い。康太の使う解析の魔術同様、あまりに多くの情報を一度に頭に入れるとかなりの負担が脳にかかる。
その為広範囲の索敵魔術の場合索敵できるものを限定したりするのが基本だ、例えば文の持つ索敵魔術などは広範囲を索敵できる代わりに魔力探知や人物探知など使い分けをしている。
戦闘中に使用する索敵魔術だと人の場所だけではなく攻撃のタイミングや種類、地形なども把握しなければいけないために必然的に取得する情報は多くなる。だからこそ効果範囲は狭い方がいいのだ。
誤字報告五件分、そして土曜日なので合計三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




