表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十一話「血の契約と口約束」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

372/1515

九月一日

夏休みというのは、いやありとあらゆる休みというのは時間の流れを加速させる。楽しい時間であればあるほど過ぎるのは早く、退屈な時間であればあるほど時間の流れは遅く感じるものだ。


学生にとって夏休みというのは一ヶ月近く存在する。だがその休みの期間は恐ろしい程に早く過ぎていってしまうのだ。


それを今実感しているのが一人の学生八篠康太である。


魔術師でありただの学生である康太にとって夏休みというのは貴重なものだった。それこそこの夏休みで大きく人生観が変わったと言ってもいいほどの事件に遭遇した。


だがだからと言って夏休みが長くなるわけでも、夏休みが永遠に続くわけでもない。


平等かつ当然のように夏休みは終わりを告げた。


九月一日。全国で一斉に始まる二学期。まだ暑さの残る中制服を着て登校する学生の中に康太の姿もあった。


一ヶ月近くのんびりと魔術師としての修業メインで過ごしていた康太にとって学生としての日常が戻ってきたことはあまり喜ばしくないことだった。


部活動で何度か学校に顔を出したりはしたが、それも数えられる程度でしかない。しかも勉強のために足を運んだわけではないのだ。


勉強をしなければいけないという事実は康太にとってそれなり以上に重くのしかかっていた。


そしてこの重い気持ちを持っているのは康太だけではないようだった。教室に入ると同じようにけだるそうにしているクラスメートは何人もいる。


考えることは皆同じなのだなと内心苦笑しながら康太は仕方なしに学業に励むことにした。


とはいっても、九月一日で学校が本格的に始まるという事は基本的に少ない。


二学期のはじめという事でいろいろと教師側もやることがあるのだろう、大抵は始業式と連絡事項で授業は終わってしまう。


本格的に始まるのは翌日からだ。康太は早々に終わった連絡事項を聞き終えるとそのまま部活動に向かうことにした。


「あー・・・もう学校きたくねー!ずっと休んでいたいわ・・・!」


「それは同意するけどそこまで大声で言う?ていうか青山宿題やったの?この前写させてくれってメール来てたけど」


「・・・さて部活行くか、勉強の話はまたあとだ」


「あの様子だとやってねえな」


一応康太たちがいるのはそれなりの進学校という事もあって夏休みの宿題というものもきちんと出た。


各教科によって内容はバラバラだが、理数系の科目に関してはそれなりに面倒な内容が多かったように記憶している。


なにせ問題集一冊終わらせるなどというものもあった。さすがに自由研究や絵日記などはなかったがそれでも一日で終わるような量ではない。


「八篠は?ちゃんとやったの?」


「もち、手伝ってもらったりしながら頑張った」


「手伝ってもらったって誰に?まさかお母さんとか?」


「いやいや、文と一緒にやってたんだよ。あいつ頭いいからいろいろ手伝ってもらった。いろいろ文句も言われたけど」


修業の合間に自分たちの宿題を持ち寄ってそれぞれ解いたり写したりとそれなりに協力して宿題を片付けてはいた。そのおかげもあってか八月の半ばくらいにはほとんどの宿題は終わっていたのだ。


時折真理などに分からないところを教えてもらったりもしていたがそれは言うまでもないことだろう。


「あぁなるほどね。鐘子さんと一緒にやってたんだ。うらやましいね」


「まったくだ!何でその場に俺らも誘わなかったんだよ!」


「露骨に食いつくな・・・大体そこまで計画してやったわけじゃないんだぞ?暇な時間にコツコツやってたら時間があったから一緒にやったってだけで」


「それでも羨ましいんだよ畜生!」


青山はまだ文を狙っているらしく、なかなかに悔しがっている。それに対して島村は落ち着いたものだ。


さすがに文の鉄壁さにこれ以上狙うのは難しいと判断したのだろう。


先日一緒にプールに行った時もそこまで露骨にアピールはしていなかったように記憶している。


むしろ文よりもそのクラスメートたちと仲良く過ごしていた。もしかしたら何かしらあったのかもしれないなと思いながら康太たちは部のロッカールームに向かってから軽く着替え始める。


「でも青山、お前宿題やっておかないと面倒だぞ?絶対後でいろいろ言われるって」


「お前な、宿題は夏休みの最終日にやるって知らないのか?」


「もう夏休み終ってるけどね」


宿題をやると言っても人それぞれだ。それこそ夏休みの初日に全て片付けてしまうような人間もいれば夏休みが終わる寸前までやらない人間もいる。


高校での夏休みの宿題提出は各教科の最初の授業の時だからそこまで焦る必要はないのかもしれないがそれでももう少し焦るべきではないかと思えてならなかった。


「まぁそういうわけだ。宿題は写させてくれ」


「断る。やらなかった奴に慈悲は無い」


「こればっかりは同意見だね。自分でやらないと為にならないよ?」


「薄情者!鬼!悪魔!」


魔術師でありやたらと敵視されることが多くなってきた康太も鬼や悪魔と言われるのは初めてだなと内心笑みを浮かべながら部活を始めることにした。夏休み中もトレーニングはしていたために体はなまっていないだろうが、走るための体ではないために多少苦労するだろう。












「あぁ、やっぱり宿題やっていない奴いたんだ」


「あぁ、写させてくれって頻りに頼んできたけど心を鬼にした。自業自得だ」


康太と文はいつも通り部活動の休憩時間に購買部の隅のベンチで話をしていた。これもいつも通り文が人避けの魔術を発動してある。この辺りで康太たちの近くにやってくるものは魔術師以外にはいないだろう。


「でもやっぱ夏休み終るの早いよ。この前までぐうたらしてたのにいきなり規則正しい生活だぞ?体が壊れそうだ」


「一日目で何言ってんのよ。これから毎日そうなるのよ?まぁ九月や十月はまだ連休とかあるからいいじゃない」


九月の連休は敬老の日、国民の日、秋分の日の三つの連休と土日が重なって合計五日間の連休になる。五連休という事もあって学生にとっては大いに喜ばしい連休だ。十月も同じように祝日が重なって連休になることがある。


休みというのはあればあるほどいい。特に学生にとっては休みは長ければ長いほどうれしいのである。


「そう言えばさ、さっきお前のクラスメートの・・・なんて言ったっけ・・・?あのポニテの奴」


「あぁ茜?がどうかしたの?」


茜というのは先日のプールの時に康太に興味を持っていたクラスメートの名前である。本名森田茜。ポニーテールが特徴の健康的な女子である。


「いやなんか用があったらしくてさ、いろいろ話してたんだけど・・・お前なんか知らないか?」


「なんかって何よ。どんな話したわけ?」


「いや本当に取り留めのない話。この前のプールの話とかそんなん」


「ふぅん・・・それで?何で私にそんな事言うのよ」


「文になんか話されたとかそんな感じの事言ってたんだよ。細かくは聞いてなかったけどさ」


康太のはっきりしない発言に文はなんとなくこの状況を察していた。康太がここまで回りくどい言い方をすることはほとんどない。そしてこんなことを言うことに意味もない。


となれば森田茜が単純に要領の得ないような話をしたのだろう。本当にただの世間話、そして話に困ったから自分の名前を出したのだろうなと文は納得する。


彼女なりにアプローチをかけているのだなと納得しながら文はプールの時のことを思い出していた。


そう言えば康太に好みのタイプの事も聞いておかなければならないなと思い出してどうしたものかと悩んでしまう。


「あぁ気にしなくていいわ。それも世間話程度のものよ。ていうか一応同じ学校で一緒に遊んだこともあるんだしある程度話しても不思議はないでしょ?」


「そうかも知れんけどさ、テニスコートからわざわざ陸上部のところまで来るか?なんか用があったとしか思えないんだが」


それはあんたと話すことが目的だったのよとは口が裂けても言えない。話をするというのはあくまで手段だ。何かを伝えたり意見を交換したりするために行うためのものであって比較的簡単に取ることのできる一つの手段でしかない


その手段が目的になっているだなんて今の康太には理解できないだろう。話をすることが楽しいと思えるほどに康太に惚れこんでいるとは思わなかったが。


「でもいいんじゃない?私以外に仲のいい女子を作っておいて損はないでしょ。もしかしたらそのうち彼女でもできるかもしれないわよ?」


「マジか、そりゃ嬉しいな。マジ誰か告白してこないかな」


口ではそんなことを言いながらも康太はやはり複雑そうな表情をさせていた。笑っているつもりなのだろう、本人は嬉しいと思っているつもりなのだろう。


だがどうしても表情がいびつだ。プールで自覚してしまった一般人と魔術師、両方として過ごすことの矛盾と確執。


そしてデビットを内包していることによる自身が幸せになってもいいのだろうかという疑問と悩み。


あれからずいぶん時間は経ったというのにまだ康太は自分の中で答えを出せていないらしい。


「まぁなんにせよ、そう邪険にすることもないでしょ?あんただって女子と話すの楽しいでしょうに」


「んー・・・あんまり知らない奴と話しても疲れるだけだぞ?」


「そうなの?男子って女子と話せるなら何でもいいと思ってたわ」


「それは偏見過ぎるだろ。ていうかお前の中の男子像ってどうなってんだよ」


「だって前に誰でもいいから告白してくれないかなとか言ってたじゃない」


「それはそれ、これはこれだろ」


文の中の男子像もだいぶ偏見に満ちているような気もしたが、康太のいう事が支離滅裂になっているのもまた事実だ。


これでは文が男子というものを誤解するのも仕方がないかもしれない。


身近に男子という存在がいない以上康太を男子の一つの基準にするしかないのだが、基準にするには康太は少々普通とは離れ始めている。


「そう言うお前はどうなんだよ?俺以外に仲のいい男子の一人でもいるのか?」


「そうねぇ・・・そう言えばいないかも。告白してくる人はいるんだけどね・・・仲がいいっていうとあんたくらいしかいないかも」


人のことをとやかく言える立場ではないなと文は若干ではあるが自分の交友関係を見直し始めていた。女子の友人はいるが男子の友人は康太くらいしかいないのだ。これではいろいろ誤解を生んでも仕方がないなと自分の中で納得することにした。


誤字報告を五件分受けたので二回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ