進退攻防
康太が考えるプロセスはこうだ。
まず自身の周りに電撃を発生させる。そして攻撃対象である目標にたどり着くまでの間に水蒸気か何かを発生させ電気の通り道を作る。そして目標にたどり着く寸前でその道を閉ざし、電撃を向かわせる。
空気よりも人間の方が抵抗率は低い、道と体の距離がほぼゼロであれば確実に命中する。
先程康太が避けた後に急に電撃の軌道が変わったのはそう言う理由があったのだろう。先程行った椅子の投擲はある意味最適な防御だったのだろう。椅子は金属でできている。抵抗率の低い金属が扱われているという事もあって電撃は外に逃げようとしても結局抵抗率の低い椅子の方へと吸い込まれていく。
電撃に対しての対処はいいが、はっきり言って厄介だ。三種類の属性の魔術を使えるとなるとそれだけで面倒である。
攻撃には電撃を、防御には風を、補助に水を。今はその割合で魔術を発動しているようだが、これからその割合をどのように変化させて来るかは想像もできない。
対して自分が相手に対して有効打を与えられそうなのは近接戦のみ。どうにかして近づかなければ勝機はなかった。
だが走る速度自体はこちらの方が上だ。相手が魔術を利用して妨害しようとして来ても余裕で追いつくことができる。
魔術発動の速度は相手の方がずっと上だ。連射速度も種類も威力もこちらとはケタ違い。当然だ、相手は自分よりずっと格上なのだから。
ライリーベルは階段へとたどり着くと下の階めがけて跳躍する。
階段を下りるという行動さえ短縮しようとしているのがよくわかる。一見すれば危ない行為なのだが、彼女は風を使って着地の衝撃を緩和させているようだった。攻撃に使っていることもあって雷の魔術に目が行きがちだが、風の魔術自体の練度と威力も相当高いものであるということがうかがえる。
少なくとも人が僅かに浮くような風を扱えるのだ。彼女はそれを防御と移動の補助程度にしか使用していないようだったが、十分すぎる程に強力な魔術であるというのがわかる。
康太も彼女の後を追うべく階段を駆け下りると、どうやら彼女は二階の廊下を直進していくようだった。
それを確認してから康太も後を追うべく走るのだが、廊下に差し掛かったところで先程とは明らかに違う光景が広がっているのがわかる。
最初に康太が廊下を見た時には廊下は異様に暗く、廊下の向こう側を確認することも難しい程だった。
だが今廊下ははっきりと向こう側まで見ることができる。だがそれは先程よりは暗くないという理由だけではなかった。
二階の廊下には光り輝く球体がいくつも浮いているのである。時折稲光を放っているそれが魔術で作られたものだと康太はすぐに理解できた。
先程まではなかった、そして妙に暗かったという事から何かしらの仕掛けがされていたのだという事に気付けた。
トラップなどの類を警戒したつもりだった。だがそれを見ることができなかったという事は恐らく魔術で隠していたのだろう。
最初に二階を見た時、向こう側さえ見えないほどに異様に暗かったのを康太は覚えている。三階はそこまで暗くなかったというのに二階だけがあそこまで暗かったという事は、あの時既に魔術を発動していたのだ。特定の空間だけを暗くするような魔術が。
つまりこの光る球体は康太がここにやってきた時点で用意されていたということになる。まんまと誘い込まれたという事だ。
ライリーベルは光球の群れの向こう側にすでに退避してしまっている。この光球に触れればどうなるか、それを自分の体で試してみる程康太はバカではなかった。
近くにあった掃除用具箱の中から塵取りを一つ取り出して光球の一つに投擲してみる。すると光球と塵取りが接触すると同時に周囲の光球が塵取りめがけて電撃を放ってきた。いや正確に言えば光球同士を接続するように電撃が走ったと言ったほうが正しいだろう。
接触することによって電撃の塊である光球が反応して攻撃する。面倒な上に厄介な魔術だと康太は歯噛みしていた。
この光球をすべて躱していけばいいのだろうが、全体的にちりばめられている光球をすべてかいくぐって移動するのは容易ではないだろう。しかも互いに電撃を放って再び互いの光球の中に電気が戻っているような節さえある。
ただの投擲ではこの光球を破れないことは康太も理解できていた。
そうしている間にもライリーベルは康太から距離を取り、その体に電撃を纏いつつある。このまま待っていればふたたび距離を取られたままただ攻撃されるだけだ。
何とかしてこの光球を攻略しなければいけないだろう。
だが接触した物体に対して電撃を与えるというのであれば比較的やりようはある。
ライリーベルがこちらに手を向けると、ゆっくりと周囲の光球がこちらに向けて移動してきているのがわかった。
速度は無いが空中に待機することができる電撃。さらに接触すると同時に周囲の光球同士が電撃を放つ。
この特性をほぼ正しく理解した康太は羽織っていた魔術師としての外套を脱いで椅子に結び付けた。
ライリーベルはその様子に驚きながらも何かしてくると察知してもう一方の手をかざし自らの体から電撃を康太にめがけて放った。
それを察してか康太は外套を結び付けた椅子を前方に投げる。先程までと同じやり取りのように思えるその行為は、周囲の光球に触れながらも襲い掛かってきた電撃を防いで見せた。
周囲の光球はそれぞれ椅子の触れた光球に電撃を放っていく。その反応は非常に早く、恐らく反応速度だけで言えば瞬きの間にも満たないだろう。
だが外套が結び付けられ、外套を床に引きずるような形で投げられた椅子は周囲からの電撃を受けると、その電撃を外套を通して床へと伝えていってしまった。所謂アースに接続し接地した状態を作り出したのである。
電撃によって一時的に接続されていた状態にあった電撃でできた光球は内包していた電撃をすべて床へと放出し消滅してしまう。
光球の一部が消えたことでライリーベルは僅かに動揺したものの、攻撃を続けていた。
電撃を放ち続け、康太の進攻を少しでも遅らせようとしたのである。だが康太もそれで止まらないだけの胆力を持っている。
今まで小百合にコテンパンになるほどに鍛えられてきたのだ。今さらただの電撃程度で怯むような鍛えられ方はしていないのである。
時には木刀も盾にしながら光球を外套を結び付けた椅子で除去しながら徐々に彼女との距離を詰めていく。
全ての光球を消し終わるより早く、ライリーベルは再び走り出していた。光球では足止め程度にしかならないという事を理解したのだろう。そして再び自分に距離をつめられてしまうという事を理解したのだ。
全ての光球を排除したところで康太は椅子と木刀を拾い外套を再び着ながらライリーベルを追いかけていた。
距離をつめられるのを嫌がっているのがよくわかる。彼女からすれば距離をとっての射撃戦こそもっとも得意な部類の行動だったのだろう。
というより、普通の魔術師はそれを望むのだ。魔術という中距離攻撃もこなせるような特異な力を有しているからこそ、互いに魔術で対応しながら攻撃する。
相手の魔術を攻略しながら相手に致命打を浴びせる。それこそ正しい魔術戦なのだ。
だが康太は魔術を使わずに相手の魔術を攻略していっていた。
ライリーベルの魔術が主に電撃を使った攻撃だったのが、康太にとって最大の幸運だったと言えるだろう。
これが炎などだったら、正直攻略のしようがなかった。電気としての性質をそのまま有している魔術であったからこそこうして攻略できている。
もちろんまだ完全に攻略したとは口が裂けても言えない。
相手が使ってきた魔術は今のところ確認できているだけで五つ。
電撃を放つ魔術、電撃を補助する水属性の魔術、風を生み出す魔術、電撃でできた光球を設置する魔術、そして光を遮る魔術。
まだ戦い始めて数分程度しか経過していない。その中で五つも魔術を見せたという事は恐らくまだまだ引き出しがあるはずだ。
それに対してこちらが見せた魔術は二つのうちの一つ。しかも一回しか使っていない。まだそう簡単には見破られていないといいのだがと考えながら康太はライリーベルの後を追いかけた。
いくら先に逃げられていたからと言って、陸上で鍛えたこの足腰は伊達ではない。先行されていても十分に追いつけるだけの速度を自分は持っているのだ。
ライリーベルもそれを理解しているのだろう、接近してくる康太を見て電撃を体に纏いつつあった。
渡り廊下に差し掛かったところで再びこちらに攻撃を仕掛けてくるつもりなのだろう、自分の周りに僅かに湿った空気が集中し始めていることに気付くことができる。
康太は柱の陰などを利用しながらライリーベルとの射線を塞ぎつつ一気に距離を詰めていく。
魔術師戦において重要なのは相手の射線をいかに潰すかという事だ。小百合にも真理にも徹底的に教えられたのが地形の利用方法である。
魔術師の攻撃は基本的には遠距離攻撃。つまりその射線を地形を利用して塞いでしまえば魔術は自分には届かない。
無論魔術によってはそれが通じない場合もある。電撃も場合によっては射線などを無視して湾曲させて攻撃することも十分可能なのだ。
だが康太が追っているという事と、今自分たちが走っているという事と、なおかつ柱から柱へと移動して的を絞らせないようにしていることがそれを不可能にさせていた。
一瞬でも視界から消えれば、次にどこから出てくるか迷う。水の魔術によって電撃の進行方向をコントロールしている彼女では高速で動く相手に合わせた射撃というものは無理なのだ。
少なくとも今まで彼女が見せた魔術でそれが可能なのは先程康太が突破した光球くらいのものである。
あれは相手が高速で移動する、あるいは接近してきたとき用の備えだったのだろう。普通なら魔術で打ち破るようなそれを康太は魔術を一切使わずに突破して見せた。
その行動が彼女に更なる圧力を与えていた。
相手は魔術をほとんど使っていないというのに自分だけ魔術を見せすぎている。そう思いつつあるのだ。
魔術師においての戦いは相手の魔術を把握し相手の手の内を探るところから始まる。まずは様子見、そう言う意味を込めて彼女は行動していただろう。
幸いにも小百合の読みが的中した形だったために、康太は最初から攻勢をかけた。周囲にあるもので可能な限り彼女に向けて攻撃を加えた。
もちろんまだクリーンヒットは無いが、相手の様子を見る限り十分以上に圧力を加えられているとみていいだろう。
相手は五つ、こちらは一つ、それぞれ自分が所有する魔術を見せている。
相手からすればかなり自分が追いつめられているように見えるだろうが、実際は正直まだ康太の方が圧倒的に不利だ。
なにせ相手がどれだけ魔術を修得しているかも不明な上に、二つのうちの一つをすでにみせてしまったのだ。
可能な限り早く決着をつけたい。康太は時折近くにあるものを投擲しながらライリーベルの逃走先を限定し追い詰めようと必死に追いかけていた。
無論相手からの反撃もある。効率よく追いつめられているとは言い難いが、それでも少しずつ彼女を追い詰めはじめていた。
先日ミスして一日に二回も投稿してしまったのでお詫びとして二回分投稿
予約投稿のところでミスをして同じ日に二度も投稿するという失態、前にも似たようなことがありましたが申し訳ありません。
これからもお楽しみいただければ幸いです