商品受け取り
康太たちが体を休めている間、こちらも仕事をしなければなと小百合は張り切っていた。
自分の弟子達は、自分の要求に、自分の期待に完全に応えてくれた。ならばあとは自分がしっかり仕事をするだけだと意気込んでいたのだ。
逃げ惑うミキクラに対して彼女がもつ破壊の魔術が襲い掛かる。それは魔術と言って良いのかさえ怪しい程だった。
小百合が歩くたびに、一歩踏み出すたびにその体に攻撃が降りかかる。
小百合が視線を動かすたびに、その男の姿を目に入れるたびに破壊が巻き起こる。
小百合が手を向けるたびに、指を動かすたびに、その男の歩みが阻害されていく。
「ま・・・待ってくれ!お、俺の負けだ!頼む!殺さないでくれ!」
逃げ場もふさがれ、すでに体は小百合の攻撃を受け続けたせいもあってボロボロだ。もしかしたらもう立ち上がることさえできないかもしれない。
だがそれでも魔術師としてなら戦うことはできるはずだ。魔力が無くなったわけでも、魔術が封じられたわけでも、意識を失っているだけでもない。
だというのに戦いを止めようとすること男の考えが小百合には理解できなかった。
「不思議なことを言うやつだな?その言葉に何の意味がある?」
「い、いやだから!俺は降参する!お前の要求にも従う!だからもう終わりにしようや、な?な!?」
「・・・面白いやつだな。お前が私の要求に従うなんてことは私を敵にした時点で既に決定事項だ。お前にできることは最後まであがくくらいだろう?」
決着とは、相手が戦闘不能になるまで続けられる。相手が降参しようと、たとえこれ以上戦えないと言っても、それは相手の策である可能性がある。
こちらを油断させるための小細工である可能性がある。だからこそたとえ相手が降参しても、たとえ相手がこれ以上戦えないと泣いて懇願しても、それを止めないのが相手への礼儀というものだ。
小百合は、師匠である智代と、兄弟子たちからそう教わった。そしてその考えはその通りだと思うし、自分の弟子にもそう教え続けている。
相手がすでに戦えないとしても、反撃の可能性が欠片でもあるのであれば叩き潰す。
それは自分の為でもあるし、相手の為でもある。
小百合が刀の鞘からその刀身をゆっくりと抜いていくと、こいつには何を言っても無駄だと理解したのかミキクラは最後の力を振り絞って魔術を発動し小百合を攻撃すると、即座にその場から離れようと走り出す。
その反撃すら予想の範囲内だったのだろう、小百合は軽くその攻撃を回避しながらミキクラの走る先を見る。
そこには真理が予想した通り、一台のトラックがあった。
恐らく中には商品と、残りの仲間の魔術師がいるのだろう。あのままこの場から逃げるつもりのようだがそれをさせる程小百合は甘くはない。
全力で近づき、刀を振りかぶると小百合は虚空に向けて刀を振り下ろす。
瞬間、小百合の前方にあった空間が斬れる。
刀の切っ先が通った場所がすべて切断されるかのように一直線に斬撃を通し、逃げ込もうとしていたトラックの運転席部分と荷台部分を完全に切り裂いた。
バランスを崩した運転席部分は転がるように倒れ、その衝撃でトラックの荷台は大きく揺れた。
逃走手段を失い、すでに完全に戦意も喪失していたミキクラは斬られたトラックを見ながらその場に力なく座り込んでしまう。
刀を持った小百合は悠々とその背後に近寄り、思い切り頭を蹴飛ばし気絶させた。
「・・・はぁ・・・状況は・・・ほぼ終了・・・か・・・」
小百合がため息をついているとトラックの異常に気付いたのか、荷台から二人の男が飛び出してくる。
そう言えばこいつらがいたなと小百合が嫌そうな目をしてから刀を構えようとすると後方から槍が飛んでくる。
槍は片方の男に突き刺さるとひとりでに動き出し斬撃と打撃を繰り返し与えていく。
それが魔術によるものであるという事は誰の目にも明らかだった。もう片方の魔術師が小百合の方を見て攻撃をしようとした瞬間、その男の周りに大量の水が顕現しその男の体を完全に包み込んでしまう。
ひとりでに動く槍は男をすでに気絶させ、水に包まれた魔術師は息をすることができず、またその状況に混乱したのか魔術を発動することもできずにそのまま意識を失った。
「・・・なんだ、てっきり忘れていると思ったが」
「・・・敵の数を忘れる程バカじゃありませんよ」
「これで私達の仕事は本当にほぼ終了ですね」
小百合の後ろから現れたのは気絶したカツキチを引きずってきている康太と真理だった。
康太は遠隔動作の魔術で槍を操り、真理は水属性の魔術で魔術師を無力化した。
自分達の仕事は小百合の露払い。敵がまだいる状況で満足に休むことはできない。
敵がいなくなって初めて二人は満足に休むことができるのだ。
二人の頼もしさに小百合は仮面の下で僅かに笑みを作ってから、まだ状況が終了していないことを思い出してその笑みをすぐに消す。
「二人ともご苦労。あとは周囲の警戒でもしていろ」
「まだ働かせるんですか?もうちょっと労ってくださいよ・・・」
「本当ですよ。特にビーは今回凄く頑張ったんですよ?もう少し褒めてあげてもいいんじゃないですか?」
「・・・まったくお前達は・・・師匠への敬意が足りん。もう少し敬え」
笑みを消したはずなのに、気は全く緩んでいないはずなのに小百合の口元は少しだけ綻んでいた。
こういう師弟関係もまた悪くはないかもなと、ほんの一瞬だけ小百合はそう思っていた。
半開きになったトラックの荷台を開くと、その中には木箱がいくつも積められていた。それが今回自分が受け取るべき荷物だったと気づくのに時間はいらず、その木箱の隙間に誰かがいるということに気付くのにも時間はかからなかった。
「土御門テルリ、いらっしゃいますか?」
「・・・誰だ?」
やはりいたかと少しだけ安心しながら、小百合はトラックの荷台に足をかけるとゆっくりとその声の主の元へと歩み寄る。
「デブリス・クラリスです。頼んでいた商品を受け取りにまいりました」
木箱の隙間に座っている中肉中背の男性をまっすぐ見つめながら、小百合は一瞬だけ仮面を外して素顔を見せた。
男性の方もその素顔を見て、彼女が昔からよく知る藤堂小百合でありデブリス・クラリスであるという事を理解したのか安堵の表情を見せていた。
助けに来たでもなく連れ戻しに来たでもなく、小百合はあえてこういった。
自分達は商品を受け取りの邪魔をする輩を倒しただけ。そう言う状況だったという事を土御門テルリに、昭利に教えるためでもあり、ほんのわずかにではあるが皮肉も含めたつもりだった。
「・・・あぁ・・・そう言えば君に頼まれていた商品だったんだったな・・・すっかりと忘れていたよ・・・」
「先に注文したのはこちら、そしてこうして足を運んだのです。優先的に商品を譲ってくれてもよいのでは?」
「・・・そうだな・・・確かにその方が筋は通っている・・・ところでこの辺りにいた連中はどうした?」
「私がここにいる時点で、もう結果はわかっているのでは?」
「・・・まったく・・・荒っぽいところはあいつ譲りやの」
聞きたいことは山ほどあった。特にこの事件の背景。何故この昭利があのような三下相手に従わざるを得なかったのか。
小百合の記憶している魔術師土御門テルリは、少なくともあのような相手であれば問題なく打倒できるレベルの実力を有していたように思う。
受け答えやパッと見でわかるその肉体から、年をとったせいで弱体化したというわけでもなさそうだった。
「とりあえず状況は終了しています。今から最後の仕上げをするところです。その間にいろいろと聞きたいことがありますが、話していただけますか?」
「・・・あぁ・・・君はそれを知る権利くらいはあるやろな・・・というかもしかして一人で来たんか?」
「いいえ、私の弟子達と共に。二人とも外で待機しています」
「二人?あぁそう言えば最近二人目の弟子をとったとか電話でいっとったな・・・」
「えぇ・・・つい先日二人目をとりまして・・・まだまだ未熟者ですが目をかけてやってくれるとありがたいです」
小百合がもう一人弟子をとった。以前電話した時にその話は聞いていたがすでに実戦をこなせるレベルにまで成長しているとなるとその成長の度合いは普通ではない。
本来なら魔術を習い始めて数年は師匠の下で修業を施すものだ。基本を教え、得意分野を見極め、ある程度平均的に魔術を扱えるようになってから実戦に近い形で戦い方を教える。
そうやって少しずつ魔術の実力をつけていき、最終的に実戦に出られるだけの魔術のバリエーションを持たせてから実戦に出すのが普通だ。
だが小百合は普通の育て方をしていない。それが幸か不幸か康太の戦闘のレベルを格段に上げている原因でもある。
「そう言えば、あの双子があなたのことを心配していましたよ。随分とナマイキに育ったものです」
「・・・そうか・・・あの二人は無事か・・・それだけ聞ければこっちとしては十分・・・すまんかったな」
事情がどのようなものであれ、あの二人が危険にさらされるというのは土御門の家にとって大きな損失になってしまう。
それがどういう意味を持つのか、小百合も理解しているだけにこの反応が大げさとは思えなかった。
「一応確認しておきますが負傷などはありますか?あるなら弟子に治させますが」
「いや必要ない。手間をかけさせた」
「まったくです。次はもう少し商談のしやすい場所で待っていてくださるとありがたいですね」
「はっはっは。そうだな、そうさせてもらおう。こちらとしても疲れた。慣れないことはするもんじゃあないな」
快活に笑うその表情には僅かにではあるが疲労の色がうかがえる。肉体的ではなく精神的な疲れが出ているのだろう。
恐らくかなりの心労を抱えていたはずだ。何かしら裏がありそうだなと小百合は考えながらトラックの荷台からテルリを連れ出すと外で待っていた二人の弟子と合流しようとする。
真理はその場にいたが、康太はその場にはいなかった。
周囲を見渡しても辺りに康太らしき人影はない。
「ジョア、ビーはどこに行った?」
「ビーは今回倒した人たちを一つの場所にまとめると・・・たぶんそろそろ戻ってくるのでは・・・あ、帰ってきましたね」
真理が指差す先には一人を背負い二人の足を掴んで引きずっている康太の姿がある。肉体強化をかけているのだろうがあの光景はだいぶ異様だ。少なくとも誰かを助けるためにやっているのではないという事はよくわかる姿である。
誤字報告を五件分受けたので二回分投稿
そろそろこの物語も一年が経とうとしています。誤字報告四天王の方々毎日お世話になっております。
一年の折にはちょっと多めに投稿しようとか考えてますのでどうぞよろしくお願いします
これからもお楽しみいただければ幸いです
 




