手加減と摩擦
「とはいっても・・・どうしたものですかね・・・」
康太たちはその日の夜、京都での夕食をとっていた。
ホテルでの食事でもよかったのだがせっかく京都に来ているのだからどこかで食べに行こうという事で近くで有名な食事処に足を運ぶことになったのだ。
「どうしたものかって・・・何がですか?」
「そりゃあ露払いの話ですよ。撃退すること自体は簡単でしょうが、もし相手がこちらを殺しにくる勢いで攻撃してきた場合上手く手加減できるかどうか・・・」
「あー・・・確かに加減とか難しそうですよね」
破壊の権化ともいえる小百合の弟子である二人は戦闘用の魔術はかなり多く修得している。その為相手を戦闘によって撃退することに関しては定評があるが、それはある程度相手を叩きのめすことが前提となっている。
今回は相手をいかにして上手く無力化するかが前提になっている。可能ならば無傷の状態で矛を収めさせたいのだがそれができるだけの技量が自分たちにあるか少々疑問なのである。
真理はいいかもしれないが康太に関しては本当に戦闘においてかなり攻撃力の高い魔術しか習得していない。
下手すれば相手を殺してしまうような魔術ばかりだ。どうにかして上手く相手を戦闘不能、あるいは戦意喪失状態にさせるにはどうすればいいだろうかと悩んでしまうのである。
「お前達のような未熟者が加減などできるものか。相手は京都の人間だぞ?全力でやって勝てるかどうかも怪しいところだ」
「でも協会と連盟の摩擦を増やすべきではないんじゃないですか?ただでさえ互いに干渉しにくい状態になってるんですから」
「だからそう言うことを気にかける事自体がおこがましいと言っているんだ。お前達は何様のつもりだ?ただの一人の魔術師風情が組織のことを心配するなんて十年は早い」
真理のいう事ももっともだが小百合のいう事ももっともだ。
康太たちは小百合の弟子であり、協会の中でも徐々に高い評価を得始めているが、それでもただの魔術師のうちの一人でしかない。
幹部というわけでもなければ何かの役職を持っているというわけでもない。協会専属の魔術師でもなければ協会から何か依頼を受けてこちらにやってきているわけでもない。
今回康太たちはただの私用でこの辺りにやってきているのだ。何のしがらみもないのだから迷惑も何もないのである。
「そうはいいますけど師匠・・・さすがにボッコボコにするのは問題があるんじゃないですか?」
「向こうがこちらをボッコボコにしようとしているのにこちらからはそれをするなというのか?明らかに矛盾している。やろうとしている奴がやられても何も文句など言えん。先に手を出すようなことをしなければ私としては何を言うつもりもない」
むしろ徹底的にやれと小百合は食事を口に運びながらすまし顔をしている。この状況にあっても小百合は小百合だ。
相手が誰であろうと、何者だろうと、どんな状況であろうと少なくとも手を出してきた相手に対しては容赦しない。
だが確かに小百合のいう事は間違ってはいない。向こうから手を出し、こちらを戦闘不能にしようとして来ているのだ。逆にこちらがそれをやっても何も問題はないだろう。
一方的に手を出し、やり返されたら文句を言うなんてことは子供の理屈でも通らない。協会や連盟という立場を背負っていてもそこは変わらないのだ。
「一応聞いておきますけど・・・もし私達でも止められない魔術師がこちらを攻撃して来たらどうするつもりですか?」
「それを聞いてどうする?私はお前達に露払いを任せた。だから任せる。それ以上何も言うつもりはない」
「・・・あぁそうですか・・・そうですよね・・・」
つまり、仮に康太と真理が戦っても勝てないような魔術師が現れた場合でも小百合は一切手を出すつもりがないという事だ。
露払いは任せた。
弟子二人にとってこれほど重い言葉はない。
なにせ普段頼み事などしない小百合が弟子に対して任せたなどという言葉を使っているのだ。
『やれ』とか『叩き潰せ』とかの命令ではない。そこには小百合が二人のことを頼りにしているという意味が込められていた。
康太も真理もその意味を理解しているだけに、やる気は出ていた。何とも単純かもしれないが康太たちにとっては珍しく、同時に厄介なものだった。
やはり幸彦を連れてこなかったのが悔やまれる。戦力として彼がいればどれだけ頼もしかっただろうか。
「それじゃ俺たちは勝手にやらせてもらいますよ?あとで文句とか言わないでくださいよ?」
「康太君のいう通り、私達はしっかり仕事はさせてもらいますが・・・それで面倒なことになっても知りませんからね?」
「わかっている・・・お前達もなんだかんだ私と同じようなことを言い出したな。それでこそ私の弟子だ」
「絶対褒めてませんよねそれ」
「そんな風に言われても全く嬉しくないです」
「・・・お前達もう少し師匠を敬ったらどうだ・・・」
敬ってますよと二人が同時に笑いながら言うのを見て小百合は指導の仕方を間違えたかなと思いながらため息をついていた。
 




