要求の仕方
「私は寛容な方ですが、返事を間違えられるというのはあまり好きではありません。私にそう何度も聞き返させたりするようなことはさせないでくださいね?それで?返答は?」
恐らく彼女が望む返答をするまでこのやり取りは繰り返されるのだろう。魔術を発動できるようなコンディションにさせることもなく、ただ首を縦に振るのを待っている。
定期的に苦痛を与えながら、そして的確に相手を弱らせながら。
真理が発動したのは肉体強化の魔術だ。もっとも正しい方法での発動ではなく、あらゆるバランスを崩した状態での発動だったために発動された本人は強い不快感を覚えたことだろう。
康太はその効果を身をもって知っているために内心冷や汗をかいていたが、どうやらその苦痛が予想以上に彼の精神を削り取っているらしくゆっくりと息をしながらも真理の方を見ては目を逸らすを繰り返していた。
「・・・ま・・・待ってくれ・・・俺の一存じゃ・・・決められない」
「聞こえませんでした。もう一度言っていただけますか?」
本当にイエスというまで繰り返すつもりなのかと魔術師は歯を食いしばるが、今言ったように自分の一存でこの一団を監視対象から外すようなことはできないのだ。
仮に自分の所属する組織内でそれができたとしても他の組織が納得するはずがない。
「ほ、本当に俺だけじゃ無理なんだ。もっと上の人間を通さないと・・・それにこういう見張りの役割は俺たちのチームだけじゃない、他の連中もかかわってる。あんたたちの目的とか・・・そう言うのをちゃんと説明すれば・・・」
「聞こえませんでした。もう一度言っていただけますか?」
まさか本当に首を縦に振るまで聞きなおすつもりだろうかと魔術師はどうすればいいのだと悔やみながら何とか体調を戻しつつあった。
と言っても魔術を満足に発動できるようなコンディションではない。未だ不快感は体の中に強く残っている。
顔を上げて会話をするのがせいぜいだ。この状況では逃げだすことすら難しいだろう。
そしてどうしたものかと悩んでいるとテーブルの上に先程真理が注文したパンケーキと抹茶アイス、そして紅茶とコーヒーが届けられる。
康太はパンケーキと紅茶を、真理は抹茶アイスとコーヒーをそれぞれ自分の前に置いた状態で目の前の魔術師と対峙したまま待機していた。
最後まで自分の口から言わせるつもりかと僅かに体が震えだす中、それを告げたのは先程からずっと静観していた康太だった。
「姉さん、さすがに下っ端一人に組織を動かせと言っても無理じゃないですかね?ここはある程度猶予を与えてやることも必要だと思います」
「・・・そうは言いますがね、私は聞こえなかっただけですよ?それを聞き返しているだけじゃないですか」
「いじわるはそのあたりにしてあげてくださいよ。さすがに見てて可哀想です。せめて上の人間に繋ぎをつけるとか、情報を流させるとか、その程度で許してあげては?」
康太の救いの言葉に、魔術師は康太の姿が天使か何かのように見えただろう。だが康太と真理としては最初から、小百合率いる一団が商談でこの地にやってきているという事を流させる程度でいいと思っていたのだ。
最初に無理難題を突き出して、その後から少しだけ楽な内容を頼むという詐欺の常套手段でもある。
「・・・ふむ・・・確かにそのとおりでもありますね・・・では聞き直しましょう。貴方は私達のために何ができると思いますか?」
また問いの内容が変わったことでどうすればいいのか悩み始めるが、この目の前の魔術師二人が戦闘の意志がないという事は十分に理解できた。そしてこの二人がそれなり以上に戦闘経験をこなしているという事もすでに把握している。
そうなるとこちらとしては手を出すべきではない。
そしてそれは彼が所属しているチームの人間としても同じだろう。
「俺ができる事なら・・・と言ってもせいぜい情報を流したり上を説得することくらいしかできないけど・・・」
「その程度ですか・・・私たちが求めるのは二つ。私達を監視するのを止める事。そして私たちの仕事の邪魔をしないことです」
「・・・それはわかるが・・・すべてのチームにそれを徹底させるのは・・・」
「無理でしょうね。そこまで力があるとも思えませんし」
目の前にいる存在が本当にただの下っ端であるという事は真理はすでに把握していた。
実際に会うまではなかなか実力を持ちただ慎重に対応しているのだと思っていたが、こうして会ってみればどうということはない。ただ単に見張りの仕事にやる気を出さず、対応しようと思ってもできないタイプだったのだ。
実力的にも立場的にも、そして恐らくは経験的にもかなり未熟だ。恐らくだが康太と一対一で戦っても普通に負けるレベルの実力しかないだろう。
そうなってくると組織内でも発言力はだいぶ低くなるだろう。もともとこうして見張りを任されている時点でそのチーム自体の立場もそこまで高くないのは理解できる。そうなると今回の仕事をこなすためには複数のチームとの交渉をしなければ円滑に商談を進めることは難しいということになりかねない。
真理は面倒なことになりそうだなと思いながらも目の前にいる人物の目を見て小さくため息を吐いた。
「ではあなたがやるべきことは情報を流し、その上の人間を説得するだけで構いません。私たちは敵ではなく、見張る必要はないと・・・あとはそうですね・・・連盟の組織の詳細と、あなたの所属する組織の詳細でも教えてもらいましょうか」
いくら下っ端でも自分が所属している組織の大体の勢力図くらいは理解しているだろうと真理はアイスを口に含みながら笑みを作った。
行動できないのならばせめて情報を。転んでもただでは起きないなと康太は腕を掴んでいた方の遠隔動作の魔術を解除しパンケーキを頬張り始める。




