合図と相席
康太たちがゆっくりと店を移動している間に、真理は携帯で連絡を取り始めていた。
「もしもし師匠ですか?今電話大丈夫ですか?」
『あぁ問題ない。そっちはどうだ?』
「えぇ、なかなかいいものが売ってますよ。とりあえず保存がききそうなものだけそれなりに買ってあります。師匠も何か買っておいてほしいものとかありますか?」
その声音は全く変化はない。普段通り過ぎる真理の声だ。先程までの変化とその内容を知らなければそれが演技であると気づくことはできないだろう。
近くにいる康太でさえ、今まさに隣にいる真理が仕掛けようとしているということを忘れそうな声と内容なのだ。
『土産は自分で買うからいい。お前達はお前達で好きなものを買えばいい』
「わかりました。ところで今そっちはどういう感じですか?」
『・・・相も変わらず見てきているよ。一体こんな状況を眺めていて何が楽しいのかわからんが・・・まぁお前がわざわざ電話をかけて来たんだ、もうその必要がないんだろう?』
「えぇ、乙女の生活を覗こうとする不届き者にはちょっとお仕置きが必要かと思いまして。構いませんか?」
『・・・好きにしろ。それで?私になにをさせるつもりだ?』
ただ許可をもらうために電話をかけたわけではないだろうという事は小百合も理解しているようだった。そして真理も小百合の話の早さに笑みを浮かべている。
さすがは私の師匠ですと笑みも声音も崩さずにそれを告げる。
小百合は何だそんなことかと返すと、そのまま二、三話をした時点でため息を吐く。
小百合も巻き込んでの作戦と言えば聞こえはいいが、真理が考えているのはそこまで大仰なものではない。
むしろ小百合がやるのは本当に微々たるものだ。真理や康太が行うことに比べれば何もしていないと言ってもいいほどに。
『まったく・・・そんなことでいちいち電話をかけてきたのか』
「いいでしょう?こういうのは驚きが必要なんですよ。ある程度相手を驚かせないと効果がないんです。手伝ってくれますよね?」
『・・・わかった、そのくらいなら手伝ってやる。あとはきっちりお前達が終わらせろ。いいな?』
「わかってますよ、師匠の手は煩わせません。もう準備はできました」
そしてその合図は康太が射程距離に入った瞬間起きた。
ほんの一瞬だけ変わった声音に、電話の向こう側にいた小百合もその意図を察したのか真理に頼まれたことを実行する。
先程まで全くそんなそぶりを見せず、こちらを見ている人間の視線など意にも介していなかった真理が急に遠視阻害の魔術を解いたかと思うと強烈な殺気を放ち、こちらを見ている術の視点を強く睨んだ。
そしてそのタイミングに、同じく電話していた小百合も全く同時に遠視の視点に向けて鋭い視線と強い殺気を向けていた。
その光景を見ていた術者は小百合と真理、二人同時に目が合った瞬間肝を冷やした。見られているという事に気付いていることは遠視阻害の魔術を使っていたことで理解していたが、その視線のポイントまで見切られているとは思わなかったのである。
そして急にこちらを見て、魔術越しでもわかるほどの強烈な殺気に晒されることで術者は一瞬焦った。一体何をどうするつもりなのかと。
ただ買い物をしているだけ、その二人の魔術師を監視するだけの単純な仕事だったはずだ。
だが今二人が同時に自分を睨んだ、しかも強烈な殺気を孕んだ視線をこちらに向けている。
偶然なんかではない。電話をしている間に何かの打ち合わせをしたと考えるのが自然だ。
一体何を話したのか、恐らくはこれを見ている自分への対策と見て間違いないだろう。
ならば一体何を。
とにかくすでに気づかれ、何かこれから行動を起こすのは間違いない。
三人の様子を監視していた魔術師は場所を移すべく今まで座っていた席を立とうとする。
だが次の瞬間、その魔術師の体に強い力がかかる。
一体何が起こったのか。それを理解するよりも早く魔術師の体は目の前にあったテーブルに押さえつけられ、片腕を強くつかまれていた。
近くに誰もいない。なのに体に力がかかっている。これが魔術であると理解するのに時間はいらなかった。
何をするつもりなのかではなく、すでに何かした後だったのだ。
魔術師はもっと早くこの場を離れるべきだったと思いながら、何とか動こうと身体能力強化の魔術を発動して強引にその場を抜け出そうとするが、康太の発動した遠隔動作の魔術はそう易々とその魔術師を放すことはない。
普通の人間に掴まれた程度なら、肉体強化の魔術で簡単に抜けることができただろう。
だが今康太の体には身体能力強化の魔術がかけられていた。
もっともその魔術を発動しているのは康太ではない。康太はまだ複数同時、しかも別の魔術を発動するのは難しいのだ。特に今回のように遠隔動作などで高い集中を必要とする場合、複数の発動はまだほころびが出てしまう。
その為、康太の体にかかる身体能力強化は真理が発動していた。
普段康太が使うよりもずっと精度の高い身体能力強化。もともと康太が持ち合わせていた身体能力に加え、普段よりも強い身体能力強化発動時での遠隔動作。完全に捕縛することが難しくてもその場から動かなくすることはできる。
そうして康太は魔術師をその場から動けなくし、真理と共にゆっくりと移動し始める。
すでに場所は割れている。真理はその場所に康太を引き連れてゆっくりと移動するだけだ。
遠隔動作の射程を考えると康太の魔力もそう長くは続かない。だがそれでも十分すぎた。
「二人で、待ち合わせをしています・・・あぁ、あそこの席の人ですね」
その店に入ると真理は悠々と、笑みを崩さずに店員にそう告げその人物の前に座って見せた。
「さて・・・何を頼みましょうか・・・ここのおすすめなどを教えていただけると嬉しいのですが?」
未だ康太によって押さえつけられ、腕を強くつかまれている魔術師らしき人物は憎々しげに真理の方を睨んでいた。
既にこれだけの距離に接近されてしまった。あまつさえ同じテーブルに座らせてしまった。斥候としてのこの人物の行動は完全に失敗となってしまっているのである。
だがそれでも目の前にいる人物二人がわざわざ攻撃することもなく対話を申し出ているという事は、まだ自分に求めていることがあるという事だ。
少なくともこのまま殺されるということはないだろう。少しでもいいから隙を探してこの場から逃げ出そうと画策していた。
「・・・ここでうまいのはパンケーキ・・・あとは抹茶アイスくらいか」
「ではそれを頼みましょう。あとは適当に飲み物なども・・・すいません、注文お願いします」
真理はそう言いながら笑みを崩さずに店員を呼ぶと先程勧められたもの二つに紅茶とコーヒーを追加で頼んでいた。
目の前にいる人物が一体何者であり、何を考えているのかを必死に模索する中、真理は注文を終えゆっくりと視線を動かす。
「・・・では本題に入りましょうか。貴方は私達のことをどれだけ知っていますか?」
どれだけ知っているか。あえて口にさせることで情報を適切に相手から抜き取ろうとする。この辺りは奏のやり口に似ている。
やはり同じ系列の人間だとこういう尋問に近い行動も似てくるのだろうかと思いながら康太は眉を顰めながらも力を込め続けていた。
「・・・はっきり言えば何も知らない。お前達が魔術師だということは知っている。そして連盟に所属していないという事も把握している。トラックでやってきて何かをやろうとしているくらいしか分からない」
どうやらこちらの情報は全くと言って良いほど得ていないようだった。本当にただ見慣れない魔術師を見つけたから見張っていただけ。こうなってくると康太たちが戦う理由が本当にないのだということがわかる。
康太は内心安堵しながらもその内情を表情に表すことはなかった。
「ではあなたの所属している組織は連盟という事でいいのですね?私達は連盟に敵対行動をとるためにやってきたわけではありません。あくまで個人的な商売のためにやってきました。貴方とこうして接触しているのも、あなたの見張りが目障りだったからです」
目障りだったといういい方に康太は若干棘を感じていたが、すでに十分すぎるほどの状況は作り出している。
相手からすればすでに喉元にナイフを添えられているのと同義だ。このまま真理か康太の機嫌を少しでも損ねれば自分の命が危ういことくらいは理解できる。
だからこそ慎重な回答が求められる。
「・・・それで・・・俺はどうすれば解放してくれるんだ?」
相手は早く解放されたいと思っているらしい。そしてこの状況を作り出した意味をよく理解している。
監視の目をかいくぐるのであれば単にこの魔術師を気絶させればいいだけだ。そうしなかったという事はそれだけこの人物にやってほしいことがあったからである。
「簡単です。私達に対する見張りを止めてください。先程も言いましたがすごく目障りです。私たちは商売にやってきただけ。なのでそのあたりをあなたの所属する組織全体に伝えていただければと。可能なら他の組織にも伝えてくれるとこちらとしても楽です」
「そんな頼みを、俺が首を縦に振ると思って」
「頼み?あぁそうだ、言い方を間違えてしまいましたね。言い換えましょう。そう伝えなさい。頼みでもお願いでもなく、これは命令です」
立場が分かっていないんですかと真理は笑みを浮かべながら目の前にいる魔術師を見つめ続けている。
このままあなたを縊り殺してしまってもいいのですよと、懇切丁寧に説明するかのように真理はゆっくりと視線を動かしていく。
その視線の動く先には康太の力がかかっている背中と腕の部分がある。康太にいつまでも拘束させるわけにもいかないが、この状況を作っている限りはこちらの優位には変わりない。
たとえ情報戦で先手を打たれてもその後でひっくり返せば話は済んでしまう。単純な話ではあるがこうなってくるとすでに勝負はついてしまっているのだ。
「返答を聞きましょうか?イエスかノーか。もちろん快い返事をしてくれると信じていますよ」
有無を言わせない言葉に魔術師は口を開きかけて閉じる。こんな状況になってしまっても自分に与えられた任務くらいはこなしたいのだ。
斥候の任務。普段は退屈なだけだったこの任務にまさかこんな悪魔のような者たちが現れるとは思っていなかった。
だがだからこそこの事態を伝えなければならない。携帯は使えない。ならば魔術で誰かに伝達するほかない。
そう思って魔術師が僅かに集中すると、真理は魔術師の額に触れる。
瞬間、魔術師の体に変調が起き強烈な痛みと吐き気、そして頭痛と腹痛、そしてめまいが襲い掛かる。
一体何が起こったのかを理解するよりも、魔術のためにしていた集中が解けてしまったことの方が問題だった。
そして目の前の女がそれを引き起こしたという事、さらには自分の一挙一動が見抜かれてしまっていることを理解し、苦痛に呻きながらも魔術師は深呼吸しながら何とか体調を整えようと心掛けていた。
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