何時からその場所に
真理の暗示を継続しながら康太は彼女と共に再び小百合の店へと向かっていた。
あそこに魔術師としての装備一式を置いてきたため回収して学校に向かわなければならない。
これから自分は魔術師として戦うのだと思うと楽しみでもあり恐ろしくもある。
少なくとも小百合よりはましな相手だと思いたいが、どうなるかはわかったものではない。
いつものようにまさるマネキンを見て康太は眉をひそめる。
毎回思うのだがこのマネキンは一体なんなのだろうかと。
「姉さん、この『まさる』っていったい何時からいるんですか?」
「え?あぁこれ?私が弟子になった時にはもうありましたよ?」
真理が小百合に弟子入りした時にはすでにあったという事は、すでに数年の月日が経過しているということになる。
一体どこの誰が用意したのか、今度小百合に聞いてみようと思いながら二人は店の中に入っていく。
「戻ってきたか・・・暗示はきちんとかけただろうな?」
「はい、問題ありません。あとは康太君を現場まで届けるだけですね」
すでに準備は整った。あとは移動して学校に向かうだけである。
だが実際どのように移動するのだろうか、あんな装備を身に着けて移動したらさすがに暗示があったとしてもばれてしまいそうな気がする。
「あの・・・学校まではどうやって行くんですか?」
「電車だが?確か一本で行けたはずだろう?」
「いやそうですけど・・・これ着てたら目立ちません?」
康太が仮面と外套を示すと小百合は小さくため息をつく。その表情には呆れが含まれているのが康太にもわかった。
「何のために私服に着替えさせたと思っている。電車の中でそんなもの着る阿呆がいるか。学校の近くに行ってから着ればいいだけの事だ。そこから先はサポートしてやる」
小百合の言葉に康太はそれもそうかと装備をまとめ始める。
思えば当たり前かもしれない。仮面をつけた状態で電車に乗るなど不審者のそれだ。明らかに異常な光景で恐らく暗示をかけたとしてもすぐにばれてしまうだろう。
自分達が移動し、道を歩いている段階で外套を着こんで二人が隠匿用の魔術を発動したところで仮面をつければいい。それだけの事なのだ。
だが問題はその先、自分がどれだけ戦えるかというところである。
「調子はどうだ?上手く魔術を発動できそうか?」
「・・・まぁ、調子は悪くありません。あとはどれだけ動けるかですね」
魔術師として未熟な康太は魔術の扱い方もそうだが、実際に一人前の魔術師と対峙するには身体能力に頼るほかない。
康太の身体能力は決して低くはない。中学の頃からそれなりに陸上をやっていた経験もあってか体力にも自信はある。
一般的な学生の平均値は軽く越しているし、中学の陸上の中ではそれなりに上位に入賞したことだってある。
康太はそれだけの身体能力を有しているのだ。少なくとも普通の人間よりは高い値を示せるくらいには。
だがそれを実戦で活かせるかどうかはまた別問題だ。
反射的な回避行動やとっさの判断が求められる中で、どれだけ体が思うように動くか、それこそ実戦で求められることでもある。
それこそ格闘技などのそれに近いかもしれない。反射的に自らが思う最適な行動をとれるかどうか。それこそが実戦に求められることでもある。
小百合たちとの訓練では上手く動いてくれていた。だが実際に戦いになった時にその通りに動いてくれるかどうかはまた別問題だ。
訓練と実戦は違う。それは小百合から耳に胼胝ができるほど言われてきた言葉でもある。
相手が本気で殺しに来るような状況でもしっかり体が動いてくれるかどうか、それができるか否かが重要なのだ。
何より自分への攻撃もそうだが、相手への攻撃もきちんとできるかも不安要素の一つでもある。
自分の所有する魔術は地味だがそれなりに強力なものだ。応用力もあるためにそれをどこまでうまく扱えるか、そして相手に対してしっかりと攻撃できるか、それが問われることになる。
なにせ今まで喧嘩らしい喧嘩もしたことがないのだ。相手を傷つけるという行為そのものが初めてであるためにまともに戦えるかどうかも怪しい。
恐らく今回の戦いは康太にとっての試金石でもある。康太が魔術師に向いているかどうか、それを確かめるための。
格上相手に不安要素が多すぎるが、不安がっていても仕方がない。ここまで来たらなるようにしかならないのだ。
戦いになるかどうかも分からないが、自分の全力を尽くす。それだけは決めていることでもあった。
自分は小百合の弟子なのだ。師匠の命令は絶対、逆らったら自分が叩き潰されてしまう。
そんなことにはなりたくない。それなら他人を叩き潰した方がましである。
それができるかどうかはさておいて。
「よし・・・準備ができたら出発するぞ。真理、お前も準備しておけ」
「了解です。ちょっと待っててください」
真理はそう言って部屋の奥から外套を一つと仮面を一つ取り出した。
恐らく予備の外套と仮面をここにおいてあるのだろう。自分もそうしたほうが良いのだろうかと思いながら康太は意識を集中していく。
今までやったことのないことをやろうとしているのだ。緊張するのは当たり前のことである。
できる限りのことはした。準備もしたし覚悟も決めた。あとはどれだけ開き直れるかという事だけだ。