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ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
十話「古き西のしきたり」

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監視網

「いらっしゃいませ、三名様ですか?」


「はいそうです」


「かしこまりました、ではこちらの席へどうぞ」


康太たちはトラックを駐車場に止めた後、真理の調べた食事処にやってきていた。


ここで有名なのは蕎麦だそうで康太たちは皆一様にそばを注文していた。


夏という事もあって冷たい蕎麦をメインとしたものばかりだ。だが康太は近くに来ている女性従業員のイントネーションに感動しているようだった。


文字に出すと標準語のように見えるかもしれないが、実際は標準語とは若干イントネーションが違う。


これが関西だよなぁと康太はしみじみしながら何度も頷いていた。


「よかったですね康太君、満足できましたか?」


「えぇ、やっぱりあぁいう言葉はいいですよね。つい顔がほころびます」


「・・・わからん世界だ・・・お前にそんな趣味があったとはな」


「趣味っていうんですかね・・・?まぁ好みではありますけど」


康太たちが店の内観や店員の話し方などに注目していると、注文した蕎麦が康太たちの元へと届きだす。


そして生山葵やネギなどの薬味に加えサイドメニューとして焼きみそに蕎麦豆腐なるものも注文していた。


康太が頼んだのは山かけ蕎麦、小百合はおろしそば、真理は茶そばを頼み、それぞれ口に含み始めた。


空調を入れていたとはいえ今までずっと暑いトラックの中にいたこともあって冷たい蕎麦が喉を通り抜けていった。


蕎麦と麺つゆの独特の香りが康太たちの鼻孔をくすぐる中、康太は一瞬ではあるが違和感を覚えていた。


なんというか、体の内側を撫でられたかのような微弱な違和感。不快感と言い換えてもいいかもしれないその感覚に康太は眉をひそめた。


「・・・今、なんかありましたか?」


「ほう、気づいたか。どうやら向こう側の索敵に引っかかったらしいな」


「康太君の察知能力もだいぶ高くなってきましたね。恐らくはこの辺りを拠点としている人たちの定期チェックでしょう。私たちのように条件の揃った人間はそれなりに見つかりやすいですからね」


条件の揃った。つまりこの場合でいえば魔術師であるかどうかという事だ。


康太の知る中でそれを知ることができる索敵と言えば文もよく使う魔力感知の魔術が考えられる。


康太たちは魔術師で魔力をそれなり以上に蓄えている。その為こういった索敵に引っかかることもあるだろう。


だが昼間から、しかも街中でこういった索敵魔術が使われるというのは珍しいように感じた。


「なにも昼間からチェックしなくてもいいように思うんですけどね。こっちでは当たり前なんですか?」


「人が動くのは基本的に日中だ。特に都心部では日中からチェックしておけば観光客の中にそう言う輩がいるかどうかをチェックすることができる。夜にやるよりは見つけやすいという事だろうな」


「あー・・・そっか。観光地とかだとそこまで珍しくはないのかな?」


康太たちが今いるのはただの都心部ではなく観光地ともいえる京都だ。基本的に旅行などに来ている人間は日中に移動する。


そうして移動している人間の中に魔術師がいないかどうかを確認するために定期的にチェックしているのだろう。


そして康太たちはそれに引っかかった。ただそれだけの事だろうがそれにしてもこちらに来てからまだ一時間も経過していないのに見つかるとは思っていなかった。


元より隠密行動などをするつもりではなかったとはいえここまで簡単に見つかるというのはなかなかに驚きだった。


「どうせなら体の中空っぽにしておいた方がよかったかもしれませんね」


「何故だ?別に悪いことをしているというわけでもないんだ。堂々としていろ。何か後ろめたいことがあるのなら動揺することもあるかもしれんが私たちは商売のためにやってきているんだ。いちいち反応して余計な手間を増やしてたまるか」


「・・・要するに、そう言う面倒は私達が引き受けろってことです。今回の私達の役回りは露払いですからね。やってきた人たちを説得するのも私たちの仕事というわけですよ」


「なるほど・・・了解です。一応聞いておきますけど、万が一向こうからしかけてきた場合はどうしますか?」


「答える必要があるか?」


小百合の言葉にそうでしたねと言いながら康太は山葵を擦りおろし始める。

もし戦闘になった場合小百合が言う言葉はたった一つだ。それを康太も真理もよく理解している。


叩き潰せ。


シンプルでありなおかつわかりやすいその言葉は康太たちの中で一つの解決策になりつつある。


相手が仕掛けて来たのにこちらが譲歩するなどあり得ない。徹底的に叩き潰して立場をわからせる。


こちらには非は無いのだからと、堂々たる態度で対応すればいいのだ。


もっともわざわざ戦闘にする必要もない。向こうが対話を求めているのであれば話を聞けばいいだけの話なのだ。


昼食をとった後、康太たちはホテルにチェックインするべく予約していたビジネスホテルにやってきていた。


店を出てからずっとこちらを観察している視線を小百合と真理は感じ取っていたが、今のところ何かしてくる気配はない。


こちらの出方を窺っているのか、それともこちらが動くまで手を出すつもりはないのか、どちらにせよ手を出してこないのであればこちらとしても手を出すつもりはなかった。


「小百合姉さん、晩飯はどうすんの?」


「適当にそのあたりで食べればいいだろう。せっかくこっちまで来たんだ、京料理を堪能するのも悪くないだろうさ」


「楽しみですね・・・これでいいですか?」


真理がフロントの従業員に書類を提出するとそれを確認したフロントはありがとうございますと謝意を述べてから真理にカードキーを渡してくる。


「それではこちらが部屋のカードキーになります。どうぞごゆっくり」


「わかりました。じゃあ行きましょうか」


康太たちはそれぞれ姉弟という設定にしてフロントではそれぞれ姉と弟という風に演技していたが、エレベーターに乗ると同時にその演技を止めてため息を吐く。


「まさかお前に姉さん呼ばわりされることになるとはな」


「母さん呼ばわりじゃなかっただけましじゃないですか。ていうかわざわざ兄弟設定する意味ありました?」


「暗示をかけるよりは楽だし何より怪しまれない。もっともあの従業員が魔術師だった場合は無駄だろうがな」


「その心配はありませんよ。暗示の魔術も効いていたようですし一般人です。まぁたまには新鮮だったという事でここは一つ」


先程の姉弟演技をしようと言ってきたのは真理だ。師匠と兄弟弟子という関係であるとはいえ康太たちは赤の他人。しかも中には未成年の人間もいるのだ。一応当たり障りのないようにしておいた方がいいという判断である。


これに意味があるのかどうかはさておき、小百合は康太からの姉さんという言葉に若干ではあるが鳥肌が立っているようだった。


部屋につくとそこは四つのベッドがある四人部屋だった。三人用の部屋などなかったからこの部屋をとったのだろう。


それなりに広く、窓から見える景色もそこまで悪くはない。


康太たちはそれぞれ荷物を置くと同時に体を伸ばし一休みしようとしていた。


「さて・・・いつまでも見られているというのはあまりいい気分ではありませんね・・・どうしたものでしょうか・・・」


「見ていたいというのならそうさせておけ。目障りだというのなら好きにしろ」


「さすがに攻撃はしたくありませんが・・・事情くらいは説明したほうがいいかもしれませんね・・・こちらに敵意がないことと、ただ単に仕事の関係でこっちに来たことを話せばなんとか・・・」


「仕事の関係で魔術師三人が一緒に行動・・・か・・・逆に怪しまれて警戒されなければいいがな・・・」


仕事の関係で魔術師がいろんなところに行くことは別におかしい話ではない。だが三人の魔術師が一緒に行動するというとまた話は違ってくる。


仮に会社の中に魔術師が数人いたとしても、同じ仕事を任され同じ場所にやってくる可能性は一体どれくらいあるだろうか。


仮に魔術師側が会社側に働きかけてそうなるように仕組んだとしても、その仕組んだ理由などを問いただすだろう。


三人の魔術師が偶然こちらにやってきたという事はない。基本的に何か企んでいるという事になるのだ。


しかも普通の会社ならそう言う考えもできたかもしれないが康太たちの場合小百合も真理も康太も年齢も立場も全く違う。


そうなってくると会社などの仕事ではなく魔術師としての仕事ということになる。


その場合魔術協会の勢力圏外であるこの京都では、あまりいい顔はされない可能性が高いのだ。


「どちらにしろこちらの情報を与えておくことも必要では?下手に様子を見てあちら側が先に手を出さないとも限りませんよ?」


「そのあたりは全部任せる。今回のお前達の仕事は露払いだ。周りに面倒があるのならそれを退けるのがお前達の仕事だ。好きにしていい」


要するにいちいち面倒にかかわる気はないから全部康太たちに丸投げするという事だ。傍若無人にもほどがある適当ぶりに康太と真理はため息をついてしまう。


だが本来の康太たちの仕事はそう言う事だ。何もこちらに襲い掛かってくる敵だけを排除すればいいのではない。周りとの摩擦を可能な限り少なくして円滑に商談を進められるようにするのが康太たちの今回の役割なのだ。


「姉さん、どこから見られてるとかそう言うの分かりますか?」


「いえ分かりませんね。恐らく魔術を使ってみているのでしょう。見られてはいるでしょうがその方角がわかりません・・・となるとこちらからアプローチをかけるか・・・あるいは呼び寄せるしか方法はなさそうですね・・・」


相手もバカではない。こちらが見える位置で物理的に見ているようなことはしていないだろう。


魔術でこちらを確認できているというのであればこちらの動きはほぼ把握されているということになる。


悪いことではないがすでに情報戦で先手を打たれているという感は否めない。相手が単独なのか複数なのかもわかっていない状況で始まるというのはなかなかに面倒だなと真理は眉をひそめていた。


「とりあえず買い物ついでに街に出てみましょうか。師匠は部屋で大人しくしていてくださいね」


「わかった・・・だがこの場所にその連中が攻め込んできた場合はどうするつもりだ?」


「師匠なら自分で倒しちゃうでしょ。俺らが移動して釣りをします。どっちに引っかかっても大丈夫なように備えておいてください」


「・・・どっちが餌だかわかったもんじゃないな・・・」


普通三人で行動しているものがいて、二人と一人に分かれたらどちらが襲撃の標的になりやすいかと言えば当然一人の方である。


部屋に残った一人と外で行動する二人。監視をするのは恐らく二人の方になるだろうが危険が増すのは間違いなく一人でいる方だ。


そう言う意味では小百合こそ今回の釣りの餌であるように思えるかもわからない。


「それじゃ買い物行ってきますけど、なんか買ってきてほしいものありますか?飲み物とか食べ物とか」


「・・・適当に水と茶を買ってこい。あとはまぁつまみ程度があれば良い」


「酒はダメですよ?」


「飲むつもりはない。口元が少し寂しいだけだ」


そう言いながら小百合は持ってきていたパソコンを開いて何やら作業を始める。普段ならちゃぶ台の上にはせんべいや湯呑があるからあまり気にすることもないのだろうが今は何もないからこそ何か食べながら作業をしたいのだろう。


どこに行ってもこの人の動作は変わらないのだなと弟子の二人は苦笑いしながら財布と最小限の荷物を持って部屋を出ていく。


「それで姉さん、釣りとは言いましたけどどうするんですか?ただ買い物するだけですか?」


「今現在私たちが確認されているのは恐らく遠視の魔術であると思われます。康太君は遠視の魔術は知っていますか?」


「はい。遠くを見ようとすればするほど消費魔力が多くなるものですよね?今のこれもそうなんですか?」


「恐らくは・・・窓のないこの場所でも見られている感覚は無くなりません。間違いなく遠視の魔術です。もっともそれが私達のよく知るものなのか、それともこちら特有のものなのかはわかりませんが」


真理の言葉の意味を理解するのに少々時間がかかった康太はようやく今の状況を正しく理解しつつあった。


魔術というのは基本的に誰でも修得できるものだ。修得する人物に何かしらの問題でもない限りは術式を知れば、時間をかけて訓練することで誰でも修得することができる。


だが今回問題なのは相手が使っている術式が康太たちの知る『魔術協会でよく使われる術式』なのか『四法都連盟が独自に作り出した術式』なのか分からないという点である。


康太たちが良く知る術式で効果が似通っていたとしても、もしかしたら根本的にそのルールや効果が異なる場合があるのだ。


例えば先に話に出た遠視の魔術に関していえば、魔術協会でよく使われる遠視の魔術は康太が言ったように距離が遠くなればなるほどに消費魔力が多くなる。精度を上げれば上げる程より効率よく遠くを見ることができ、また見ることのできる光景もより鮮明になっていくというわかりやすいものだ。


だがこの京都の界隈で使われている遠視の魔術が康太たちのよく知る魔術と同等のものではない可能性もあるのだ。


例えば特定の場所からの視点しか見ることはできないが、距離に対して必要な魔力量は変化しないような術式、あるいは映像に乱れがある代わりに消費魔力が少ないなどと言った変化があるかもしれない。


そしてそれは何も遠視の魔術だけにとどまらない。康太たちが普段使うあらゆる魔術に共通していえる事なのだ。


「まずは普通に買い物をしながら相手の魔術の詳細を確認していきましょう。釣りを本格化させるのはそこからです」


「了解です・・・っていっても一体どこから見てるんだか」


「一人だった場合ならある程度特定もできるんでしょうけど・・・複数でこちらを監視している可能性もありますからね。少し小細工をしておきましょうか」


そう言って真理は少しだけ目を細めると魔術を発動する。それは自らとその周囲に干渉する魔術だった。


康太は真理が魔術を発動したというのはなんとなく理解できてもそれが何なのかは理解できなかった。


「今のは?」


「簡単に言えば遠視の魔術を阻害する魔術です。完全に見えなくすることは難しいですがこの場合なら十分役に立つかと。こういうのは鼬ごっこになってしまうものなんですけどね・・・」


何かをする魔術に対してそれを阻害する魔術を作り、さらにその阻害する魔術を阻害する魔術を作る。


そう言った感じでどんどんと魔術は阻害されたり対策されたりという事が多くなる。特にこのような情報系の魔術に関してはそう言うことが多く行われる。


だが逆にこれで相手がそう言った魔術を使ってくれればありがたかった。


そうすればその魔術の傾向などもある程度知ることができるし、何よりそう言った魔術を発動することによって情報を得ることができるのだ。


既に情報戦で出遅れてしまっている真理たちの初手としては悪くないものだろう。あくまで自分たちの役割は釣り。相手がこれに引っかかってくれればそれでいいのだ。


誤字報告五件分、そして土曜日なので合計三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

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