到着、京都
「んあ・・・!だいぶ西の方に来ましたね・・・」
「そうですね。これなら十三時か十四時くらいには現地に着けるでしょう」
康太たちは九時ごろ、高速の途中にあるパーキングエリアで休憩をとっていた。
朝食も兼ねてパーキングエリア内の食堂に入り適当に食事を詰め込んでいるところである。
交通状態はそこまで悪くはない。もちろん夏休みという事もあってそれなりに車はあるが、平日の朝という事もありまだそこまで混んではいなかった。
「師匠、向こうについたらホテルの周り散策してきていいですか?」
「ん・・・とりあえず今日はチェックイン以外に予定はない。そのあたりは好きにしろ。面倒さえ起こさなければ文句は言わん」
「よっしゃ。いろいろと土産物とか見たかったんですよ。せっかく京都に行くんだからどうせなら楽しみたいですしね」
「ふふ・・・なら私もご一緒していいですか?せっかく行くんですしいろいろ見て回りたいです。本当ならお寺とか見に行きたいところですけど・・・」
真理がいいですか?と問いかけるように小百合に視線を向けると、彼女は小さくため息をついて近くにあった湯呑に手を伸ばす。
「そこまでの時間的余裕があるかはわからんがな・・・好きにしろ」
「やった。今のうちにいろいろと調べておかなきゃですね。ホテルの近くにある有名なお寺とかお店とか・・・」
そこまで調べて真理は一度携帯を操る手を止める。ふと疑問が頭の中に過ったのだ。そしてその疑問は割と重要なことだったのである。
「あの・・・そう言えば師匠、今回のホテルの部屋割りってどうなってるんですか?私全く関与してなかったんで知らないんですけど・・・?」
ホテルの部屋割り。この場にいるのが全員女性だったのならそんなことをする必要もなかったのだが、生憎とこの中には一人だけ男が混じっている。
しかも康太は健全な男子高校生だ。年上の女性や女子大生と一緒の部屋にするわけにはいかないのだ。
「ん?全員一緒の部屋だが?」
小百合の言葉に康太と真理は口に含んでいた食べ物や飲み物を吹きだしかける。てっきり別々にしていると思っていただけにその衝撃は大きい。
「・・・はぁ!?師匠何考えてるんですか!?なんで一緒にしたんですか!?」
「旅費を安くするためだが。それがどうした?」
「だ、だってそれは・・・せっかくのんびりできそうなのに・・・第一魔術師としての緊急の活動でもないんですから別々の方が・・・一応私たち思春期真っ盛りなんですけど」
真理の言っているのは至極正論だ。康太も何度も頷いて真理の言い分に同意している。
だが小百合は面倒くさそうにあぁ?と明らかに悪態をついている。
「あのな、私は高校生に欲情するような性癖は持ち合わせていないんだ。大体こいつの裸を一度見たことあるがそこまで気にするようなものでもないぞ?」
「い、いやそう言う事じゃなくて・・・!師匠が良くても康太君が良くないって話ですよ!もし師匠に欲情とかしちゃったらどうするんですか!」
「安心しろ。その時はきっちりと気絶させてやる」
翌朝までぐっすり眠らせてやるからなと小百合はにやりと笑いながら拳を鳴らしている。
もし万が一にもホテルで滞在中に漫画やアニメのようなドッキリハプニングが起きようものならしっかりと物理的に康太に制裁を加えるつもりだ。
小百合のいう通り翌朝まで康太が目を覚ますことはないだろう。これから仕事を控えているというのにそんな状況になるのはまっぴらごめんだと康太は冷や汗をかいていた。
何故自分の周りにはこう強い女性しかいないのかと康太は内心涙を流していた。
「で・・・でもその・・・私はどうするんですか!私だって健全な女の子ですよ!?」
「あぁ?康太が信用できんというなら縄で縛ってそこら辺に転がしておけばいいだろうが。第一見られて困るようなものもないだろうに」
「困りますよ!恥ずかしいです!第一何でそんな雑なことを・・・」
「一部屋の方が安いからに決まっているだろう。それ以外に理由なんてない」
可能な限り旅費を節約するためとはいえまさかホテルの部屋を一つしか取っていないというのは完全に予想外だった。
今から予約しても別の部屋を取れるかどうか怪しいところである。なにせ今は夏休みだ。旅行に来ている人間もそれ相応にいるだろう。
そんな中都合よく一人部屋を確保できるとは考えにくい。
「姉さん・・・もう諦めましょう・・・師匠がこういう人だっていうのはわかっていたことでしょうに」
「そ・・・それはそうですけど・・・」
そもそも康太も真理も魔術師だ。異性と同じ部屋で泊まることがあるということは重々承知している。康太もそれをすでに経験しているし真理も同様だ。
今回は余裕があるから別々だろうと勝手に思い込んでいただけに多少驚いたが、今回も似たようなものだと思えば早々に諦めはつく。
「大丈夫です。いざとなったらベランダとか風呂場とかで寝ますから。何かあったらたたき出してくれて構いません」
「ですがそれでは康太君があまりにも・・・」
「いいんですよ・・・師匠がこういう人だってもう諦めてますから・・・次は俺がちゃんと宿泊先を予約します。そうしないと同じことの繰り返しだ・・・」
「・・・苦労を掛けてしまいますね・・・」
「それはお互い様ですよ・・・」
互いに互いの苦労をしのびながら僅かに目頭が熱くなるのを互いに感じ、自分たちの境遇の悪さに苦心してしまっていた。
「・・・お前ら目の前に自分の師匠がいるとわかっているんだよな?いい加減寛大な私も怒っていいと思うんだが」
小百合が寛大などという言葉を使ったことで康太と真理は鼻で笑ってしまう。次の瞬間小百合の鉄拳が二人に襲い掛かったのは言うまでもない。
真理の読み通り、康太たちは十三時半ごろに京都にやってきていた。
康太は京都に来るのは中学の修学旅行以来だが、都市部となるとそこまで関東地方と外観が大きく異なるということはない。
とはいえ細部を見てみれば、どことなく関西の雰囲気を感じ取ることはできていた。
なんというかどことなく古めかしさ、というよりどこか厳かな雰囲気を感じ取ることができる。もっともそれも気のせいかも知れないが。
「今回泊まるホテルってどこでしたっけ?」
「もう少し先だ。近くにこういうトラックも停められる駐車場があるからそこに駐車してから行くぞ」
今回の車もホテルの駐車場に入れることができればよかったのだが、生憎とこれ程の大きさのトラックを入れておけるような駐車場はホテルに完備されていないらしい。ただのビジネスホテルではそれも仕方のない話だろう。むしろ近くに大きな駐車場があって幸運と思うべきだ。
「それにしてもこっちもあんまり街並み自体は変わりませんね。前来た時はもうちょっと京都っぽかったんだけどなぁ・・・」
「京都っぽいって・・・ここは京都なんですけど・・・まぁ言いたいことはわかりますけど・・・」
康太がイメージする京都というと日本独特の和風な建物が並び、あちこちに寺や土産物屋などがあるイメージだが、この辺りは都市部という事もあって関東の都市部とあまり変わりない。
康太が中学の頃に行った修学旅行では観光名所を回っていたために『いかにも京都』という場所を回っていたのだからそう思うのも仕方ないのかもしれない。
「気持ちはわからなくもないがな。実際京都にいるからと言って関西弁などを使っている人間が少ないのと同じことだ」
「え!?そうなんですか!?」
「いないとは言わんが・・・最近は割と標準語の方が多いぞ。若干の訛りくらいはあるだろうがそこまで露骨な関西弁は聞かないな・・・」
「・・・うわぁ・・・なんかすごいショックだ・・・」
京都、特に関西などと言ったら関西弁という風にイメージできるほどに有名な方言なだけに康太は期待していたのだ。
今回商談に当たるという事もあってそう言う関西弁が本格的に聞けるとばかり思っていたのだが、どうやらそう言う事もないらしい。
「最近は普通にテレビとかインターネットとかで標準語が広まっていますからね。昔に比べると方言が少なくなっているのかもしれませんね」
「残念でなりませんよ・・・俺関西弁好きなのに・・・」
「まぁないというわけではないですから、そう気を落さずに」
昨今の情報伝達の早さ、そして子供のころからの情報の収集のしやすさという事から基本的に各地の方言というのは徐々にその数を減らしてきているのは確かである。
標準語という言葉が正式にできてから、昔は地方ごとの独特の発音や意味などが保持されていた。
それは各地方ごとの情報伝達が遅く、またまんべんなく行えなかったことが原因である。
だが現在、テレビやインターネットの普及により全国どこにいてもある程度の情報であれば均一に調べることができる。
テレビ番組を始め、標準語を学ぶ機会が多くなってきているのだ。
無論そうはいっても方言が無くなるという事は基本的にない。人の話し言葉というのは普段使う言葉によって刷り込まれる。
特に幼いころから聞いていたり覚えた言葉は所謂『母語』になる。
第一言語ともいわれる、俗にいう最初におぼえる言語。
そう言ったものが標準語であれば、基本的に使う言葉は標準語になりやすい。
だがもちろん育っていく環境の中で自然と方言が身につくという事もある。実際別のところで過ごせば若干ではあるが方言をいつの間にか喋ってしまうというのもよくある話である。
だが方言を話す人間が少なくなってきているというのは紛れもない事実だ。実際関西にいるからと言って全員が全員関西弁を話すというわけではない。
その割合の問題だろうが、康太のイメージするような関西弁が少なくなってきているのは確かである。
「ちなみに師匠、今回の商談で会う人って関西弁ですか?」
「いや?あの人は標準語に近かった気がするぞ?若いころは東京の方に出て仕事をしていたこともあったんだとか」
「・・・ちっ・・・こうなってくると関西弁を聞く機会はないのか・・・」
「舌打ちするほど残念か・・・それなら昼食がてら適当な店にでも入るか。どこかしらには方言を使う店員などがいるだろう。まぁお前が望むものかどうかは保証しないがな」
「ていうか康太君って方言が好きだったんですね」
「まぁ・・・そうですね。なんか方言を話す人っていいなって感じはあります。俺が標準語がデフォだったからっていうのもあるかもしれませんけど」
標準語を話すものとしては方言にあこがれる。ただ単に隣の芝生は青い理論かも知れないが、康太としては自分が話すことのない言葉を話している人間を見ると羨望のまなざしを向けてしまうのだ。
どうにも小百合と真理はそのあたりの心理を理解できなかったのか不思議そうにしているが、とりあえず康太の熱意は十分に伝わった。
どうせならそれなりに美味そうな店で食べようかと真理はホテルの近くにある食事処を探し始めた。
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