遊ぶために
康太は部活動の休憩をとるのと同時に文の居るであろうテニス部の方に足を運んでいた。
テニスコートでは女子と男子が別々のコートでボールを打ち合っている。ボールが叩き付けられる独特の音を聞きながら康太はフェンスに囲まれたコート近くのベンチに向かっていく。
一見すると文の姿は見えない。どこか別の場所にいるのだろうかと仕方なく他の誰かに聞くことにした。
「鐘子文いる?ちょっと話があるんだけど」
ベンチで休んでいた女子学生に話しかけると、一瞬目を丸くした後で康太の方をゆっくりと観察していた。
「え?鐘子さん?あっちにいるわよ?呼んでこようか?」
「あぁ頼む。八篠康太が呼んでるって言ってくれればわかるから」
「わかったわ、ちょっと待ってて」
小走りで別のコートに向かっていく女子を見送って数十秒後、文を伴って戻ってくるのがすぐに見えた。
どうやら一番離れたコートにいたようで、テニス部員らしくラケットを持っている。
「どうしたのよ康太、あんたがこっちに来るなんて珍しいわね」
「あぁ、ちょっと用事があってな。用事ってか話か・・・ちょっと時間くれるか?」
文を連れて来てくれた女子生徒に礼を言って文を伴ってテニスコートから少し離れた場所に文を連れていき座り込む。
「で?わざわざこっちに来るってことはなんかあったわけ?急を要すること?」
「んー・・・まぁ急と言えば急なんだけど・・・実は青山と島村と一緒にプールに行こうって話があってな。お前達もどうかと思って」
「・・・お前達って・・・あぁそう言う事ね・・・どうせなら女子も誘って一緒にプール行きたいとかそう言う話ね?」
「話が早くて何より。まぁそう言う事だ。どうだ?俺としては悪くないと思ってるんだけど。せっかくの夏休みだしさ」
康太の提案に文は口元に手を当てて悩み始める。彼女としても息抜きを含め遊びに行きたいとは考えていた。
だがその中に一般人がいるとなると羽休めになるかは微妙なところだったのだ。
彼女は根っからの魔術師だ。遊ぶのなら魔術師だけで気兼ねなく遊びたいというのが本音なのだが、同級生たちと遊びたいというのもまた本音だ。
どうしたものかと悩んでいる中ふと思いつく。
「そもそもどうやって移動するの?前に一緒に行った子たちも誘うってなると・・・えっと七人になるのか・・・近くのプールだと市民プールくらいしかないわよ?」
「ちょっと遠出してでかいプールに行こうと思ってるんだよな。たぶん電車とかになるかな」
「電車か・・・さすがに門は使えないし・・・どうせなら誰かに車出してもらえないかしら?親とか兄弟とか・・・」
誰かに車を出してもらうという選択肢は今までなかったために康太はそう言えばそうだなと自分の身の回りで車を出してくれそうな人物を思い浮かべる。
小百合は確かに車を持っているし免許も持っているが、自分たちが遊びに行くためにわざわざ車を出してくれるとは到底思えない。
真理なら車を出してくれるかもしれないが、彼女の都合もある。何よりこちらの都合で真理に負担をかけるのも忍びない。
あと身近な存在というと文の師匠のエアリスか、小百合の兄弟弟子の奏か幸彦くらいのものだ。
奏はまず社長業で忙しいだろうから除外。そうなってくるとエアリスか幸彦くらいしか可能性はない。
「エアリスさんにも聞いてみてくれるか?もし出してくれるならありがたいし。俺は幸彦さんに聞いてみる」
「師匠か・・・まぁダメもとで聞いてみるけど・・・そうすると八人乗るってことでしょ?あのひと中型免許持ってたかな・・・?」
八人が乗れる車となると積載量などの問題でもしかしたら中型免許がなければ運転できない可能性がある。
康太と文はそのあたりの制度をよく理解していないためにどうしたものかと悩んでいたがとりあえず頼りになる大人が身近にいるのだ。彼らを頼っても損はないだろう。
「でもあんたまさかただで運転手任せようってわけじゃないわよね?」
「そんなわけあるか。幸い俺たちは体でしっかりと返せるだろ?仕事の手伝いとかして恩を返せばいい。特に幸彦さんなら協会の仕事とか受けてるからその関係で手伝いができるしな」
最近割と手伝いしてるしなと付け足しながら康太は携帯を操って幸彦の電話番号を表示する。
康太は夏休みの間に協会からの依頼で魔術師の面倒事をだいぶ解決してきている。
その関係で何度か幸彦に協力したこともある。
そう言った意味では幸彦に恩を売っていると言っても過言ではないだろう。多少はお願いを聞いてもらってもいいかもしれない。
「師匠には聞いとくけど、ダメだと思ってよ?あのひと最近忙しいんだから」
「わかってるって。ダメでもともとだ。頼めなかったら電車で行こうぜ」
「ていうか先に他のみんなに話を通しておくべきだと思うのよね・・・」
「今さら今さら。あとで都合は付けられるだろ」
康太の言葉にため息を吐きながら文はとりあえずエアリスに連絡を取り始める。同じく康太も幸彦に連絡を取り始めた。
「というわけなんですけど、お願いできませんか?」
『なるほどね、確かに高校生じゃあそこまでいくのはちょっと手間だよね。なるほど、話は分かったよ』
康太はさっそく幸彦にプールの件を話していた。図々しいかとも思ったが幸彦の声音からは嫌悪感は感じられない。むしろ頼ってくれてうれしいというような感じだった。
『僕は構わないよ。久しぶりに羽も伸ばしたいしね。ただ早めに予定を教えてくれると助かるかな。こっちも予定を空けなきゃいけないから』
「わかりました。ありがとうございます、こんなこと頼んですいません・・・」
『気にしなくていいさ。最近康太君にはお世話になってるからね。他の人じゃ車は出せそうにないからね』
康太の周りにいる大人たちは幸か不幸か忙しかったり事情が事情だったりと、少なくとも高校の同級生たちと会わせられるような人物ではない。
一番妥当で穏便に済ませられる人間が幸彦だったのだ。幸彦も不憫とまではいわないがなかなかに不遇な状況と言えるだろう。
『それでえっと・・・全員で八人か、中型使ったほうがいいかもね。荷物とかも含めると結構な量になりそうだ』
「はい、今からメンバーに声かけるんで正式に決まったら追って連絡します。日時なども含めて早めに伝えますので」
『了解。楽しみにしているよ』
いつになるのかもわからないのに了承してくれる当たり、仕事はそこまで忙しくないのだろうかと思いながら康太は通話を切る。
するとすでに通話を終えていた文が首を横に振りながらダメだったわとお手上げのポーズをしていた。
「師匠は忙しいって。そっちは?」
「こっちはオッケーだってさ。幸彦さん予定空けてくれるって。早めに日程教えてくれればありがたいとさ」
「まぁ当然よね。社会人の人にこんなこと頼むんだもの・・・とりあえずみんなに声かけておくわ。すぐ済むからちょっと待ってて」
「わかった、ついでにいつが都合いいかとかも聞いておいてくれるか?俺らはそっちに合わせられるからって」
「わかった。ちょっと行ってくるわ」
文はそう言ってテニスコートの方へと走っていく。そこで同級生らしき女子生徒たちに声をかけて今回のことを伝えているようだ。
同級生たちとプールへ。なんというか高校生らしいと言えばらしい夏の一時である。
自分が魔術師であるということを忘れそうなほどだ。実際高校で過ごしている時、文と会う時以外は自分が魔術師であるという事をほとんど忘れている。
時折思い出したかのように一般人との考えの違いを思い知らされることはあるが、それでも既に康太は一般人ではない。
だがこうして普通に遊ぶことくらいはしてもいいだろう。そのくらいの猶予も余裕も幸いにして康太にはあるのだ。
「オッケー、話はついたわよ」
「よし、日程はいつがいいって?」
「来週の木曜だから・・・今日は火曜日だから・・・丸々一週間以上あとね。これくらいなら大丈夫かしら?」
「そればかりは聞いてみないとな・・・とりあえずお前が女子側の話のまとめ役になってくれ。男子側は俺がまとめるから」
「わかったわ。部活終わったら一度集まりましょ。ある程度話とかしておきたいし」
「了解。んじゃまたあとで。あんまりさぼってると怒られる」
「そうね。それじゃ」
康太と文はそう言ってそれぞれの部活に戻っていく。
康太が戻ってくると青山と島村が興味深そうにこちらの方を見ている。しっかりと誘うことができたかどうかを気にしているのだろう。
現金な奴らだと思ったが、康太はとりあえずため息をついてから親指を立てる。
「来週の木曜日にプールに行くぞ。向こうは文と女子三人。あと車は俺の親戚が出してくれることになった」
康太の言葉を聞いて青山と島村は歓声を上げる。
女子たちを誘うことができれば御の字程度にしか思っていなかったが、まさか移動手段まで入手できるとは思っていなかったのだろう。
これで移動は格段に楽になる。さらに言えば車の中ならある程度騒いでも文句は言われない。
「やったじゃん!八篠お前凄いな!お前に任せて正解だった!」
「いい夏の思い出作れそうだよ。ありがとね八篠」
「ったく・・・次はお前らがこういうことやれよ?とりあえず連絡しておかなきゃいけないところが・・・あ、あと部活終わったら女子たちと集まって計画立てに行くからな。部活終わってもすぐ帰るなよ?」
「わかってるって。いやぁ楽しみになってきた」
「久しぶりに泳げるね。水着前のやつ着れるかな・・・?」
水泳などほとんどしない人間にとっては水着などあってないようなものだ。昔使っていたものをそのまま使うという事も十分にありだろう。
思えば康太も泳ぐのは久しぶりだ。水の魔術に晒されたことはあっても水の中を泳ぐという事は最近してこなかった。
泳げなくなっていないだろうなと思いながら康太はとりあえず幸彦に連絡することにした。
日時だけでも早めに伝えておかなければ迷惑がかかってしまうだろう。
土曜日なので二回分投稿
ものすごく今さらながらツイッター始めました。詳しくは活動報告をご覧ください。
これからもお楽しみいただければ幸いです




