依頼を終えて
「ふぅ・・・!いやいい仕事をしたな」
「・・・お疲れ様でした・・・本当に・・・」
「・・・えぇ・・・ほんと・・・お疲れ様でした・・・」
康太たちがイェ・リシェイのいる部屋を出てすでに十分ほどが経過している。
結果的に言えば必要な情報、というより奏が欲していた情報はすべて手に入れることができた。
奏が一体どのような手段をとったのか、そしてあの魔術師がどのような目に遭ったのかは康太の脳裏に刻み込まれている。だが思い出したくなかった。
もしあれを自分が受けたらと思うと冷や汗が止まらなくなる。
結果から言えば、あの魔術師は森本奈央の所属する事務所のライバル事務所から雇われた魔術師だった。
ライブツアーという比較的大きい仕事の真っ最中でもし怪我をして中止などということになれば事務所の損害はかなりのものになるだろう。
それを狙っての事だったようだが奏が事前に康太たちに依頼を出していたおかげで事なきを得たようだ。
「でも実際に事務所同士の潰しあいとかあるんですね。芸能界の闇を見た気分ですよ」
「まぁ珍しいことでもないが、魔術師を雇ってまでやってくる輩は珍しいな。恐らくその事務所の人間に魔術に関わる人間がいるんだろう・・・自分でやらないという事はある程度の危機察知はできる奴だ。その点は評価できる」
実際に会社の中でも魔術師という存在はいる。むしろほとんどの魔術師が魔術師としての顔だけではなく日常生活や人間社会に溶け込むために何かしら表の顔を持っているのが当たり前なのだ。
そう言った中で芸能事務所に勤めている人間がいても不思議はない。
「でもよかったんですか?あんなにズタボロにしちゃって・・・もう途中から全部話すつもりだったのに・・・」
文が気がかりなのは今回その魔術師を相当に痛めつけたことだ。
いくら奏の関係会社に損害を与えようとしたとはいえ相手も魔術師。これほどまでに傷つけてよいものだろうかと不安になったのだ。
ちなみに今件の可哀想な魔術師は他の魔術師に依頼して治療を受けさせている。その治療費は勿論相手持ちだが、その点は置いておくことにする。
「ふむ・・・普通協会の魔術師ならある程度他の魔術師や協会の人間がストップをかけるところだがな・・・今回の場合事情が事情だ。なにせあいつは協会に所属していなかったようだったからな」
「え?そうなんですか?ってか協会に所属しない魔術師なんているんだ・・・」
そのあたりの事情をほとんどというか全く知らない康太がその言葉を放つと奏は信じられないという視線を康太に向けてあぁそうかと小さくため息を吐く。
今こうして普通に魔術師として活動しているから忘れがちだが、康太は魔術師になってまだ日が浅い。
魔術師としての常識やらがまだだいぶ欠如しているのだ。こういった常識しらずな発言をしても仕方がないと納得して説明してやることにした。
「確かに魔術師で構成された組織の中で魔術協会は世界で一番大きな組織だ。世界のほとんどの魔術師が所属していると言ってもいいだろうが、当然そう言ったものに所属しない人間だっている。特に日本の場合はその数が多い」
「どうしてですか?長いものには巻かれた方が得なんじゃ・・・?」
「確かにそうだがな・・・日本の場合少々特殊な事情があってな。西の方には特に魔術協会に所属していない魔術師が多い」
「西?」
そのあたりも説明していないのかと奏はため息をついて額に手を当てる。自分の弟弟子の教育の不行き届きを嘆きながら奏は文の方に視線を向ける。
代わりに説明してやってくれという意味だという事を理解した文は一つ咳払いをして康太の方に向き直る。
「康太、日本には大きな魔術師としての組織が二つあるの。一つは私達が所属する魔術師協会。もう一つは京都を拠点とした四法都連盟。あとは小さな派閥がいくつかあるけどこれに関しては知らなくていいわ」
「・・・しほうとれんめい・・・?」
どういう漢字を書くのだろうかと康太が悩んでいる中、文は説明を続ける。理解を待つよりも先に情報を与えて後で一気に質問させた方が楽だと思ったのだろう。
「その四法都連盟はいくつかの家とそれ関係する企業や協力者で成り立ってるの。その中に魔術協会に所属している人もいるけど、ほとんど協会とのつなぎ役。所謂連絡要員ね」
「・・・それはいいけど、なんでそれで協会に所属しない人間が多くなるんだ?」
「二つの組織は別に対立しているわけではないけど、二つ組織があるっていう事はそれだけ選択肢があるっていう事なのよ。一つの国に一つの組織しかないのなら選択肢が無くなったみんなその組織を選ぶ。中には半端ものがいて小規模組織を作るかもだけど、それもたかが知れてる」
「・・・なるほど、大きな組織があるからその組織の下部グループになるから必然的に人が増える・・・そう言う事か?」
「まぁそう言う事よ。物分かりが良くて助かるわ」
「そしてどこの組織にも属しておらず、野良であればあるほど無茶な依頼もしやすく切り捨てやすい。あいつはそう言うタイプの魔術師だったという事だ。だからたっぷり痛めつけた」
「・・・あれやってる段階では調べられてなかったじゃないですか・・・」
「企業に直接損害を与えるようなことをする魔術師が真っ当なやつなはずがないだろう。そのあたりは運と勘だ」
やはりこの人は小百合の兄弟子だなと思いながら康太と文は小さくため息を吐く。
もう少し穏便に済ませる方法もあっただろうにと、二人は治療を受け続けている不憫な魔術師に同情の念を送った。
その後康太と文は以前依頼の話をされた部屋で奏を前にし、もう一人協会の魔術師を記録係として今回の依頼の総評を行うことにした。
「さて、では今回の依頼の報告を行ってもらおう」
「はい。依頼内容だった一般人への対処と目標の護衛。両方とも問題なく達成しました。後者に関しては最終日に魔術師による干渉がありましたが護衛対象に負傷は無し。無事達成できたと思われます。あとこれはマストオーダーには含まれていませんでしたが、件の工作活動を行っていたと思われる人物を一人撃退しました」
「その件に関してはこちらで確認した。調べてみたところそう言ったことをやっているグループがいたようでな、後でこちらで対処する予定だ」
康太が気絶させたあの人物は単独犯ではなく、同じような行動をとっているグループの一人だったのだろう。
同じような目的の人間がまた現れなくて何よりだが、これで同じ目的を持った人間が複数いることが確認された。
後は奏や芸能関係に携わる魔術師たちが対応することだろう。
警察沙汰になるかはさておき、少なくともこれから被害が減ることは間違いない。
「そうですか・・・とりあえずこちらからの報告は以上です。そちらで評価の方をお願いします」
康太が一通り報告を終えるとそれを聞いていた奏が小さくため息をついてから康太と文の両方を見比べる。
「・・・評価の前に一つ聞く。お前たち二人の中に負傷者は出たか?」
「・・・負傷というほどのものでもありませんが・・・俺がちょっとかすり傷をあの魔術師に与えられた程度です」
「ふむ・・・では評価を一段階下げてA+だな。あの程度の魔術師に対して無傷で勝てなくてどうする」
依頼の評価がどのような形でとられるかわからなかったが、まさかちょっと傷を負っただけで評価を一つ下げられるとは思っていなかっただけに康太と文は眉をひそめてしまう。
「・・・あの・・・ちなみに評価点はどういうふうに付けたんですか?」
「単純だ。前提条件として二つのマストオーダーのクリア。これができてようやくBだな。どちらか一つだった場合はD、両方できなかったら論外でEだ。今回はサブオーダーの方もクリアできたからAは確定。攻撃を仕掛けてきた魔術師を捕らえたことでA+。ただお前が負傷したという事でS評価は逃したな」
今回の依頼は無傷で一般人への魔力の対処をし、目標を護衛し、ライブに対する工作活動を行うものを特定し、なおかつ護衛対象に攻撃を加えるものを捕縛して初めて最高評価がもらえるものだったらしい。
条件が厳しすぎないだろうかと思ったが少なくとも現段階で康太は最高ランクの一つ下の評価を貰えている。
運が悪かったからこそこれだけ面倒を引き寄せたのだが、逆にそれらを解決したおかげで高い評価を得られたともいえる。
何とも複雑な気分だったが厳しい反面しっかり評価してくれるところは評価してくれているようだった。
「今回の依頼は見事だったと言いたいが、負傷したという点では個人的には不満だな。ところで依頼料を振り込むのはいいが二人で五分五分でいいのか?」
「あ・・・いえベルの方に少し色を付けてやってください。今回ベルがすごく頑張ってくれたので」
別に文に気を使ったとか恩を売っているとかそう言う事ではなく、本当に今回は文は自分以上に頑張っていたと思うからこの言葉を出したのだ。
実際康太がやったことと言えば見張りと魔力の吸い上げと戦闘くらいのものだ。ほぼ日中延々と魔力感知の魔術を発動していた文に比べれば圧倒的に楽な仕事であるのは言うまでもない。
それなのに得られる報酬が同じというのはあまりにも理不尽だと思ったのだ。
「・・・ふむ・・・そう言う事ならそうしておこう。二人とも御苦労だった。また何かあったらお前達に頼むとしよう・・・一番の懸念だったお前の例の魔術・・・問題なく扱えるという事も十分証明できた」
奏は康太の方を見た後で一瞬だけ書記をしている協会の魔術師の方を見る。
この報告が協会の中に広がれば、康太の体の中に宿るDの慟哭という魔術が危険なものではないという事が認知されるだろう。
今まで康太の危うい立場が一転することになるのは間違いない。それでもまだ危険視する人間はいるだろうが、そのあたりは仕方がないことだろう。
「今回の依頼の総評は以上だ。何か質問は?」
奏は康太と文を見比べ、二人が何も言い出さず沈黙を続けていることを確認してからないならいいと呟いてゆっくりと立ち上がる。
これで依頼としての記録は終わりだという事を協会の魔術師に告げ記録を止めさせると奏は康太と文を引き連れて部屋を出る。そして扉を閉めると同時に小さく息を吐いて文と康太の方を見る。
「重ねて言うがご苦労だった。お前達のおかげでいろいろとやることができた。期待以上の結果だったとだけ言っておこう」
「ありがとうございます。また何か困ったら言ってください」
「ありがとうございます。今度はもうちょっと単純な依頼でお願いします」
「考えておくことにしよう・・・ところで二人とも、この後予定は空いているか?よかったら食事でもどうだ?」
奏の誘いに、また少し気まずい思いをすることになるのかもしれないと思ったが、康太と文はこの時はためらわずに快諾してしまった。
この三日間レストランやコンビニでの食事を続けていたためにちゃんとした食事が食べたかったのだ。
この後奏に連れられて行った店で高級料理に舌鼓を打つのは別の話である。
「そうか・・・奏姉さんの依頼はこなしたか」
「はい。最高評価ではなかったですけど・・・結構高い評価をいただきました」
翌日、ようやく地元に戻ってきた康太は師匠である小百合に今回の件の大まかな内容を報告していた。
奏の私的な理由も入り混じる内容だっただけに詳細を伝えることは憚られたが、それでも魔術師として行動した以上師匠である小百合に報告する義務がある。
そのあたりは奏も承知しているだろうと康太は勝手に解釈しながら今回の事で起きたことなどを正直に話していた。
「・・・それで?今回の依頼お前としてはどうだった?」
「・・・そうですね・・・魔術師との戦闘があったとはいえそこまで難易度の高いものではなかったように思います。ただもう少し人員を増やしておけば楽ができたかなと・・・」
「確かにお前では魔力の吸引と戦闘くらいしかできんからな。そう言う意味では今回の人選は正しくもあり間違いでもあったわけだ」
人間一人でできることは限られているからなと付け足しながら小百合は仕事を一度止めて康太の方を向き直る。
「だが一つ訂正しておく。大勢が集まるライブのような場所で、不特定多数の人間の魔力を吸いながら護衛をこなし、なおかつライブそのものへの妨害工作を未然に防ぐ。一見地味な依頼ではあるが難易度はそれなりに高いぞ」
「そうなんですか?でも基本的に相手は一般人だったんですよ?いろいろ事情があって魔術師の介入があっただけで・・・」
「お前の持つその黒い瘴気をもってすれば容易いかもしれんがな、基本的に大勢いる人間の場所にいき、わざわざ魔力を吸い上げるということ自体が大きな手間なんだ。お前は簡単にできるかもしれんが他の奴らはそうじゃない」
以前魔力吸収の効果を持つ魔術について教わったことがある。実際に触れなければいけないとか距離をかなり近づかなければいけないとかいろいろと制約があったのを康太は覚えている。
康太の持つDの慟哭はそう言った制限がかなり緩い。その代りと言っては何だが制御性が悪かったり康太以外の人間は使えなかったりとなかなか不便な点がある。
もし康太がデビットと接触しておらず、Dの慟哭を修得していなかったら相当に面倒な内容になっていただろう。
あの暑さと広さと騒がしさの中人をかき分けて特定の人物の魔力を吸い上げるなんて想像しただけで嫌になってくる。
「こいつがいるかいないかで難易度が大きく変わりますね・・・ちなみに十段階評価でどれくらいの難易度なんですか?」
自分の体の中にいるデビットを意識しながら小百合に聞くと、彼女は口元に手を当てて悩み始める。
「そうだな・・・そいつがいることを前提にするのであれば難易度は三か四、いないのであれば五か六と言ったところか・・・魔術師になって一年も経っていない新米に任せるような依頼ではないのは確かだな」
魔術師の実力が魔術師として過ごした時間で直接測れるわけではないが、長く魔術師として生活していればいる程に多くの魔術を学ぶ機会があるという事でもある。
逆にそれが短ければ魔術を修得する時間がなく、扱える魔術も少なくなり総合的に魔術師としての実力は下がってしまう。
そう言う意味では確かに康太は新米だ。もっとも新米というには少々特殊な経験を積んでいるのは否めない。
「とにかく、当初の目的の通りお前の協会内での評価はある程度変えることができたわけだ。そう言う意味でも今回の依頼は十分実入りがあっただろう」
「あぁそう言えばそう言う目的もありましたね・・・でもこれって意味あるんですか?」
「ある。少なくともお前への評価がプラスされ、お前の連れを危険視していた連中が強硬手段に出にくくなるだろう」
「・・・強硬手段って・・・そんな大げさな」
強硬手段などという言葉が使われると自分が何かされるのではないかと少しだけ不安になってしまう。
康太は冗談のように受け取っていたようだが小百合としては冗談ではなかったようだ。その表情は呆れを含んだものになっており、康太がどれだけ状況を把握できていなかったかを嘆いているようだった。
「大げさではないぞ。すでに一般人に万単位での被害者が出ている。それだけの魔術を宿しているんだ。いろいろと難癖をつけてお前ごと魔術を消去しようとする動きだってあったほどだ」
「・・・マジっすか?」
「大マジだ。だが今回の件で『危険すぎる魔術』という認識から『利用できるかもしれない魔術』に変わったことで少し考えが変わるだろう。もちろん危険な考えを持っている奴がいることには変わりはないがな」
ましになったと言ってもやはり危険なことには変わりない。今までは単なる新米の魔術師だったのにいつの間にか命を狙われてもおかしくない魔術師になってしまっている。
何がどうしてこうなったのかと康太は改めて自分の運のなさを呪っていた。
多少ましになったとはいえまたいつ同じような立場になるかわかったものではない。
この状況を覆すには周りの人間が手が出せないほどに手柄を立てて協会の評価を上げるしかないだろう。
味方を増やして自分に手が出せないようにして身を守るしかない。何とも他力本願な自己防衛だがそれこそ康太が魔術師として活動を続ける理由の一つとなっていた。
魔術師として初めて個人的に依頼をこなした康太、良くも悪くも新しい目標ができたことで康太の魔術師としての活動は少し変化が生じることになる。だがそれが実を結ぶのはずっと先の話である。
評価者人数が155人突破、ブックマーク件数1300突破したので三回分投稿
拷問ちっくな流れになった途端に評価者が増えるのはどういうことなんですかね?ただの偶然でしょうか・・・?
これからもお楽しみいただければ幸いです
 




