用意されたもの
文の暗示の魔術や人避けの結界などを駆使して協会までたどり着くと、協会の門のすぐそばに奏が待っていた。
魔術師としての仮面と外套を身に着けた状態の彼女を見て康太はゆっくりと頭を下げる。
「ご苦労だった・・・そいつが例の?」
「はい、とりあえず報告したいのでどこか場所を・・・」
「すでに用意してある。ついてこい」
康太は担いでいる魔術師を連れたまま奏の後についていく。その先にある部屋にたどり着くとすでにすべての準備が終わっていた。
部屋の中心におかれた椅子、そしてその周囲の道具を見て康太と文は瞬時に理解する。この魔術師はすでに逃げ場が完全にないのだと。
康太との戦闘で既にギリギリまで攻撃され意識が混濁している状態なのだ。今自分がどこに向かっているのかすらわかっていないだろう。
奏は康太と文が魔術師を連れて部屋に入るとすぐに部屋に鍵をかけて椅子へと座らせるように視線で合図を送る。
康太は申し訳なさそうにしながら部屋の中心にある椅子に魔術師を座らせる。よくよく見るとその椅子には腕や足、腰などを完全に固定できるようなベルトや金具が取り付けられている。
これがどのような意図をもって作られている椅子なのかは想像に難くない。
康太は文の方を不安そうに見ると、彼女はすでに見ることを止めているようで部屋の隅の方に視線を向けている。
この魔術師がこれからどのような事を受けるのか、想像してしまったのだろう。仮面越しでも彼女の気分がすぐれないのが読み取れる。
「ビー、こいつの仮面を外してこれをかぶせろ」
「・・・これって・・・袋ですよね?」
「あぁ・・・わかっているだろう?」
これ以上は言わんぞという無言の威圧に康太は渋々奏から渡された袋を手に取る。
それは本当にただの袋だ。布でできた茶色い袋。それをかぶせるというという事がどのような意味を持つのか、そして仮面を外させるその意味もわざわざこんなものをかぶせる意味も、何もかも理解できてしまうだけに康太は気が進まなかった。
康太は心の中で謝罪しながら魔術師から仮面を外し、すぐに布をかぶせて首のあたりで軽く紐を結ぶ。
決して袋が取れないようにした後で康太はその体に拘束具を付けていく。
もうこれでこの魔術師がこの椅子から逃れることはできない。魔術でも使えば話は別だがそんなことをしてもこの場から逃れることができないのは間違いない。
「ビー、こいつの魔力を吸い続けることはできるか?」
「・・・可能ですけど・・・ベル、こいつの魔力の量って今どれくらいだ?」
万が一にも殺してしまうのはまずいためにこの魔術師が現在どれ程の魔力を有しているのかを確認しておく必要がある。
康太の使うDの慟哭は本当に使い方を誤れば人を殺すことができてしまうのだ。それだけはしてはならないと康太は絶対の線引きを行っていた。
もうこの魔術で人は殺さない。それは絶対に破らないと決めた誓いのようなものである。そしてそれは康太だけの誓いではないのだ。
「・・・それほど多くないわ。あんたが吸ったらたぶん数十秒で空になると思う。意識がもうろうとしてるからか魔力の補充も行われてないわ」
「意識がない状態での魔力補給もできんとは・・・こいつ一体今まで何を学んでいたんだか・・・」
智代を始めとする奏、幸彦、小百合、そしてその弟子である康太は基本的に魔力の補充や放出に関してはほぼ手足を操るのと同じ程度の練度を有している。
魔力の補充というのはあらゆる魔術師が行う基礎でありすべてなのだ。魔力がなければ魔術は発動できない。その為にいかなる状況においても魔力の補充だけはできるようにするというのが小百合の、智代の教えだったのだ。
康太も奏もそれができる。いや正確に言えばそれをこなさなければ次の段階には進ませなかったのだが。
「とにかく魔術を発動できないように常に魔力をゼロにさせ続けろ、できるな?」
「・・・わかりました。やってみます」
相手の魔力の供給口の能力にもよるが、康太のDの慟哭を使えば少なくとも魔力の補充を阻害することはできる。
相手が万が一にも魔術を使わないようにするというのは正しい。もし康太が同じ立場でも同じようなことをしただろう。
だが奏がこのような行動をとるとひどく恐ろしく思えてしまうのは何故だろうかと康太と文は冷や汗を隠せなかった。
文の魔力探知によって相手の魔力残量を把握しながら少しずつ魔力を奪っていくと、奏は近くにあった道具をいくつか見繕っていそいそと準備を始めていた。
それを視界にいれないようにしながら康太は魔力を吸う事に集中しようとするがどうしても目に入ってしまう。
黒い染み、いや錆のようなものがついた鉄でできた道具の数々。
中には康太が日常的に目にする金槌や釘、そしてペンチなども置いてある。それだけ見ればこれから日曜大工でも始めるのだろうかとのんきなことを言えたかもしれない。
だがその近くにいる布袋をかぶせられ拘束された男性、そして日曜大工では使わないであろう道具や器具の数々。これを見て日曜大工をするなどという考えができる人間がいるのならこの場に出てきてほしいくらいだった。




