表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ポンコツ魔術師の凶運  作者: 池金啓太
九話「康太とDの夏休み」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

319/1515

一日目の報告

結局その日目標である森本奈央はそのままホテルに直行し休むようだった。康太たちも彼女を追いホテルに戻り休息を取っていた。


森本奈央は部屋に移動し動く気配はない。食事もホテルのルームサービスを利用するようで食事の時間になっても部屋から出ることはなかった。


そして康太たちはこれを機に体を休めると同時に奏への報告をすることにした。

電話をスピーカーモードに切り替えて電話をかけると数回コール音が鳴った後で奏が電話に出てくる。


『私だ。何か問題でも起きたか?』


「いえ、今日の所は何もなく終わりました。その報告のために電話したんです」


『そうか。今のところ順調そうで何よりだ。現地のスタッフとはうまくやっているか?』


「一応それなりに。情報収集はある程度終えたので件の妨害工作にも対応できるようにしています」


妨害工作の話題が出たことで奏は小さくため息を吐く。彼女としてもこの案件は頭痛の種なのだろうか。


向こう側から聞こえてきたパソコンのキーボードをたたく音が一瞬止まる。


『こちらとしても何とかしたいところだが・・・お前達に任せるしかない。応援の一人や二人でも向かわせられればいいのだが』


「大丈夫ですよ奏さん。とりあえず今日は何とか乗り切れました。明日も同じようにやってみます。もし何かあったらその都度連絡入れますよ」


『そうしてくれると助かる。文はそこにいるか?』


「はい、います」


唐突に名前を呼ばれたことで文は一瞬体を強張らせるが、奏はそう緊張してくれるなと声をかけていた。


何度か会っているだけだが文の変調に関しては感じ取れるようにはなっているらしい。そのあたりはさすがというべきか。


『率直に聞きたい。恐らくだが今回君の負担はだいぶ多くなっているはずだ。索敵などはほとんど君が張っている。間違いないな?』


「え・・・?あ・・・その・・・」


文は答えていいものかと康太の方に視線を向ける。特にいわれて困ることはないと康太は無言のまま頷いて見せる。


言ってもいいのだろうかと一瞬迷ったのだが文は少しためらってから口を開く。


「今のところ索敵魔術は全部私が使っています。康太はライブ裏の監視や魔力の吸い上げ・・・あと買い出しなどをしてもらっています」


『ふむ・・・苦労を掛けてしまっているようだな・・・だが自分にできることはきちんとしているようだな。一応は及第点といったところか』


どうやら文から康太の行動を知りたかったのだろう。もとより康太はまだ覚えている魔術の少なさからこういった依頼ではできることが少ないのは十分に理解できていた。


その状況下で自分にできることを探し行動できるかどうかを見ていたのだろう。

さすがに一つの組織の長をやっているだけあって判定基準は厳しいがそれでもある程度満足するだけの成果は出せているようだった。


『一応聞いておくが、護衛対象には気づかれていないだろうな?』


「護衛していることは気づかれていません。一度マネージャーを介して接触しました。私の索敵で追えるようにしています」


『なるほど・・・ふむ・・・悪くはないが・・・いやあまり口を出すのもよくないな。あと二日間頼んだぞ。特に問題が起こることは避けたい。ベテランならまだしもアドリブで乗り切るだけの胆力をあの子が持ち合わせているとも思えんのでな』


奏が危惧しているのが件の妨害工作に関してであるということは容易に想像できた。


ベテランの歌手やアイドルであれば多少のアクシデントも上手く乗り越えることができるのだろうが、今回の護衛対象である森本奈央はデビューしてからまだ三年しかたっていない。


新米とまではいわずともベテランというにはやや硬さが残る。そんな彼女に面倒が降りかからないように奏としては気を使っているのだ。


「随分と今回の護衛対象にご執心みたいですね?何か理由でも?」


『ん・・・これは私の勘なんだが・・・あの子はこれから伸びる。実際に会ってライブを見たならわかるかもしれんが所謂光るものがある。些細なことで転ばんようにしているだけの事だ。言い方は悪いがあの子も一応我が社の商品の一つだ』


商品の一つ。


一応森本奈央は奏の会社からいくらか出資して活動しているのだ。彼女も一応は奏の会社の商品の一つということになる。


と言っても人間そのものを商品というのも奏としては気が引けるのだろう。若干ではあるが商品という言葉を使う際に声音が変化しているのを康太と文は聞き逃さなかった。


「確かにビジュアルも歌もうまいですからね。大事にしたくなる気持ちはわかります」


『そう思ってくれるなら何よりだ。こちらとしては万が一にも面倒があっては困る。お前達の成果に期待しているよ』


「あ・・・あはは・・・が・・・頑張ります」


こういわれてしまっては本当に何事も起きないようにするしか方法はない。万が一にも何かあれば奏に失望されるうえに何をされるかわかったものではない。


ただの報告のつもりだったのだがまさかこんなことになろうとは。康太と文は冷や汗をかきながらどうしたものかと顔を合わせていた。


既に賽は投げられた。自分たちはそれをこなすしかないのだ。今さら彼女に逆らうことなどできない。


今さらながら恐ろしい人から依頼を受けてしまったものだなと康太と文は眉をひそめていた。


「なんていうかさ・・・小百合さんとは別の意味で圧力半端ないわねあの人」


「だろ?慣れると普通にいい人だって思うんだけど・・・なんて言うか・・・無言の圧力というか・・・こう・・・言わなくてもわかるよな?って感じでプレッシャーかけてくるんだよな・・・」


康太と文は奏との通話を切った後でレストランで食事していた。


奏との会話もそうだが明日の細かい行動内容をあらかじめ決めておくためでもあり、ようやく一日が終わるのだという区切りでもある。


昼にあまり良いものを食べられなかったために夜はしっかりと食べておきたい。そう思うのも仕方のない行動量だったのだ。


「小百合さんはガンガンやれっていう感じだけど、奏さんはこう含みを持たせる感じよね。あぁいうのが社長の器なのかしら?」


「かもしれないな。あの人に頼まれたら頑張るしかないわな・・・今までいろいろ世話になっちゃってるし・・・もしかしたらこうなるの計算の上でよくしてくれてたのかな・・・?」


「どうかしら?でも根回しが上手い人だからあり得なくはないわね。事前に恩を売っておいて逆らえなくする・・・小百合さんの兄弟子とは思えないほどの手際の良さだわ」


小百合が行き当たりばったりで行動して感情のままに敵を作るのに対して奏は徹底的に下調べし、事が始まる前にはすでに根回しを終えているタイプだ。


敵を作る前にその敵を懐柔する。あるいは敵になる選択肢を作れなくするというのが奏のやり方なのだろう。


康太も文も幸か不幸かその網に見事にかかってしまったのだ。もっとも元より小百合の兄弟子という事もあって奏と敵対するつもりはなかったわけだが。


「でも実際あの人には良くしてもらってるしね・・・頼みを聞いてやらなきゃって気はしてるけど・・・複雑な気分だわ」


「ん?やっぱよその師弟関係に首突っ込むのっていけないのか?」


「いけないってわけじゃないけど・・・まぁ野暮ではあるわよね。よそはよそ、うちはうちってのは家庭環境だけじゃなく魔術師としてもあるわけだし」


どこの世界でも他人の身内事情に深くかかわりすぎるのはあまり良いことではないようだ。それが家庭の事情でも魔術師としての師弟関係でも変わりはないらしい。


康太はともかく文は小百合をはじめとする師弟関係とは一応関わりはない。エアリスが昔から世話になっていたらしいがそれだって直接的なかかわりはなかったのだ。


そう考えるとあまり深く関わりすぎるのは彼女の行動を制限することになりかねないのである。


「今回はあんたに頼まれたから一緒にいるけど、私個人として奏さんに頼まれてもそこまで強くは参加できないわ。お世話になったのは確かだから断ることも敵対もしないけど、やっぱりある程度の線引きは必要よ」


「そうか?普通に仲よくじゃダメなのか?」


「ダメとは言わないけどね。たぶん奏さんもそのことはわかってるんじゃないかしら。明確な線引きはないけど、どこかしらで区別することも必要よ。この人は身内、この人はそれ以外っていう風にね」


魔術師にとって身内とは師匠や弟子、そして兄弟弟子などといった直接かかわり合いのある人種だ。


文はよくしてもらっているとはいえ一応身内ではない。奏と仲良くしていくつもりは文としてもあるし恐らく奏としても文と仲良くしていたいだろう。


だがある程度距離を作っておかなければいけないのだ。いくら仲が良くても身内とは違う。必ずどこかで意見の齟齬や目的の違いなどが出てきてしまう。


そういう時に心を鬼にして対立できるように心得ておかなければいけないのだ。文も奏もそのあたりはよく理解している。


だが康太としては普通に仲よくしていればいいのではないかと思ってしまうのだ。


この辺りが一般人と魔術師の違いなのだろう。引いておかなければいけない線引きとその距離感を理解していないのだ。


文としてはそのことが不安でもあり安心できることでもある。


つまり康太は基本的に文を敵に回すつもりはないし、半ば身内のように思っているという事でもあるからだ。


複雑ではあるがそれは嬉しくもあり有難くもある。だからこそ早いうちからそれを矯正しておかなければいけないのだ。


こういう指導は本来師匠である小百合が行うべきなのだが、敵かそれ以外かの区別しかしない小百合にそう言った細かい指導や修正ができるはずもない。


真理ならうまいこと康太を指導できるのだろうが、彼女にばかり負担を強いるのも憚られる。


「ちなみに同盟相手は?身内に含まれますか?」


「含まれません。同盟だって一時的なものでしょ。もし何か目的が違えば敵同士になる以上身内にはカウントしてはいけないわよ」


「えー・・・?でも身内だって一応目的の違いとか出てくるじゃんか、そうなったら対立するだろ?」


「普通はどっちかが譲るものなの。上下関係あるんだから話し合いで簡単に決着つくでしょ?」


「・・・うちの場合結構実力主義なんだけどなぁ・・・」


「よそはよそ、うちはうち。そっちがそうでも他の所はそうじゃないの。あんたの所の師匠は小百合さんだってこといい加減学習しなさい」


小百合は普通の師匠とは違う。それはつまり小百合が教えることは一般的な魔術師の常識とは違うのだという事だ。


今さらではあるがそのことは重々理解しているつもりだった。だが康太としても一度に言われても分からないことくらいあるのである。常識なんて言われても納得するにも時間が必要なのだ。


日曜日なので二回分投稿


諸事情により予約投稿中なので反応が遅れます。どうかご了承ください。


これからもお楽しみいただければ幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ