文の演技
「やぁ二人とも、待ってたよ」
「すいませんおじさん・・・こんな無理言って・・・」
笑顔で康太たちを迎えてきたマネージャー相手に康太は申し訳なさそうに頭を下げながら近づいていた。
親戚という関係を利用して個人的にアイドルと会いたいという事を名目に今接触しているという設定なのだ。康太も文も親戚の子供のような演技をしておくべきなのである。
「へぇ・・・この二人が親戚の子?」
「あぁそうだよ。君のファンで一目会いたかったんだとさ」
マネージャーの後ろから現れた一人の女性が先程までリハーサルを行っていた森本奈央であると気づくのにほぼ時間は必要なかった。
衣服を変え、化粧の仕方を変え、なおかつ目元が見えないように髪型を変えているとはいえその顔立ちを見間違う事も、声を聞き間違えることも難しいだろう。
文の魔術によって康太たちがいるロビーの一角に一般人の意識が向かないようにしているとはいえこのままでは気付かれるのも時間の問題かもしれない。
目の前に芸能人がいる。その事実よりもいつ騒ぎになるかという事の方が気が気でならなかった。
「ほ・・・ほほほほ本物・・・!康太・・・!本物の奈央ちゃん・・・!」
「声がでかい。ひっそり会わせてもらってるってこと忘れんなよ。すいません・・・こいつ森本さんのめっちゃファンで・・・」
「そうなんだ。応援してくれてありがと。これからもよろしくね」
そう言って森本奈央は微笑みを浮かべながら文に向けて手を差し伸べてくる。康太は見えないように文の背を押し、マネージャーと一緒に壁になることで周囲の人間から森本奈央の姿を見えないようにした。
そして康太の行動の意味を理解したのか、文は一旦周囲にかけている魔術を解除し、目の前に差し出された手を両手でしっかりとつかむ。
「あ・・・ありがとうございます・・・!こ、これからも頑張ってください・・・!ずっと応援してますから・・・!」
「あはは、嬉しいよ。君たちって高校生?」
「は、はい!十六歳です!高校一年生です!」
「へぇ、二つ下なんだ。こんなとこ泊まれるなんてすごいね」
「は、はい!すっごいバイトしました!部活何度も休んで怒られたりしましたけど!」
「それは凄いね・・・部活って・・・球技?手にちょっとタコができてるけど」
「わ、私はテニスです。後ろの康太は陸上ですね」
文が一生懸命ファンの演技をしているのを尻目に康太はマネージャーの方に視線を向けていた。恐らくすでにマーキング自体は済んでいるのだろうがせっかく話が盛り上がっているのだこのまま話を続けるべきだと判断したのだろう。
康太もその邪魔をするつもりはない。そしてまだ親戚設定が消えているわけではない。その為少しでも康太たちの印象を変えないように演技する必要があった。
「それにしてもおじさん良かったの?こんな風に会わせて。普通ダメなんじゃないのこういうの?」
「え?あ、あはは。まぁたまにはこういうのもいいだろうさ。彼女もそこまで嫌がっている様子はないしね。ちょっとした息抜きだよ。近い世代の子たちと会うのもリフレッシュになるからさ」
マネージャーは若干苦しい笑みを浮かべている。恐らくここまで親戚設定の演技をすることを想定していなかったのだろう。
無理もないだろうがもう少し自然な笑みができないものだろうかと康太は内心ため息をついていた。
「あの・・・文ちゃん?そろそろいいかな?さすがに休ませてあげたいんだけど?」
「え・・・?あ・・・!ご、ごめんなさい!あ、ありがとうございました」
「ううん、大丈夫だよ。明日も頑張るから見ててね」
「はい!見てます!・・・康太、もうこの手洗わないわ」
「洗えよ汚いな・・・すいませんでした。ありがとうございます」
文が興奮した様子で自分の手をまじまじと眺めているのが面白かったのか、森本奈央は笑みを浮かべながらその場を去っていく。
途中マネージャーと二、三言葉を交わした後でそのままエレベーターホールの方へと向かっていった。
彼女の姿が見えなくなるのと同時に二人は演技をするのを止め小さくため息を吐いた。
「さて・・・それじゃお仕事の話しましょうか。マネージャーさん、レストランでのお食事でいいですか?」
「あ・・・あぁ構わないよ。でもいいのかい?彼女も一緒じゃなくて」
「えぇ、あの人もしっかり休んだ方がいいでしょうし」
「飯はいいけど文、ちゃんと手洗えよ?」
「わかってるわよ。さすがにそこまで非常識じゃないわ」
先程までの様子と打って変わった二人を見て、先程までの反応がすべて演技だったということに気付くのにマネージャーは少し時間がかかっていた。
なにせ文の演技、というか反応は本当にファンのそれに似通っていたからだ。
一瞬引き剥がそうかと迷ったほどだが、それ程文の演技が真に迫っていたという事でもある。
「でも僕に話したいことなんて一体なんだい?大した話はできないよ?」
「いいんですよ。わからないならわからないで。そしたら別の手段を考えますから」
康太の思わせぶりなセリフにマネージャーは若干不安そうにしながらも康太たちと一緒にホテルのレストランへと同行することにした。
「さて・・・まず聞きたいのは今回のライブのスタッフの状況です。今回のライブをするにあたって雇った人間の数を正確に知りたいんです」
康太たちはマネージャーを引き連れてホテルの中にあるレストランにやってきていた。そこで軽く食事を頼み、各々それらを口に運びながら今回の話の本筋ともいうべき内容へと話を進めていた。
「スタッフって・・・それは正規の人員だけでいいのかい?」
「いいえ、アルバイトに警備員、今回ライブ会場の裏側で働くことを許された全員の人数とその配置が知りたいです」
「・・・それは構わないけど・・・どうして?何か理由でも?」
今回康太たちは奏に頼まれてこうして護衛という形でやってきてはいる。内容としては一般人の対処と目標の護衛という形だけである。この二つだけを達成するためならば正直すでに準備は整っているためにこれ以上何かする必要性はない。
だが今回頼まれた内容はそれだけではない。正式に依頼された内容ではないとはいえ今回のライブにおける妨害工作を未然に防ぐという事も康太たちは奏から直接頼まれているのだ。
これを無視すればもしかしたらライブがめちゃくちゃになってしまうかもしれない。それは避けなければならない事項だ。
「マネージャーさんも既にご存知かも知れませんが、この辺り・・・関東近辺で行われるライブでいろいろと妨害が行われているとか。それを防ぎたいんです」
「防ぐっていったって・・・どうやって?」
「とりあえずは関係者以外絶対に近づけないようにするしかないでしょう。ライブ関係者が妨害工作を行っているとは考えにくいですし」
康太はこういったが、あくまで考えにくいというだけでその可能性がゼロというわけではない。
裏で常に動き続けている人員の隙を突いて何かしらの破壊工作を行うとなるとスタッフが一番に容疑者にカウントされるだろう。
だが自分の仕事を自分で妨害するというような無茶苦茶な行動をするような人間が今まで捕まらずに妨害し続けることができるとは思えなかったのだ。
最悪それが魔術師の仕業であるということも視野に入れておく必要がある。奏は魔術師ではないだろうと言っていたがそれも確実ではない。
あくまで推論の段階で物事を決めつけるのは危険だ。できる手段はすべて講じておいた方がいいだろう。
「それなら警備を強化してもらうかい?明日の午後からだったらたぶん間に合うと思うけど」
「それじゃ遅いですね。それにたぶんですけど何人増やしても入り込まれますよ。普通のドームと違ってこういう場だと紛れ込むのは簡単ですし」
今日俺たちがそうしたようにねと付け足しながら康太は自分の近くに置いてある皿から料理を一つ口の中に放り込む。
たとえこの周囲全て等間隔で警備員を置いたところで恐らくやりようによっては簡単に侵入できてしまうだろう。
機械や鍵などで物理的に入れないようにしているのと違い、人の目というのはどうしても見える場所が限られてしまう。
人が多ければ当然警備員が注意しなければいけない対象も増える。そう言った存在に意識を向けさせれば当然それ以外の場所が疎かになる。
警備をしているのは機械ではなく人間だ。そう言った人間ならではのミスを誘発させれば侵入は簡単だ。
今まで妨害工作が行われてきたのが屋外で行われるライブばかりというのもそう言う理由があるのだろう。
「でもじゃあどうやって入ってくるのを防ぐんだい?今さら機械とかを入れるわけにもいかないし」
「その点はご安心を。すでに手は打ってあります。でも一つだけ問題があってスタッフの人たち全員の詳細がないとうまく機能しないんです」
「あぁ、それで・・・名前とかそう言うのも必要なのかい?」
「いえ、人数と配置だけ教えてくれれば大丈夫です。あとはこっちでやりますからそちらはライブの成功だけを頭に入れておいてくれれば」
康太の言葉にマネージャーはいろいろな表情を次々とみせた後、分かったと了承してくれた。
その表情からは疑いや疑問、そして拒否と期待といったマイナス方面の感情が読み取れたが、彼の中で問題ないという風に結論が出たのだろう。
これで康太たちがただの高校生だったのなら間違いなく拒否していただろう。そこまで大した内容ではないとはいえ部外者にそんな情報を与えることはできない。
だが康太たちのバックには奏がいる。
もしかしたら奏の方に連絡して何かするのではないか、そして奏を通じて何か作戦を伝えられているのではないか。
そう言った考えが彼の中にはあったのだ。
そして何より奏と個人的につながりのある高校生だ。もしここで断って奏の機嫌と自分たちの評価を下げられたら厄介なことになる。
どうせたいした情報ではない。康太たちがそれを求めているというのであればそれを提供して様子を見たほうがいいだろう。
今まで防ぐことができずにいたのだ、その程度で何かが変わるとは思っていないが自分たちに損のない形をとろうとした結果、康太たちの申し出を了承するに至ったのである。
土曜日なので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




