情報収集と魔力
マネージャーからスタッフ用の証明証を貰うと同時に康太たちは荷物を適当にロッカーの中に入れ行動を開始していた。
まず行ったのはこのライブステージとその裏側の内部構造の把握。これは康太が行った。
智代に教わった解析の魔術で遠くから、大まかな構造を把握。そして近くから細部の把握。両方を行う事でこの建物および周辺にある建築物や道具の配置などの詳細をすべて把握することができた。
それを書き記すだけの画才は残念ながらなかったために康太の頭の中に留めるだけとなったが万が一の際に行動しやすくなるだろう。
そして次に行ったのは客席部分の工作である。
堂々と行動できるだけの権利は得たがそれでも杭を打ち込んでいるところを見られるのはまずいために杭打ちは夜遅くになってからになるだろうが、今の内からできることも十分にある。
まずは杭打ちの場所の確認だ。
文と協力してライブ会場の外周部分には問題なく杭打ちは完了したがその内部、観客席部分に至るまでの効果はない。その為観客席部分にも何本か杭を打ち込まなければならないがその場所の確認をしていたのである。
大まかに地図で場所を書き記し、座席番号と組み合わせることでより効率的に打ち込みができるようにしておくと今度はライブステージの裏方にも同様に杭の仕掛けをすることにした。
もっともこちらはだいぶ雑にものが置かれたりしているために隠すのには困らなかったし隠れて作業するのも問題なかった。
これで観客席を除くすべての部分で文の方陣術を発動することができるだろう。
後は本番に向けて魔力を注ぎ込むだけである。
そうこうしているとどうやらリハーサルが始まったのか、音響や照明のチェックと同時に森本奈央らしき声で歌が聞こえてくる。
なるほどいい声だと感心しながら康太たちはその姿を一目見ておこうと裏手から観客席側へと移動する。
普通のTシャツに短パンという色気も何もあったものではないラフな格好だが、歌いながらダンスをしている彼女は十分に魅力的だった。
「あれで衣装着たらそりゃ綺麗でしょうね」
「そうだな・・・明日は見るだけの余裕はなさそうだし・・・カメラでも持ってくればよかったかな・・・」
「そうね・・・記念くらいにはなったかも。携帯で撮っておく?」
「そうだな。これも思い出の一つだ」
こういった催しに興味がない二人でもアイドルを直に撮影することができる瞬間というのは珍しい。
魔術師として魔術の痕跡を残すことはできないがただのアイドルの姿であれば撮影したところで問題はないだろう。
「下準備はこれで大まか終了か・・・?あとは何する?」
「奏さんの言ってた妨害についての情報を集めましょ。マネージャーさんに聞いてもいいけど・・・たぶん今忙しいわよね・・・主に行われるのは照明、音響、衣装への破壊工作だったかしら?」
奏から詳細は聞いていないためにどれほどの規模で行われるのかはさておき、工作活動を行われると最悪人が死にかねないものもある。
特に照明や音響機器の取り付けられている部分を外されたり、調整されたりすると落ちてきて人に怪我を負わせる可能性がある。
そうなってくるとライブどころではなくなってしまうだろう。
「でもそう言う工作だと俺らがずっと見張ってないとまずくないか?今のところフリーなの俺らだけだし・・・」
「そうね・・・こういうのは本来周りの人が気を付けなきゃいけないんだけど・・・こういうお祭り騒ぎだとどうしても穴はできちゃうしなぁ・・・」
普通のドームなどのライブであれば入場を制限したり、入り口自体を狭めることで関係者以外を立ち入らせなくすることもできる。だが今回のように会場が屋外となるとそうすることは極端に難しくなる。
なにせ屋外であるためにどこからでも侵入できてしまうのだ。そうなってくると相当数の人員を導入しない限り人の侵入を防ぐというのは難しくなってしまうだろう。
それだけの警備員を動員できれば話は早かったのだろうがそう簡単に行くわけがない。金に物を言わせればそう言うこともできるのだろうが奏はそこまでするつもりはないようだった。
というより、康太と文がいればそこまでする必要がないと予想しているのだろう。高く評価してくれる分にはありがたいのだがその分ハードルが高くなっているという事を奏はどれだけ理解しているだろうか。
まだ未熟者である康太たちにとってはその期待は重荷でしかない。
「文ならどうする?単純に徹夜で見張るっていうのじゃまず間違いなく上手くいかないぞ?」
「でしょうね。どのタイミングで起きやすいのかっていうのも聞いておかなきゃ・・・とりあえずは情報収集から始めてそれに応じて対応策を考えましょ。必要なら私がちょっと苦労すればいいだけの話だし」
「・・・いつもいつも苦労を掛けるねお前さん」
「・・・それは言わない約束でしょあんた・・・ってなんでこんなこと言わせてんのよ」
案外ノリがいい文に苦笑しながら康太と文は一度別れて情報収集を行うことにした。対象はライブ会場にいるスタッフ。しかもバイトではなくそう言った関係の業者の人間だ。暗示を使える二人であればそれらを聞きだすのはそこまで苦労はしない。
リハーサルが続く中、康太と文はライブ会場の観客席の一角で昼食をとりながら集めた情報を互いに交換していた。
と言っても互いに集められた情報はほとんど同じものだった。
音響関係、照明関係、そして衣装関係、責任者等々、話を聞いた人間はそれぞれの業種の者たちだがどれも大体同じような回答を得ることができた。
「大体妨害活動が起きた・・・っていうかそれが発覚するのはライブの途中。大体昼食が終わって少ししてから、具体的には二、三曲歌い終わってからってことだな」
「こっちも同じよ。どんな妨害にしろ大抵そのあたりで発覚してる。まず間違いなく同一犯、しかも計画的な犯行ね」
アイドルのライブというのは大体スケジュールが分かれる。夜にだけ行うタイプと朝から昼の部、そして昼から夜の部という風に分けて行う場合がある。
今回行うライブは午前午後の三時間ずつ行うライブだ。もちろん途中休憩などを入れるがそれでもかなりのハードスケジュールだと言わざるを得ないだろう。
「昼の間にいろいろと物入りになったりする際に忍び込んでるに一票」
「同意見ね。私たちがさっきやったみたいにバイトを装って侵入してるんでしょうね。でもそうなってくると判別は難しいわ・・・お弁当とかの配達とかで侵入されるともっと厄介よ?」
「・・・どうするか・・・昼時の移動に紛れてるならスタッフ全員に暗示でもかけるか?首にかけてる人間以外は入れないように」
康太たちが覚えている暗示なら、ある一定の思考や行動を操ることができる。だがそれも万能ではない。飽くまでその状況で考えられることに限られる。
このライブという環境であれば関係者以外、特に関係者用の身分証明のカードを有していない人間を絶対に近づけさせないという行動を取らせることはできるかもしれない
「悪くはないけど決定的じゃないわね。もし相手がこのカードを偽装・・・ていうかそれっぽいものを用意してたら意味がなくなるわ。結局簡単に忍び込めることになる」
「・・・なら昼間に俺が解析の魔術を使って異変がないか調べるか?」
「ん・・・それも悪くはないけど・・・照明とか音響機器はまだいいけど衣装とかに細工されたら?あんた建物の中にある衣装まで同時に解析できるの?」
「・・・たぶん無理。中に入ってればできるけど、遠くからだと建物とかの構造とかしか見えないと思う」
康太の解析の魔術は万能ではない。見えるものを解析することはできても建物の中、つまりは見えないものまで解析することはできないのだ。
そうなってくるとどうしても人手が足りないことになる。康太が大まかな建築物あるいは照明音響などの機器の監視、そして文に人員の監視と索敵を任せているという関係上、もう一人人手がいれば常に衣装などを監視してもらうなどの対策をとれるのだが、そう簡単にはいかないものである。
「いっそのこと衣装に鍵でも着けておくか?」
「無理でしょ。昼休憩をとってても次の準備とかあるんだからそこまで面倒なことはできないわ」
「じゃあ・・・そうだな・・・お前の結界を張ってステージの近くに近寄らないようにするとか」
「結界って普段私が使ってるやつ?あれは無意識に作用するものだから意識的にその場所に向かおうとしてる場合は効果ないわよ」
康太が次々案を出しても文はことごとく却下していく。実際康太の案は現実的ではあるが決定打にかけるのだ。
案を出そうにも自分が使える手札が少なすぎるというのもあるがやはり康太は戦闘以外ではあまり役に立てないという事を証明することに繋がっていた。
適当に見繕った昼食を食べながら周囲で動き続けているスタッフの様子を見た時に康太は一つ思い出す。
思えば今この状況に置いて魔力を取り込んでしまっている人物はいるのだろうかと。
奏の言っていたようにこの辺りは妙にマナの動きが早いのは感じ取っていた。マナの動きが不安定という事もあってスタッフの中にはもしかしたら魔力を溜めこんでしまった人間がある程度いるかもしれない。
「文、ちょっと魔力探知してみてくれないか?」
「ん?あぁ魔力のチェックするの?いいわよ」
康太の提案に文は少し集中した後で魔力探知の魔術を発動する。これだけの範囲の魔力探知となるとだいぶ集中力を使うようだ。まだ索敵や探知をやりやすくするための術式も発動していないためにそれなりに疲れるようなそぶりも見せている。
「・・・あぁいるわね。あそこ、ステージと観客席の近くでなんか指示出してる人。あの人ちょっと魔力溜めこんじゃってるわ」
「オーライ。んじゃちょっと吸い取るか」
康太はDの慟哭を発動して黒い瘴気を文が指定した人物に向かわせる。どの程度吸い上げれば魔力をゼロにできるかというのは感覚的なものであるために常に文の指示が不可欠だった。
もし吸い上げすぎるとその人物の生命力にまで影響を与えかねない。それは非常に危険な行為だった。
「オッケー。魔力ゼロよ・・・にしてもホント便利ね。こんだけ離れてても魔力すいとれるなんて」
「まぁな。あれだけ苦しんだ甲斐もあったってもんだ・・・これを使えば十分一般客へは対処できることになるな」
「そうね。問題は妨害してくる奴をどうやって見つけるか・・・私たちが張り込むっていうのも手の一つだけど・・・」
文のいうように張り込むというのも手段の一つだが、ただでさえあちらこちらが忙しくなるタイミングでただ突っ立っていても正直邪魔になってしまう。どうにかうまいこと対処できないかと康太たちは頭を悩ませていた。
誤字報告五件分受けたので二回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




