なれるために
小百合の店で必要な道具をそろえた数日後、康太と文は奏の会社の社長室に足を運んでいた。
その日は依頼前の最終チェックを行うつもりだった。チケットや当日泊まるホテルの確認など、依頼に関して確認しなければいけないことがいくつもあったために協会ではなく奏のいる社長室までやってきたのである。
康太たちがやってくると奏は仕事を一時切り上げ、接客用のテーブルに二人を座らせると二種類のチケットをいくつかといくつかの書類を並べた。
「これが今回のライブ期間中のチケットだ。特別席二枚と普通席二枚を用意させた。必要な時に使うといい。こっちは滞在中にお前達が宿泊するホテルの資料だ。すでに康太の名前で予約して部屋も取ってある。支払いも済ませてあるから身分証明証だけ持っていけば宿泊できるようになっている」
「ありがとうございます。この特別席っていうのは?」
「所謂一般観客とは別の所に置かれている関係者専用の席だ。野外という事もあって一般客はほとんどが・・・まぁ立ってみるだろうがパイプ椅子。低い場所で見ることになるが特別席はやや高い場所から見ることになる。要するに一般人をよく見ることができる。状況に応じて使い分けろ」
「わかりました。二種類も用意してもらって・・・ありがたいです」
普通ならライブのチケットを手に入れるのは相当苦労するだろうに、こうも易々と席を用意するあたりさすがは奏というほかない。
今回の場合は直接かかわっている事業が相手だったからこそできる事なのだろうがそれにしたって仕事の早さは舌を巻くレベルだ。
「気にするな。この程度は必要経費だ。あと小百合から聞いたがお前達も今回用意したものがあるんだとか・・・明細を出せ」
「え?・・・でもこれは俺らが使うやつですし・・・そこまで厄介になるわけには」
一応康太たちが使う、というか主に文が使う道具だ。もしかしたらこういう流れになるかもしれないと康太も文も思っていたがまさかここまで早く話が伝わるとは思っていなかった。
しかもその話を聞いたのが小百合というあたり若干違和感がある。恐らく小百合が自発的に連絡したのではなく奏が直接連絡して話をしたのだろう。
気の回し方が半端ではない。だからやんわりと断ることも視野に入れる発言をしたのだが奏は目を細めて声を低くした。
「康太、私は出せと言った」
「・・・はい・・・わかりました。今度もってきます」
こういわれてしまっては康太は逆らう術を持たない。小百合と同じだ。自分がやると言ったからには絶対にやる。相手の都合も心境も全く関係なし。
というか考えたところで意味がないから強行する。なんというかここまで一方的な押し付けも珍しい。
もっとも小百合や奏に限っては珍しい話でもないのだが。
「あの・・・奏さん・・・私が泊まるホテルって・・・」
「ん?あぁ、今回のライブ関係者が泊まるのと同じホテルをとっておいた。本人には秘密にしているが関係者には話を通してあるから必要なら話を聞きに行くのもいいだろう」
「あいえ・・・そう言う事ではなくて・・・部屋は・・・?」
「・・・?・・・あぁそう言う事か。部屋は上層階だ。比較的いい部屋をとってあるから安心しろ」
「あの・・・そうじゃなくて・・・」
文が言いたいことがどうやら伝わっていないらしく奏は怪訝な表情をして首をかしげてしまっている。
文は康太と同じ部屋に泊まらせるつもりなのかという事を聞きたかったのだが、どうにもうまく伝わっていない。
そして横で聞いていた康太がその意図を察したのか奏の方に向き直る。
「奏さん、俺と文の部屋って同じですか?」
「同じ・・・?別に一緒に行動するんだから同じ部屋で問題ないだろう?」
「・・・あの・・・私たち一応高校生です・・・しかも男女です。さすがに同じ部屋というのはどうかと・・・」
「何故だ?魔術師として行動する以上そんなこと気にすることがあるのか?私は幸彦と何度か同じ部屋で寝泊まりしたことがあるぞ?」
「いや・・・その・・・そうかもですけど・・・」
確かに兄弟弟子とはいえ一応は赤の他人だ。男女での寝泊まりということに関して過剰に反応するのは二人がまだ未熟だからだろうか。
だからと言ってそう簡単に容認できることでもない。なにせ二人は思春期真っ盛りな高校生だ。
いくら魔術師としての行動があるとはいえ同じ部屋に泊まるというのはどうしても抵抗があるのである。
「これからどうしても同じ部屋で寝泊まりしなくてはいけないという状況も出てくる。今回は康太だからまだいいかもしれんがこれから本当の意味で信用できない魔術師とも同じ屋根の下で過ごさなければならない状況も出てくるだろう。そう言う時のために今の内から慣れておけ。これも経験だ」
奏のいいたいことは十分に理解できる。魔術師として行動する以上必ずそう言う場面は出てくるだろう。常に康太が一緒にいるならまだしも康太が一緒にいられない状況というのも出てくる。
そうなった時のために今の内からこういう状況に慣れ、対策を練ることができるようにしなければいけないのだ。




