やってきた依頼
「師匠、戻りました」
「ただいまです。ついでにアイス買ってきましたよ」
今回の事の顛末を協会に報告した後、康太たちはいつも通り小百合の店に戻ってきていた。
夜も遅いということもあって小百合がここにいるかどうか微妙なところだったが、康太に何やら用があるという事もあってここに来ないわけにはいかない。
そしてやはりというか当然というべきか、小百合はちゃぶ台の近くで何やら書類と格闘しながら康太たちがやってくるのを確認するとため息をついた。
何やら個人的に片付けるようでもあったのかと真理がそれを覗き見るとものすごく嫌そうな表情をする。
「なんですか師匠・・・ひょっとして今までの報告書まだ上げてなかったんですか?」
「うるさい、こういうのは私は苦手なんだ・・・普段ならお前に全部丸投げしていたんだがな・・・」
「生憎私も忙しいんで手伝えませんよ?普通は自分でやるものなんですから」
真理の言葉を聞きながら康太は冷蔵庫にアイスを入れた後後ろからその書類を眺める。それは康太も何度か書いたことがある魔術協会への報告書だった。
魔術や魔術師といった表現を避け、それでもわかりやすく伝えられるように言葉を選んで書いてある独特の書類。
話を聞く限り小百合は今までずっとこういった書類を真理に任せていたのだろう。だが生憎と最近は真理も問題解決に忙しくこういった書類は自分のもので手一杯なのだ。小百合のものにまで手を回せるだけの余裕はないのである。
「それより師匠、俺になんか頼みがあるみたいな事言ってましたけど・・・なんかあるんですか?」
「ん・・・そうだった忘れていた・・・お前に一つ依頼が来ていてな・・・喜べ奏姉さんからのご指名だ」
奏の名前が出た瞬間に康太は嫌そうな顔をするが、彼女の頼みを康太が断れるはずもない。
だが奏から康太に直接話を通せばいいものをなぜわざわざ小百合を通してその話をしてきたのかが不思議だった。
「ちなみにどんな内容かわかります?」
「あぁ、協会経由だがちゃんと依頼が回ってきている。目を通しておけ」
小百合が取り出した書類の一枚を見て康太は気づく。それは普通の書類でありながら魔術師としての視覚に目覚めているものだけが見ることができる文章が記載されていた。
内容は『ある地点における一般人の護衛と対処』と記載されている。それがどういう意味なのか康太はよくわからなかった。
一般人の護衛などを魔術師がするのだろうかと思ったし、何より対処という言葉に強い違和感を覚える。
要するに近づこうとするものを排除すればいいのだろうかとも思ったがそう言うわけでもないだろう。
「あの・・・これどういう事ですか?奏さんに直接聞いた方が早いかな・・・?」
「やめておけ。あの人が珍しく気を回しているというのにそれを無為にすることもないだろう」
「・・・気を回す・・・ってどういうことです?」
「そのままの意味だ・・・何のためにお前に直接話をしないで協会を経由してきたと思ってる?」
康太が先程抱いた疑問。自分の連絡先も知っているし自分と直接話ができる間柄であるにもかかわらずなぜ協会を経由して自分に話を持ってきたのか。
実直な奏にしては随分と回りくどい方法だ。普段の彼女からは考えられない行動である。
だがそうする意味があったとするなら、この行動には何かあるのだ。
協会を通すことで得られる何かというと、康太にも一応思いつく内容があった。
「俺の手柄とかそう言う事を考えてくれたんですか?」
「まぁそう言う事だ・・・お前は今封印指定の関係で非常に危うい立場にある。デビットの魔術を正しく、なおかつ安全に扱えるか協会内でも意見が割れている。あの人はお前に依頼を渡し完遂させることで『安全である』というレッテルを貼ろうとしてるんだ」
先日文の両親が不安そうにしていたように、康太の身に宿しているデビットの『Dの慟哭』は暴走を引き起こせば未曽有の大災害にも匹敵する被害を巻き起こす。それだけの危険な魔術を内包しているため魔術協会内部でも意見が割れているのだ。
康太が実績を重ね、なおかつ確かな実力をもってすればその意見も変えられるのだろうが、まだ康太はその意見を変えられるだけの実績を残していないし実力もさほどない。
そこで奏は一計を案じ、康太に任務を与えたのだ。
そしてその任務を完遂することで協会内の意見を変えようとしているのだろう。康太にとっては良い方向に。
「でもこれって、俺がこの任務完遂できなかったら逆効果ですよね・・・?」
「確かにな。そう言う意味ではあの人らしい。依頼による実務訓練とお前の魔術の試金石代わりにもなっている。一石二鳥・・・いや一石四鳥くらいにはなっているな・・・まぁお前が失敗するとは思っていないんだろう」
「・・・随分と高い評価をいただいてますね・・・」
「そうだな・・・あの人にしては珍しい」
小百合が言うように、そして康太が思っているように奏は随分と康太を高く評価しているようだった。
嬉しい反面少しだけ重荷にもなっている。だがこの重荷は康太にとってモチベーションになりえるものだった。
期待に応えたい。そう思うことができるのは康太が今まで培ってきた努力を背負っているからに他ならない。




