文の家へ
「それはそうとだいぶ風の魔術も安定して扱えるようになってきたわね・・・これなら次の段階に入ってもいいかな?」
「え・・・?少なくとも結構頑張って集中してるレベルなんだけど・・・もうちょっとこれやっててもいいんじゃねえの?まだこれ実戦じゃ使えないぞ」
今こうして話している間も康太は微風の魔術を発動し続けている。そこまで魔力消費の多い魔術ではないために半永続的に発動はできるものの、康太が集中を維持しているということに変わりはない。
いつもの魔術の鍛錬ならば集中しなくても発動できるレベルまで練度を上げなければ実戦での使用は認められなかったために文の提案は若干時期尚早のように思えた。
実戦で扱えるレベルになるまで突き詰めないと気が済まない康太としてはこの状態で次の段階に行っても中途半端になる気がしたのだ。
「あのね、その魔術はあくまで風属性の魔力を練ったうえで魔術を発動できるところまで仕上げるためのものなのよ?ぶっちゃけそれを実戦で使おうとしたって何の役にも立たないわよ」
「・・・いやまぁそりゃそうかもしれないけどさ・・・」
康太が今使っているのはあくまで微風をおこす魔術だ。戦っている時に微風を起こしたところで何の意味があるかもわからない。
いや、この場に限っては断言していいだろう。この魔術は戦闘に関しては無意味な魔術だ。今康太が覚えたところで役には立たないだろう。
夏という事もあって扇風機代わりにはなるかもしれないが、そんなものを今求めたところでしょうがないという話である。
「じゃあ次は何をやるんだ?魔力を延々と練るのか?」
「もう発動できるんだからそれは意味ないわ・・・いや意味はあるか。瞬時に魔力を切り替えることができるようにしておいて損はないけどそれは自分でやりなさい」
康太は今無属性と風属性の魔力を作ることができる。発動する魔術に応じてその二つを瞬時に切り替えることができるようになればかなり有利に戦うことができるようになるだろう。
まだ戦闘用の魔術を覚えていないとはいえ二つの属性を扱えるというのはなかなかに有用性が高いのだ。
「それはじゃあやっとくよ。で?これから何するんだ?」
「今度は実戦でも使える魔術を覚えましょう。攻撃に使えるかって聞かれると微妙だけど、少なくともあんたならうまく扱えると思う」
「お、そりゃ期待できそうだな。竜巻でも起こすのか?」
「・・・そんなもの起こしてどうするのよ。自然災害クラスじゃないの。ただ突風を起こすだけよ。起こす時間と強さに比例して魔力消費が大きくなるからそのあたりは自分で調整しなさい」
「なんだ、強い風起こすだけか・・・なんかがっかり」
風の魔術というと竜巻やかまいたちといった自然現象を思い浮かべていたためにただ強い風を起こすことができると言われてもピンとこなかった。
確かに文のいうように攻撃には使えなさそうである。
「でも強い風を起こすことができるっていうのはかなりのメリットにはなるわよ?あんただって上空で強い風にあおられたことくらいあるでしょ?」
「ん・・・まぁそりゃ・・・」
康太は再現の魔術を利用してよく空中歩行を行っている。その時、特に高い場所にいる際などは強い風にあおられてバランスを崩すことも時折ある。
風の力などと簡単かつ比較的軽視されがちなものかもしれないが、強くなれば軽く人間一人どころか車一台吹き飛ばすだけの力があるのだ。
もっともそれだけの力になると本当に先に言った通り竜巻レベルの災害になってしまうのだが。
「だからこの魔術は相手への妨害用の魔術だと思いなさい。あとは相手への牽制ね。相手の魔術の対抗手段にもなりえるわ。例えば私が使う霧の魔術とかには相性がいいわね」
「なるほど・・・確かにそう言う魔術は今まであんまり覚えてこなかったな。今までは攻撃関係ばっかりだったし」
「小百合さんの性格が思い切り出てるわね・・・まぁとにかくそう言うわけでとりあえず覚えなさい・・・もう術式を見るだけで学習できるんでしょ?」
「おうよ、見せてくれればいろいろ覚えるぞ」
魔術師としての視覚に目覚めたおかげで康太はエアリスの所にある魔術を大抵覚えることができるようになった。
もっとも技術面はまだまだ未熟であるために覚えられるのは無属性と風属性に限られるがそれでもだいぶ選択肢が広がったのは間違いない。
ようやくこの弟子交換の利益を存分に味わえるというものだと康太は満足げに笑みを浮かべていた。
「じゃあ魔導書の見方とか教えるから、とりあえず突風の魔術は・・・えっと・・・どこにあったかな・・・?」
文はそう言いながら魔導書が収められている本棚を探し始める。
特定の魔術を覚えるためには当然ながらそれが記されている魔導書を見つけなければならない。
この本棚の群れにはそれぞれ属性別に魔導書が収められているのだという。その為本そのものの分類はかなりめちゃくちゃだ。
ミステリーと料理本が隣り合わせになっていたり、SFと歴史書が同じ棚に収められていたりとはっきり言って本の大きさもジャンルも全く関係ない。
図書館というにはあまりにも無茶苦茶だ。だが魔導書の保管としてはこれが正しい方法なのだという。
その日の修業もそこそこに康太は帰路に着くことにした。もっとも帰路につくと言っても実際に自分の家に帰るわけではない。
康太と文が向かっているのは鐘子家。つまりは文の家だ。
文の家の両親が康太に会ってみたいという事もあって康太はその誘いに乗ることになったのだ。
一体何が待ち構えているのか分からないがとりあえず会ってみればわかるだろう。最初の挨拶だけは外さないようにしないとなと康太は頭の中で何度も挨拶の場面をシミュレートしていた。
「何でそんなに緊張してんのよ、私の親に会うくらいで」
「あのな、一応相手も魔術師なんだろ?もし失礼があったらいきなり攻撃されたりするかもしれないじゃんか」
「あんたの所の師匠と同じにしないで。何の準備もしてない人に対して攻撃するほどうちの親はひどくないわよ」
「・・・前にお前に似たような事されたことあるけどな」
康太は最初に文と戦闘した時のことを思い出していた。こちらがまだ完全に戦闘態勢に入る前に攻撃してきたのは文だ。
もっともあれは単なる小手調べだったのだろうが似たような行動であることに変わりはない。
その文の親なのだからそう言った攻撃をしてきても何も不思議はない。康太としては文の親が攻撃的な魔術師であるという想定で行動するつもりなのだ。
平和的かつ温和な性格であったとしてもどんな攻撃性を秘めているかわかったものではない。そのあたり康太は自分の兄弟子を手本としてすでに学習済みだった。
「よしついた。心の準備はいい?」
「よしオッケーだ。いつでも来い」
家に行くのは自分なのだがというツッコミは置いておいて康太は生唾を飲みこみながら文が自分の家の玄関を開けるのを待っていた。
「ただいまー。言われた通り連れて来たわよ」
「お・・・お邪魔します」
康太は文の後に続いて家に入る。自分の家とは違う匂いがすることにまず当然ながら強い違和感を覚えた。
他人の家というのは匂いというところからすでに疎外感を覚えさせる。ここが自分の家ではないという強い錯覚を与えるのだ。
実際は錯覚でも何でもなく実際にここは自分のいるべき場所ではないのだがそのあたりは今は置いておこう。
「あらおかえりなさい。あぁ、あなたが娘の話していた・・・」
「帰ったか文・・・ほう、その子が」
まるで待ってましたと言わんばかりに恐らくは文の両親と思われる男女が奥から顔を出しこちらにやってくる。
片方は温和そうな女性だ。エプロン姿がよく似合う。穏やかそうで優しい笑みが良く似合う女性だった。
片方は筋骨隆々、とまではいかないがなかなかに鍛え上げられた肉体を持った強面の男性だ。だが強面ながらに不思議と優しい笑みを浮かべる。なんというかつかみどころのない男性だった。
一人ずつ挨拶をしようとか考えていたらいきなり二人同時に現れたことで康太は若干混乱してしまったが、この程度の苦難は何度も乗り越えてきた。きっと今回も乗り越えられるだろうと康太は意気込みながら頭を下げていた。
「初めまして。文さんにはいつもお世話になってます。ブライトビーこと八篠康太です」
康太がそう言って自己紹介すると文は、いや文とその両親は怪訝な表情をしていた。
いきなり雲行きが怪しくなる中文は康太の頭を軽く叩く。
「あんた何いきなり魔術師としてあいさつしてんのよ!魔術師として会うならせめて仮面くらい付けなさいよ!」
「はぁ!?だって会いたいって言ったから素直にあいさつしたんじゃんか!しかも二人とも魔術師なんだろ!?今さら隠すことあんのかよ!?」
「そうじゃなくて・・・あんたの人となりを確認するとか最初はお互いどういうことを考えてるか探り合うとかそう言うのがあるでしょうが!」
「そのやり取りに何の意味があるんだよ!話したいことがあるなら普通に話せっての!」
「うちではこれが基本なの!」
「よそはよそ!うちはうちだろ!」
「それ私の台詞!」
康太と文がそんなやり取りをしているのを見て文の両親は二人して口元を押さえて笑い出してしまっていた。
最初からやらかしてしまった感が否めないが、どうやら第一印象としては悪くないのかもしれない。
少なくとも呆れられるよりはましだ。
「な・・・なるほど・・・娘が信頼できると言っていた意味が分かった気がするよ・・・八篠康太君・・・いやブライトビーといったほうがいいのかな?君は良くも悪くも素直な子だね」
「貴方のことを話すときに文が楽しそうなのも分かる気がするわ。面白い子じゃない。とりあえず上がってください。お腹もすいているでしょう」
「父さん母さん余計な事言わないでよ・・・とりあえず康太、あんた今度説教ね」
「お前の家のルールなんて知らないっての・・・あらかじめ教えておいてほしかったわ」
「似たようなこと前に言っておいたでしょうが」
「んなもん忘れたわ・・・それじゃあお邪魔します」
確かに前に文の家の魔術師としての事情などは聞いたことがあるが他人の家の事情などいちいち覚えているほど康太は記憶力が良くないのだ。
誤字報告を五件分受けたので二回分投稿
文の両親の外見のイメージは某錬金術師の大総統夫婦です。父親の方はあれのヒゲなし眼帯なしで母の方はそのまま黒髪だと思ってください
これからもお楽しみいただければ幸いです




