気になる属性
「あ、そうか。今までは術式が見えなかったからいちいち流し込んでもらってたんだもんな!すっかり忘れてました」
「まったく・・・そう言えば真理、こいつに見せたいものがあるんじゃなかったのか?」
小百合の言葉に真理は思い出したように康太の前に座りニコニコと笑って見せる。
「康太君、あなたは今回見事、幸か不幸か事件を解決しなおかつ魔術師としての視覚に目覚めました。そこで、あなたに見せたいものがあります」
「なんです?通帳かなんかですか?」
「いや・・・まぁそれは後で見てください・・・これです」
真理がそう言って自分の胸に手を当てると、彼女の体の中からゆっくりと光の球が出てくるのがわかる。
それらは一見するとただの光の球だが、じっくり見るとその光の中には何かの形をしている妙な物体がいるのがわかる。
「なんですかこれ?虫ですか?」
「虫じゃないですよ。これが精霊です。いつかみたいと言っていたでしょう?」
精霊。
精霊術師が扱い、特定の素質を補うことができる超常の存在。康太はそれを見て目を丸くした。
「え?こんな丸っこいの!?なんかもうちょっと人型してるんだと思ってた・・・どっちかっていうと動物っぽい・・・?」
「これは地属性の精霊ですからね。私は四属性の内いくつかの精霊を連れているんですが、今日はこの子を連れて来たんです」
一番外見がまともだったのでと言いながら笑う真理の言葉を聞いているのかいないのか、康太はまじまじとその精霊を眺めていた。
今まで生きて来て初めて精霊というものを見た。そもそも存在すら信じていなかったために今こうして目の前にいるのが魔術の一種なのではないかとまだ疑っている節がある。
だがそれでも確かに目の前に何かの存在があるというのはうっすらとではあるが感じることができていた。
「こんなのが魔力を補充してくれるんですか?」
「精霊としての存在が強大であればあるほど多くの魔力を扱ってくれます。まぁ後は数で補ったりしますかね。そう言う意味ではあなたの連れているデビットさんも精霊と言えなくもないです」
「・・・えー・・・こいつが精霊・・・?」
康太は自分の中にいるデビットを外に出すと眉を顰めながらその姿を眺める。
黒い瘴気で作り出された人型。これをどこからどう見てもどういう解釈をしても精霊とは言い難い。
百歩譲っても怨霊か悪魔の類だ。精霊などというよく知られ、なおかつ親しみ深い者たちとは程遠い。
「属性的には・・・そうですね・・・無属性なんでしょうけど・・・あの魔術自体が疫病を元としているんでしたっけ?」
「はい・・・疫病の性質を持った魔術とでも言いますか・・・」
「ならデビットさんは病属性の精霊ということになりますね。悪くないんじゃないですか?」
「・・・いやイメージ悪すぎると思うんですけど」
火、水、風、土、様々な属性がありその属性の精霊がいる中で大抵の属性の精霊はイメージがつけやすい。
火は猛々しく水は麗らかに、風は爽やかで土は厳か。そう言ったイメージと外見を結び付けやすいのだが病というとどうしてもいやなイメージしか湧いてこない。
髑髏だとか蠅だとか、マイナスのイメージが強くなってしまうのだ。
実際そのイメージは間違っていないだろうしそのイメージに限りなく近いのがデビットだが、それでも自分の精霊が病属性だと言われていい気がするわけがない。
「私の弟子としてはなかなかに上等じゃないか?悪いイメージばかりがどんどんと先行していくわけだ」
「師匠自分で言ってて悲しくないですか?というか本当に勘弁してほしいです。今回のこれだって師匠が連れまわさなきゃこんなことにはならなかったんですよ?」
「だがその分お前は良い力を手に入れた。リスクもなく大きなリターンを得られると思うな?それほど世の中は甘くできていない」
「そりゃ・・・そうですけど・・・」
小百合のいうことは間違いではない。確かに大きな成果を望むのなら多少のリスクがつきものなのは理解できる。
だがそのリスクを主に担当している小百合に言われてもどうしても素直に納得することができない。
なんというか理不尽だなと思っているとデビットがわずかに震えだす。
理不尽だという感情に反応したのだろうがそれが康太の本心からのものではないと察したのかそれ以上動くことはなかった。
「とりあえず精霊も見えるようになったことだし、これからは属性系の魔術にも力を入れていきましょう。風属性は文さんたちに任せていますからそろそろ火属性の魔術を一つくらい覚えましょうか」
「あぁ・・・確かにそうですね・・・火属性か・・・いろいろ使えそう」
康太のイメージは魔法と言えば炎という感じだった。間違ってはいないし偏った考え方かもしれないがポピュラーな魔術であるのは間違いなかった。
「へぇ・・・じゃあ今は火の属性の魔術の練習をしてるんだ」
「あぁ、風、無属性と並行してな。なんだか微妙な気分とはいえ手札も増えたし、これからもうちょっとましな魔術師になれるかもしれん」
康太はいつも通りエアリスの修業場にやってきて文と話をしていた。いつも通り風の魔術の訓練をしながらではあるもののかつてとはその練度は異なり話しながらでも魔術を発動できる程度にはなっていた。
もっとも未だ高い集中が必要なことには変わりなく、実戦に使うにはあまりにもお粗末かつ弱い術しか発動できないという欠点があるが康太自身は確実に成長していた。
「ふぅん・・・まぁそれはいいんだけどさ・・・あんたのこの前の魔術、移ったりしないわよね?」
「移るって・・・あぁ前みたく術式がってことか?」
「うん・・・伝染病を元にした魔術なんでしょ?」
「まぁ大丈夫じゃないか?こいつがその気にならない限りは勝手に動くこともなさそうだし」
康太はそう言いながら自分の体から黒い瘴気の塊であるデビットを顕現させる。その姿を見せた瞬間文が嫌そうな顔をして若干距離をおいたのは気のせいではないだろう。
「おいそんな距離とんなよ。病原菌扱いしやがって、デビットが傷ついてるだろうが」
「そんな感情こいつにあるの?そもそもどういう扱いなのよこれは」
文としてはデビットのことを現象として扱うべきか個人として扱うべきか迷っている節があるようだ。
どちらを選んでも間違いではないために康太としても判断しがたいが、康太自身はこの魔術、デビットを一個人として扱っている。
「姉さんが言うには精霊に近いんじゃないかって言ってたな。なんでも『病属性』の精霊じゃないかと」
「病って・・・そんな属性きいたことないわよ・・・そもそも属性って自然にあるものに限られるわよ?」
「ん?病気って自然発生するものじゃないのか?」
「体調とか病原菌とかがあって初めて病気になるものでしょ?そもそも病気を自然現象ととらえることの方が間違ってる気がするわ」
そう言われてみればそうかもしれないと康太は自分の横に立っている、というか浮いているデビットの方を見る。
病気というのはその原因は様々あるが基本的に生き物が関係している。
季節の変わり目などであれば風邪にかかる当人の体調不良が原因でなることが多い。
逆にインフルエンザなど病原菌などを原因にする病気なら人間のせいではなくそのウィルスのせいということになる。
どちらも自然現象とは言い難い。発生する時期、しやすい季節などが関係しているために自然現象のようにとらえてしまっていたがれっきとした原因があるため自然現象とは確かに言い難いかもしれない。
精霊とはもともと自然現象を司る存在だ。自然も結局は物理現象と言ってしまえばそこまでだが物理現象で説明しきれない何かがあるのも否定しきれない。
そう言った部分を司っているのが精霊なのだ。病に関してはそのほとんどが解明されている。その為精霊の介在する余地がない可能性もある。
「まぁあくまで近いものだからさ。一応感情っぽいものもある・・・と思うしそんなに邪険にしないでやってくれると助かる」
「・・・ん・・・まぁ・・・あんたがそう言うなら」
文は康太に近づくもののデビットとは若干距離をおいていた。康太が悲惨な目に遭っているのを間近で見ていたためかデビットにはあまり良い印象を持っていないのかもわからない。
考えてみれば当然だ。数百年間解決できなかった魔術そのもの。これを簡単に受け入れられるはずがないのだ。
また暴走するかもしれない、自分が毒牙に晒されるかもしれない。そう言った感情が文の中にないとは言い切れない。
康太はもうすでにそれを体感しているために今さらどうなっても同じことなのだが、文としては康太の二の舞はごめんなのだ。
協会本部としても未だ康太のことを監視対象としている。また同じように魔術が暴発しないように、一般人に被害が及ばないように各所の魔術師を通じて経過観察を行わせていると小百合や真理、そして支部長を通じて聞いている。
数百年解決できなかったものがそう易々と解決できるはずがないと考えるのも無理はない。実際そう言う可能性も十分あり得るのだ。
「その魔術の操作ってどうなの?結局あんたが全部の操作権限握ってるわけじゃないんでしょ?」
「俺のはあくまで一部だな。どこに飛ばしたいとかどいつに感染させたいとか、後はもやっとした感じで操ってる」
康太はそう言いながら自分の体から黒い瘴気を噴出しそこかしこにとばして見せる。
もっとも対象が特にいなかったためかすぐに黒い瘴気は雲散霧消してしまうが、それでも康太がこの魔術をある程度操ることができるという事は説明できた。
抽象的過ぎる説明に文としては納得がいっていないようだったが今はそれでもいいかと諦めているようだった。
「なんだかあんたどんどん面倒な状況になってない?小百合さんの弟子ってだけで割とあれな状況だったのに・・・こんなもの抱え込んで・・・どっかの誰かに敵視されてそう」
「もしかしたらもう手遅れかもな・・・今回の件でだいぶ名が売れちゃったみたいだし・・・」
康太としては嬉しくもあり悲しくもある状況だ。見ず知らずの誰かに敵視されるなど可能なら遠慮願いたいのだが、そうもいかなくなってきたのが現状なのである。
「そう言えばあんたの評価点って今どれくらいになってるわけ?今回の事でだいぶ上がったと思うけど・・・」
「ん・・・詳しくは聞いてない。ただ今までの比じゃないレベルで上がったってのは聞いてる。通帳見たらえげつない金額振り込まれてたし・・・」
康太たち協会に所属している魔術師は協会の依頼や特定の事件解決の折に報酬として評価点と金銭を与えられることがある。
今回の場合康太は協会の中でもかなりの重要案件を解決、に限りなく近い形に持っていったためにかなり高い評価とかなりの量の金銭を受け取っていた。
少なくとも一介の高校生がもっているにはあまりにも多すぎる額である。
だが支部長によるとこの額でさえもほんの一部であるらしい。康太はまだこの魔術の本体のありかを明らかにし、なおかつその本体を自らの体の中に内包しているだけだ。
本当の解決というのはこの術式を完全に消去するか、あるいは完全に制御下に置くことくらいである。
その為に協会本部は康太を監視対象としているわけだ。封印指定百七十二号はまだ解決している事案ではない。だが限りなく解決に近い形という事で報奨金の一部が与えられたのだ。
これが完全なる解決に至ったならその全ての報奨金と正当な評価を貰うことができるようになるだろう。
もっともそれらを貰ったところで康太は困るとしか言いようがないのだが。
「でもあんたの名前もだいぶ協会内でも有名になったわよね。この前の一件がそのきっかけでもあるわけだけどこの四月から・・・ってか五月辺りからちょくちょく協会内で名前が挙がることがあったわけだし」
「まだ魔術師になって半年しか経ってないのにそんな有名になっても困るんだけどな・・・ていうかすごいハードル上がってそうだ」
「実際上がりまくってるでしょ。私はあんたの実情を知ってるけどさ、他の連中からすればあんたは相当やばそうなやつよ?小百合さんの弟子でいきなり現れて問題解決してしかも封印指定にまで関わってる。これだけ見れば一流と間違われてもおかしくないわ」
「勘弁してくれよ・・・一流どころか三流以下だってのにそんな扱いされても苦笑いしかできねえよ・・・」
事実康太の実力は未だ一流とは程遠い。康太の中では小百合を始めとして真理や智代、奏に幸彦、そしてエアリスのような魔術師が一流の魔術師であると考えている。
いつの間に自分がそんな人外たちの仲間入りしたのだと言いたくなるがそんな実力は欠片たりとも身についていない。
それどころか今同盟を組んでいる文にさえ相当実力では劣っているのだ。文が二流だとかそう言う事を言うつもりはないが文より劣っている時点で一流とは程遠い。
周りから見られる目が異なり評価されたところで過大評価過ぎて何も言えなくなってしまうだけなのだ。
「でもよかったじゃない。バイクの免許取るとか言ってたでしょ?それの軍資金は得られたわけだしさ」
「あぁ、その点に関しては本当にありがたい。これで堂々と胸を張ってバイクの免許が取れる。もう十六歳だからな」
「・・・あぁ、そう言えば七月があんたの誕生日だったっけ?」
「そうだよ、姉さんしか祝ってくれなかったけどな!」
七月の頭に康太は十六歳になった。だがいろいろと予定などが重なっていたために誰かが祝ってくれるなどということはなかったのだ。
具体的にはそれ以外にいろいろと考えることがあったために誕生日の存在を忘れていたというのがあるのだが。
兄弟子である真理に言われるまで気付かなかったのは内緒の話である。
「でもバイクの免許か・・・事故らないでよ?」
「わかってるって。とりあえず夏休み中にとる予定だ。合宿に行くから十日くらいいなくなるかもしれん」
「え?そんな早く取れるものなの?」
「上手くいけばな。もう予約もしてある。あとは実際に行くだけだ」
康太としては早いうちに免許をとって実際に公道を走ってみたいと考えている。幸いにして金銭的な問題は取り除かれたためにこの夏休みを利用しない手はない。
「へぇ・・・じゃあもう買うバイクとかも考えてあるわけ?」
「それなんだよなぁ・・・たまに店とか見てるんだけどどうもいい感じの物がなくてな。こういうのは直感的なものだからって姉さんも言ってたし渡り歩いていくしかないわ」
「ふぅん・・・免許とったらさ、私も乗せてよ。二人乗りでどっか行ってみたいわ」
「それはいいけど・・・事故っても文句言うなよ?まだ走ってもいないから二人乗りできる気しないし」
「いや悪いけどそこは文句言うわ。事故らないように気を付けなさい」
気を付けたところで起こしてしまうのが事故なわけだが、そのあたりは康太が注意するほかないようだ。
とはいえ誰かを後ろに乗せて走るというのはなかなかに憧れがある。それが文だというのが微妙に複雑だがこれもいい経験だと康太は割り切っていた。
「にしても免許かぁ・・・私も取ろうかしら・・・」
「おぉ、とれとれ。たぶんその方が楽しいぞ・・・ってかお前の誕生日何時よ?」
「私は十一月ね。だからそれまでお預け。もうちょっと早く生まれてればよかったと思ってるわ・・・」
十一月だとどうしても長期の連休がないために合宿に参加することは難しい。その為学校が終わった後に教習所に通うことになってしまう。
多少面倒ではあるが通う事を強要されそうだなと文はため息をついていた。
日曜日、そして誤字報告五件分受けたので三回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




